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【インタビュー】新型「フィット」のインテリアが“アイランドキッチン”とは? デザインスタジオ主任の森康太郎氏を直撃

アイランドキッチンがクルマのインテリアにどのように関連しているのだろうか

 フルモデルチェンジした本田技研工業「フィット」は“心地よさ”をキーワードとして開発された。そのうえでインテリアのデザインコンセプトはアイランドキッチンだという。そこで心地よさに込めた想いやデザインコンセプトについて、新型フィットのインテリアデザイナーを務める本田技術研究所オートモービルセンターデザイン室プロダクトデザインスタジオ主任研究員デザイナーの森康太郎氏に話を聞いてみた。

原点回帰となった4代目フィット

──新型フィットはエクステリアとともに、インテリアも大幅に変更されました。なぜ今回ここまで変えることになったのでしょうか?

森氏:先代からデザインが大きく変わっているのは確かです。しかし、フィットを振り返ってみると、初代と2代目、そして今回の4代目フィットはそう大きな違いはないと思います。

 その理由ですが、フィットはもともと幅広いお客さまのニーズに応える、日常の足になるようなクルマであるということで開発がスタートしています。しかし、3代目は同時期にデビューしたN-BOXがあり、そのクルマとお客さまの層が非常に近かった。そこで3代目を開発する際に、「N-BOXと食い合わないように」「初代と2代目と続いたお客さまを、より若返らせたい」という2つの考えから、3代目はかなりスポーティな方向に振ったのです。その結果、エクステリアはエッジの効いたデザインとなり、内装もどちらかというとスポーティなコクピットスタイルになりました。

 それに対して4代目は非常におおらかな形ですから、かなり大きな差が出ていると思います。もともとフィットは日常の使い勝手がよく、楽しくていろいろなお客さまに愛されるようなクルマですから、今回のデザインでは、いわば原点回帰したということなのです。

2月に発表された新型フィット(4代目)は、発表後約1か月で3万1000台と目標の3倍の受注があったという

本当に欲しいのは心地よさ

──なぜ4代目は原点回帰し、心地よいことをテーマにしたのでしょうか?

森氏:開発の当初に開発主査から「腹を割って話そう」ということになりまして、スポーツとか、未来感とか、本当にそれが欲しいと思っているのか? というひと言がありました。その時にわれわれが本当に欲しいのは「心地いい」とか「癒し」とか、そういうのを何となく求めていたことに気付いたのです。

 また、ホンダでは人研究を行なっており、そこからもそのような言葉が聞かれてきましたので、まわりも開発している人間もみんな同じように「心地よくなりたい」と思っていたのです。そうであればリアルに欲しいクルマを作ろうということで、今回の心地いいコンセプトに繋がったのです。

ホンダでは人を研究することで、潜在的なニーズを明確にさせる開発も行なっている

──心地よさはいろいろな方向性があると思います。例えば加速の気持ちよさ、乗り心地などさまざまです。それをデザインとしてまとめていくときに一番気をつけたこと、考えたことは何でしょう。?

森氏:フィットは毎日使うクルマですから、週末のワインディングを攻めた時に「気持ちいい! 快感!」というクルマとは違います。コンビニに行って帰ってくるとか、買い物に行くとかです。例えば、日常の街中を走ってコンビニの駐車場に入り、何気ない乗り降りとか、そういう「ちょっとした日常の楽しさや気持ちよさみたいなことがフィットの心地よさだろう」というのがワイガヤ(ホンダの中で自由に意見を出し合えるミーティングの愛称)の中で出ました。そこでみんな「フィットはそうだよね」ということで日常毎日の心地よさを追求しよう、週末の非日常ではなくということでみんなのベクトルが揃ったのです。

日常の使い勝手に重点を置き、乗り降りの心地よさまで徹底的にこだわった

自分でもやりたかった感性価値

──今回「機能価値」から「感性価値」に大きくシフトしたのですが、それについて森さんは最初にどう思いましたか?

森氏:今回のコンセプトの1つとして“用の美”というものがあります。私自身、インテリアデザインをずっとやってきた個人的な思いからいいますと、もちろんティッシュ箱が入ることなども大事ですが、それを扱う時の仕草や人の動きが美しくあってほしいという気持ちがありました。

 例えば、グローブボックスを屈んで苦労しながら開けるよりは、気持ちいい姿勢でそっと開けられるほうがいい。女性がお化粧を直す時にバニティミラーを操作するときも、覗き込むよりはすっと見て使える方がいいだろうなど、インテリアデザイナーとして昔から気にしていましたので、今回の用の美というコンセプトは、まさしく感性価値だ思い、自分としてやりたかったものでした。

 今回採用したセンターコンソールもそういう意味では、バックをきれいに置いて、女性が変な姿勢にならずに気持ちよく扱えるような観点もあり、そういった意味では感性価値として自分がやりたかったことだとすんなりとデザインできました。

電動パーキングブレーキになったことで運転席と助手席の間も利用できるようになった
助手席の前には手が届きやすい収納を配置。上段にはティッシュ箱がすっぽり収まる
運転席と助手席の間にあるUSBポートは、前席も後席もどちらからも使いやすい配置

スポーティに引っ張られた先代

──今回インテリアをデザインするにあたり、フィットとして取り入れていく感性価値と同時に、先代フィットユーザーの声を反映したところもあったかと思います。それはどういったところでしょうか。

森氏:反省点としては、先代はスポーティという言葉に引っ張られた感じで、どちらかというと欧州のスポーツカーを意識したイメージでとても分かりやすくはありました。そうしたデザインを描いていくときに、どうしても絵の中だけで完結してしまい、例えばいざそこにカップホルダーやグローブボックスなどのさまざまな機能を織り込もうとしても、すでにデザインができ上がってしまっているので機能を阻害するような造形に陥りがちだったのです。本来カップホルダーをよい位置にあった方がいいだろうと設置するのではなく、このようなスポーティなコックピットの絵があるからこれを生かすのだというところがあり、若干使い勝手という観点でそこを見失っていたと感じていました。

 そこで新型ではまずは使い勝手ありきでやろうと、カップホルダーの位置はこうあるべき、収納はこう、視界も細いピラーでこれだけよい視界があるのだから、この視界のよさを最大限活かすためにはインパネの造形はどうあるべきかなどを考えました。

 そのインパネの造形では、今回はすごくフラットな面が出ています。これは、造形もさることながら視界をよくするために最もわれわれがポイントを置いたのが、形よりも反射なのです。造形が複雑になればなるほどエッジ部分が光り反射し、その下に影が出来るなど、形以上に目に入るノイズが多くなってしまうのです。そこで目に入る反射を減らすためにはどうしたらいいかということで出てきたのが、まっ平らな、ほとんど平面なインパネだったのです。尖った面もクレイモデルの時点で太陽光の下で見て微妙なカーブが尖った光にならないようになど注意し、機能面を踏まえながら、そしてそこにホンダのテイストを入れたデザインにしていきました。つまり順番がこれまでとは逆になっているのです。

スポーティさを優先していた先代フィットのインテリア
フラットな面が出ている新型フィットのインストルメントパネル
コンパクトな液晶メーターがフラットなインパネ造形に貢献した

──今お話に出た「ホンダのデザインテイスト」とは、どんなものなのでしょう?

森氏:(しばらく考えて)そもそもホンダは、日常の使い勝手が気持ちいいようなインテリアを作ろうとしてきました。Nシリーズをはじめ、過去、ワンダーシビックや初代シビック、アコードなどなど、ホンダは使い勝手を突き詰めてきました。その結果、機能美に繋がっており決して新しい考えではなく、脈々とつながってきたDNAなのです。そこから改めて振り返ると何も変わっていません。「ではここをもう一度ぶれないように新型フィットでも進んで行こうよ」ということになりました。そこで、今回フィットで改めてデザインのテイストを決めようとしていた時に、“日常の心地いい生活空間”という言葉と新型フィットがまさに合致していたのです。

インテリアのコンセプトはアイランドキッチン

──さて、新型フィットのインテリアのデザインコンセプトはどういうものですか?

森氏:“アイランドキッチン”です。従来のキッチンはお母さんの仕事場で、お父さんと子供はそれぞれの部屋か、あるいはリビングにいてみんなそれぞれがバラバラでした。今回われわれが目指したのは、日常の中でみんなが笑顔になれるような空間を作りたかったので、その時にイメージしたのがアイランドキッチンだったのです。

 アイランドキッチンはお母さんが仕事をする場ではありますが、子供たちと顔を合わせながらキッチンで作業ができます。当然お父さんとも同じで、アイランドキッチンはリビングと繋がっているイメージです。従来お母さんがポツンと1人で仕事をしていたところから、会話が生まれるような場に変わることになります。さらにアイランドキッチンのレイアウトは、お母さんが立った状態で楽に扱える色々なシステムがあり、調味料や道具類が使いやすいようにレイアウトされていますので、そういった意味でも今回のフィットの世界感に通じるものがあります。なおかつ毎日の日常が楽しく、気分が明るくなるような空間というのと合致していたのです。

インテリアのデザインコンセプトイメージ画

──アイランドキッチンとして一番表現できているインテリアはどこでしょうか。

森氏:センターコンソールを中心としてフロント席とリア席とで会話ができるような明るい空間。内装色の白もそうです。

白い内装は、明るくて清潔感のあるアイランドキッチンを連想させてくれる

ダウンサイザーや、ライトなスポーツ、アウトドア派に

──今回5つのグレードがあり、それぞれインテリアのカラーマテリアルなども異なっていますので、それぞれの考え方を教えてください。

森氏:BASICグレードに対してより質感が高いのがHOMEです。その上にLUXEがあります。フィットは若者やファミリーと同時に、これまでそれなりのよいクルマ、例えばアコードやオデッセイに乗っていたお客さまが、お子さまが大きくなって一緒に乗らなくなったのでコンパクトカーに戻ろうと考えた時に、上質な空間を維持しながらコンパクトに戻れるといった観点でLUXEを設定しています。ですから、アコードやオデッセイクラスに見劣りしないように革内装とブラウンの落ち着いた空間を設定しています。

高級感もあり、落ち着いた内装のLUXE

 そしてNESSとCROSSTARの2種類ですが、NESSは、都心でフィットネスクラブや皇居のまわりを軽くランニングするなど、本格的ではなくライトにスポーツを楽しみたい女性に乗ってほしいというイメージです。ウエアや靴にもあるような撥水性で、ペールカラーの差し色を配しています。

フィットネスクラブを連想させる配色のNESS

 また、CROSSTARはちょっとしたキャンプなど気楽に楽しんだり、アウトドアレジャーで設備の整ったところなどでキャンプを体験したいなど、アウトドアを気軽に楽しむような方々を想定しています。アウトドア風のエクステリアですが、内装では道具感などを強く表現してはいません。NESSとCROSSTARでは大きな違いは出しておらず、色だけで差別化を図っています。たまたまそれがアウトドアに行くか、都心のフィットネスに通うという、同じライトですが少し違うイメージに合わせて仕立てています。

CROSSTARはアクティブにアウトドアで遊んでいる雰囲気を演出

──これらの方向性はどのように決めていったのですか。

森氏:考え始めるといくらでも出てくるのですが、まず営業部門からはグレードとしてSUVのようなアクティブなテイストのグレードが欲しい。それから汗臭いガチのスポーツタイプのものではなく、もう少しライトなスポーティなグレードを含めた展開ができるような世界観の考え方はないかということから、これらの構成が生まれました。

 なおかつ、これまではベーシックグレードと、アルファベットで表記したグレード展開でした。しかし装備の差などは表などを見ながらそれぞれのグレードの内容を読み解いていかなければならず、非常に分かりにくいものでした。そこでライフスタイルを表面に出すような世の中になってきましたから、その狙いが明確化しているのであれば、そのものズバリでグレードに名前をつけてしまおうということになったわけです。

新型フィットでは、HOMEを中心に自分のライフスタイルに合わせて選択できるよう分かりやすいグレード名称を付けている