イベントレポート

【東京モーターショー 2019】マツダ初の量産EV「MX-30」の開発主査、竹内都美子さんに聞く開発秘話

ロータリーエンジンを発電機とするレンジエクステンダーの可能性は?

2019年10月23日 開幕

2019年10月25日 プレビューデー

2019年10月25日~11月4日 一般公開日

「MX-30」の開発担当主査である竹内都美子さんに開発についての話を聞いた

 マツダ初の量産電気自動車(EV)として、東京モーターショー 2019のプレスカンファレンスで初公開された「MX-30(エムエックス・サーティ)」。プレスカンファレンスの冒頭でスピーチを行なったのは代表取締役社長兼CEOの丸本明氏だったが、実際にMX-30の詳細を語ったのは開発担当主査の竹内都美子さんだった。

 2012年から発売が始まった新世代商品群のモデルは、これまで世界各地のモーターショーで初公開されてきたが、プレスカンファレンスの場で新型車を紹介するのはボードメンバーの役目だった。しかし、MX-30のお披露目は開発担当の主査がメッセージを伝えるという異例なパターン。それだけMX-30は特別なモデルであり、次世代の環境対応車両として主役になっていくのだろう。

 本稿では、MX-30の開発を取りまとめた竹内都美子主査にインタビューを実施し、開発初期の構想やどのように開発が進められたのか、そして現状の進捗度合いなどをうかがった。

MX-30のコンセプト

MX-30開発担当主査、竹内都美子さん。1997年にマツダに入社し、電子技術開発部でハーネス設計を担当。1999年にはR&D技術管理本部で総合商品性能評価を担い、その後「プレマシー」や「RX-8」の評価を受け持つ。2009年より車両開発本部・車両開発推進部で新世代技術とプラットフォームの開発を担当。2011年から「MAZDA2/デミオ」の性能開発に関わり、2015年2月に商品本部の主査に着任。以降、MX-30の主査として開発を取りまとめている

――プレスカンファレンスで主査自らが開発したクルマの紹介をするのは珍しいですね。

竹内主査:東京モーターショー 2019の3か月前に丸本(代表取締役社長兼CEO)より、「MX-30を発表するときはあなたの言葉で伝えなさい」と言われました。そう言われてからずっと緊張していました。

――スピーチは技術的なことよりも、MX-30が持つ雰囲気やコンセプトなどを伝える内容になっていましたね。

竹内主査:今回はMX-30のコンセプトを伝えたかったので、「人馬一体」であるとか「SKYACTIV-VEHICLE ARCHITECTURE(スカイアクティブ・ビークル・アーキテクチャ)」などの技術的な言葉やシステムを解説することを封印したいと丸本や藤原(藤原清志 代表取締役副社長執行役員、社長補佐、北米事業・研究開発・MDI統括)に伝えました。情緒的にはなりますが、とにかくお客さまの気持ちであったり、新しい価値を表現するキーワードに終始させてほしいとお願いしました。すると役員からは「しょうがない、後は任せる」と言われました。プレスカンファレンスで登壇する前、丸本から「後は任せる」と言われて身が引き締まったのを覚えています。

東京モーターショー 2019のプレスカンファレンスで世界初公開されたMX-30。ドアは観音開きのフリースタイルドアを採用し、塊感のある独特なスタイルに仕上がっている

――では、開発の過程を聞いていきたいのですが、竹内さんが商品本部へ異動したのは2015年でしたよね?

竹内主査:2015年2月に新世代の商品を開発するということで、MAZDA3の開発主査を務めた別府とともに同日に異動となりました。当時はMX-30という商品名はもちろんなく、ただニューネームプレートの商品を開発するということだけが決まっていました。新しい価値のクルマを作ってほしいということだけで、そのクルマを電動化するのか、それともガソリンエンジンを積むのか、ディーゼルエンジンになるのか、どんな技術をドッキングするのかまったく白紙の状態でした。

――開発初期はどのような過程を歩んでいったのですか?

竹内主査:まずはコンセプト作りとして、お客さまになりそうな人に会いにいきました。国内はもとより、サンフランシスコやベルリンなど世界各地でリサーチを進めたのです。会った人の普段の生活を見させてもらい、お宅を訪問させてもらって、どのような生活をしているのか、リビングはどのような様式か、そしてどんな物を食べているのか。実際の生活スタイルを見させてもらいました。そして、リビングやキッチンなど多くの写真を撮って、それをデザイナーの部屋に貼り、新型車はどのような空間作りを行なっていくか時間をかけてディスカッションしました。

 デザインを決めるのは相当な時間を要しました。形状もそうですが、MX-30の塊感などを決めるのに2年を要しました。思い描いた形や塊感を表現するには普通のドアではダメで、フリースタイルドアの採用が決まりました。インテリアも、お客さまが使っている家具やソファー、壁紙などの色が参考になり、カラーや素材を選んでいきました。これまでの車種の開発過程とは大きく異なり、お客さまの生活様式などが参考になっています。

インテリアは心が安らぐ優しさに包まれた空間を意識。素材もヘリテージコルクを使用するなど、これまでにない挑戦を行なった

――実際に量産EVとして販売すると決まったタイミングはいつでしょうか?

竹内主査:2018年2月に、ようやくデザインとそれに組み合わせる技術が決まって、正式にMX-30として販売へ向かうことになりました。

――プレスカンファレンスでは「ヒューマン・モダン」をコンセプトにしたと言われていましたが、具体的にはどのようなことでしょうか?

竹内主査:現代のお客さまの日々を考えたときに、頭の中が忙しくなっていると思うのです。そんなときに落ち着けるのはクルマでの移動空間であり時間であると考えていて、MX-30は機械的な冷たさではなく人間味があり、パートナーが隣にいてくれるような安心感を与えられればと思っています。

 また、マツダの商品である以上は魂動デザインのテーマの中で進化させなければなりません。MX-30もクレイモデラーが手でクレイを何度も削って仕上げていきました。今までのモデルにはないほど、何度もクレイモデルを作っていきました。なので、人の手が生み出す美しさや温かみという意味でもヒューマン・モダンというコンセプトを用いています。

欧州仕様車のボディサイズ(数値は暫定値)は4395×1795×1570mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2655mm。駆動用バッテリーの総電力量(バッテリー容量)は35.5kWhとアナウンスされている

 コンセプト作りでヒントになったことがあり、Googleの社員や学生と会ったときに「今の未来は、明日の過去だと」言っていました。クルマはもちろん1日で完成するものではなく、何年も掛かります。1年も2年も経てば、そのころに考えていたことは遠い過去になってしまいます。何が変わらないのかと考えたときに“人の心”だと感じ、将来求めるであろうものを想像したのです。人の心が求める「自然体」や「優しさに包まれた空間」であれば、クルマが完成したときに求められるものになると思いました。

――主査になる前は車両開発に携わっていたとのですが、MX-30に求めた運動性能とはどのようなものでしょう。

竹内主査:ガソリンモデルでもディーゼルモデルでも、マツダでは人の感覚に合った走りを追求してきました。EVでもその感覚を変えるつもりはありません。デミオのダイナミクスを一緒に作り上げた仲間が、MX-30の運動性能を確立させる軸となるエンジニアとして参画してくれました。最初の企画段階で数多くのEVや内燃機関のモデルに乗り、ニューネームプレートのクルマをどのようなパフォーマンスに仕立てていくか合意を図りました。彼らとはデザインも共有していき、デザインがこのような雰囲気なので、どんな方向性にするかを検討しました。

 MX-30ではEVだからこそできる、より滑らかな走りを追求しています。そのため“これぞEV”という驚きはおそらくないと思います。つまり、背中がシートに押しつけられるような衝撃的な加速感ではなく、滑らかな走りが体感できます。

MX-30の新しい価値は大きく2つ

――プレスカンファレンスで丸本社長は「EVでも人馬一体感を実現しています」と語っていましたが、どのような感覚になりますか?

竹内主査:MX-30の新しい価値は大きく2つあります。1つ目は低重心で高剛性なプラットフォームです。電池パックを骨格の一部として使うことで、低重心でねじれの少ないプラットフォームを作り上げました。これだけだと動きはスローで重たそうですが、e-GVC Plus(エレクトリック G-ベクタリングコントロール プラス)の車両運動制御を採用することで運動性能を高めています。内燃機関に対して、モーターはシームレスなトルクを発生できるとともにレスポンスにも優れています。そのため、GVCの技術が最も効果を発揮します。元々、GVCの車両制御技術そのものが「デミオ EV」を使って開発してきた経緯があります。GVCのエンジニアにとっては、念願のEVとのマッチングになりました。

――剛性感の高いプラットフォームを採用したことでフリースタイルドアを用いることができたのですか?

竹内主査:運動性能を担当するエンジニアは、フリースタイルドアを使うことに対してネガティブな意見でした。できれば通常のドアタイプにしてほしいとのことでした。MX-30ではデザイン、運動性能、電池技術を三つ巴で平行開発しました。デザイン側から塊感を表現するためにフリースタイルドアが欠かせないと言われたので採用を決断しました。フリースタイルドアを用いるために、開口部の補強やリアドアの中にバーティカルレインと呼ばれるピラーに相当する剛性部材を入れています。電池パックの補強と相まって、バランスのいい剛性感を生み出せました。

――MAZDA3から採用を始めたスカイアクティブ・ビークル・アーキテクチャは、当初からEVにも流用できるように設計されていたのでしょうか。

竹内主査:バッテリーを搭載することやプラグインハイブリッド(PHV)、ガソリン、ディーゼルといったすべての車両を想定していました。しかし、MX-30に限って言えばプラットフォームは専用になります。アーキテクチャとしての考え方や構造は似ていますが、電池パックを下からドッキングするために同じフロア形状だと生産できません。電池パックとの相性や安全性を担保するためには専用のフロアにする必要がありました。

――パッテリーやモーターの開発は独自で行なっているのでしょうか?

竹内主査:MX-30の開発についてはマツダ独自です。ほかのメディアさまからも「トヨタやデンソーと設立した合弁会社の技術が入っているのか」と質問されますが、MX-30はオリジナルという回答です。合弁会社は先行開発が主の事業となっていて、まだそこから提供される技術がないという認識です。バッテリーについてはパナソニックさまと、モーターは日立オートモティブシステムズさまと共同で開発して供給してもらっているので、電池パックをどのように搭載するかなども一緒に検討しました。

――9月にEVの技術検証車となる「e-TPV」の試乗会がノルウェーで実施され、そこではロータリーエンジンを発電機としたレンジエクステンダーが公開されましたが、MX-30もピュアEV以外の構想があるのでしょうか?

竹内主査:レンジエクステンダーは技術開発を進めています。もちろんMX-30にも搭載できるようにはなっていますが、開発段階なので完成すれば視野に入ってくるでしょう。今日現在では、まず欧州市場でピュアEVを販売する必要があります。欧州でビジネスを続けていく上で、CO2ゼロの量産EVを展開するのがミッション。その後の展開やグローバルでの販売については、内燃機関との販売比率などで変わってきます。ドイツでは3万3990ユーロという価格も公開しているので、できるだけ早い時期に開発を終えて販売を開始したいです。

技術検証車となる「e-TPV」の資料ではレンジエクステンダーも公開されている。床下に置かれた電池パックと、それを覆う骨格により低重心で高剛性を生み出している

真鍋裕行

1980年生まれ。大学在学中から自動車雑誌の編集に携わり、その後チューニングやカスタマイズ誌の編集者になる。2008年にフリーランスのライター・エディターとして独立。現在は、編集者時代に培ったアフターマーケットの情報から各国のモーターショーで得た最新事情まで、幅広くリポートしている。また、雑誌、Webサイトのプロデュースにも力を入れていて、誌面を通してクルマの「走る」「触れる」「イジる」楽しさをユーザーの側面から分かりやすく提供中。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。

Photo:麻生祥代