CES2015

「ビジュアルコンピューティングがもっと楽しく安全な自動車を実現する」とジェンスン・フアン NVIDIA社長兼CEO

1TFLOPSのモバイル・車載用SoC「Tegra X1」で高度なADASを実現

会期:2015年1月6日~9日(現地時間)

会場:Las Vegas Convention and World Trade Center(LVCC)、LVH、The Venetian

CESでのNVIDIAの記者会見でDRIVE PXを公開するフアン氏。DRIVE PXは12個の高解像度映像入力を持ち、2つのTegra X1を搭載することで、高度な演算性能を提供する

 半導体メーカーのNVIDIA(エヌビディア)は、世界最大のデジタル家電の展示会である「2015 International CES」に出展し、開幕前々日となる1月4日(現地時間)に記者会見を開催し、同社のモバイル・車載用SoC(System on a Chip)の最新製品となる「Tegra X1」を発表した。Tegra X1は、前世代となるTegra K1に比べるとGPUが強化されており、同社がデスクトップPCなど向けに提供しているGeForce GTX 980/970と同等のアーキテクチャとなるMaxwell(マックスウェル)アーキテクチャのGPUになることで演算性能が大きく強化されており、FP16の浮動小数点演算では1TFLOPSの演算性能を実現するなど強力な演算性能が特徴となっている。

 そうしたTegra X1を発表したばかりのNVIDIA 社長兼CEOのジェンスン・フアン氏は、報道関係者向けのラウンドテーブルを開催し、同社の自動車向け製品のビジョンに関しての説明を行った。この中でフアンCEOは「Tegra X1はかつてのスーパーコンピュータが備えていたような演算性能を備えている。ドライバーの誰もが安全なドライブをしたいと考えていると思うが、Tegra X1のコンピューティングパワーを使えばそれが可能になる」と述べ、NVIDIAの提供する半導体、そしてそれに併せて自動車メーカーに提供されるソフトウェア技術とを組み合わせると、より楽しく快適で、かつ安全な自動車を実現できるようになるとした。

ビジュアルコンピューティングがもっと楽しく安全な自動車を実現する

NVIDIA 社長兼CEOのジェンスン・フアン氏

 Car Watchの読者にとってはNVIDIAと言えば、自動車向け半導体ビジネスのキープレイヤーという印象だと思うが、実のところNVIDIAにとって自動車向け半導体の売り上げが占める割合はまだ大きくない。フアン氏は「自動車向け半導体のビジネスは非常に重要だが、実際の所全体の売り上げに占める割合はまだ大きくない。50億ドル近い売り上げのうち数百万ドルが自動車由来だ。しかし、年々倍々で売り上げが増加しており、今後もどんどん大きくなっていくだろう」と述べ、自動車向けの事業の重要性を強調している。

 そうしたNVIDIAの自動車向け事業が急成長するきっかけとなったのが、ドイツの自動車メーカーであるAudi(アウディ)との提携だ。「自動車メーカーとしていち早くCESに参加したのはアウディだった。我々はアウディと協業して、家電の世界、シリコンバレーのイノベーションと自動車が出会う橋渡しを行ったのだ」と述べ、ITのテクノロジーにより自動車の世界に新しい変革をもたらしてきたことを誇りに思っているとした。

自動運転機能を持つアウディのコンセプトカー「Audi prologue Show Car」。自動運転機能はNVIDIAのTegra X1の演算性能を利用して実現している

 そして、最近の同氏の持論でもある「自動車は最高の家電になる」というビジョンについて触れ、「これから自動車は一般消費者が買う家電の中で最も高価な機器になるだろう。非常に楽しく、夢があって、便利な機器になる。しかしその一方で、一度事故が起これば、人を傷つけてしまう可能性をもっている。従って、NVIDIAのミッションとしてはテクノロジーにより、楽しさを提供するのと同時に安全への貢献も果たしていきたい」と述べ、そうした技術革新に貢献できる製品が今回のCESでNVIDIAが発表したTegra X1だとした。

 フアン氏は「Tegra X1はかつてのスーパーコンピュータが備えていたような演算性能を実現している。ドライバーの誰もが安全なドライブをしたいと考えていると思うが、Tegra X1のコンピューティングパワーを使えばそれが可能になる」と述べ、Tegra X1の最大の特徴はADAS(Advanced Driver Assistance Systems、先進運転支援システム)に代表されるような安全性の仕組みを強力な演算性能を利用して実現できることだと強調した。

 これには若干の解説が必要になるだろう。これまで自動車メーカーが自動車に実装してきたADASの仕組みというのは、言ってみればアナログ回路の延長線上のような技術だった。一番分かりやすい例で言えば、バックモニターに映る補助線というのは、CPUのような仕組みで演算されているというよりは、固定機能をもった装置により機械的に引かれている、そうした例が多かった。しかし、現在は徐々に、システムが持っている半導体の演算装置とソフトウェアを利用してデジタル処理する仕組みが増えている。今、我々はそうしたアナログからデジタルへの移行期にあると言える。つまり、自動車メーカーにとっても、今後より高度なADASの仕組みを導入しようと考えているなら、より処理能力が高い半導体を必要としている、そういう段階に突入しつつあるのだ。つまり、これまで自動車向けの半導体と言えば、IVI(In-Vehicle Infotainment、車載情報システム)向けの半導体というのが一般的だったと思うが、それに加えてADASの機能を実現する半導体という2つの競争軸がでてきている、それが現状だ。

Tegra X1を2基搭載するDRIVE PX。2TFLOPS以上の演算性能を持つという
DRIVE PXに搭載されたTegra X1

半導体だけでなく深層学習機能などのソフトウェアも含めて自動車メーカーにプラットフォームで提供

 フアン氏は「自動車を運転するということは、コンピュータにとって複雑な作業だ。例えば、前にスクールバスがいれば急に止まるかもしれない。クルマが止まっていればそのドアが急に開くかもしれない、そうした状況に対して人間の脳はうまく対処しているが、仮に自動運転を実現するとすればコンピュータが自動車の置かれている環境を理解して、それに対処していく必要がある」と述べ、ひと口に自動運転やADASといってもその実現は簡単ではないとする。しかし、それの対処もNVIDIAが推進する“ビジュアルコンピューティング”の技術があれば、実現は不可能ではないとする。

「鍵となるチャレンジは2つ。1つは我々がサラウンドビューと呼ぶ周辺状況の確認、もう1つが状況に応じた判断だ。その両方を我々のTegra X1はカバーすることができる」とフアン氏は説明する。具体的にどういうことかと言えば、まずは自動車に取り付けられたデジタルカメラを利用して映像の取り込みが行われる。NVIDIAがCESで発表したDRIVE PXというTegra X1を2つ搭載した自動車用のモジュールには、12個の高解像度デジタル映像入力が用意されている。Tegra X1はデジタルカメラを利用して取り込まれた映像を利用して、自動車の周囲360度の状況をリアルタイムにコンピュータが理解できるモデル化を行い、状況を把握することができるようになっている。

 さらに、フアン氏はDRIVE PXには1TFLOPS(単精度の浮動小数点演算時の演算性能)の処理能力を持つTegra X1を2つ搭載しているので、それを利用して自動車が自律的に状況を判断し、ハンドルやアクセルを操作する機能を実現できることを指摘した。フアン氏は「大事なことは周囲の状況の微妙な違いを自動車自身が判断できることだ。我々は深層学習機能(ディープラーニング)を、Googleやスタンフォード大学などと協力して非常に長い間研究してきた。その成果をTegra X1やDRIVE PXに搭載しており、自動車メーカーはそれをソフトウェア込みで利用することができる。これからの自動車向け半導体にはこうしたプラットフォームでの提供が重要になる」と述べ、NVIDIAが単に半導体だけでなく、こうしたADASや自動運転を実現するソフトウェアやソフトウェアの開発キットなどを含めたプラットフォームとして自動車メーカーに提供できることがアドバンテージだと述べた。

NVIDIAの記者会見で公開されたDRIVE PXを利用した物体認識の例。この場合は横断歩道があることをクルマが認識している
このように複数の標識や物体なども認識できる
DRIVE PXを利用した深層学習機能の仕組み。カメラからキャプチャされた周囲の情報を、2つのTegra X1が強力な処理能力を利用してデジタル的に処理していく。さらにクラウドにあるサーバー側で学習したデータなどが共有されていく
DRIVE PXを利用して周囲360度の情報をデータ化していく

現在の自動運転は初めの一歩に過ぎない、今後さらに発展させていく必要がある

 記者から「自動運転は今後必須の機能になるのか?」と問われたフアン氏は「自動運転はドライバーチョイスになると思う。例えば幼児をリアシートに乗せ、幼児が泣き出したら、(ドライバーである)親の視線がそちらに行ってしまう場合があるが、その時にたまたま前にクルマが止まっていれば事故になる。現状のクルマでは避けられないが、自動運転の機能があればクルマが自動で車線をずらして避けることができるかもしれない。ただし、その機能をONにするかどうかはドライバーチョイスだ」と述べ、多くのドライバーにメリットがある機能だが、使うかどうかの判断はドライバーに任せられるべきだとした。

 また、自動車に搭載されているソフトウェアのアップデートについて質問され「TeslaのModel SはWi-Fiネットワークに接続するとファームウェアをアップデートすることができる。そうしたアップデートにより新しい機能を追加されるなどユーザーにとってメリットがある。私は自動車はソフトウェアにより定義される製品になると考えているし、それは自動車メーカーにとっての新しい責任になると考えている。過去、携帯電話というのは製品を買ったらメーカーとのつきあいはそれで終わりだった。しかし、スマートフォンになってユーザーが製品を購入することはOTA(Over The Air、無線経由の接続)による新しい関係の始まりになっている。自動車も同じになるだろうと私は考えている」(フアン氏)と述べ、自動車業界でも今後は何らかの形でのソフトウェアアップデートを提供していくことが必須になるだろうという見通しを明らかにした。

 最後に自動運転の実現具合を質問されたフアン氏は「ステップバイステップで実現していくものだと考えている。現在はアナログからデジタルへの移行期にある。物体認識に関しても進化している途上だし、深層学習についても同様だ。これからまだまだ発展していくと思う。将来的には、自動車すべてに通信機能が搭載され、深層学習の成果がクラウドで共有されたりなどもしていくのがベターで効果的だ」と述べ、現在の自動運転の機能は初めの一歩であり、これからさらに機能を発展させていくことが大事だと語った。

笠原一輝