試乗記

2022年中に日本導入されるフォルクスワーゲンのバッテリEV「ID.4」を試した

フォルクスワーゲンのバッテリEV「ID.4」

ID.4はどんなモデル?

 地球温暖化を抑制する取り組みとして、各国がCO2削減の目標を掲げるなか、欧州委員会は2035年に内燃機関車の販売を禁止することを可決した。まだ10年以上の時間があるため、2026年ごろの状況を見て、実現が可能かどうかを見定めようとしているようだが、もしも全てのクルマが100%のBEV(電気自動車)にならなかったとしても、カーボンニュートラルに向けた動きがクルマの電動化をさらに進めていくことに変わりはない。

 欧州の自動車メーカーの中でBEV化を積極的に推し進めているブランドが増えてきているが、私たち日本人にとって身近な輸入車ブランドであるフォルクスワーゲンもその1つ。過去には「eゴルフ」が日本に導入された経緯があるが、エンジンを搭載するゴルフのプラットフォームを応用してBEV化されたものだった。既存のプラットフォームを共有できるとなれば、これまでのエンジン車と変わらない感覚で使いこなせる。共有できるパーツがあるぶん、コストを抑えやすいメリットがあるが、新しい時代の乗り物としてジャンプアップできるかといえば、そこには既存の概念から離れられない足かせもあるだろう。

 そんなフォルクスワーゲンがついに電気自動車専用のプラットフォームを用いた「ID.」シリーズの1台を2022年中に日本に導入することを明らかにした。

 日本に最初に上陸するモデルの名は「ID.4」。ID.シリーズといえば、欧州ではすでに欧州専売のコンパクト5ドアハッチバックモデル「ID.3」のほかに、「ID.4」「ID.5」「ID. Buzz」の販売を開始している。中でもID.3やID.4は北欧を中心とした電気自動車が積極的に受け入れられている。コロナ禍の影響でここ3年ほど欧州から遠ざかっていただけに、フォルクスワーゲンが満を持して登場させる電動化時代の主力モデルの出来映えが気になっていた。

5ドアハッチバックモデルの「ID.3」(左)とID.4(右)
SUVクーペスタイルの「ID.5」
「ID.Buzz」は2列シートの5人乗りの乗用車(MPV)仕様

 なぜなら、ID.4はフォルクスワーゲンのBEVラインアップの中では中核にあたる存在で、ボリュームゾーンを捉える重要な役割を担うからだ。ゴルフがCセグメントをリードしてきた存在であったように、ID.4はBEVのコンパクトSUV市場で革新的な技術や品質面で世界を牽引するべく生まれた電気自動車なのだ。

 日本導入に先駆けて、ID.4のステアリングを握ることになったのは、このモデルがBEVの新車販売台数で第1位を獲得した北欧・デンマークの首都コペンハーゲン。

 エクステリアは電動化時代のフォルクスワーゲンを象徴するデザイン要素があちこちに散りばめられている。モーターで走るBEVはフロントまわりにラジエーターグリルが不要なため、バンパー下部に最小限の開口部が設けられている。Cd値は0.28を実現。空気抵抗の少ないフォルムは、クリーンでありながらどこか有機的で引き締まった体躯で、アスリート的な力強さを併せ持つ。足下には前後が異なるサイズの21インチタイヤを装着(フロント:235/45R21、リア:255/40R21)。また、先進的な乗り物であることを意識させるのはライティングの演出で、灯火類にはLEDを採用している。3Dで構成されるテールランプクラスターは赤い光の帯を均質に灯し、リアスタイルを印象的なものに仕立てていた。

 欧州仕様のボディサイズは4584×1852×1612mm(全長×全幅×全高)でグランドクリアランスは210mmを確保。ホイールベースは2766mmと全長のわりに前後のタイヤの間隔を広く構え、ルーフが低くスポーティな雰囲気を漂わせる。ID.4のプラットフォームはID.シリーズで共有されるMEB(モジュラー エレクトリック ドライブ マトリックス)プラットフォームが採用されている。車体中心付近の低い位置に重量物であるバッテリを敷き詰めた、電気自動車専用プラットフォームであることを伺わせる構えだ。

今回試乗したID.4のエクステリア(試乗車は海外仕様)。ボディサイズは4584×1852×1612mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2766mm

 インテリアはクリーンで先進的、それでいて居心地のいい空間に仕立てられている。特筆すべきはドライバーがクルマと向き合うインターフェイスに新しい風が吹き込まれていること。ドアを開けて乗り込むと、システムはすでに起動していて、スタートスイッチを押さなくてもすぐに走り出せる準備が整っている。インパネまわりは無駄なボタンやスイッチ類を排し、欧州仕様は「Hello,ID.」と話しかけて音声操作を行なうボイスコントロール機能を備えているようだ。シフトバイワイヤーが採用された恩恵で、シフトセレクターはデジタルメーターの右端に前後にスイングさせる操作レバーが配置されていた。

 また、電動パーキングブレーキの採用で、センターコンソールにハンドブレーキのレバーを配置する必要がない。それらによって生まれたスペースには収納装備が豊富に設けられている。ドリンクホルダーのトレーと仕切り板付きのオープンタイプの収納BOXは、自分の使いやすい配置でトレーごと前後の穴に入れ替えられる仕組み。スマホライフに欠かせないアイテムとしては、USBのType Cが2つ、さらにはワイヤレス充電器も設定される充実ぶり。ちなみに、USB Type Cは後席の足下にも2つ設置されていた。試乗車には第8世代のゴルフなどに採用されているDiscover Proのナビゲーションの進化版が搭載されていた。

 BEV専用のMEBプラットフォームが採用されていることで、後席や荷室を実用的に使いこなせる空間効率の高さも感じられた。ロングホイールベースに広く構えたトレッド、センタートンネルが存在しないフラットフロアは後席の膝まわりに足が組める程のスペースをもたらしている。身体まわりにもゆとりが感じられ、レザーとアルカンターラのコンビシートの座り心地も上質。ひとクラス上のセダンに乗っているような居心地の良さを与えてくれた。

先進的かつクリーンなID.4のインテリア
十分な広さが用意される後席

 荷室容量は後席を起こした状態で543L、60:40の後席をアレンジすれば最大で1575Lを確保できる。後席のシートバックは後席乗員が座ったまま、中央に長尺物を積み込めるトランクスルー機構も備わっているし、全高は低めだが、キャビンの全長が長くとられているぶん、荷室の奥行きはしっかりと確保している。後輪駆動のモデルだが、荷室壁面の張り出しは最小限にとどめ、フロアボードは上下2段式でアレンジ可能。上段にしておけば後席を倒してフラットフロアになるほか、床下に普通充電用のケーブルを収納しておくことも可能だ。

 今回試乗したモデルのバッテリ容量は77kWhで、WLTPモードの航続距離は最大で537km。リアアクスルに組み込まれたモーターは最高出力150kW(204PS)、最大トルクは310Nmを発揮するものだ。0-100km/h加速は8.5秒。最高速は160km/h。充電は11kWの普通充電と急速充電(CCS=Combined Charging System)に対応。この仕様の受電能力は最大で125kWで、30分間の急速充電を行なうと、320km(WLTPモード換算)程度走れるエネルギーをチャージできるという。

クルマと対話する楽しみを与えてくれる

 雨の中、コペンハーゲンの街中を走り出してみる。シフトセレクターを前方にひねり、Dレンジに入れて動き出すと、出足から丁寧にタイヤを転がしていく。1モーターで後輪を駆動して走るモデルとあって、後ろから大きな手で優しく押し出されていくような素直な走り出しをみせる。

 足下には21インチのタイヤが装着されていたが、操舵フィールはクルマの状況が掴める程度に手応えを残しつつ、それでいて交差点の右左折やカーブでは大径タイヤのわりにスムーズに切り込めるのでモタつくようなこともない。ただ、路面の継ぎ目を乗り越える時など、時おり突き上げを感じる場面があるので、同乗者のことを考えるともう少しソフトな乗り心地にするためにインチダウンしたモデルに乗ってみたいという気持ちが芽生える。

 ただ、そのぶんドライバーにとっては意のままのハンドリングが楽しめる要素もあって、モーターやバッテリを搭載するBEVとして、ガッチリ作り込まれたボディ、足下からの入力を受け止めるサスペンションやダンパーが優れた操縦安定性をもたらし、クルマと対話する楽しみを与えてくれる。

 それにしても、これまでの内燃機関を搭載したフォルクスワーゲンのモデルと比べると、どこまでも静かで、恐ろしく滑らか。テスラのクルマのようなエンターテイメント性のある加速とは異なり、どこまでもスムーズだ。もちろんモーター駆動の特性で、アクセルペダルを踏み込めばグッとトルクがみなぎって力強く加速していくが、普段は丁寧に走らせたい気分になる。クルマと息を合わせて走ることを満喫、はたまたリラックスした気分でドライブしたりと、ID.4は自分がクルマに合わせていくのではなく、その時の気まぐれな気分にクルマが寄り添い、自然体で向き合えそうな懐の深さを持ち合わせていることに魅力を感じた。

 クルマの常識が電動化によって大きく変わろうとしているいま、BEVは各ブランドの世界観を象徴するモデルが続々と登場してきている。そうした景色の中で見るID.4は常に究極のスタンダードを追求し、多くのライバルたちからベンチマークとされる存在として君臨してきたフォルクスワーゲンの強さがここに詰め込まれていると感じた。今回の仕様は外観や雰囲気こそ、時代を切り込んで進みそうなスポーティな要素を持ち合わせていたが、このモデルを核として、これからどんなモデルたちが展開されていくのかと想像すると、これから先のライフスタイルの変化が楽しみに思えてきた。

藤島知子

幼いころからクルマが好きで、24才で免許を取得後にRX-7を5年ローンで購入。以後、2002年より市販車のレーシングカーやミドルフォーミュラなど、さまざまなカテゴリーのワンメイクレースにシリーズ参戦した経験を持つ。走り好きの目線に女性視点を織り込んだレポートをWebメディア、自動車専門誌、女性誌を通じて執筆活動を行なう傍ら、テレビ神奈川の新車情報番組「クルマでいこう!」は出演12年目を迎える。日本自動車ジャーナリスト協会理事、2019-2020 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。