インプレッション

ホンダ「N-BOX」(車両型式:DBA-JF3/公道試乗)

 子育て世代に向け、ダイハツ工業「タント」が先鞭をつけたスーパーハイトワゴン系は、その後に各社から“エース”が輩出され、本田技研工業からは「N-BOX」がNシリーズの主力として登場した。2011年のことである。そのあと、「N-BOX+」「N-ONE」「N-WGN」「N-BOX SLASH」と広がっていったが、Nシリーズの主力はN-BOXであることに変わりはない。そのN-BOXが6年ぶりにフルモデルチェンジした。エンジン、シャシーまで含めた文字どおりのフルチェンジである。

 ホンダは「日本にベストなのりもの」としてNシリーズを位置づけているが、新型N-BOXもそれを踏襲する。使い勝手、快適、安心、ドライブフィール、スタイルのいずれもクオリティを上げるのが次の目標だ。

 エンジンはターボと自然吸気の2種類が、グレードは大きく分けてN-BOXとN-BOX カスタムの2種類がある。今回は自然吸気のN-BOXとターボのN-BOX カスタムの2機種に試乗した。

9月1日に発売された2代目の「N-BOX」(左)と「N-BOX カスタム」(右)
N-BOX G・EX Honda SENSING
N-BOX カスタム G・EX ターボ Honda SENSING
G・EXとG・EX ターボでは「助手席スーパースライドシート」を装着。前後に570mmロングスライドする助手席を一番前に出すと前後のウォークスルーが可能になる

 軽自動車は各社の創意工夫の塊だが、N-BOXもその先端を行く。使い方のハイライトは「助手席スーパースライドシート」だろう。タイプ別設定となるが、助手席を570mmのロングスライドとし、セパレートシートとしたことで、助手席を最先端まで移動させて広々とした後席空間でチャイルドシートの子供の世話をしたあと、そのまま運転席に移動できるというメリットがある。わざわざクルマから降りずに済むので、雨の日や交通量の多い道路で外に出なくてもよいというメリットは大きい。

 また、助手席を後方にスライドさせると大きな足下空間が広がり、手荷物の整理などちょっとした作業ができる。もちろん助手席のスライドは運転席からも簡単だ。さらに前後190mmスライドする後席を前に出して、後方にスライドさせた助手席から子供の世話をすることも可能だ。このように各シートの前後スライドを活用すると楽しい想像が膨らむ。

助手席側の前後シートを一番後方まで下げたシーン。リアシートも190mm前後スライドするので足下に十分なスペースがある
助手席を後方に下げると、リアシートに座っている人ともコミュニケーションが容易

 これらが可能になったのも新しい車体を開発し、室内の前後パッセンジャーディスタンスが25mm広げられてさらに大きな余裕が得られたからだ。そのため、ホンダならではのセンタータンクは助手席薄型タンクを新たに設計した。燃料タンクの容量は3L減って27Lだが、後で述べる燃費の改善で航続距離はこれまでと大きくは変わらないとしている。

 さらにラゲッジスペースも広げられて、リアシートを最後端にしてもかなりの荷物を置けるスペースができている。さらにシートを折りたたむと長尺モノも積める長さが出現し、荷室の使い方も変幻自在だ。サイズは全長3395mm、全幅1475mmと軽自動車枠いっぱいの数値。しかし、低床ボディで全高1790mm(2WD車の場合。4WD車は1815mm)をフルに活かしている。

新型N-BOXのホワイトボディ。助手席のロングスライドを実現するため助手席からリアシートまでフロアがフラットに連続。さらに軽量・高剛性を実現するため、超高張力鋼板や高粘度接着剤の使用などさまざまな技術が用いられている

 ちなみに視界はかなりクリアだ。もともとヒップポイントが高いうえにショートノーズで直前視界は開けており、斜め前方も形状を工夫したピラーで極力死角をなくすようにしているので非常に見やすい視界が確保されている。それでいてチープな印象は受けないので、ひとまわり大きなクルマに乗っているような感覚でドライブできた。

 さて、デザインにも目をやると、他社に比べてサイドウィンドウが上下に薄い特徴あるエクステリアデザイン。キープコンセプトながらプレスラインを明確にするなどの工夫でさらに質感が高まった。

 また、インテリアは軽自動車とは思えない質感の高さで、センターに配置された大型ディスプレイは独立型で、最近のトレンドを軽自動車にもいち早く取り入れた。ただ、小物入れが限られているのは仕方ないところかもしれない。それでも精一杯スペースを設けて、運転席前方のアッパーボックス、インパネトレイ、ドアステアリングポケットなどが設けられている。

左がN-BOX、右がN-BOX カスタムのメーターパネル。基本的な内容は同じだが、N-BOX カスタムはメタル調加飾などを追加した専用デザインとなる

 動力性能で注目は自然吸気エンジン。可変バルブタイミング&リフト機構を持つホンダ得意のi-VTECを軽乗用車としては初めて搭載し、60×77.6mmという超ロングのボア×ストロークとインジェクターの配置の妙でタンブル流を強くできたため、大きな低中速トルクを稼ぎ出した新機軸満載のエンジンだ。これによりエンジン出力は58PS/7300rpm、65Nm/4800rpmの出力を絞り出す。圧縮比は12:1という高いもので、吸排気バルブの皿面を鏡面加工することでノッキング対策が施されている。ちなみにテストでは10万km走行後もバルブに煤は付いていなかったそうだ。軽自動車の場合はナトリウム封入バルブより、こちらの方が使いやすいという。

 CVTも軽量化するとともにオイルポンプを2ローター化して低回転でもロスを最大限に防ぎ、また、極力CVTのラバーバンドフィールを減らしている。

ホンダアクセスの純正アクセサリーで内外装をドレスアップした「北欧スタイルコレクション」のN-BOX
アイボリー色の合成皮革を使った「ステアリングホイールカバー」や「シフトノブ」、カラフルで消臭・抗菌加工などを備える「フロアカーペットマット」などを装着
前後の「シートカバー」や「ドアライニングカバー」なども用意されている

サスペンションの動きが滑らかになって乗り心地は大きく改善

 この自然吸気エンジンによる走行性能は、市街地ならまず不足はない。ただ、パッセンジャーが多い場合の坂道などはやはりターボに比べると余裕のなさは否めない。平均以上の実力を備えているとはいえ、ベースグレードで890kgのボディを引っ張るのはいっぱいいっぱいだ。

 ちなみに、車両重量は徹底したフレームの見直しと剛性アップで大幅に軽量化に成功し、超高張力鋼板による外板の拡大、フレームの効率的配置、アルミや中空スタビライザーなどのサスペンション、エンジンなどで150kgまで軽量化したという。これまでライバルと比べてちょっと重かったN-BOXが一気にトップレベルに躍り出た。いったん最軽量にしてから「Honda SENSING(ホンダ センシング)」や安全装備、快適装備を追加して80kg分の軽量化が図られているのが、各所にエンジニアの努力の跡を見るようだ。

自然吸気の「S07B」型エンジン。直列3気筒DOHC 0.66リッターで最高出力43kW(58PS)/7300rpm、最大トルク65Nm(6.6kgm)/4800rpmを発生

 騒音は驚くほど静かになっている。遮音材が効率よく配置され、ロードノイズや風切り音などがよく遮断されて軽自動車のレベルを超えている。さすがに全開加速をするとホンダエンジンらしい透過音が入ってくるが、とくに煩わしいとは感じられなかった。

 ちなみにアクセルを踏み込んだときのVTECの切り替わりポイントは4300rpmだ。これ以上はスポーツエンジンではぐんと伸びるのがVTECの特徴だが、N-BOXではトルクをキープするようなセッティングになっている。

S07B型エンジンのカットモデル。従来型から搭載している「VTC」に加え、軽自動車として初めて「VTEC」を採用
CVTでは「2系統吐出オイルポンプシステム」や金属ベルトを挟むプーリーの大径化、摩擦係数の高いCVTオイルの採用などで高効率化を図った

 乗り心地も大きな改善ポイントの1つだ。これまでの強めに感じられたリアからの突き上げはよく抑えられ、フロントシートではとくに快適。車軸上に座る形になるリアシートではハーシュネスをもう少し抑えたいところ。路面によってはゴロゴロした振動を拾う。しかし、大きく改善されたことは間違いなく、ショックアブソーバーの動きがスムーズに感じられるのは、それ自体もだがサスペンションの動きが滑らかになったように感じられる。

 ハンドリングは前後にスタビライザーを入れてロールが抑えられているので、全高の高いクルマにも関わらず、ロールの大きさをそれほど気にしなくて済んだ。とにかく通常の気象条件では低速から高速まで直進性が高く、自然にまっすぐ走ってくれることに非常に安心感を持った。ステアリングの操舵力も自然で、無茶をしなければ素直なハンドリングで高い安心感が得られる。

N-BOX全車で155/65 R14タイヤとスチールホイール+フルホイールキャップを採用。N-BOX カスタムの自然吸気エンジン搭載車では同サイズのタイヤと14インチアルミホイールを組み合わせる

 また、ボディ剛性も開口部の大きなBOXタイプのクルマとしてはかなりしっかり作られており、フレーム配置の見直し、極めて強い超高張力鋼板の採用、合わせ部分で切れ目のないシーム溶接、接着剤接合などを採用。コストをあまりかけられない軽自動車の制約のなかで最大限の努力がはらわれている。

 ここまでは155/65 R14の横浜ゴム「ブルーアース」を履く自然吸気エンジン車。そして次に紹介するのはターボエンジンのカスタムだ。外観もガラリと変わり、加飾部分が広くなる。

N-BOXのハンドリングレベルは高い

N-BOX カスタムのターボエンジン搭載車で採用する165/55 R15タイヤ。ターボ車と4WD車はフロントブレーキがベンチレーテッドディスクとなる

 こちらのタイヤはダンロップ「エナセーブ」の165/55 R15となり、ターボも基本的には自然吸気のエンジンをベースとしているが、ターボの特性に合わせてVTECは省かれている。

 64PS/6000rpm、104Nm/2600rpmの出力はさすがにパワフルで、低回転からこれだけのトルクを持つと発進でもアクセル開度が減り、中間回転域のレスポンスがよいため高速道路の流れに乗るのも楽に行なえる。ターボの恩恵はかなり大だ。ホンダもF1時代から使い慣れているだけに、アクセルを開けた初期のもたつきは皆無だし、2000rpmぐらいからターボの効果が顕著なので、どの速度域からでも力強い加速が期待できる。

 ハンドリングはよりライントレースが優れており軽自動車とは思えない。ただ、背の高いBOXタイプの宿命とタイヤ&車体とのバランスで、ステアリングを切ったときの初期ロールがやや大きいが、それ以外の不安感はほぼない。なかなか好感を持てる設定だ。さすがに100km/h付近では多少のふらつきは感じられるが、N-BOXのハンドリングレベルは高いと言える。

 走行中のノイズはターボの特性もあり、エンジンからの透過音はよく消されて非常に静か。苦手な後ろからのロードノイズもよく遮断されており、軽らしさは残しながらも、ザワザワした煩わしい音は減少した。

ターボのS07B型エンジン。直列3気筒DOHC 0.66リッターターボで最高出力47kW(64PS)/6000rpm、最大トルク104Nm(10.6kgm)/2600rpmを発生。軽自動車として「電動ウェイストゲート」を初採用した
ペダルレイアウトの関係で、アクセルからブレーキに踏み替えるときに少し慣れが必要とも感じる

 ブレーキはストロークと踏力のバランス感がやや好みではない。できれば踏み代に応じてもう少し効きが滑らかになってほしいが、絶対的な制動力に不満はない。

 特筆すべきは、N-BOXでは全グレードで先進安全運転支援システムのホンダ センシングを標準装備する。プリクラッシュブレーキ、前後誤発進防止、歩行者回避機能、車線逸脱防止、アダプティブクルーズコントロール、先行車発進警告、道路標識ディスプレイ、オートハイビームなど機能満載で、一気に軽自動車にこれだけ搭載しているのはすごい。ホンダの本気度がよく分かる。

 累計で110万台以上もの販売台数を誇り、モデル末期まで快調に売れ続けていたN-BOXをフルチェンジするのは大きな勇気が必要だが、変えないという誘惑に負けず登場した第2世代のN-BOX。すでに多くの受注を抱えて滑り出しは順調のようだ。

 随所にホンダらしい好奇心にあふれているN-BOXは、まさに今の日本の乗り物を表している。しかし、いつかはかってのホンダがそうだったように、チャレンジで夢を実現するガムシャラなホンダの姿を見てみたい。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:堤晋一