イベントレポート

【東京モーターショー 2019】裏コンセプトは“柴犬”。新型「フィット」デザインインタビュー

「お客さまの日常生活をしっかりと支えるクルマにしたかった」と田中LPL

2019年10月23日 開幕

2019年10月25日 プレビューデー

2019年10月25日~11月4日 一般公開日

株式会社本田技術研究所 オートモービルセンター 商品企画室 LPL 主任研究員の田中健樹氏(右)と株式会社本田技術研究所 オートモービルセンター デザイン室 テクニカルデザインスタジオ 研究員 デザイナーの白鍾國氏(左)

 10月23日、東京ビッグサイト(東京都江東区有明)で「第46回 東京モーターショー 2019」が開幕した。10月25日はプレビューデー、10月25日~11月4日が一般公開日となる。

 東京ビッグサイト 西1ホール(WP02/WM01)にある本田技研工業ブースでは、4代目となる新型「フィット」(市販予定モデル)が公開された。これまでのフィットが持っていた広い室内空間や使い勝手のよさはそのままに、心地よさをテーマに大幅な改良が行なわれているという。

 そこで、商品担当責任者を務めた本田技術研究所 オートモービルセンター 商品企画室 LPL 主任研究員の田中健樹氏と、本田技術研究所 オートモービルセンター デザイン室 テクニカルデザインスタジオ 研究員 デザイナーの白鍾國氏の2人に、今回のフルモデルチェンジのポイントについて話を聞いた。

お客さまの日常生活をしっかりと支えるクルマにしたかった

4代目となる新型「フィット」(市販予定モデル)

――まずは田中さんにお伺いします。ホンダの基幹車種ともいえるフィットの商品担当責任者と決まった時、どう思いましたか。

田中氏:実は先代フィットも担当していたんです。ただ、責任者ではなく責任者代行という立場でしたが、10年以上フィットを担当していることになります。ですから、ある程度の覚悟はありました。また、先代をやっていた時も、次をやるのであればこういうイメージだとか考えながらやっていましたので、そのイメージ通りにやることができました。

田中氏は先代フィットの開発にも携わっている

――その開発時にはどんなことを考えていたのですか。

田中氏:先代のフィットは燃費世界一、とにかく世界一の燃費を取ろうよという開発でした。そこで技術を見せつけるぞというイメージで開発をしたのです。その結果、実際に世界一を取ったのですが、一方で、お客さまにちゃんと響いて、感じてもらえたのかなということを開発中からモヤモヤしてもいました。

 そこで発売後、購入ユーザーと非購入ユーザーの声を聞いたところ、お客さまの本当のニーズはもう少し違うところにありそうだなと思ったのです。日本だけではなく色々な国のお客さまの話も含めると、どうやらコンパクトカーは積極的に選ばれておらず、コンパクトカーでは安いものを買ったのだから、ある程度、乗り心地はこんなもの、デザインもこんなもの、質感もこの程度などと、なんとなく諦めが入っていたのです。本当は小さいクルマであっても積極的に選びたい。具体的には、しっかりと質の高いもの、よいものをこだわって買いたいと思っているようでした。そこで今回は“心地いい”というキーワードで、心地よさを作るための技術を投入し、そんなクルマ造りをしたのです。

 デザインもそういう意味ではあまり尖ったものではなく、お客さまの日常生活をしっかりと支えるクルマにしたかったので、日常で親しみのわくパートナーになれるような、フロントフェイスも動物の顔のようなイメージでありながら、シンプルでクリーンなデザインを採用しました。

日本を代表する心地よい存在は“柴犬”

デザインの裏コンセプトは“柴犬”

――では、このクルマのデザインのコンセプトはどんなものなのでしょうか。

白氏:グランドコンセプトは心地よい体験価値を提供したいということです。そして、エクステリアとしてのコンセプトは、実用で最も心地よいパートナーを作りたいというのが考え方。これでスタートしました。

 一方、裏で考えていたのは、フィットは海外で日本を代表するコンパクトカーだと捉えられています。そこで、今回のコンセプトを重ね合わせると、日本を代表する一番心地よい存在は何かということです。そこで悩んだ結果、ぱっと思いついたのが“柴犬”だったのです。そこでこの柴犬という存在をもとに、心地よいパートナーを作りたいというのが裏コンセプトでした。

 そういったことを踏まえながら最初に行なったのは、まず心地よい空間を作りたいということです。これまでは四角い空間をどんどん大きくして、空間価値を作り上げていました。しかし、広いだけでは心地よい空間ではないのです。そこでより人が感じるところを広くするようにしました。つまり、ショルダーよりも下の部分をより台形(後ろから見て下に行くにしたがって広くなる)にしていったのです。

 例えばお風呂に入っているようなイメージですね。風呂に入ってホッとすると心地いいでしょう。そういう感覚で塊を創造していきました。そしてその塊に自然にリアフェンダーをくっつけて、走りそうな予感をさせるデザインにしていきました。つまり、意図して線や塊を作るのではなく、心地よい空間のピュアさをいかにそのままエクステリアで表現できるかというトライだったのです。

ちょうどよいサイズ感

バンパーコーナーを落として「運転しやすそうだ」と感じてもらうよう演出

白氏:また、よりコンパクトに見せることも意識しました。心地よいということには大きさも関係するからです。それは柴犬も一緒。ちょうどいいサイズ感が大事ですよね。最近はどんどん大きくなる傾向にありますが、このクラスに乗っているお客さまは、サイズ感をものすごく気にしますので、そこはこだわりました。

 まず、前後のバンパーコーナーをしっかり削り落としています。これまでは空力などの機能を優先して角ばったデザインにしていましたが、そうではなく、見た瞬間に自分でも運転しやすそうだと分かるようなサイズ感を出すために、バンパーコーナーにはこだわっています。

動物の顔を意識

――フロントまわりでは、フロントマスクも結構こだわっているように見えますね。

白氏:はい。フロントは親しみある顔を作りたい、お客さまとクルマが信頼し合えるような関係にしたいと考えました。そこで信頼感のある顔、それから親しみのある顔というのはどういう表現かとずっと悩んでいました。先行開発デザインの細い目からどんどん目を大きくしながら、表情を作っていったのです。ノーズの部分は丸みを出してより触りたくなるような、生き物が持っているような部分。人間の赤ちゃん、小さな犬もそうですが、イルカとか、そういう顔の表情を取り入れながらバランスをとっていきました。

 そしてロワー部分はプロダクト寄りのしっかりとしたもの。iPhoneのようなイメージで、この2つを融合させた高いクオリティのフロントフェイスを作りました。例えば、単純に全部ノーズ部分のようなテイストでそろえてしまうと、ただのキャラものになってしまうでしょう。このショーで見た人からは、目が動物っぽいと言われるのですが、実際には鼻が一番効果的です。実はこの鼻はサイドから来る塊の頂点になるようにしています。従って、サイドビュー全体を見てもきちんと塊が動くようなバランスのデザインになっています。普通に見えるのですが、実は少しでも動きが感じられるようにバランスをとっているのです。

“塊が動くようなバランス”を与えたサイドビュー

 今、このフィットが属するセグメントでは、キャビン部分をどんどん大きく見せていく傾向にあります。しかし、走り出したときに不安定に見えてしまう瞬間が結構あるのも事実です。そこで今回は、前後を少し中に入れるように叩きながら、ベルトラインをぐっと下げて、キャビンがボディの上に座るような台形のグラフィックを積極的に取り入れています。

 リアに関してもカットラインをより横基調にして、サイド部分に余裕ができたのでより外に出して、お客さまがさらに使いやすいような台形の開口部にしています。つまり、今回は線や塊などよりも、空間を素直に表現して、重心を下げることなどを素直に行なった結果のデザインなのです。

 これまで僕はTYPE Rやアコードをやってきたのですが、そのもののかっこよさを追求することもデザイナーの仕事ではあります。一方、今回は心地よいというテーマで、エクステリアでは素直にそれを表現しました。あまり意図してこの線をとかこういう形、面とかではなくフォルムを重視したのです。

子供と洗車を楽しもう

テールランプなども含めてシームレスな面構成

白氏:もう1つこだわったことがあります。フィットユーザーには小さな子供が1人か2人くらいいる若い夫婦を想定しています。そうすると、子供と一緒に洗車をすることもありますよね。そこで子供と洗車をする時に、いかに楽しくできるかを重視しました。子供はスポンジを持ってクルマを撫でながら走りまわるでしょう。そこで指に痛い思いをさせたくないと思ったのです。

 そのためにこれまで凸凹させていた部分をすべてなくし、すべての面が繋がっているようにしました。テールランプなども含めてシームレスに面がつながっています。もし子供に痛い思いをさせてしまったら、2度と一緒に洗車をしなくなってしまう。そういったことも大事にしながらサーフェイスの繋がりなどにこだわっていきました。

心地いいは安心感から

――ルーフアンテナはボディ色ではなく、ハイグロスの黒ですね。

白氏:ルーフアンテナなどの機能部品は、走り出した時に意識させないようハイグロスの黒にしているのです。これはコストもありますが、無理を言ってこういったものすべてを目立たなくして安定感のある塊を目指しました。心地いいということを研究すると、一番ベースとなる部分に安心感がないと心地よく感じないのだろうなと思っています。

 これはAピラーも同じで、これまでのフィットはモノフォルムだったので、視界がネガティブな部分でした。しかし、このクルマ(新型フィット)は市販されているクルマの中では最も細いと思われるAピラーを採用しています。このセグメントは運転が上手な人ばかりではないので、いかに心地よく運転ができるかを、視界を含めて検討していった結果です。

ルーフアンテナやBピラーなどをハイグロスブラック塗装

 ハイグロスといえば、Bピラーなどのピラー類も通常のBセグメント車は普通にボディ色であったり、何か貼ったりしていました。しかし、あえてフィットを積極的に選んでもらいたいという思いから、安っぽく見えるところは全部排除し、すべてハイグロスにしているのです。工場に無理をお願いして実現できるようにしました。

――ドアハンドルもかなりこだわっていると聞きました。

白氏:はい、ドアハンドルを握ってもらうと、裏側もかなりこだわりがあることが分かるでしょう。通常、ドアハンドルの裏側はこのセグメントではザラザラだったり凸凹だったりするものですが、触り心地も大事なのできれいに仕上げました。お客さまの中にはドアハンドルを握った瞬間の質感を大切だと考える方も多いので、こだわりどころです。大きな部分を変えていくより、地味でもお客さまが徐々に分かっていくところをデザインしようとしています。

家族みんなの心地よさをインテリアでも表現

水平基調のインパネで見晴らしのよさを演出

――インテリアはいかがですか。

白氏:インテリアはすべて水平基調にしており、視界を邪魔するものはすべてなくしていますので、駐車する時でも女性の方でも運転しやすいように意識しています。

 また、これまでのフィットの弱点として、シートの座り心地が硬いということがありました。そこでシートの厚さを数十mm増やして、より座り心地をよくしています。今回は開発コストを、見えないところでも触ったり座ったりすれば分かるような大事なところにかけるようにしているのです。

 さらにショルダーラインを先代よりも下げることで、子供がリアシートに座っても圧迫感がないよう、酔わないようにしています。お父さんだけではなく、お母さんや子供、家族みんなの生活シーンを想像しながら、そして実際に試しながらデザインしていきました。

リアシートに圧迫感が出ないことにもこだわっている
シートのクッション厚を増加

内田俊一

AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしてデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー 25 バカラと同じくルノー 10。