インプレッション

テスラ「モデル S P85D」

“エコ”を前面に押し出したEVとはまったく違うアプローチ

 アメリカ西海岸はIT企業が軒を連ねる通称“シリコンバレー”。そんなロケーションに拠を構える、2003年設立という異色の新興自動車メーカーがテスラモーターズだ。

 このメーカーが手掛ける作品は、1台の例外もなくすべてがピュアEV。AppleにGoogle、Yahoo!等々といった今をときめく企業の拠点にほど近い場所に根を下ろし、最新テクノロジーのシャワーを浴びることができる環境に身を置くことそのものが、まずはこの自動車メーカー特有の存在感を示す、大きな特徴になっている。

 そんなテスラが地元アメリカで2012年にローンチし、2014年秋から日本でのデリバリーもスタートさせたのが、「モデル S」という大型5ドアハッチバック・モデル。その中で、ベース仕様の後輪駆動から全輪駆動化を図った上で、後輪側には特に強力なモーターを搭載したのが、ここに紹介をする「P85D」なる名称が与えられたトップ・パフォーマンスバージョンとなる。

全長4970mm、全幅1950mm、ホイールベース2960mmという堂々とした体躯を持つ「モデル S P85D」。前輪用に193kW、後輪用に375kWを発生する2つのモーターを搭載した4WDモデルで、0-100km/h加速3.3秒というパフォーマンスを実現。車両重量は2100kg。航続可能距離は491kmとアナウンスされている
モデル S P85Dのヘッドライトはキセノン、テールランプとハイマウントストップランプはLEDを採用。撮影車は21インチのアルミホイールを装着する

 格別に太いタイヤや、それを収めるためのワイドフェンダーなどが与えられたわけではなく、見た目上ではあくまでも“普通のモデルS”を装うこのモデル。けれども、その心臓部が1000Nmに迫るという超強力なトルクを発し、ポルシェの最新「911ターボ」の3.4秒を凌ぐ、3.3秒という0-100km/h加速タイムをマークする……と聞けば、大方の人はまさに“スーパーカー級”そのもののスピード性能に驚きを隠せないはずだ。

 そうした驚異的な走りのポテンシャルを実現させる一方、ヨーロッパの測定法「NEDC」に基づく航続距離が491kmと聞けば、「EV最大の問題点は航続距離の短さである」と、これまで重ねて言われてきた常識は一体何だったのか!? とも思うはず。

 結論からすれば、このモデルのとびきりのスピード性能と、EVとしては例外的に長い走行レンジの両立は、「大出力で大容量の駆動用バッテリーを搭載し、それを前提としたやはり大出力モーターで4輪を駆動すること」によって達成されている。“エコ”を前面に押し出してきたこれまでのEVとは、まったく違うアプローチが採られているということだ。

 前輪用が193kW≒262PS、後輪用が375kW≒510PSと、EVとしては他に例を見ない大出力を誇る2基のモーターに電力を供給するのは、アルミニウム製ボディ骨格の床一面にレイアウトされた、「18650型」という汎用性の高いリチウムイオン電池。P85Dの場合、そんなグレード名称に含まれる数字も示すように、バッテリーの容量は85kWh。ちなみに、マイナーチェンジを機に「JC08モード時の航続距離を280kmに伸ばした」と謳われる“大容量型”の日産自動車「リーフ」のバッテリーが30kWhだから、その2.8倍以上の容量を搭載している計算だ。

 こうして重くて高価なバッテリーを、半ば金に糸目を付けずに大量に搭載するからこそ、モデルSは「常識外れ」な航続距離を備えるEVに仕上がっていると言うこともできる。そもそもテスラ製の各EVは、飛び切り高価でプレミアム性の高さを売り物するモデルばかり。実際のところ、モデルSの場合も“エコカー”だからという理由で購入する人は皆無で、いずれもまずはその圧倒的な走りのパフォーマンスに魅せられて買っていくという。

ベージュを基調にした明るいインテリア。インテリアのハイライトは17インチのタッチスクリーンになっている
ラゲッジ容量は約745Lだが、分割可倒式の後席を畳むと約1645Lまで拡大できる。ラゲッジルームのフロア下にエマージェンシーシートが装備される

 となれば、そうしたユーザーは間違いなくほかのモデルを複数所有していて、充電設備の在りかが不安な場所には“そちら”で出掛けるという代替案が取れる理屈。また、富裕層となれば買い替えスパンも短いと考えられるから、電池の劣化や寿命といった課題も、まず問題点とはならないはずなのだ。その上で、むしろ「高価な方が歓迎される」という傾向すら見られるプレミアムなモデルであれば、価格面でのハードルも低いはず……とハナシは続く。

 いささか極端な例ではあるものの、例えばリーフであれば大きな課題となりそうなそうしたさまざまな問題点を、むしろ味方に付けたとさえ考えられるのが、モデルSの何とも絶妙な立ち位置というわけだ。

クルマとして真っ当に仕上がっているという驚き

「クルマ型」を模したシェイプのキーを携えて車両に近づくと、それまでツライチだったボディパネルから飛び出すドアハンドルに迎えられるようにして、ドライバーズシートへと乗り込む。

キーを持って車両に近づくとボディパネルからドアハンドルが出現する

 実際には幾ばくかのラゲッジスペースをその下に秘めているものの、まるでエンジンルームが存在するかのごとく伸びたフロントフードがあるのと同様に、ドライビング・ポジションを決めた時点での印象も、オーソドックスなエンジン車とそう大差はない。もっとも、初めて乗り込んだ誰もが驚くに違いないのは、ダッシュボード・センターにまるで大型のタブレット端末をはめ込んだかのように縦型レイアウトされた、17インチのディスプレイ。

 例えば、日中の濃霧のようにセンサーでは感知ができないといった状況を考えると、この表示の中にライトのメインスイッチまでを入れ込んでしまったのは明らかにやり過ぎ。けれども、余りある表示面積を生かし、それぞれの機能アイコンを大きく、しかも離れた場所同士にレイアウトしているために、操作触感のないタッチ式スイッチとしては、例外的に使いやすいことは発見だった。

17インチのタッチスクリーンではGoogleマップの表示をはじめ、リアルタイムのエネルギー消費量や航続距離予測、空調設定、サンルーフの開閉などさまざまな設定が行なえる

 コラムから生えたシフトセレクターやウインカーレバー、さらには追従機能付きクルーズコントロールの操作レバーなどは、「サプライヤーが同じ」ということから実はメルセデス・ベンツの各車と同様のデザイン。オーソドックスなデザインの正面クラスター内に収まるメーターは、当然のごとくフル・バーチャル式でさまざまなメニューの表示を可能とする。

 全長は5mに迫り、全幅も1.9mオーバーと大柄ではあるものの、前述のように床下にバッテリーを配しているゆえか特にリアシートではヒール段差が小さく、フロントシート下への足入れ性にも難があるために、後席居住性は優れているとは言えない。

 NTTドコモの3G回線を用いたインターネット常時接続が行なわれる一方で、現状では現在地の表示は「Googleマップ」のみでの対応。それゆえ、自動車用アイテムとしては表示の充実度や音声案内の自然さなどに不満が残る部分もあるものの、このあたりの割り切りの大胆さも、従来からの歴史ある“自動車屋”とはまた異なったアプローチが認められる部分。

 何ともスムーズで強力、かつ圧倒的に静かな加速感などはもとより、走り始めてすぐに実感するのは、これがクルマとして真っ当に仕上がっているという驚きだ。ボディの剛性感は十分に高く、サスペンションもよく動く。21インチのファットで薄いタイヤを履くために、路面によってはさすがにハーシュが直接伝えられる。けれども、それを除けば基本その乗り味はしなやかで路面へのコンタクト感にも優れ、しっかりと高級サルーンに相応しいテイストを演じることができているのだ。

 確かにバッテリーとモーターを用いた場合、エンジンやトランスミッションなどを要するエンジン車に比べると、加速に関してのハードルは低そう。とはいえ、ボディやサスペンションなども、1台のクルマを仕上げる上での大切な要素技術。それが創業12年のまだまだ若いメーカーに、これほど簡単に「追いつかれてしまう」というのは、個人的にも甚だ納得し難い事柄であった。

 実はテスラでは、歴史ある既存の自動車メーカーから多くのエンジニアをヘッドハントしているとされ、実際に副社長としてジャガーやアストンマーティンで経験を積んだ元エンジニアを迎え入れたことも発表済み。なるほど、そうしたノウハウが生かされていると考えれば、このいきなりハイレベルな仕上がりにも納得がいくものだ。

 一方で、逆に「ハイブリッド車で長い歴史を持つトヨタ自動車の作品と比べるとまだ分がわるい」と実感させられてしまったのがブレーキで、これは回生と油圧を使い分ける協調制御にまだ不自然さが残る。例の大型ディスプレイのモード変更でアクセルOFF時の回生ブレーキ力の大小を選択できるのはよいとして、いずれにしても時に“カックンブレーキ”になりがちなのだ。

 なかなか正確なハンドリングの印象は、同時に低重心感覚も伴うもので、当然そこには重量物であるバッテリーのフロア配置も貢献しているに違いない。こちらは、その操作フィーリングにも違和感はまったく感じない。

恐怖を覚えるほどの加速感

 ところで、先に紹介した3.3秒という0-100km/h加速をマークする「インセイン(=狂気の/非常識な)モード」選択時の恐怖を覚えるほどの加速感は、いかなるスーパーカーであってもエンジン車では絶対に実現不可能なもの。それは、静止状態から一瞬で最大トルクが立ち上がる特性を持つ電気モーターだからこそ演じられるテイストで、かつこのモデルの場合は4WDゆえにホイールスピンによるロスもほとんど皆無であることもそれを強調する。

 そんな走りを繰り返していたらドライブシャフトがねじ切れてしまうのでは? と思わずそんな心配をしたくもなるものだが、あるいはそうした考え方こそが、従来の自動車に対する常識に染まっている証拠か。もしかするとトランスミッションなど駆動系が存在しない分、そうした点は「無用の心配」に過ぎないのかも知れない。

 そんな異次元の加速体験を筆頭に、EVだからこそ表現できることを一切オブラートに包んだりせず、むしろある意味“エンターテイメント”の一種のように演じていることが、このモデルなりの大きな特徴と実感。例えば「スーパーチャージャー」という名が与えられたテスラ専用充電器の、掌の中に楽に収まる一見頼りなくさえ思える細いコネクター形状もそうした事柄の一例。

 一体それがどれほど複雑で重要な通信をしているのか不明ながら、日本のCHAdeMO(チャデモ)規格の巨大で重いコネクターのデザインは、それだけで女性などには「充電は怖くて面倒」と思わせるに十分。片手で簡単に接合が可能なテスラのアイテムならば、そうした人にも「私にも使えそう」と直感させるに違いない。このあたりが、同じEVであってもその思想が「天と地ほども違う!」と思わされずにいられない部分。

 テスラのCEOであるイーロン・マスク氏による、フォルクスワーゲンの不正問題に乗じた「化石燃料車はもう限界」という発言や、そもそもCO2削減などは念頭にないこうしたモデルまでをエコカーと認定した上で、そこに補助金を投入することなど、このモデルに纏わる事柄で必ずしも賛同ができない部分は、実は個人的にも少なくない。

 しかし、そうした点をさておいても“新しモノ好きのお金持ち”がこのクルマに飛びつきたくなる気持ちはとてもよく分かる。そんなこれまで誰もが手掛けてこなかったマーケティングに完敗の最新モデルが、この1台なのだ。

テスラ独自の充電設備でモデル S P85Dの充電を行なっているところ。充電ポートは左リアのボディパネルに用意される。なお、モデル Sではチャデモ方式の充電ケーブルと接続するための変換アダプターも用意されている

【お詫びと訂正】記事初出時、充電設備に関するキャプションで間違いがありました。お詫びして訂正させていただきます。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

http://blog.livedoor.jp/karmin2/

Photo:中野英幸