インプレッション
トヨタ「ランドクルーザー70」
Text by 岡本幸一郎(2014/9/17 15:33)
すべてが懐かしい“30年前のクルマ”
売れないと嘆いているクルマもある一方で、こんなクルマがあるというのは実に興味深い話だ。こういったケースは、ごくまれにシエンタのような例もあるが、あまり過去に聞いたことがない。30年前に登場したあと、10年前には日本国内での販売が終了していたのに、このたび再販される運びとなった「ランドクルーザー70」(ランクル70)のことである。
実は海外ではずっと現役モデルとして販売されていたことは、ファンの間ではよく知られていた。今でも売れる台数が伸び続けているらしい。そんなランクル70だけに、日本のファンからは国内での再販を求める声が絶えなかったところ、ついにその声に応えようとトヨタが動いた。誕生30周年を記念して、期間限定で発売されることなったのだ。
そして発売後、富士山麓にあるオフロードコースと周辺の一般道でランクル70に試乗する機会を得た。
「質実剛健」という言葉がピッタリないでたちが懐かしいところだが、記憶にある姿とやや印象が違うのは、日本で販売終了となったあと、2007年にマイナーチェンジしてフロントまわりをリフレッシュしているから。また、その際にはより排気量の大きいエンジンを搭載するために、ラダーフレームのフロント側をワイドトレッド化するなど新たに設計し直した部分もあるそうだが、全体の基本設計は30年前のままだ。
ドアを閉めたときに聞こえる音や、角度が立った平らなフロントウインドーから外界を眺めるのは懐かしい感じで、ほっこりとした気分になる。
また、今回はバンだけでなく、これまで国内未導入だったピックアップが発売されたこともビッグニュースだ。しかも、数ある仕様のなかから5人乗りのダブルキャブが選ばれたというのもさらに“刺さる”ところ。とんがったクルマを好む人には、この設定は願ってもないチャンスだろう。
基本性能の高さがものをいうオフロード走破性
世界で活躍するランクル70は、サービス網が整備されていない土地でもユーザーが修理に困らないよう、敢えて電子制御デバイスを極力排していると開発者から説明された。それだけに、現状ではABSこそ付くようになったものの、トラクションコントロールや横滑り防止装置などは「搭載を検討中」とのことで、今のところ装備されていない。ただし、試乗車にはオプションの電動デフロックが装着されていた。
思えば、このところオフロードコースを走る機会がしばしばあったとはいえ、そのクルマの走破性の高さを伝えるというより、電子制御デバイスのおかげでいかに楽に走れるかをリポートするのが役目という感じだった。しかし、今回は違う。正真正銘、自分で操って“素のまま”のクルマの力を引き出し、道なき道を乗り越えていくのだ。
トランスファーノブをよほどの場面でなければ選ぶことのない「4L」モードに切り替えてコースイン。目の前に現れる難所を、アクセルの踏み具合に注意しながら前に進んでいく。ときおり路面の状況によってタイヤが空転してスタックしそうになるが、そんなときは電動デフロックを駆使すればよい。ダイヤル式のスイッチを操作して、まずは後輪のみをロック。それでもダメなら前輪もロックさせる。4輪をロックさせると、クラッチをつないだ瞬間に車体がスッと前に進む。
後輪だけロックさせると後方から押される雰囲気で、さらに前輪もロックさせると前からも引っ張ってくれる感じも加わり、脱出力は格段にアップする。まさしく基本性能が高いからこそ、セオリーどおりに運転すれば相当な悪路だって走破できる。ただし、前輪をロックさせた状態ではタイトターンが曲がれないので、必要がなくなったら電動デフロックは早めに解除したほうがよい。
ほかの人が試乗中のクルマが走る様子を眺めていると、前後のリジッドアクスルが見た目には不自然なほどなが~く伸びて、地面をしっかり捉えているのがよく分かる。逆に、それほどサスペンションストロークがない最近のSUVでも、似たような場面でなんとか走れてしまうのは、そのクルマに与えられた電子制御デバイスががんばって仕事をしている結果であるということも、あらためて認識したわけでもある。
クルマ任せで楽に走れるということも、それはそれで素晴らしいことには違いない。しかし、ランクル70には自分の力でクルマの状態を確認しながら操る醍醐味があり、そしてそれに応える高いポテンシャルがあるのだ。
バンとピックアップではホイールベースやトレッド幅、装着タイヤなどが異なるので、走った感覚にも違いはある。オールテレーンタイヤを履くバンよりも、剛性の高いリブラグパターンのライトトラック用タイヤを履くピックアップのほうが、こうした悪路では高いグリップが得られる。
トルクフルなエンジンとスローなステアリング
舗装路を走ってとやかくいうクルマではないことは承知しているが、やはり最近の快適性を重視したSUVと比べると、音や振動はそれなりに大きく感じる。とはいえ、それは予想していたものよりずっと小さく、けっして「不快」と表現するような印象ではない。
4.0リッターのV型6気筒ガソリンエンジンはとてもトルクフルで、2tを超える車体を引っ張るのになんら不満はない。これをストロークが長いシフトレバーを操って走る感覚も懐かしい。ATの設定がないことを惜しむ人もいるだろうが、MTだからこそ欲しいという人も少なくないはずだ。
スローレシオなステアリングも、これまた今どきない感覚。慣れるまでは切り遅れがちだったが、これのおかげでゆったりとリラックスして走れるし、オフロードでの走りやすさにつながっていることに違いない。
昔ながらのシンプルなインパネは、今どきのクルマのようにくまなく収納スペースが設定されているわけではないが、聞いたところでは、1度目の販売終了前よりも多少は使いやすさに配慮して改良が加えられているらしい。
視界は良好。Aピラーが細く、サイドウインドー下端が低くなっていて、ドアミラーがドアから少し離れた位置に付いているので死角が小さい。特筆すべきはカーナビだ。ほかの部分は昔ながらなのに、オプション設定のカーナビだけはDCMパッケージも選べる最先端のT-Connectナビが用意されていることにちょっと驚いた。
ベンチタイプのリアシートはタンブルが可能で、バンなら必要に応じて相当に広い荷室をつくりだすこともできる。リアシート下の床はフラットな造り。リアシートは横幅が広いので中央でも座るだけなら苦にならないが、ヘッドレストがなかったり、シートベルトが2点式なのはいたしかたない部分だろう。ほかにも、室内や荷室のマット類の収まりがいまひとつだったり、パネル類のチリが合っていなかったりするが、まぁご愛嬌ということで。
あれやこれやとランクル70に触れて、とてもほっこりとした気分になった。そんなランクル70が買えるのは2015年の6月末まで。30年前に基本設計されたクルマが新車で買えるというのは、やはりファンにはたまらないはず。この先、長く楽しみたい人はこの機会を逃す手はない。そして筆者も、定番のバンももちろんよいのだが、やけにピックアップに惹かれてしまった自分に気づいたりしている……。