試乗レポート
シトロエン「C5 X」は個性的なフラグシップ ラグジュアリーな魔法の絨毯を堪能
2022年9月29日 10:00
シトロエンらしいフラグシップが満を持して日本上陸
ここしばらくの間、日本ではシトロエンのフラグシップと呼べるモデルが影を潜めていた。ユーモラスでポップなコンパクトクラスが主流となり、それはそれでシトロエンらしい独創性のあるモデルたちではあるが、ラグジュアリー志向のモデルはDSに譲り、同会社となったアルファ ロメオなどとの兼ね合いもあるから、もうC5やC6のような新型は日本にはやってこないのではないかと心配になっていた。
それが2021年4月にティザーサイトが公開され、ファンをざわつかせていたのがこの「C5 X」。8月にようやく正式発表となった、堂々たる新時代の独創性を花開かせたフラグシップと呼ぶにふさわしいC5 Xは、セダン、ステーションワゴン、SUVのエッセンスをシトロエンらしい感性で混ぜ合わせた、ひと言では断定できない新種のカテゴリーだ。
でも、「C」と「X」が入った名前を見て思い出すのは、シトロエンの歴史に初めて「X」を刻んだ「CX」。1974年に誕生したCXのデザインは、今思えばセダン、ステーションワゴン、ハッチバックのエッセンスを絶妙に抽出した独創性に満ちており、きっと当時も驚きを持って人々に迎え入れられたはず。それから50年近くが経った今、世の中にとっては新種でも、C5 Xには紛れもないシトロエンの血統が流れており、初めて会ったのにどこか親しみを感じさせつつ、驚きで満ちているシトロエンワールドが広がっていると感じた。
C5 XのボディはC5 セダンと比較すると、全長は10mm伸びて4805mm、全幅は5mmアップの1865mm、全高は10mmアップの1490mm。写真で見た時にはボリューミーなフロントマスクのせいか、かなり巨体になったように感じたが、実際はそれほど大きくなったわけではない。特徴的なV字シェイプのライティングシグニチャーは、C4にも採用されたデザインだが、クローム使いと精微なグリルなどによってフランス流の威厳と風格をたたえている。それは代々、フランスの大統領車として選ばれてきたシトロエンならではの、品のある風格だ。そしてボンネットやサイドに描かれる大胆なキャラクターラインは、とてもエモーショナル。サイドにまで回り込むテールランプでリアビューを強く印象づけるところも、古くからのファンならヨダレもののデザインだ。
ドアを開けて乗り込むと、そこはサルーンという響きがしっくりとくる、広々としているのにホッと心地よい空間があった。ガラスエリアはリアにもクォーターガラスがあって大きく、頭上のスライディングガラスサンルーフとあいまって開放感を演出する。前席も後席も、座った瞬間にフカっとクッションの弾力が感じられ、包み込むようにフィットして、ぬくもりを伝えてくる。このアドバンストコンフォートシートは、表層部に15mmの分厚く柔らかなスポンジを挟む手法を用い、高密度で厚みのある構造が生み出す姿勢保持性と、ゆったりとできる快適性を両立しているという。ホイールベースも2785mmとC5セダンより65mmも拡大されているので、特等席と言える待遇のよさ。今回試乗したSHINE PACKには、前席に電動で空気圧により腰部をサポートするマルチポイントランバーサポートが付いていた。さっそく作動させてみたが、かすかに押されているような気がするくらいで、プジョー 508のようにグイグイくる感じではなく控えめなようだ。
そして、見れば見るほど感心してしまったのが、インパネやシート、ドアインナーパネルにさりげなく「ダブルシェブロン」が模様としてデザインされているところ。実は、このマテリアルデザインを取りまとめたのは日本人デザイナーの柳沢知恵さん。“人が触れる”あらゆる部分に、シトロエンの新しいブランドアイコンを表現してほしいというミッションが課せられ、さまざまなパターンの文様を描き、形やサイズ、素材を変えてインテリアの随所に配置することを提案したという柳沢さんの手法は、それを目にするたびに人の手のぬくもりと、確かなビジョンを感じさせる。加飾パネルやシート上部の刺繍、厚塗りプリントといった、気づいた人だけが楽しめるバラエティに富んだシトロエンの新しい表情。昔のように奇抜さのあるインテリアではなく、どこか日本の伝統工芸にも通じる質感が感じられるのは、シトロエンとしては初めてのことかもしれない。
このC5 Xには、直列4気筒1.6リッターガソリンターボエンジンと、そこに電動モーターを組み合わせるプラグインハイブリッドが用意されるのだが、今回試乗したのはガソリンモデルのみ。PHEVは少し遅れて日本にやってくるという。8速ATを搭載するガソリンエンジンのスペックは、最高出力180PS/最大トルク250Nmとやや控えめな気がしたが、シトロエンとくればそれよりも注目されるのは乗り心地がどうかというところ。「魔法の絨毯」とも形容された独特の乗り味を生み出していた、ハイドロニューマチックサスペンションの流れをくむ最新のシステム、PHC(プログレッシブ・ハイドローリック・クッション)を全車に標準装備。サスペンション形式としては、フロントがマクファーソンストラット、リアがトーションビームという、ごく普通の形式となるのだが、このPHCを組み込むことで、よりショックを吸収してフラットライドを実現するという。
PHEVでなくても満たされる、ラグジュアリーな魔法の絨毯
都心の地下駐車場からスタートした試乗は、地上へ出る急坂で1.5t強となる重量を感じる重さがあり、意図するよりも敏感に反応してしまう低速でのブレーキフィールや、40km/hくらいまでではややバタバタとした足さばきで、あれれと思いつつのスタートとなった。まだ数百kmしか走っていない新車だからだろうか、個体差でもあるのだろうか、などと考えながら加速していくと、ターボのブーストがある程度立ち上がるくらいからは手応えのある余裕が出始め、60km/hくらいになると本来の姿を取り戻したかのように、乗り心地もしっとりと落ち着いて「ああ、これこれ」と安心。直線でもカーブでも、アクセルを踏むとガッシリと路面を捉えたあと、フワーっと少しずつ解放していくような、魔法の絨毯に歯車が付いているかのように独特の感覚だ。
ハンドリングは機敏すぎず、丁寧な身のこなしがフラグシップモデルらしいラグジュアリー感を演出している。しかも、この日はあいにくの雨模様で路面は完全にウェット。時折り強く雨粒が打ち付ける場面もあったのに、室内は静寂が保たれており、特別な空間に身を置いているという優越感が込み上げてくる。聞けば、360度のガラスエリアを採用しつつ、複層構造のラミネーテッドガラスを採用するなどで、静粛性にはことのほかこだわったのだという。弱点といえば、運転中の後方視界がややタイトで、リアワイパーが装備されていないため、少し気を遣うということだろうか。また、これも個体差があるかもしれないが、市街地では頻繁にアイドリングストップが入り、燃費を稼いでくれるのはありがたいものの、エンジン停止からの再始動がやや雑で、そのせいでウインカーの音も調子はずれなリズムで鳴るので、せっかくの優雅な空間が……、というところ。完全無欠ではなく、少し茶目っ気がある方がシトロエンらしいといえばそんな気もするのだが。
帰路では後席でも試乗してみると、低速での乗り心地も前席で感じたほどバタバタした感じではなく、静粛性もバッチリ。センターアームレストにはカップホルダーや小物入れがあり、ドアポケットもしっかり収納力があるので、長距離でも快適に過ごせるはずだ。
そしてラゲッジルームが通常で545Lという大容量なのも、ステーションワゴンの使い勝手を念頭に置いて開発したというC5 Xの美点。後席は6:4分割で倒すことができ、完全にフラットにはならないものの、最大1640Lまで拡大。トランクスルー機能もあるので、4人乗車で長尺物を積むことも可能だ。フロアボードの下には、深さはあまりないが小物が収納できるスペースも確認できた。
こうしてガソリンモデルの試乗を終えると、やはり早くPHEVに乗りたい気持ちが募ってくる。モーターを使えば低速からのスムーズさは格段にアップするだろうし、乗り心地に関しても、PHEVモデルにはPHCをさらに進化させ、走行モードに応じてダンパー内の油圧をコントロールするという、アドバンストコンフォート アクティブサスペンションを初採用。それはまるで飛んでいるかのようなフィーリングを実現したというから、期待は高まるばかりだ。
とはいえ、価格はこのガソリンモデルが484万円からのところを、PHEVは636万円とかなりアップしてしまう。その差を差し引くと、デザインや触感から新しいシトロエンのフラグシップたる独創的な世界を感じるには、ガソリンモデルでも十二分に満たされるのではないだろうか。