長期レビュー
高橋敏也の“帰ってきた”新型プリウス買ってみたレビュー
第4回 クルマ用クーラントは水冷パソコンの夢を見るか?(前編)
2016年8月10日 00:00
ミニカー! プリウス連載と言いながら、トップの写真がなんとミニカー! ここで大切なお知らせがあります。今回の内容は前後編でお届けするのですが、なんと前編には、プリウスが登場しません!
まあ、そこはそれプリウスの連載ですからプリウスが「かすりもしない」という訳ではないのです。ですが前編に関して言うと本当にプリウスの写真が1枚もない! これはマズい、大変マズいということで、慌てて「プリウスのミニカー」写真を持ってきました。いやー、写真を整理していて本当に焦りましたよ……。
実は今回と次回、クーラントのお話となります。詳細は本文を参照してほしいのですが「純水より冷える」というクーラントがありまして、そんなにいいものならプリウスにも入れたいなと。でも、本当にそこまで冷えるのかどうなのか、まずは実験してみたいなと。そんなことをCar Watch編集部と話していたら、事態があらぬ方向へ転がってしまったという……。まあ、詳しくは本文をどうぞ!
純水より冷えるクーラント?
これだけ前振りをしたのだから、今回はバラエティ感溢れる内容になるのはむしろ当然。そしてその発端はこの記事【TCLアドバンス、クーラントの新製品「アルティメイトパフォーマンスシリーズ」】である。
TCLアドバンスはSPKと谷川油化興業のコラボで誕生したオートケミカル用品ブランドだ。既に同ブランドの商品としては「アルティメイトパフォーマンスシリーズ」というブレーキフルードがリリースされCar Watchで記事【老舗オートケミカルメーカーとSPKがタッグで作り出す高性能ブレーキフルード「ULTIMATE PERFORMANCEシリーズ」】になっている。そして今回登場したのがクーラント、クルマ用の冷却液である。この「クーラント」がすべての発端となったのだ。
ある日のこと、Car Watch編集部との電話。
編:「水冷パソコンってあるじゃないですか。あの水冷って、普通の水を使っているんですか?」
高:「あれは水をベースに、添加剤を加えた冷却液“クーラント”を使っています。ほら、普通の水だと腐ったりするじゃないですか。なので防腐剤が入っていたり、熱伝導性を高める工夫がしてあったり、もちろん凍結しないようになっていたりします」
編:「それですよ、それ!」
高:「……君は何を言っているのかね?」
あれこれ聞いてようやく理解できた。要するに「TCLアドバンスから超優秀なクーラントがリリースされた。もしかしてそれを使うと水冷パソコンでも、違いが出るのではないか」ということなのだ。実のところ私の専門はPC、いわゆるパソコンである。その中でも主に取り扱うのはパーツを集めて組み立てるパソコン、いわゆる自作パソコンだ。
そして水冷パソコン。メーカー製のパソコンにも水冷はあるのだが、ごく一部にすぎない。水冷パソコンの主流は自作パソコン、自分でパーツを買い集めて組み立てるパソコンなのである。普通のパソコンパーツと共に水冷用のパーツを用意し、それらを組み合わせて1台のパソコンとして完成させる。決してメジャーとは言えないが、自作パソコン世界では知られたジャンルの1つである。
水冷パソコンと言ってもその仕組みは簡単なものだ。パソコンの熱源部分に冷却液、すなわちクーラントをポンプで循環させ、その熱を電動ファンが取り付けられたラジエター部分に流す。ラジエターに流れ込んだ熱を持ったクーラントは、そこで熱が発散されて温度が低下する。温度が下がったクーラントはまた熱源へと流れ……ということを繰り返すのである。そう、クルマにおけるエンジンの冷却とまったく同じなのだ。
ちなみに「分かりやすい」ということで、よく我々は「冷やす」という言葉を使う。もちろんそれで構わないのだが、実際に行なわれることは媒体を使用した熱の移動と発散なのだ。クルマの場合はエンジンで発生する熱をクーラントがラジエターへと移動させ、ラジエターで熱は発散される。水冷パソコンの場合は主にCPU(中央演算処理装置)が熱源であり、その熱を移動させて発散する。水冷パソコンではほかにグラフィックスチップ(画面表示を行なうチップ)、チップセット(主基板のコントローラ)、メモリなども水冷で冷却することもある。
一般的なパソコンは空冷だ。まあ、最近のクルマに空冷はないと思うのだがバイクの空冷エンジンを想像してみてほしい。シリンダーにたくさんの放熱フィンがあって、そこから発生した熱を発散する。同様にパソコンのCPUにはCPUクーラーという放熱フィンがたくさんあるものを取り付け、さらに熱を積極的に発散するよう電動ファンを取り付ける(発生する熱が小さい場合、電動ファンは不要)。
話を戻そう。TCLアドバンスから新しいクーラントが登場した。その性能を水冷パソコンで試してみたい。というかそもそも水冷パソコンにTCLアドバンスのクーラントを入れて、果たして違いが出るものなのだろうか? そんな話なのである。これは面白い! 実際、水冷パソコン用のクーラントもさまざまなものが販売されており、中には冷却性能の向上を謳っているものもある。クーラントの違いで冷却性能に違いは出るのか? 本当に効果があるならプリウスにも入れてみたいところ。これは試してみる価値がありそうだ。
潜入! 谷川油化興業、技術開発部!
そうと決まれば話は早い。Car Watchから開発元の谷川油化興業に連絡を取ってもらい、テストの趣旨を説明してもらう。幸い谷川油化興業はこの話に興味を持ってくれ、話はとんとん拍子で進んだ。
某日、水冷パソコンとモニタ1台、キーボードとマウスのセットをプリウスに搭載して向かうは神奈川県横浜市にある谷川油化興業。その技術開発部に潜入し、TCLアドバンス渾身の力作、アルティメイトパフォーマンスシリーズを水冷パソコンでテストするのである。何かあっても技術開発部なら、技術的なアドバイスをもらえるだろうし、何より技術的ではあるがこの荒唐無稽なチャレンジに理解を示してくれるのは技術開発部のほかは考えられない。
挨拶もそこそこに水冷パソコンをセットアップ、稼働状態にする。私自身で組み立てた水冷パソコンは念のためパソコン用クーラントを使用せず、水道水で試運転を行なっている。これは内部に残ったクーラントが、それ以後のテストに影響を与えないようにするためだ。という訳でまずはアルティメイトパフォーマンスシリーズ最強のクーラント、「Competition for RACING」の基剤として使われている「純水」だ。
純水というのは水から不純物を取り除き、限りなく「純粋な水」に近づけたもの。余談だが電子基板の製造過程においては「超純水」を洗浄に使うことがある。特に微細な基板の場合、その表面にわずかでも不純物が残っていると動作に影響してしまう。そのため洗浄作業が必須となり、以前はフロン洗浄が主流だったのだが、フロンは地球温暖化の原因ということで超純水による洗浄に切り替わった。
さてその純水、ある意味で最強のクーラントである。というのも水は比熱が高いため、簡単に言ってしまうと熱源の熱をより多く奪ってくれる。ではこの「比熱が高い」というのは、何と比較した場合の話なのだろうか? そう、一般的なクーラントである。一般的なクーラントの場合、さまざまな添加剤が加えられている。添加剤には凍結防止であったり、防腐であったりとさまざまな意味があるのだが、ことクーラントの性能という点ではデメリットがあるのだ。次の表を見てほしい。
注目は比熱の部分で、水を1とするとクーラントの一般的な添加剤であるエチレングリコールやプロピレングリコールは0.6以下となる。この数値、ここでは単純に「熱を運ぶ力」だと思ってほしい。水が100ならエチレングリコールは約56という訳だ。この比熱だけを見れば確かに純水は最強のクーラントである。だが、純水といっても水は水、クーラントとして見た場合には欠点もある。まあ、このあたりは追々説明して行こう。
パソコンにとってのエンジンはCPU
今回用意した水冷パソコンはシンプルな構成になっている。水冷するのはパソコンにとってのエンジン(頭脳)であるCPUのみ、CPUに水冷ヘッド(水枕などとも呼ばれる)を取り付け、ポンプ兼リザーバータンクユニットでクーラントを循環させ、ラジエターユニットで熱を発散する。ラジエターユニットには熱の発散をうながす電動ファンを取り付けてある。
まずは純水からテスト開始。レースなどではクーラントとして純水、あるいは水しか使わない場合もある訳で基準としてはちょうどいい。また、使用した純水は谷川油化興業から提供されたもので、もちろん同社のクーラントで使われているものだ。純水はリザーバータンクから投入するのだが、まず最初にやるのは空気抜き。そう、クーラントの循環ルートに入っている空気を抜かないと冷却効率が落ちてしまい、正確な数値が得られないのである。まずはパソコン自体を動作させずにポンプだけを稼働させ、循環ルートから空気を排除する。
循環ルートから空気が抜けたらいよいよパソコンを起動する。ちなみにパソコンのスペックはCPUがIntelのCore i7-6700Kで、チップセットがZ170となっている。Core i7-6700Kは標準で最大4GHzで動作し、ターボ・ブースト時には4.2GHz動作となる。クルマで例えるならスポーツカーのエンジン、それもかなり速いスポーツカーのエンジンと言っていいだろう。
テストではそのスポーツカーのエンジンであるCPUをフル回転させて行なう。いわゆるストレステストを、ソフトウェアを使って行なうのである。エンジンと同様、CPUも負荷をかけるとそれだけ発熱量が大きくなる。ストレステストではCPUを最大周波数以上で走らせ、安定動作するかを確認する訳だ。そして我々のテストにおいてはCPUが発生する熱が重要となる。
使用したソフトウェアはOCCT(Over Clock Checking Tool)というもので、パソコンのストレステストではよく使われている。CPUやCPUに内蔵されたグラフィックス回路を最大能力で、設定した時間走らせる。ここでは10分間のフル稼働でテストを行なった。ちなみに重要なCPUの温度だが、これはCPUに内蔵されたセンサーから値を取ったものだ。
定められた量の純水を投入、空気抜きを十分に行なってからパソコンを起動し、OCCTを10分間走らせてその値を取る。ちなみに同じクーラントでテストは2回行なった。ラジエターの電動ファンを稼働させた状態と、停止した状態の2回である。電動ファンを停止させるともちろん放熱効果は落ちて、その分だけCPUの温度は上昇する。クルマのエンジンという訳には行かないが、なるべく高い温度でテストしたかったのでこうした。
純水でのテストが終わったら排水を十分に行なって、いよいよTCLアドバンスのアルティメイトパフォーマンスシリーズ、Competition for RACINGを投入する。「純水より冷える」という強化された冷却水のパワーは水冷パソコンでも発揮されるのか?
クーラントをCompetition for RACINGにして最初にOCCTを走らせたその段階で「あ、低い」と思った。そしてその結果は当然、数値にも表われたのである。
また、Competition for RACINGを投入した後、やはり空気抜きを行なったのだが、ここでも純水と目に見えて違う現象が発生した。純水投入時は細かな気泡が長時間残り、テスト開始までに時間がかかった。それがCompetition for RACINGでは、短時間で気泡が無くなってしまったのだ。もちろんこれにもちゃんとした理由があり、それが高性能の一端を担っている訳だが、そのあたりは後編で詳しく紹介する(後編あるんですよ、後編)。
Competition for RACING以降、Sport for CIRCUIT、Premium for STREETとクーラントを入れ替えながらテストは順調に進んだ。まあ、純水を超える性能のCompetition for RACINGでしっかり値が出たため、余裕ぶっこいていたという話もあるのだが。
結果は出た! でもなぜ?
まずは以下のグラフを見てほしい。
微妙な差ではあるが、一目瞭然でもある。もっとも高性能だったのはテスト開始前の予想どおりCompetition for RACING、次にSport for CIRCUIT、そしてPremium for STREETとなる。Sport for CIRCUITに関しては純水と甲乙つけがたく、Premium for STREETは純水よりやや数値が低い。ちなみにテストスタート時の温度は35℃前後(CPU内蔵センサーによる計測)で、5分と10分の数値が乱れているのはツールの設定によるものだ。
水冷パソコンのテストでは30℃から60℃のあたりがクーラントの温度となった訳だが、クルマの場合はどうなるだろう? エンジンという内燃機関が生じる熱量は、CPUのそれを遥かに超える。100℃、150℃といった世界が展開するだろうから、今回のテストで生じた微妙な差はどんどん広がっていくことになる。水冷パソコンの1℃差がクルマでは何℃の差になるのか? 実に興味深い話である。
水冷パソコンとクルマには、さらに共通点がある。CPUもエンジンも適正な温度でパフォーマンスを発揮するし、高温の状態が続くと耐久性に影響する。まあ、CPUの場合は温度が低ければ低いほどいいという話もあるのだが。いずれにしてもクルマとほとんど同じ冷却システムである水冷パソコンのテストで、TCLアドバンスのクーラント、アルティメイトパフォーマンスシリーズはその性能を発揮した。
ではなぜアルティメイトパフォーマンスシリーズ、とりわけCompetition for RACINGは純水を超えるほどの性能を発揮したのか? その秘密は後編で解説したい。