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木野龍逸のフォーミュラE選手権 第1戦、第2戦香港観戦記(その2)

初参戦した小林可夢偉の戦い

市街地レースの魅力

フォーミュラE 第1戦、第2戦香港に挑戦した小林可夢偉選手

 2017年12月2日と3日に続けて第1戦、第2戦が行なわれたFIA フォーミュラE選手権に、小林可夢偉がMA&ADアンドレッティ(米)から参戦した。日本人ドライバーとしては、佐藤琢磨、山本左近に続いて3人目だ。

 2017年11月下旬、フォーミュラE参戦を発表した際の記者会見で小林は、乗ったことのあるドライバーから「(クルマの速度は200km/hでも)400km/hくらいに感じる」という話を聞いたことや、ドライバーがレース中に自分でパワートレーンの調整をしなければならないことなどを挙げ、速度は200km/hでも「難しさを感じるのではないか」と話していた(関連記事:フォーミュラE参戦の小林可夢偉選手、参戦への経緯を説明)。

 同時に、テストがまったくできないまま、いきなりレースをすることについて「非常に厳しい状態」と認めながらも、「いい成績を残してフォーミュラEの魅力や楽しさを実感しつつ、皆さんに伝えていければいい」と期待を述べていた。

 そうして臨んだデビュー戦の第1戦香港は、無線のトラブルもあって15位。翌日の第2戦香港でも、慣れないマシンのコントロールに苦しんだ上、マシンを乗り換えた際にシステムが起動せず30秒もロスするという不運にも見舞われて17位に終わるという、苦い初陣となった。

 初めてのマシン、初めてのコースでのレース終えた小林は、フォーミュラEをどう感じたのか。第1戦、第2戦のレース後に行なわれた公式会見でのやりとりを中心に振り返ってみる。

 まずレース前日の会見で小林は、フォーミュラEの魅力について少し冗談めかして「ミッキーマウスサーキットみたいな、こんなちっちゃいサーキットを走ることのほうが楽しみ」だと話した。

 香港でのフォーミュラEは、香港中央郵便局や巨大なショッピングモール、バスターミナルに隣接する、街の中心部に設定された公道のサーキットで行なわれる。1周は1.86km。もっとも長いストレートでも555mしかない。“ミッキーマウスサーキット”という表現は、雰囲気そのままだ。

 そんなコースについて小林は、レースをする「場所は重要」だと言った。

「だって、ホテルから歩いてこれるんですよ。なんでマカオグランプリがずっと盛り上がっているかっていったら、たぶんそこ(街のど真ん中での開催)に理由があるからだと思うんです」。

コントロールの難しいマシン

 レースへの期待はありつつも、テストなしでのぶっつけ本番は、小林の予想どおりの困難さだった。

 そもそも香港は、「ほかのドライバーに聞くと、(フォーミュラ)Eではいちばん難しいっていう」(小林)難コース。ミッキーマウスサーキットの言葉どおり、「距離が短くてブレーキが多いし、バンピー」(小林)なうえ、市街地コースでエスケープゾーンがない。

「テストの時は、壁がないから失敗できるんですよね。それが、いきなり壁やったら、失敗したら終わりやから、何かしようっていうステップが小さすぎて(調整に)時間がかかりすぎる。テストできずに来たので、そこはすごく難しいところですよね」。

 そんなコースで、くせ者のブレーキを手の内に入れなければならないのも、大きな問題だったようだ。

 フォーミュラEマシンの最大の特徴といえるのは、強力な回生ブレーキだ。モーターの最大出力200kW(約271PS)に対して、回生ブレーキのパワーは150kW(約204PS)。フルに回生ブレーキを効かせると、200PS以上の力で後ろに引っ張られることになる。

 ところが1台目も2台目でも、スティントの終盤になってくると、バッテリーの熱が上がって「回生ブレーキがなくなる」(小林)というのである。

「ヤバイですよ。突然、後ろのブレーキがなくなるみたいなもので。予告なしに、いきなりドカーンってくる。そんときにブレーキ踏んだらエライことになるんです。たぶんエドワードがスピンしたのもそこらへんのタイミングです(モルタラ。第2戦では残り3周までトップを走っていたが、突然スピンした)。だからエンジン屋とコミュニケーションとって、(適度なタイミングで)ブレーキバランスを後ろにもっていかないといけない。でも、モーターですごく効いてるのがなくなるから、その後はすごい踏力が必要になるんです」。

 ピットと連絡をしながら調整するのはブレーキだけではなく、バッテリー残量を最適化するためのエネルギーマネジメントも同様だ。状況に応じてパワーを最適化し、バッテリーを最後まで使い切る。フォーミュラEでは、レース終了時にバッテリー残量が1%以下になっているのが普通だ。ところが第1戦では、小林のバッテリーは10%程度も余っていた。

 理由は無線機のトラブル。スタートの時から、ピットからの声がほとんど聞こえなかったという。

「無線がおかしくなって(残り周回数とバッテリー残量のバランスが実際の状況と)ずっと違うターゲットで走っていて、最後は余ったからフリーで行っていいっていわれたけど、それでも余った。もっと経験を積めば対処できたかもしれないけど」。

 第2戦では2台目のマシンの始動に手間取ったことで周回遅れになり、またしてもバッテリー残量が余り気味になった。そのためペースアップが可能になり、35周目に自身のベストラップを更新。小林は「まだぜんぜん、セーブしてる感じ」だったというが、全体でも3番目のラップタイムを記録した。

 ところで、レース前に「400km/hくらいに感じる」と聞いていた速度感については「ウソでしたね」と笑った。

「やっぱり200km/hくらいです。でもこの規模だから街でレースができると思うから、この速度でいいと思います。ここで300km/hは恐ろしい。F1とかだと走れないと思いますよ」。

忙しいイベントのパワー

 第1戦を終えた後、イベント全体について小林はこんな感想を話していた。

「ちょっと働き過ぎじゃないか思います。忙し過ぎというか、でも、だからここまで“盛り上がるんじゃないか”って思わせてくれるイベントなってるんじゃないかなって」。

 さらに、冗談めかして話し続けた。

「F1、こんなにいないでしょ、日本人。ホンダがいるのに。そしたらこれ(フォーミュラEに来ていること)は、どういうことですか? 僕への期待じゃなくて、みなさんが期待してるからそういうことになってるっていうことですよ」。

 ではこの日の小林は、どんなスケジュールだったのか。本人が詳細に説明してくれた。それほど印象的というか、驚いたようだった。

 まず朝は5時起床で7時から1回目、9時半から2回目の練習走行。朝は早すぎてホテルの朝食が用意できていないので、抜き。

 11時から12時までが予選で、終了後にミーティングをし、13時からサイン会をこなすと、「あと10分でクルマに乗り込まないといけないって言われて」(小林)、ドライバーズパレードをはさんで、15時には決勝がスタートする。

 この日は17時過ぎに囲み取材があったが、「たこ焼き食ったら中にタコ入ってなくて、おたふくソースで最高だった」(小林)というたこ焼きしかこの時間までに食べていなかったという。さらに1日目は、取材後に21時までスポンサーディナーが予定されていて、「ほんまにヤバイっすよ。なめてましたね」と、笑っていた。

 とにかく忙しい初イベントを終えての感想を聞くと、一気に言葉が流れ出た。

「なかなかのチャレンジやったけど、チャレンジどおりの結果で、悔しいですけど、ぜんぜん乗り慣れないクルマで練習もせずにくるとこうなるんだなっていうのを実感できた部分もある。でもほかのドライバーが、これに乗るために10日間とかテストして来ても、なかなか合わせるのは難しいっていうレースなんで、それを2日間、クルマを壊さずに終われたのはよかったなと思います。まずは経験を積むことが大事だから、途中でクラッシュしたりするのは今後に向けても損になる。そういう意味でも、走り切れたのはよかった。2日とも、自分のポジションが分かるような状態ではなかったけど、自分が状態を分かっていればそんなにクルマはわるくないっていうのは分かったんで、もうちょっと経験積めればよくなるかなって思いました」。

 そして、次にオファーがあったらどうするかという問いには、「乗りますね」と即答だった。フォーミュラEに関しての今後の予定は決まっていないが、今は、次のチャレンジに期待したい。

フォーミュラE スケジュール

第3戦:2018年1月13日 マラケシュ(モロッコ)
第4戦:2018年2月3日 サンティアゴ(チリ)
第5戦:2018年3月3日 メキシコシティ(メキシコ)
第6戦:2018年3月17日 サンパウロ(ブラジル)
第7戦:2018年4月14日 ローマ(イタリア)
第8戦:2018年4月28日 パリ(フランス)
第9戦:2018年5月19日 ベルリン(ドイツ)
第10戦:2018年6月10日 チューリッヒ(スイス)
第11戦:2018年7月14日 ニューヨーク(アメリカ)
第12戦:2018年7月15日 ニューヨーク(アメリカ)
第13戦:2018年7月28日未定
最終戦:2018年7月29日未定