試乗レポート
橋本洋平のホンダ「フィット e:HEV」は新しいスポーツモデルになり得るか?
2021年6月25日 13:13
2ペダルのハイブリッドでどこまでできるか
F1のコンストラクターズタイトルでレッドブル・ホンダがトップを快走。一方ではMotoGPでもマルク・マルケスがドイツGPで優勝するなど、モータースポーツ界では何かと元気なホンダ。だが、市販車のスポーツタイプとなれば元気なクルマが消滅する傾向にある。「シビック TYPE R」の一時休止に加え、「S660」の生産が2022年3月で終わるなど、寂しい話題ばかりだ。もちろん「NSX」はいまだ健在ではあるけれど、庶民が楽しめるモデルは皆無になりつつある。カーボンニュートラルという課題に打つ手なし!? そんな現状を何とかしたい。
いささか話は大げさだが、「フィット e:HEV」でのレース参戦はそんな気持ちから始まった。先代では走りのRSグレードが存在していたが、それが消滅して走りのマインドが消え去ったわけじゃない。MTはないが2ペダルのハイブリッドでもやりようによっては可能性があるはずだと考えたわけだ。そこで次世代のモータースポーツを探求して伝えていくことを目的とするTOKYO NEXT SPEED(まるも亜希子、石井昌道、橋本洋平)というモータージャーナリストチームとホンダがタッグを組み、振り返ること1年前にフィット e:HEVのレース仕様制作が開始されたのだ。実は2020年のツインリンクもてぎ Enjoy耐久レース“Joy耐”(7時間レース)をターゲットにしていたのだが、コロナ禍の影響でレースはキャンセル。その後、地道に開発テストを繰り返していた。
基本的には安全装備とレースで最低限必要になる足まわりやブレーキ、そしてスポーツタイヤを装着したN1に毛が生えた程度の仕様ではあるが(タイヤサイズの変更があるため実際はN2仕様)、仕上がり具合はなかなか勇ましいものだった。「心地良い」がキーワードで、柴犬っぽい愛くるしさがあったクルマとは思えない。だが、2020年夏のシェイクダウンでは可愛らしいタイムしか刻むことができなかった。ターゲットとするJoy耐の予選では、あやうくビリになる2分40秒台後半しか叩き出せなかったのだ。
そこからのフィット開発陣の動きが凄かった。F1も経験したことのあるエンジニアも加わり車両解析が行なわれ、パワーユニットのマネージメントが次々に改良されていったのだ。このe:HEVは2モーターハイブリッドで、エンジンは発電機で基本的にはモーターで走る。高速域の低負荷状態ではギヤをエンジンと直結して走れるという要素も持っている。当初はエンジン回転をアイドリング状態からイッキに6300rpmまで引き上げた状態で動かし、アクセルを踏めば即座に電力が得られる仕様となっていた。そこに搭載されるバッテリーから得られる電気が合わさった時、e:HEVが最も速い状態となる。
その状態で走るとフィット e:HEVは豹変する。アクセルONでは研ぎ澄まされたレーシングエンジンかと思うほどのレスポンスがあり、かなり気を遣うジャジャ馬に変貌していたのだ。LSDを持っていないということもあるが、クルマの向きをコーナーの脱出方向に向けておかなければアウトへと吹き飛びそう。特にウエットではそんな感覚が多かった。
だが、それで終わりにはならない。扱いやすさも目指して開発し、1台のまとまりあるクルマに仕立てていこうとするのはさすが量産エンジニア。速ければそれでよしとはしないのだ。われわれの意見に耳を傾け、コーナー脱出時には少しマイルドに仕立てようなど、出力の生み出し方にも気を使ったセッティングを次々に行なってくれた。結果的にはエンジン回転をやや下げて対処する方法になったが、それでずいぶんと扱いやすくなった。
しかし速さを持続させようとすると結局はバッテリー残量との闘い。ツインリンクもてぎを1周すべて走り切るほどの実力は持ち合わせていないというのが正直なところだ。具体的に言えば、5コーナーを立ち上がったあたりで力を失い始める。そこでバッテリーからの出力をストップさせるモードを追加したり、量産では使うことをためらう残量の下限をさらに使うという努力も行なわれた。バッテリーのライフが縮まること、さらに熱との闘いが始まったが、冷却対策やエネルギーマネージメントを行なった結果、そのいずれもクリア。まだ1周フルで走り切るにはもの足りないところもあるが、何とか速さも出てきた。
2020年11月、ミニJoy耐という2時間のレースが行なわれ、そこにテスト参戦した。一発の速さはかなり鋭く、予選では2分32秒台を叩き出すまでになった(32台中25番手)。予選一発はエンジン回転を6000rpmキープで走り、決勝は燃費も考えてベースは4500rpmほどに留め、アクセルONすると6000rpmくらいまで跳ね上がるという仕様に落ち着いた。結果としてアクセルONでは若干の応答遅れが見られるようになったが、それでも市販状態よりは遥かにレスポンスは優れている。
バッテリー冷却を意識した結果、室内はエアコン全開状態になり、レースをしているにも関わらず寒いしお手洗いに行きたくなるしという珍事もあったが、何とか2時間を無給油で無事に完走。30台中11位という手応えを得た。注目すべきは決勝のラップタイムが2分33秒台で安定して走っていたことだ。全開ラップのわずか1秒落ちで走りようによっては安定できる。ここがe:HEVの面白さかもしれない。
後に分かってきたことは、やはり回生ブレーキをいかにして使いこなすかということだった。コーナーに突っ込んでいくと最終的にはブレーキパッドを使うことになり、エネルギーが熱変換されてしまい、もったいないことになるのは想像に容易いだろう。モーターが持つ回生ブレーキの能力をうまく引き出すように、走りもパワーユニットのマネージメントも改める必要があったのだ。結果としてイージードライブしている時も、ドライバーが目を三角にしてタイムを追い求めている時でも、レースラップはほぼ変わらず。頑張り損がやや見られたところが苦い思い出だ。
進化するフィット e:HEVでJoy耐参戦
時は変わって2021年春、このJoy耐仕様のフィット e:HEVを何人かのジャーナリストがツインリンクもてぎの南コースで試乗した。そこで聞かれた感想は、アクセルレスポンスの良好さに尽きる。プログラム変更だけでここまでフィットの乗り味が変化するとは、誰もが思っていなかったようだ。e:HEVの新たなる可能性を誰もが感じていたことが印象的だった。
こうして初年度からかなりの成長を見せたフィット e:HEVだが、ホンダはその進化を緩めようとはしていなかった。2021年のレースに向けて新たなる改良を施してくれたのだ。大幅に改良されたポイントはファイナルギヤレシオを変更するというものだ。現状で3.4だったものを3.1へと変更。これはカウンターシャフト、ファイナルドリブンギヤ、そしてオイルポンプBギヤをセットで変更する必要があるもので、それはなんとワンオフ。予選のバッテリーが積極的に使えたシーンでは、いまのファイナルギヤレシオだと高車速で最高出力が制限されていることを嫌ったものだ。
結果として最大車速は175km/hから192km/hへ。ツインリンクもてぎだと直線が足りず、そこまで到達はしないと思われるが、どこまでそれが活きてくるのかは楽しみだ。今まではe:HEVの特徴の1つであるエンジン直結状態が使えていなかったから、それが走りにどう好影響を与えるかも期待だ。
さらにエンジンルームの熱対策、ヴェゼル用ステアリングの採用によりパドルが追加され、回生ブレーキの強さを4段階で変化させられるようになることや、バッテリーの使用を制限可能なボタンがステアリングスイッチに備わるなどの変更も追加される。また、車体は初期状態から30kg以上もの軽量化も行なわれたほか、スプリングやショックアブソーバーも進化しつつある。
果たして今週末のJoy耐 7時間レースでどんな結果が得られるのか? ドライバーは石井昌道、橋本洋平に加え、大先輩の元N1耐久チャンプ・桂伸一選手も加わる3名体制となった。F1やMotoGPに続くいい報告ができるように全力を尽くしてまいります!