ニュース

いよいよ生産が開始されたフォルクスワーゲンの新型EV「ID.3」。その特徴点とは?

ID.3にかける意気込みと車両概要を振り返りつつ、運転支援システムのメカニズムに迫った

「ID.3」は2019年のフランクフルトモーターショーで正式発表。前夜祭ではフォルクスワーゲン グループ CEO ヘルベルト・ディース氏(写真)らがID.3の紹介を行なった

 フォルクスワーゲンの電気自動車(BEV)である「ID.3」が2019年のフランクフルトモーターショー(IAA)で発表された。2019年末から欧州で販売をスタートさせ、その後、世界主要地域での販売が計画されている。時期について公式な発表はないが、日本市場にもID.3は導入される(筆者は2021年~2022年あたりと予想)。

 すでに発表からおよそ2か月が経過した。車両概要についてはCar Watchをはじめ世界中で各媒体が伝えているが、3万ユーロ(約350万円)未満の車両価格で、1回の充電あたり最大で550㎞の航続距離(77kWh搭載車)との内容から、おしなべて注目度は高い。

 そこで本稿では、フォルクスワーゲンのID.3にかける意気込みと車両概要を簡単に振り返りながら、現地で実際に乗り込んだ際の各部の質感や操作性、そして新開発された大型のHUD(ヘッドアップディスプレイ)とAR(オーグメンテッドリアリティ/拡張現実)を組み合わせた運転支援システムのメカニズムに迫る。加えて、フォルクスワーゲンの電動化を担うボードメンバーに対するインタビュー、そしてID.3の組み立て工場となるドイツ ツヴィッカウ工場におけるCO2ニュートラルの取り組みについても紹介したい。

IAA会場で実車をチェック

交通コメンテーターの西村直人氏がID.3をチェック

 Dr.ヘルベルト・ディース氏(フォルクスワーゲン会長)はIAAの会場で、「フォルクスワーゲンは、電気自動車をニッチな製品から社会の主流へと押し上げ、誰もが手の届くものにしたいと思っています」と語った。言葉の重さはとてつもなく大きい。①BEVは現時点でニッチある。②しかしフォルクスワーゲンが大切にしてきた大衆車のカテゴリーとしてBEVであるID.3を育てていく。この二律背反を成し遂げるという決意表明であるからだ。

 ID.3の車両概要は以下の通り。ボディサイズは4261×1809×1552mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2765mm。日本で販売しているフォルクスワーゲン「ゴルフ」のBEVである「e-ゴルフ」と比べて全長と全幅はほぼ同じで、全高が72mm高く、ホイールベースはID.3が130mm長い。車両重量は搭載するリチウムイオンバッテリーの容量にもよるが、現時点では1719kg~と発表されている。駆動モーターは150kW/310Nmのスペックで後輪を駆動する。

 2019年末に量産モデルの生産がスタートし、2020年央より納車が始まるID.3。最初に納車されるのは特別限定モデルの「ID.3 1ST」だ。このID.3 1STはバッテリー容量58kWhで最大420km(WLTPモード)の航続距離。その後、ロングレンジ版の77kWh/最大550km(同)が加わり、最後にショートレンジ版の45kWh/最大330km(同)がラインアップに加わる予定だ。充電時間は100kWの急速充電器を使用した場合、ID.3 1STでは30分間で約290km(同)走行分の電気エネルギーを充電することができる。最高速はバッテリー容量によらず160km/hだ。

ID.3は2020年夏から欧州全域で販売を開始し、量産モデルのベース価格は3万ユーロ未満。予想される政府補助金(大衆向け電気自動車)を控除した車両価格は一般的な小型車の価格と同等レベルになるという

 目の当たりにした実車はかなり立体的でふくよかだ。事前に画像で確認した限りでは、平面ラインをいくつか組み合わせた平凡なスタイルに思えたが、実車はじつに意欲的なデザインであることが分かる。LEDラインを駆使したヘッドライトや、新しいVWロゴマークを中心としたフロントまわりの造形は新しい。また、ボディには曲線と直線を効果的に取り入れ、そこに立体的なパネルを端的に組み合わせることで独自の世界観を作り出している。

 もっとも、BEVではボディが受ける空気抵抗をなるべく減らすことが1回充電あたりの航続距離を伸ばすためには欠かせない。ID.3では、可能な限り前面投影面積を減らしつつ(2.36m 2 )、空気抵抗係数も抑えた(Cd値0.267)。ボディを下からのぞき込んでみると当然ながら床面はフラットで、さらに前後サスペンションのアーム類やその周囲には整流を目的とした造形が見て取れる。

ボディサイズは4261×1809×1552mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2765mm。航続距離が最大420km(WLTPモード)の58kWhのバッテリー搭載車が標準仕様で、オプションで最大330kmの45kWhのバッテリー搭載車、最大550kmの77kWhのバッテリー搭載車の3モデルを設定。ID.3 1STに搭載されるモーターは最高出力150kW、最大トルク310Nmを発生し、最高速は160km/hとのこと
充電ポートは右後方のフェンダー付近に
フラットなフロア下。前後サスペンションのアーム類やその周囲には整流を目的とした造形が見られる
足下は19インチホイールにグッドイヤー「EfficientGrip」(タイヤサイズ:215/50R19)の組み合わせ

 インテリアはとてもシンプルだ。インパネ中央には10インチのセンターディスプレイが配置され、ステアリング奥にも2回りほど小さなコクピットディスプレイが用意される。こうしたツインディスプレイ方式は各国各社の新型モデル、とりわけ電動車の多くに採用されている手法だが、ID.3の特徴は物理的なスイッチがとても少なく、最小限のスイッチ類をセンターディスプレイ下部に集約していること。結果、画像をご確認いただけるとお分かりのとおり、エアコンやオーディオ類などこれまでの一般的な車両にあるべきスイッチが一切ない。殺風景だと感じる読者もおられるだろうが、筆者はここに無駄を極力排した初代ビートル(Type 1)との共通項を垣間見た。

ID.3ではコクピットディスプレイ、インパネ中央の10インチのセンターディスプレイからなるツインディスプレイ方式を採用
コクピットディスプレイはかなりコンパクトなもの。その横にパーキングブレーキのボタンが備わる
最小限のスイッチ類をセンターディスプレイ下部に集約
センターディスプレイの表示例

 質感もID.3独特の世界観だ。これまでフォルクスワーゲンが大切にしてきた上質な部分はあまり感じられない。ドアノブやダッシュパネルの手触りも現行型のゴルフとはひと味もふた味も違う。これについて、フォルクスワーゲンの購買担当取締役Dr.シュテファン・ゾンマー氏に伺ってみた。

「ID.3はサプライチェーンを含めてCO2ニュートラルな方法で生産されています。それはインテリアに用いる素材にしても同様です。また、BEVでは重量物であるバッテリーがあるためそれ以外で軽量化を促進し、できるだけ車両重量を軽くする必要があります」と答える。さらにゾンマー氏は続けて、「よって、これまでのフォルクスワーゲンと同じ(≒CO2ニュートラルではない)素材を使っていませんから質感や手触りに異なる印象を抱かれるのでしょう。しかしわれわれはID.3にミディアムクラスの『パサート』と同様の快適性があると自負しています。さらにID.3はわれわれの世代よりも年齢的に若いオーナーに対する提案でもあります。彼らにはきっとID.3の質感に満足してもらえると信じています」という。

 確かに、利便性を第一に考えたスマートフォンに対して少なくとも筆者(40歳代)は過剰な質感を求めないし、ID.3が新しい世代のBEVであるならば、若い世代の価値観を表現したインテリアがあってしかるべき。よって、フォルクスワーゲンの割り切りというか、現実的な考え方は受け入れられるはずだ。

ID.3のインテリア

 改めて運転席に座ってみる。筆者(身長170cm)が正しい運転姿勢をとると若干ながらフロアが高いことが気になった。今回の取材では、ID.3の生産工場であるツヴィッカウ工場(ヴォルフスブルク)でID.3(MEBプラットフォーム)と現行型ゴルフ(MQBプラットフォーム)のホワイトボディ(プラットフォームと上屋だけの状態)の現物を比較することができた。

 MEBはMQBと比較してみると、サイドシルとフロアの段差(サイドシルからボディ下面へのくぼみ)が7cmほどであるのに対して、MQBは15cm以上ある。これはMEBがフロアにバッテリーを搭載するスペースを確保するためで、さらに剛性と衝突時の安全性を確保するためフロアの横方向に太いフレームが2本設けられた。対するMQBは、BEVのe-ゴルフやプラグインハイブリッドモデルである「ゴルフ GTE」の存在はあるものの、基本的にはICE(内燃機関)車両を主体に開発されていて、ID.3のような容量の大きなバッテリーを搭載する必要がないためフレームは1本で床面も低い。これが乗り込んだ際、フロア高の違いとなって現れた。

ツヴィッカウ工場で現行ゴルフ(左)とID.3(右)のホワイトボディの現物を比較
現行ゴルフ(左)とID.3(右)のホワイトボディをリアから。フロアの形状違いがよく分かる
ID.3のホワイトボディ。フロアの横方向に太いフレームが2本設けらるため、現行型ゴルフと比べるとフロアが高く感じられる

 運転支援システムはどうか? 残念ながら今回、ID.3の試乗は実現しなかったが、コクピットディスプレイとHUDの連携、そしてHUD内に展開されるARのいくつかについてはデモモードで試すことができた。もっとも実用的だと感じたのは、車載ナビゲーションでルート設定した状態でARと連動してHUDが展開されること。右左折を行なう場所に車両が近づくと、アイコンとなる矢印が徐々に大きくなり、ステアリングを切り始めるタイミングを示すかのようにその矢印は立体的に表示される。

インテリアでは短いオーバーハングにより実現したロングホイールベース、センタートンネルなしのデザインなどによって1つ上のセグメントに匹敵する居住スペースを確保
ラゲッジスペース

 日本のカーナビメーカーであるパイオニアが商品化している「クルーズスカウターユニット」で提供されるARスカウターモードをさらに進化させたイメージだ。車両前方の3~10m先に矢印などが表示されるため、ドライバーは正しい運転姿勢と保ち、被写界深度もある程度保ったまま安全にAR情報をもとにした協調運転が行なえる。

 このARは、ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)や車線逸脱抑制機能、衝突被害軽減ブレーキ機能とも連動していて、ACCでは前走する追従車両を明確にマーキングした上で車間時間に則った車間距離を段階的に表示し、車線逸脱抑制機能では逸脱しそうな車線側を緑色(反対側は白色)で表現し、車線内にとどまらせるステアリング操作を促す。また、衝突被害軽減ブレーキ機能では安全な車間距離を保っている場合には前走車を緑色でマーキングしつつ、衝突の危険性が高まった(=車間時間が短くなった)場合には、そのマーキングカラーを赤色に変化させてドライバーにブレーキ操作を促す。

HUDの表示例

未来のモビリティの実現を目指している

11月4日(現地時間)には同社のツヴィッカウ工場でID.3の量産を開始したことを発表

 最後にID.3の生産工場であるツヴィッカウ工場について。フォルクスワーゲンは1990年12月、ツヴィッカウに40億ドイツマルク(当時の日本円にして約3600億円)を投資してモーゼル工場(1999年にツヴィッカウ工場と改名)を建設。以降、ポロ、2代目~現行ゴルフ、パサートなどが生産されてきた。

 そのツヴィッカウ工場では、完全なるBEV生産工場となるべく転換作業の真っ最中だ。作業は順調に進み、2020年中にはID.3のフル稼働生産が行なえるという。これにより同工場の生産能力は現在の年間30万台から33万台に引き上げられ、欧州最大級のBEV工場となる。

 また、同工場は水力発電による電力供給を受けていて、年間10万tのCO2削減にも貢献している。「ツヴィッカウ工場では部品を納入いただくサプライヤーの方々にも、できるだけ自然エネルギーを活用することを契約条件としています」とツヴィッカウ工場の責任者は説明する。

 ツヴィッカウ工場では1600台を超える最新世代の生産ロボットを新たに設置した。これにより自動化の割合は15%から、最終的には30%へと増加する。また、この自動化によって1日の生産台数は現在の1350台から1500台へと約150台増えるという。一方で、工場の自動化は進めるものの、大規模なリストラは行なわず合計8000人の従業員数は配置転換などを活用して据え置かれる。「ボルトの締め付けからキーボードの打鍵へと作業内容が変わる従業員はいますが、リストラは行ないません!」と言い切るのは、先ほどの工場責任者だ。

ID.3の生産工場であるツヴィッカウ工場。サプライヤーにも可能な限り自然エネルギーを活用することを契約条件に盛り込んでいるという
ID.3の工場見学もできた。同工場では2021年から最大33万台/年のEVを生産することとなり、これによりツヴィッカウ工場は欧州で最大のEV生産工場になる

 タイプ1からゴルフ、そしてID.3と時代とともにフォルクスワーゲンは大きな変貌を遂げる。今回、その第3フェーズともいえるID.3の歴史的ローンチに立ち会うことができたことは、筆者の執筆活動にも影響を与え続けてくれるはずだ。

「フォルクスワーゲンは前進し続けます。私たちは、現在および未来の世代のために、未来のモビリティの実現を目指しています」とIAA会場で語るDr.ヘルベルトディース氏の眼光は鋭く、そしてとても澄んでいた。