試乗レポート

「フィット」が「Modulo X」という“スパイス”で辛口の走りに!? 群サイでその実力を確かめた

フィットのリュクスとModulo Xを乗り比べ

 大型のLEDヘッドライトが愛らしい表情を作り出すホンダ「フィット」。

 その印象をメッキトリムのフロントグリルとエアロバンパーで引き締め、2020年の東京オートサロンでバーチャルデビューを果たしたコンプリートカー「フィット Modulo X」が、ついに正式なデビューを果たした。そしてこれを、公道とクローズドコースの2ステージで、じっくりインプレッションすることができた。

 ホンダアクセスの開発統括をしている福田正剛氏は常々、Modulo Xのチューニングを「スパイス」だと語っている。それは彼らの狙いが単なる速さや性能向上を求めたチューンアップではなく、ホンダ車が持つ素材のよさを引き出すことに狙いを定めているからだ。

 その言葉を借りるならフィット Modulo Xの味付けは、これまでのまろやかなテイストに対してちょっとピリ辛だ。そして走り込むほどに、その深みがじわっと伝わってくる。

 従来のModulo Xシリーズが“出汁”を丹念に取った和食なら、今度は本格インドカレー? いや、そこまで辛口ではないのだけれど、ひと口食べて元気になれる、楽しい味付けとなっている。

 そして筆者はその理由を、まだ見ぬスポーティモデルに重ねている。そう、これは「RS」不在の現行フィットに対する、1つの回答ではないかと感じているのだ。

 そんなフィット Modulo Xのベースは、1.5リッター直列4気筒エンジンに2モーターを組み合わせた「e:HEV リュクス」。ここに専用のダンパー、16インチアルミホイール、実際の空力性能を備えた前後バンパーとテールゲートスポイラーが装着され、コンプリートとなっている。

 現行フィットはガソリンモデルが1.3リッターしか存在せず、かつMTモデルもないから、高額になるコンプリートカーのベースがe:HEV/CVTの一択となるのは致し方ないところだろうか。

「フィット Modulo X」(286万6600円)。ボディカラーは「プラチナホワイト・パール&ブラック」。ボディサイズは4000×1695×1540mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2530mm。専用16インチアルミホイールに組み合わせるのは、185/55R16サイズの横浜ゴム「BluEarth-A」。ベースとなる「e:HEV リュクス」に対し、“実効空力”エアロパーツを数多く装着している
空力を上下に整流し、風の流れをスムーズにすることを狙ってフード先端形状をベース車両からよりシャープな造形としたほか、バンパーのコーナー形状を最適化して直進安定性向上を狙っている
エアロフィンを配置することで空気をボディから遠ざけ、旋回時のタイヤ周辺の乱流を抑制
旋回時に上質なステアフィールを生む「エアロボトムフィン」
直進安定性向上に寄与する「エアロスロープ」
前後リフトバランスを向上させる「テールゲートスポイラー」
バンパー下部のリアロアーディフューザーの形状は、車体下面を流れる空気の流速を高めて安定感のある走りを狙った
専用アルミホイールはGTマシン由来のデザインを用いることで、スポーティな見た目だけでなく軽量化も達成。“ホイールもサスペンションの一部”という設計思想から、インナーリムの厚さをミリ単位で調整して、Modulo Xの乗り味にふさわしい最適な剛性を探った
専用ダンパーは“ステアリング応答性”ではなく“乗員の快適性”を重視したセッティング。バルブとバルブのこすれるフリクションにも気を配り、ロッドの材質、オイル、シール、ガイドといった細部にまでこだわっている
開発で用いられたバンパー。テストコースを走行した感覚で、削ったり付け足したりをその場で繰り返したという
フィット Modulo Xのインパネ
ブラックを基調としてボルドーレッドを差し色に用いた内装。ステアリング、セレクトノブ、パワースイッチ、インテリアパネル、カーペットマットが専用品になるほか、ナビゲーションのオープニング画面も専用にできる
シートも専用品で、ラックススエードと本革のコンビで、Modulo Xのロゴが入る。ボルドーレッドをシートサイドに用いた「ブラック×ボルドーレッド」のカラーはスポーティなだけでなく上品な印象も与える。なお、ボルドーレッドのステッチを差し色にする「ブラック」のカラーも選択できる
パワートレーンは最高出力72kW(98PS)/5600-6400rpm、最大トルク127Nm(13.0kgfm)/4500-5000rpmを発生する直列4気筒 1.5リッターエンジンに、最高出力80kW(109PS)/3500-8000rpm、最大トルク253Nm(25.8kgfm)/0-3000rpmを発生するモーターを組み合わせ、トランスミッションに電気式無段階変速機を採用するe:HEVを搭載

 東京は青山のホンダ本社からまずノーマルのe:HEV リュクスを走らせ、首都高速~関越自動車道を通って高坂サービスエリアまで移動。そしてここから第2ステージである「群馬サイクルスポーツセンター」までの道のりを、フィット Modulo Xに乗り換えてこれを比べてみた。

まずはe:HEV リュクスからスタート

高速道路で感じたフィット Modulo Xの走り

 フィット Modulo Xの第一印象は、まさしく現行フィット RSと言いたくなる仕上がりだった。

 高速巡航でまっさきに感じられた美点は、直進安定性の高さだ。

 そのステアリングフィールはセンターがどっしりと定まっており、手のひらを軽く添えているだけでまっすぐ走って行くことができる。またアクセル操作に対するピッチングが穏やかなため、加減速時に神経質な動きがなく、狙い通りのレーンチェンジが行なえる。

 対してノーマルは、あくまで相対比較になるが、速度が上がるほどステアリングで軌道を保持・修正する傾向が強くなり、ホンダセンシングのLKAS(車線維持システム)で電動パワステを座らせたくなる傾向が見られた。

“そんなの飛ばさなければいいじゃないか”という話ではないと思う。なぜならこうした安定性は無意識状態でのリラックスにつながるし、長距離になるほど疲労の蓄積が変わってくる。また悪天候での高速巡航や、緊急回避でも先読みがしやすくなるだろう。

 Modulo Xがこうしたフラットライドを実現できたのは、ホンダアクセスが“実行空力”と呼ぶエアロダイナミクスで、4つのタイヤに均等な接地荷重を与えているからだという。特に車体下面に空気の流れを作り出すエアロスロープは効果的であり、特別スプリングやスタビライザーの剛性を引き上げずとも、その安定性を高く保つことが可能になっている。

 ただ欲を言えば、こうした上質な動きに対してロードノイズが目立ってしまうところは残念だった。フィットに限らずModulo Xに乗ると筆者は、いつもタイヤの選択をもうワンランクプレミアムなものに替えたくなる。ホンダアクセス的には標準タイヤで性能を出し切ることが腕の見せ所だとは思うのだが、どうせホイールまで新規にするのだから、タイヤもオプション選択を可能にすればよいのに、と思う。

 また、目地・段差などでは、姿勢制御のためにダンパー伸び側の減衰力を強めた理由からだろう、若干リアに固さを感じた。

 しかしそのわずかな固さが気になったことこそ、ノーマル フィットのレベルの高さを表現していると筆者は感じた。またこうして得られた安定性がハンドリングに貢献していることは、今回のハイライトである“群サイ”の試乗でたっぷりと確認することができた。

“群サイ”で味わうフィット Modulo X

 それは大きな驚きだった。

 群サイと言えばこのフィット Modulo Xの開発ステージであり、知る人ぞ知る超テクニカルコースである。全長約6kmのコースはアップダウンが激しく、ブラインドコーナーが多い。そして路面は所々荒れている。

 そんなコースを走ると聞いて、緊張感がグッと高まる。

 しかしフィット Modulo Xは、走れば走るほど筆者からそのストレスを取り除き、運転に集中させてくれた。

 パワー(モーター最高出力109PS/同最大トルク253Nm)の絶対値が少ないというのは、もちろんある。しかしとてもタイヤやスプリングレートを変更していないとは思えないほど、フィット Modulo Xはよく曲がる。

 バンパー底部側面に付けられたフィンがホイールハウス内の圧力を低減し、バンパーサイドのフィンでタイヤがかき乱した空気を引き抜いて整流する。これによってリフトが抑えられるのか、4つのタイヤが吸い付くように路面を捉える。理論的には理解できても、ちょっと狐につままれたような感じだ。

 荒れた路面ではダンパーがその入力を見事にダンピングしており、ステアリングのインフォメーションはクリアなまま。普通ならアッという間にグリップアウトして、ガードレールに突っ込むようなイメージを抱くタイトコーナーでもしなやかなグリップ感が維持され、最後まで安心してステアリングを切っていける。

 どうしてスポーツラジアルでもないのに、これほど穏やかにタイヤが路面を捉えるのだろう? 聞けばそれは、ホンダアクセスのデザイナーがこだわり、エンケイと共に得たホイール剛性バランスが決め手になったという。

 ブレーキングで前荷重になった状況でも姿勢変化が穏やかで、リアの挙動は安定。決してオーバーステアを誘発するタイプではないのだが、よく曲がる。よく曲がる、即ち、早く踏める。クリップからはモーターパワーが間髪入れずトルクを立ち上げるから、絶対速度は低くてもその走りにラグがなく、運転が濃密である。

 決して強引に、ねじ込む感じではない。むしろアスリートのような身のこなしで、美しくコーナーを走って行くテイスト。走り続けるほどにクルマとの距離が縮まり、次のコーナーが読めるようになる。運転に余裕が生まれるから、コースを覚えることができて、さらにドライビングが洗練される。

 たった2周の走行だったけれど、とても心地良い汗をかいた。マシンはクールだけど、ドライバーはホットになれた。あの“群サイ”を、こんなにも楽しく飛ばせるなんて!

 現行フィットは、コンパクトカーとしてかなり完成された質感の高さを持っている。サスペンションはしなやかで乗り心地が良く、ここにモーター駆動のリニアなレスポンスが加わることで、快適さと操縦しやすさを高いレベルで両立している。お世辞抜きに、日本が世界に誇れるコンパクトカーだと私は思っている。

 しかしその一方で、どこか決めてに欠ける印象もずっと持っていた。

 やはり“ホンダらしさ”を表現する上で、ドライビングプレジャーは欠かせないのだ。ディーラーに赴いてフィットを購入検討したとき、たとえ購入しなくても「ちょっと乗ってみたいな!」と思えることが大切。イメージリーダーとしてスポーティなモデルがあるからこそ、全てのグレードがバランスするのである。

 現行フィットに「RS」グレードは未だ存在しない。しかし走りの楽しさを、ホンダは捨ててはいない。

 そんな思いを無言で表現するために、ホンダアクセスは今回いつもより少し多めに、そのスパイスを効かせてくれたのだと思う。

山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身
A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。
編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してSUPER GTなどのレースレポートや、ドライビングスクールでの講師活動も行なう。

Photo:安田 剛