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【インタビュー】新型「フィット」開発担当者の奥山貴也氏に聞く、機能的価値から感性価値に方向転換した理由

感性価値を踏まえたグレード体系、迷ったらHOMEに帰ろう

4代目となった本田技研工業の「フィット」

 4代目となった本田技研工業の「フィット」は、これまでの機能的価値をもとにした開発から、感性価値に方向を転換した。機能的価値とはデジタルに評価ができるもので、例えば荷室容量や燃費などだ。一方の感性価値とは文字通り感性、数値で表すことができない、人それぞれが持つ、気持ちの部分の価値観を指す。

 フィットでは “心地よさ”という感性価値に重きを置き開発された。なぜそのように方針を変えたのか、また、感性価値を踏まえたグレード体系について、フィットの開発担当者、本田技術研究所 オートモービルセンター 第11技術開発室開発戦略ブロック 主任研究員の奥山貴也氏に話を聞いた。

本田技術研究所 オートモービルセンター 第11技術開発室開発戦略ブロック 主任研究員の奥山貴也氏

改めて初心に立ち返る

――早速ですが、新型フィットでこれまでの機能的価値から感性価値へと方向転換した理由を教えてください。

奥山氏:元々ホンダが持っている機能的価値というのは、MM(マンマキシム・メカミニマム)思想を始めとした本田宗一郎が掲げていた方針で、それは脈々と昔からいまへと受け継がれています。この機能的価値の本質的な部分は、お客さまに日常生活の中で使ってもらい、“本当にいいよね”と思ってもらうことなのです。そこで改めてその機能的価値を整理したうえで、心地いいという明確な感覚性能を掲げて4代目の開発に取り組みました。

 初代フィットはお客さまがいいと思われる機能的価値を追求したかなりセンセーショナルなモデルで、世界中の多くのお客さまに受け入れられましたし、その後フィットブランドもしっかりと構築できました。そこで4代目はホンダの初心とフィットの初心に立ち返って改めて開発したのです。従って大きく舵を切ったというよりも、改めて見つめなおしたというイメージです。

MM(マンマキシム・メカミニマム)思想を受け継ぐ新型フィット

――つまり機能的価値を考えた時に、単純に数値を追い求めるのではなく、その機能に価値を持たせることでお客さまは喜んでくれるかどうか。それをもう一度お客さまが喜ぶものは何だろう、そこから発想をスタートされたということでしょうか。

奥山氏:その通りです。機能的価値というと無機質な感じがしますが、実は機能的価値も感性価値も同じものでないといけないのです。コンパクトカークラスは開発資源が限られていますので、何を開発目標にするかは、かなり研ぎ澄ませて考えなければいけません。

 今は情報量がたくさんあり、物も溢れ、いろいろな技術がありますので、開発陣はそれらを取り入れながら各領域ですごく頑張って、新しいフィットではこういうことをやりたいという提案をしてくれます。そうするとなかなか1つにまとめられなくなってしまいます。そこでプロジェクトをまとめる立場として、もう少し冷静に一歩引いた形で開発資源の再配置を行ないました。

 その時には、われわれ作り手が考えたものだけではなく、ユーザークリニックでの新しい調査方法を取り入れたのです。これはわれわれの人研究から得た調査手法なのですが、感性価値は、通常のインタビューではなかなか捉えきれません。そこでターゲットとなるユーザーにたくさんの写真を見せて、次に欲しいクルマに合うものを選んでもらいました。そうすると、お客さまも捉えていなかったものが見えてきて、実際に使っている人が求めているものが分かってきました。

 それはリラックスだとか、癒しだとか、当たり前のことかもしれませんが生活の中で意味のあるものが選ばれていたのです。その結果、心地よさというものがキーワードとして出てきました。そういったことを踏まえ、フィットにはいろいろな心地よさをテーマとし、その中の代表的な4つ、ここちよい視界、乗り心地がよい、座り心地がよい、使い心地がよいというものを訴求展開としてうたっているのです。

日常的に誰もの生活が豊かにできる製品

HOMEのインテリア

――そういう人研究から得た心地よさなどの感性価値を、一番採用しやすいのは大型クラスのものだと思います。つまり少し高めのクルマを買う人達の感性価値はある程度方向性が見えると思うからです。その結果訴求もしやすいでしょう。その一方でフィットは、オールジャンルの人が買うクルマでもあります。そういう人たちに向けて感性価値をどう訴求するのか、どう表現するのかはすごく難しいと感じるのですがいかがですか。

奥山氏:その通りです。ただしわれわれは本田宗一郎が目指したように、日常的に誰もの生活が豊かにできる製品を作るべきで、例えばクルマであれば運転が苦手な方や、免許取立ての方でも自然に乗れるようなもの。運転して私は上手くなったとか、そういうものであるべきだと思っています。逆にいうと(フィットは)われわれの身の丈に近いところもありますので、自分がよいと思ったものは必ずそういう人たちに受け入れられるというイメージがあります。ですから、実はあまり悩みませんでした。クルマを作り上げるのはそれほど難しいことではありませんが、訴求という観点でいうと非常に難しいと思っています。

迷ったらHOMEに帰ろう

HOME

――今回はHOMEをベースにして5バリエーションが存在します。これも買う側からするととても楽しく、また難しい選択肢です。なぜこのようなバリエーション展開になったのでしょうか。

奥山氏:HOMEを中心に構成している今回のグレードですが、このHOMEが今回の新しいフィットのコンセプトを象徴し、一番合ったモデルといえます。HOMEという名前の通り、“家”です。家は毎日寝て起きて、いろいろ過ごして、仕事に出かけ帰って来る拠点です。当然居心地のよさはすごく重要になりますし、そういうクルマでありたい、そういうクルマであるべきだというイメージのクルマを作りました。従って、内装も含めて家にいるような感覚を目指しています。また4人の会話が弾むような空間の演出や、ガラスも非常に大きく、外が明るければ光や情報が自然に入ってくるようにしています。

HOMEのインテリア

NESS

NESS

 その家を拠点に、フィットネスなどへは家で着替えて行く人もいるでしょう。そういう行動の方向性として、ライフスタイルを重視している方にはNESSを選んでもらいたい。そして週末はスノーボードなどに行かれる方はクロスターを選んで欲しい。このように基本のHOMEをベースにそれぞれのライフスタイルにおいて何を重視しているかというところで選んでもらえるように、本当に直感で選んでもらえるような感じにしています。そして、悩んだ場合にはHOMEに立ち返ってみるのもよいでしょう。実際にHOMEが一番売れています。

広報:30%くらいを想定していますが、現在は46%くらいがHOMEです。

新型フィットのグレード体系

もっともっと選べるように

CROSSTAR

――それぞれのライフスタイルということでいえば、クロスターのエクステリアでリュクスの内装がよいという人もいるでしょう。そういう対応は今後考えていくのでしょうか。

CROSSTAR

奥山氏:可能性はあると思います。今回の服や家のコーディネートと同じような世界観の表現はクルマでは初めてのことです。例えばMUJIやIKEA、ニトリなどの家具屋さんの店舗も物を単に置いているだけではなく、季節に応じてこういうスタイルがありますよという提供の仕方ですよね。このフィットもそういうイメージになっていけばいいと思っています。各グレードの1つひとつがフィットのユーザーに理解できて来れば、私はこういうスタイルがいいよという声に対して、そういう選び方ができるようにわれわれとしては考えて行こうと思っています。