F1カメラマン熱田護の「気合いで撮る!」

第40回:メキシコ~日本~ブラジル?の旅

 ブラジル・サンパウロ。この写真は2年前の写真。

 ご存知の方は多いと思いますが、サンパウロは遠いんです。ドアtoドアで45時間くらいかかります。たぶん30回は行っているとは思いますが、どんどん遠くなっているようにも思えます。

 そんなブラジルGPに今年は行かないという決断をしました。

 その理由は、腰がひけちゃった……ということです。

 ブラジルの大統領選挙があって、その結果に不満のある人たちがサンパウロの空港から市内に行く高速道路を封鎖して大混乱になっているというニュースをメキシコから帰って来た段階で見てしまいました。マジか……。「サンパウロ 治安」とか「サンパウロ 道路封鎖」とかGoogle先生に聞くと、もう恐ろしい記述ばかり出てきます……うわー……マジかって感じで。

 まあ、大使館のサイトの情報は別として、他のニュースサイトの記事は大袈裟に書いてクリック数稼ぎかなとも思うし、実際に行ってみたら、普通だったということになるとも思ってみたりして週末を悩みながら過ごしました。

 そもそも、インテルラゴス・サーキットは写真を撮るということから見れば、好きなサーキットの1つだし、大好きなセナさんのことも思い出させてくれるし、今年も行く予定にして。航空券やレンタカーホテルも全て準備オッケーの状態です。

 サンパウロ、何度行っても、確かに危ない雰囲気は漂っているんです。

 強盗に遭うパターンの1つとして、街中や高速道路で渋滞するじゃないですか、止まりますよね。そこに、写真にあるようなバイクに2人乗りしたわるい人が、止まっているクルマの横に来て、拳銃を向けるわけです。

 腕時計、財布、PC、出しなさいって……逃げようとして撃たれた人多数らしいです。なので、そうなったら渡すしかないそうです。

 何年か前には、バトン選手とかチーム関係者がサーキット近くで上記のままの被害に遭ってます。

 2年前に、僕が助手席、運転はまっちゃん。赤信号で止まりました、僕らの前にはバイクに乗った警官が2人、その横に2人乗りの若者のバイクが止まります。

 そしたら、いきなり、2人の警官が、拳銃をその若者2人に向けるんですよ! 平和の国・日本人の僕ら2人は、ま、マジかよ! って思うじゃないですか。警官は、拳銃をその2人に向けたまま、上着を脱いでみろと指示します。何も持ってなかったからよかったんですけど……。

 う~~~ん、そういうことです。

 そういう、日本にいては想像できないような危険がウヨウヨしている場所もあるということです。

 もちろん、明るくて、陽気で、サンバな感じで、いい部分もたくさんあるんですよ。

 でも、さらに今年は日本からの報道関係者は、僕以外誰も行かないということもあり……行くのならば、僕1人という心細さも多分にあります。

 チーム関係者は、大人数で団体でいい地域のいいホテルへ行くので心配は随分緩和されると思うんですが、僕らは、完璧に自分手配で動かなければなりません。尾張さんもまっちゃんも行かないとなれば、ひとりぼっちだし。でも、行って写真は撮りたいという気持ちもあり……。

 この写真は、2018年のブラジルGPのとき、右はまっちゃん、左は当時サンパウロ在住だった日系2世のYkemotoさん。

 撮影場所は、病院。

 ベットの上にいるのが僕です、まあ、この年、サンパウロのホテルに着いた途端に体調を崩して、夜中に意識を失い、風呂場で倒れて、明け方にたまたま意識が戻ったんですけど、動けないんです……意識はあるのに、動けないって状況になるのって初めて、もちろん意識がなくなるってのも初体験。這ったり、転がったりして3m先の携帯電話まで移動するのに30分はかかったと思います。

 まっちゃんに救急車を呼んでもらって病院へ、救急車で運ばれていくのも初体験、海外で救急車ってもの初めて。

 連れて行かれた病院が、申し訳ないんだけど、野戦病院みたいな感じで、廊下にたくさんベットに乗った患者さんがあふれていて、とても自分が見てもらえる状況にはありません。そこで、付き合ってくれているまっちゃんが、知り合いのYkemotoさんに連絡をしてくれて、別の病院を手配してくれた現場写真がこれです。

 4年前のことですけど、まあ、びっくりしましたね。長く旅していると、いろんなことがありますけどね……。

 ならば、現状のサンパウロがどうなっているのかYkemotoさんに電話して聞いてみようと思ったわけです。

 状況を話すと……「あ~なるほど。やっぱり空港から市内に行くときが一番危ないので、じゃあ、防弾車を運転手付きで用意しましょうか? だいたい、空港からホテルまで2万円くらいですけど」と、親身になってくれます。

 まあ、Car Watch的には、防弾車っていいかもですけど、正直、この防弾車ってワードで、やっぱりやめておきますって決めました。

 残念ですけど、ちょっと今年はやめておきます。

 Ykemotoさん、いろいろアドバイスありがとうございました!

 2019年のメディア用の駐車券。ブラジルGPスペシャルです。

 何がスペシャルかっていうと、普段はフロントガラスの内側にぺったりと貼るんですけど、貼ったままだとF1関係者だってわるい人たちにバレてしまうので、サーキットのゲートを通過するときだけ見せるんです。

 今年も、これと同じ仕様です。まあ、使わないですけど……。

 という理由で、今年のブラジルはパスします!

 話は遡り、メキシコGP。今年は60周年GPだそうです。

 この2人のメキシコ人ドライバーは、ロドリゲス兄弟。左がペドロ、右がリカルド。2人とも才能あふれるドライバーだったのですが、レース中に事故死しています。エルマノス・ロドリゲス・サーキットという名前はロドリゲス兄弟のサーキットという意味です。

 60周年記念大会と言っても、60回行なわれていたわけでなく、今回が23回目。プレスルームのかべに貼られていた当時のポスター。

 第4回大会、1965年。ホンダF1初優勝のとき。

 リッチー・ギンザー選手のRA272。中村良夫初代監督の「見た! 来た! 勝った!」の電報で有名。中村さん! 今年も勝ちました!

 僕が初めてメキシコに行ったのは、1991年。セナ選手もいたし、予備予選ってのもあった時代。

 宿泊していたホテルにあったF1? もちろんゼッケンは11です!

 サーキットメインのゲートを出たところ、危ない雰囲気はあります。

 このサーキットで有名なスタジアムセクション。元野球場。テッペンまで上った風景です。

 一気に登ると、空気が薄いのを実感できます。でもね。次々に上っていく現地の人たちも、ゼーゼー言っているのでどうなんだろとか思ってしまう。

 カメラマン用に金網を切ってくれています。毎年少しずつ大きくなったり少なくなったりします。

 名物の渋滞。空気が薄い上に空気がきれいとは言えないメキシコシティー。

 このころから、少し喉に違和感……。まあ、なんというか、F1がなければ行きたくないかな。

 ホテルで晩御飯、メキシカンバーガー。1900円、チップ込み。

 おいしいからいい。

 すごいでしょ。やり切ってますよね、ハロウインだか死者の日なのか分からんけどね。

 この人、メキシコシティー空港のアメリカン航空のカウンターの人なんです。朝の3時半くらい。たぶん、成田にも羽田にもこんな人いませんよね。

 と隣のカウンターの人。いいと思います!

 朝5時発のダラス行き、メキシコを離陸したところ。完徹だったので、2時間半、爆睡。

 ダラス空港着。ちょっとホッとするのはなぜか?

 日本行きのJALのゲート。ここまで来ると、ほぼ日本な感じ。

 たぶん千葉上空。

 やっぱり着いたその日は、カツ丼でした!

 ラーメンは最高においっしーい! 日本はいいよ!

 近所の八百屋さんが休みだったので、致し方なく、高級スーパーに行ってなぜか買ってしまったシャインマスカット。高けりゃおいしいということもないということを勉強させていただきました。

 大吉との散歩は、いい気分転換になります。

 ブラジル行きの中止を決めたのは、月曜日。火曜日出発の予定だったので、あれこれとキャンセルしないとね。

 なんと、出発するはずだった火曜日に発熱。病院に行って抗原検査で陰性、薬をもらって飲んでも、夜には38度超えて……もうぐったり……。

 もし、もし、気合い入れまくって飛行機に乗っていたら、アメリカに着いて隔離されていたかも……そうなったら最悪でしたね。そういう意味でも、行かなくてよかった。

 水曜朝に病院でもらってきた抗原検査自宅でも陰性。どんどん回復して、熱も下がって元気になって木曜日。

 どうやら、メキシコから帰国してから頭痛と咳が続いていて、なんだかスッキリしないな~って思っていたら、どうやら風邪っぽいです。

 2度目のコロナ感染かとも思ったんだけど、こんなに早く回復しないよね。疲れがたまっていたのも事実だし、ブラジル行かないって決めてホッとしたのもあったのかもね。

 といういろいろあった1週間でした。最終戦のアブダビには予定通り行きます!

 ブラジルGPはテレビで見ます。いや録画かな……。

熱田 護

(あつた まもる)1963年、三重県鈴鹿市生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。1985年ヴェガ インターナショナルに入社。坪内隆直氏に師事し、2輪世界GPを転戦。1992年よりフリーランスとしてF1をはじめとするモータースポーツや市販車の撮影を行なう。 広告のほか、「デジタルカメラマガジン」などで作品を発表。2019年にF1取材500戦をまとめた写真集「500GP」を、2022年にF1写真集「Champion」をインプレスから発行。日本レース写真家協会(JRPA)会員、日本スポーツ写真協会(JSPA)会員。