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ホンダ「N-BOX」「N-WGN」の抗ウイルス・抗アレル物質シートがオフィスチェアに

内田洋行との開発秘話も語られた座談会レポート

2020年7月30日 開催

「N-BOX」「N-WGN」のシート表皮を使ったいすがオフィスに現われた!

 本田技研工業は7月30日、軽自動車「N-BOX」「N-WGN」のシートに用いられている抗ウイルス・抗アレル物質生地「アレルクリーンプラス」が、内田洋行から同日に発売されたオフィスチェア・ミーティングチェア計5種に採用されたことを記念して座談会を開催した。

 アレルクリーンプラスはホンダが独自開発した自動車用途シート表皮材として初めて抗ウイルス・抗アレルゲンの機能を持つ生地で、自動車向け生地ならではの耐摩耗性や燃えにくさ、色あせのしにくさを兼ね備えた素材。2017年に発売されたN-BOXから採用されている。

 アレルクリーンプラスは、ダニやスギ花粉といったアレルゲン物質や、インフルエンザA型ウイルスの不活性化という効果があり、継続的な試験ではなく単発の実力検査では、ヒノキ花粉とインフルエンザB型ウイルスでも、ホンダの社内目標値値を超える効果があったとしている。なお、新型コロナウイルスに関しては実験場所がないため、測定できていないとのこと。

N-BOXとN-WGNに採用されているアレルクリーンプラスのシート表皮。手触りは柔らかくてしっとりしている
ウイルス不活性化のしくみ
アレル物質不活性化のしくみ
不活性化率
会場に用意されていたN-WGNは、背面と座面の一部にアレルクリーンプラスを使用

 今回内田洋行から発売されたのは、タスクチェアの「エルフィ」「クレネ」と、ミーティングチェアの「ブルーメ」「FM-345」「FLP」の計5種類。価格はエルフィが6万9500円~10万5700円(税別)。クレネが5万7700円~6万2200円(税別)。ブルーメが5万2200円~6万2200円(税別)。FM-345が4万2000円~7万9500円(税別)。FLPが6万3000円(税別)。

 風合いやプリントされたデザインが、内田洋行のデザインのポリシーであるシンプルで調和していくデザインと合ったものをチョイス。肌触りも通常のタイプよりも優れた感触になっているという。品質とデザインを両立したクルマのシート素材をオフィス家具へ採用することは極めてまれなこととしつつ、オフィスでの安心感を高め、心地よく働ける環境づくりに貢献するとしている。

内田洋行が発売したオフィスチェア。モデルによって異なるが、会場に用意されたものは背面と座面にアレルクリーンプラスを使用。N-BOX、N-WGNに用いられるシート表皮とまったく同じものが使われている

 なお、ホンダではアレルクリーンプラス以外にも機能性表皮の開発を行なっており、その中の1つに1月にマイナーチェンジした「ステップワゴン」から採用している撥水撥油シート表皮「FABTECT(ファブテクト)」がある。従来の撥水シート表皮は飲食物の油染みをカバーできなかったが、ファブテクトは油染みが付着しにくいという性能を持っており、簡単に外して洗濯することができないという自動車用シート表皮のお手入れを軽減するというところが狙いとなっている。

こちらが「ステップワゴン」に採用されている機能性表皮「FABTECT(ファブテクト)」。撥水だけでなく撥油の機能も備えており、「フライドチキンのような揚げ物でもシミにならない」という。手触りは少し固め

 開催された座談会では、最初に本田技研工業 四輪事業本部 ものづくりセンター アレルクリーンプラス開発責任者の林理恵氏によるアレルクリーンプラスに関する技術説明と、内田洋行 オフィス商品企画部 部長の門元英憲氏から企業紹介と商品紹介のプレゼンテーションが行なわれた。

ユーザーが快適に過ごせるように、過酷な車内環境でも効果を発揮するシート表皮

本田技研工業株式会社 四輪事業本部 ものづくりセンター アレルクリーンプラス開発責任者 林理恵氏

 アレルクリーンプラスが開発された背景には、抗アレルゲン加工のみを施したシート表皮材はこれまでにもあったものの、対象物質がダニ・スギ花粉アレルゲンのみとなっており、飛散時期が限定的で商品力として課題があったという。そこで、アレルゲン物質の飛散時期が少なくなるシーズンに、ユーザーの感心が高まるインフルエンザウイルスの不活化性能を追加することで、年間を通して効果を発揮できる機能性表皮になるのではないかと、開発がスタート。

 自動車用シートは太陽によって高温にさらされたり、乗降時に摩耗されやすいという特徴があり、そういった状況下でもインフルエンザウイルス、ダニ・スギ花粉アレルゲンの3つの物質に対して高い不活性化機能を発揮させるため、加工材の選定や配合の最適化、加工方法を工夫するとともに、布地として毛玉が発生しにくい、色落ちしにくいといった、一般的な項目と不活性化機能を両立させている。

抗インフルエンザウイルス・抗アレルゲン加工シート表皮とは
不活性化対象物質
技術の特徴

 では、そのインフルエンザウイルスやアレルゲン物質をどのように不活性化するかというと、どちらもタンパク質を成分としているため、そのタンパク質構造を変成させるさまざまな薬剤の中から人体への安全性、布地への加工のしやすさ、熱や光に安定的であるといった要件の中から、対象物質ごとに最適な材料を選んだとのこと。

 ダニアレルゲンとインフルエンザウイルスに関しては、対象物質の大きさが異なることから、高分子タイプと低分子タイプの芳香族ヒドロキシを、スギ花粉アレルゲンに関しては、リン酸ジルコニウムをそれぞれ選定。配合のバランスに関しては、ほかの物性との背反項目があるため200を超える試作を行なって上下限の閾値を決め、「この範囲ならばほかの物性がOKになる」という配合を手探りの状態で検討しながら最終仕様にたどりついたという。

 その薬剤の加工方法は、3つの材を水溶液中に分散させ、そこに布地を漬けることによって表皮上にまんべんなく加工薬剤を定着できるディッピング法を採用している。

活性化しているウイルスを体内に取り込むと、ウイルスの突起形状であるヘマグルチミンが喉の上皮細胞の受容体と接触することで体内に侵入し、RNAを核に転写することで増殖して感染。抗インフルエンザウイルス剤は、活性化しているウイルスを吸着し、接触することで、ウイルスのタンパク質構造を変成してウイルスを不活性化。不活性化したウイルスを口腔内に取り込んでしまったとしても、喉の上皮細胞に侵入することを抑制するとされている
アレルゲンのメカニズムもウイルスと考え方は同じで、アレルゲン物質もタンパク質が成分となっており、抗アレルゲン材とアレルゲン物質が接触することによってタンパク質が変成し、アレルゲン物質が不活性化する
薬剤の加工方法

 そのような行程を経て完成したシート表皮の性能は、布地の初期状態だけでなく、布地を摩耗させたあと、熱をかけたあと、湿度と熱をかけたあと、光を当てたあとの状態で検証を実施。インフルエンザウイルスはISO18184繊維製品の抗ウイルス性の目標値を、ダニとスギ花粉アレルゲンに関しては、実際に実車に蓄積しているアレルゲン量と、WHO、環境省の指針値を参考にして設定した社内参考値を設定し、すべての状態で目標値を達成したとのこと。

性能検証結果

 最後に林氏は今後の展望として、「ホンダのオープンイノベーション活動をとおして、さまざまな自動車用シート表皮を自動車の枠を超えて、さまざまなお客さまへ商品を届けていきたいと考えている」と語っている。

機能性表皮の今後の展望

異業種だからこその商品づくりで立ちはだかった困難

株式会社内田洋行 オフィス商品企画部 部長 門元英憲氏

 内田洋行は今年で110年を迎えた企業で、働き方や学び方、街づくりの変革をサポートしていくという活動をしており、「環境を構築していくチカラと、ICTを活用していくという大きな2つのチカラをもって社会とお客さまの課題を解決していきたいと考えてやっている会社」とのこと。

 働く人を中心にしたオフィスの提案を行なっており、天然素材のコットンや木材を使って触感にこだわったり、姿勢や視点を変えて新しい発想を喚起するような家具の形状であったり、ICTを使いこなることにこだわったりして、「柔軟にモノやソリューションを組み合わせていくといったことが割と得意な会社」と門元氏は自社を紹介した。

内田洋行の企業紹介

 今回のアレルクリーンプラスについては、もともと「インフルエンザや花粉といった個人の働く人のパフォーマンスを下げる、または組織のリスクを上げるというようなことを少しでも排除したい」と、いろいろな機能素材を探していたという。そこに、異業種ではありながらも知財部のそれぞれの担当者同士の交流があって、商品開発に素材の情報が入ってきたというのが始まりだと語った。

 また、ホンダは人が中心になったクルマづくりをしており、内田洋行も働く人を中心にしたオフィス作りをしていて、快適性を求めていくという両社共通のところも、今思うともう1つの大きなものになっていたかと思うとも話していた。

アレルクリーンプラスとの出会い

 そして実際に商品作りを始めていくと、同じ座るものではあっても作り方が全く異なり、クロスの張り方もオフィスチェアでは1枚で張るところを、クルマは立体的に縫製していて、クロスの伸びなどの条件が違うなどの苦労があったという。ほかにも、クロスのロールを乗せる設備がオフィスとクルマ業界で違っていて、そのための設備を持っている工場を探すなどの苦労もあり、門元氏は「今だから言えるけれども、途中でどうする? と悩んだときもありました」と裏話を紹介。

 耐久性に関しては、もともとクルマのパーツであるということもあり、内田洋行の基準の試験を軽くクリア。困難を乗り越えつつ、通常では1年くらいのところ、1年半くらいで商品化に至った話した。

アレルクリーンプラスをオフィスファニチャーに装着

 門元氏は、「撥水性クロスのご紹介も受けていることもあり、これからも同じ人を中心にしていく企業同士で、こういった協業の関係が続けていけたらいいなと願っております」と今後について語った。

今後もより多くの人に、便利や快適を届け喜んでもらえる商品づくりを

プレゼンテーションのあとの座談会には、本田技研工業株式会社 知的財産・標準化統括部 アレルクリーンプラス商品化担当 森隆将氏(右)も参加

 プレゼンテーションの後は座談会ということで、本田技研工業 知的財産・標準化統括部 アレルクリーンプラス商品化担当の森隆将氏を交えて、アレルクリーンプラスを知ったきっかけや、開発に至るまでの話などが語られた。

 その中で、「ほかの業界でシート表皮が使われるというのは、それだけ自信があったということなのか?」と問われた際、林氏が「実際に開発をしているときは、自動車用のシート表皮にしか使用しないという前提で開発をしていたので、正直、採用いただいたという話を聞いたときは驚きました。オフィスチェアの使い方とクルマの使い方では、静的なところと動的なところで異なるところもあるのですが、人中心というところは共通のところでもありますし、自動車のシート表皮は耐久性のあるものを開発しておりますので、そういった要件の部分では問題はないのかなと考えておりました」と、想定外の使われ方だったと話した。

 また、「アレルクリーンプラスのシート表皮を使用するにあたって、困ったシーンはあるか?」という質問には、森氏が「オフィスチェアはカラーバリエーションが重要という話をうかがったときに、Nシリーズで用意できている色がなかなかオフィスで求められている色とマッチしづらいところがありまして、それを言われた時には正直グサッときた感じがしました(笑)」と、本音を暴露。「自動車ですと、黒やグレー、アイボリーという色しかなく、最近のオフィスにあるようなグリーンやブルー、鮮やかなオレンジといったビタミンカラーがなかったので、そこは不利な感じはしていました」と、クルマによく使われる色しか用意されていないということがネックだったと話した。

 そこで、色を増やすことは簡単にできないのかと問われた林氏は、「技術的には可能なのですが、その分バリエーションが多くなってしまうと、コストがちょっと……お高くなってしまいます。あと、色ごとに耐熱性や耐光性の変色性を確認しておりますので、そういったところも考えていかなければいけないというのがあります」と技術面ではできないこともないが、市場に出すには困難な面もあるとした。

 座談会の最後に「今後、どういった価値を届けるためにどういったことをやっていきたいと考えていますか?」と司会から質問があり、門元氏は「内田洋行は働き方を変えていくお手伝いをする会社ですので、昨今の新型コロナウイルスの環境でいろいろなことが前倒しになって、よりフリーアドレスが早くなったり、いろいろなところで働く必要が出てきたりすると思います。今回のアレルクリーンプラスは、より働きやすくする商品であると思いますし、もう1つホンダさんとの関係の中でまだやりたいことというか、その技術を使ってオフィス用の張り地を開発していくという長い話もありますので、異業種の協業パートナーさんと一緒によい空間を作っていきたいなと思います」と話した。

 林氏は「今までは自動車用のシート表皮材を開発するというような思考回路で研究開発を行なっていたのですが、今回のことで自動車だけではなく、そのほかの商品にも自分が開発した商品が活用できるチャンスがあると分かりました。すべてのお客さまに広い視野を持って、便利だなと思ってもらえるような材料を開発していきたいと考えています」と話した。

 森氏は「今回の内田洋行さまと行なった活動のような、オープンイノベーション活動を通じて、今後も異業種の方々とホンダの技術を用いながら、1人でも多くの方々に喜んでもらえるような商品づくりをしていきたいと思っております」と話した。

 今後、オフィスや自宅に自動車用シート表皮と同じ家具が少しずつ増えていくようになるのかもしれない。