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自工会、濱田悠氏が講師のカーボンニュートラルに関する勉強会を開催
カーボンニュートラルには“適地適車”の対応が必要
2021年3月9日 14:17
- 2021年3月8日 開催
自工会(日本自動車工業会)は3月8日、アーサー・ディ・リトル・ジャパン プリンシパルの濱田悠氏を講師に迎えたカーボンニュートラルに関する勉強会「カーボンニュートラルを見据えた自動車業界のチャレンジ」をオンライン開催した。
濱田氏は自動車業界を中心に、競争戦略やR&D戦略立案などを手がけ、経済産業省における自動車/モビリティ産業政策企画の経験を有する人物。今回の勉強会では「カーボンニュートラルを取り巻くマクロ環境」「電動化に向けた課題」「取り組みの方向性」の3章に分け、日本の自動車業界がカーボンニュートラルに向けて取り組むべき方向性などを語った。
カーボンニュートラルを取り巻くマクロ環境
カーボンニュートラルという考え方は、2000年代に入ってサスティナビリティを取り巻く見方、時代感が変化したことが大きな背景になっていると濱田氏は説明。「SDGs」「ESG」といったキーワードが報道などを通じて社会に普及していった結果、社会課題の解決に向けて政府や企業などが協力して向き合うことが避けられない時代になっており、むしろ対応を取らない企業は生き残っていけない状況になっているという。
2015年に締結された「COP21」(パリ協定)も大きな契機となっており、地球温暖化の対策として2050年に温室効果ガスの“NET排出ゼロ”に向け、官民一体で進めることがグローバルの目標として掲げられた。これに加え、金融業界では「ESG投資」の思想が進み、環境対応に積極的ではない企業は株価が下がり、資金を得にくくなる状況となってきたことも、民間企業各社がカーボンニュートラルに向けて前進する契機になっていると述べた。
こうした動きを受けて各国政府もカーボンニュートラルに向けた強い姿勢を打ち出しており、日本、米国、欧州では2050年をマイルストーンとしてカーボンニュートラルを実現すると表明。CO2排出がまだピークに到達していない中国でも2060年をめどとしてカーボンニュートラルの取り組みに着手。実現に向けて公的資金も投じられ、大きな動きが出はじめているとした。
産業セクター別のCO2排出量では、自動車産業が属する運輸セクターは発電を中心としたエネルギーセクターに続く分野となっており、積極的な取り組みが求められると位置付け。経済産業省が発表した「グリーン成長戦略」でも「2030年代半ばまでに新車販売で電動車100%の実現」を掲げている。
ここで示す電動車については、バッテリーに充電して走るEV(電気自動車)、水素をタンクに貯めて発電して走るFCV(燃料電池車)という走行中にCO2を排出しない2タイプに加え、市民権を得たHEV(ハイブリッドカー)、EVとHEVの中間に位置するPHEV(プラグインハイブリッドカー)があることを改めて紹介。2030年代半ばに新車販売がEVだけになるわけではなく、多様なパワートレーンを組み合わせてトータルでのCO2排出抑制を目指していると解説した。
日本以外でも各国で電動化に向けて意欲的な目標を掲げているが、ここでもEVだけとする国は少数で、基本的にHEVなどを組み合わせた電動車の普及を推進していることを紹介した。
内燃機関のみで走るICE(インターナル・コンバッション・エンジン)中心の環境から大規模に電動化していくにあたり、各国政府は“アメと鞭”の両面からアプローチしていると解説。“アメ”としては車両の購入補助や税制面の優遇、“鞭”としては非電動車を対象とした走行レーンや一部地域の乗り入れ制限、厳格な燃費規制などを実施するほか、米国・カリフォルニアのZEV(ゼロエミッションビークル)規制、中国のNEV(ニューエネルギービークル)規制などにより、企業に次世代パワートレーン車の生産を課すといった施策によって電動化を推進していると分析した。
こうした施策の効果として、2010年~2019年に日本、米国(カリフォルニア州)、ドイツ、フランス、イギリス、ノルウェー、中国の7か国で販売されたPHEV&EVの新車販売割合のグラフを紹介。日本は1%ほどで推移しているが、そのほか意欲的な政策を打ち出している国では販売割合が高まって普及が進んでいると解説。ただし、販売の半数以上をPHEV&EVが占めているノルウェーは、北海油田で算出される化石燃料が国の外貨獲得で主要手段となっており、国内需要を抑えたい狙いがあること、水力発電を中心とした再生可能エネルギーの利用環境が整っていることが背景になっていると解説。
このほか、欧州と中国がEVに注力している理由について、欧州では次世代の低燃費技術として位置付けていたディーゼルエンジンで不正が行なわれたこと、HEVで日本メーカーに後れをとったこと、再生可能エネルギーに適した環境を備えていることなどの要因からEV化を推進していると説明。また、欧州メーカーは電動化のコアになるバッテリー関連のサプライチェーンを現時点では域内に囲い込めていないことから、今後はそのあたりの産業基盤を形成していくだろうとの認識も示した。
中国については自動車産業に注力して取り組んできたものの、ICEで遅れている状況から一足飛びにEVでトップランナーを目指す思惑があると説明。EVで必要となるレアアースを産出するほか、中国のバッテリーメーカーであるCATLが持つ電動車向けバッテリーを突破口としてEVのバリューチェーンを構築していくことが国家戦略になっているとした。また、中国は原油を輸入に依存していることから、使用量を抑えることも他方で理由になっていると語った。
電動化に向けた課題
電動化に向けた課題では、とくにEV化でボトルネックになっている「充電インフラ整備」「TCO(Total Cost Ownership)」「電池供給」「LCA(Life Cycle Assessment)」の4点について解説。
充電インフラの整備では、各国で公的なサポート、OEMによる自助努力で一定数の充電ステーションが普及しつつあるが、一方で多くの国で新車販売におけるEVの割合はひと桁台であり、今後普及していけばさらに1段、2段上の充電ステーション整備が求められると説明。
また、同時に各充電ステーションがしっかりと採算を確保してマーケットが成立するようになるか、急速充電の需要が増加した場合に、系統側の配電網にかかる負荷の高まりに対応するインフラ強化などについても課題になるとの見方を示した。
トータルコストでは日本、米国、中国、フランスでDセグメントのICEとEVを購入した場合のトータルコストの試算を紹介。初期費用はEVの方が高いほか、ライフサイクル内で走行距離が長くなってバッテリー交換などが必要になると修理費が高くなるとの見解を紹介。これを公的補助、税制優遇などで補って競争力のある数字を実現している。しかし、EVが普及して販売台数が増えると行政の負担などで維持していけるかが議論になっているとした。
電池の供給における制約という面では、大手バッテリーメーカーのGWhあたりの投資額は平均100億円にのぼり、これから先に電池の需要は加速度的に増えていくと予想されていることから、業界全体としてそこまでの投資を続けられるのかが問題となっており、さらに希少資源の確保、生産に伴う人材の確保なども課題になっていくと言われている。
カーボンニュートラルの視点から重要となるLCA(Life Cycle Assessment)についても解説。これまでクルマの環境性能で注目されてきたのは走行するときの「タンク to ホイール」だったが、より本質的は環境性能を考えるにあたり、さらに視野を広げた議論が行なわれるようになっている。その1つは燃料の採掘や発電といった段階から走行までをまとめた「ウェル to ホイール」で、もう1つはウェル to ホイールに素材の入手や製造、廃棄までを加味したLCAであり、CO2排出の評価も変化してきているとした。
そんなLCAで見ると、EVでも80kWhの大容量バッテリーを搭載するモデルの場合、CO2排出量がHEVとほぼ同等、PHEVよりも多いとの試算をIEA(国際エネルギー機関)が出しているという。
また、使用環境の差を見ると、フォルクスワーゲンの試算では、EVのCO2排出量は米国とドイツがICEのディーゼル車とほぼ同等で、EU加盟国の平均では再生可能エネルギーの利用が多くなってCO2排出量が下がり、主に石炭を発電に使っている中国ではEVでもCO2排出量がICEより多くなるという。
このほか、トヨタ自動車が2030年の日本を想定したパワートレーン別のCO2排出量を試算しており、HEVの次世代モデルではエンジンの熱効率を50%まで引き上げ、再生可能な燃料を20%ブレンドした場合のCO2排出量が電動車4種類で最も低くなる可能性があると示している。
LCAで地域ごとのCO2排出量に差が出る大きな要因は、その地域でどれだけ再生可能エネルギーで発電しているかが関係するとされ、日本は他国と比較して再生可能エネルギーの利用が低く、将来的にもあまり増えないと予想されている。これは他国で今後主力になっていくとされる風力発電、太陽光発電について、国土の利用可能面積に制限があることがネックとなっているという。
また、電力系統の面でも地域によって差があり、再生可能エネルギーは発電量に変動性が高く、普及に際して系統側での柔軟な調整が求められている。欧州では陸続きの隣国同士で送電網が接続されており、余剰となった再生可能エネルギーを他国まで融通しやすい枠組みになっている。逆に日本は「くし形」と呼ばれるエリア単位の区分となっており、地域間の連携性も用意されつつ、融通は限られており、再生可能エネルギーが利用しにくい状況だと分析されている。
充電可能なEV&PHEVの販売比率の国別ランキングでは、上位に再生可能エネルギーの普及を推し進めている国が並んでいると分析。LCAの観点でもEVの普及には、エネルギー面での環境を合わせて勘案する必要があると語った。
以上をまとめた2030年までのパワートレーン別生産台数の試算では、現在主流のICEなどは4割程度に落ち込み、HEVを含む電動車が6割に達する。しかし、内燃機関を持たないEVは15%程度にとどまり、多くのクルマで内燃機関が依然として利用されるとした。
取り組みの方向性
最後はカーボンニュートラルに向けて日本の自動車業界が取り組むべき方向性について。ここまでに解説されてきたように、その地域における最適なパワートレーンは、使われ方やエネルギー環境などの要素を十分に考慮して変化することから、本質的に該当マーケットにふさわしいクルマは“適地適車”での対応が非常に重要だと説明。自動車業界でカーボンニュートラルが話題になると電動化ばかり議論となるが、燃料におけるカーボンニュートラル化も重要だと述べ、日本にとってもこれまで培ってきた内燃機関、燃料開発といった技術を結集することで、各地域で最も適切なソリューションを提供する取り組みを続けることが基本になるとした。
カーボンニュートラルな燃料では、まずFCVで利用される水素について紹介。水素は地産地消型でエネルギーを創出しやすいことがメリットであり、資源国ではない日本にとって意義のあるエネルギー源になり得るとしたほか、グローバルで再生可能エネルギー化を進めるにあたり、どうしても出てしまう余剰エネルギーの受け皿として注目が集まっているという。このため、自動車業界だけでなくエネルギー業界も含めて水素への取り組みが活発化している。
日本はトヨタが2014年12月にFCV「ミライ」を発売するなど先行しているが、一方で「ガラパゴス化しているのではないか」との懸念が出ることもあるという。しかし、2015年~2050年という長期的なロードマップにおいて、輸送領域で水素需要が大きな位置を占めると示されている。米国の政府機関の公開する水素ロードマップでも、同じく2050年の水素需要で輸送領域が最大の割合を占めると位置付けている。
EVのイメージが強い中国においても、環境対応をクリアする新たな一手として燃料電池や水素エネルギーに着目し、より広い視野でのカーボンニュートラルの取り組みを始めているという。
FCVは航続距離や出力の観点から、トラックでの商業利用が拡大していくと見られており、各国で自動車メーカーが開発を推進中。商用車に注力しているダイムラーでもFCVのトラックを普及させるため、車両開発と並行してロイヤル・ダッチ・シェルといったエネルギー会社とも連携。インフラとセットでの社会実装に向け取り組んでいることを紹介した。
このほか、カーボンニュートラル燃料として合成燃料の「e-fuel」についても紹介。e-fuelは再生可能エネルギーで発電された電気で水を電気分解。取り出した「Green H2」と呼ばれる水素と工場や発電所で回収されたCO2を組み合わせ、燃料に変換する新しい技術となる。
この技術ではe-fuelを既存の燃料と同様に扱えるため、既存インフラであるパイプラインやタンク、ガソリンスタンドなどをそのまま利用できるメリットもある。この取り組みはすでにアウディも開発に着手しており、燃料の革新として期待されている。
クルマ以外の運輸領域でもCO2削減を目指した活動を行なっており、クルマと同様に電動化が拡大していくと予想されているが、それに合わせて合成燃料、バイオ燃料、水素などの利用が拡大していくと見られており、状況に応じて自動車業界も他分野の輸送業界と連携して「電気+α」の可能性を模索していく意義があるだろうと語った。
カーボンニュートラルに向けた取り組みは業界を問わず求められる重要な要素となっており、ここにしっかりと向き合うことが社会貢献そのものになるとしつつ、カーボンニュートラルで注目されている電動化はEVとイコールではなく、LCAの視点から本質的に環境を考えるならHEVやカーボンニュートラル燃料といったソリューションを合わせて提案・提供できる体制を整えておくことが極めて重要だとの見解を示した。
それは地域ごとにエネルギー環境やクルマの利用形態がそれぞれ異なり、そこに寄り添う姿勢が今後さらに求められていくことでもあると指摘。この点は日本の自動車産業がこれまで得意としてきた強みそのもので、産業の競争力維持・強化につながっていくだろうとした。
終盤には勉強会の参加者との質疑応答も実施。「政府目標である2050年のカーボンニュートラルを実現するにあたってどの技術に注力していくべきか?」という質問に対して濱田氏は「シングルソリューションが解にはならないと考えています。同じカーボンニュートラルという課題に対しても、国や地域ごとにエネルギーのミックスが異なるのでアプローチが違ってくるのかと思います。また、それぞれの国で持っている産業基盤や強みなども考慮してアプローチを図る必要があります。中国が一気にBEV化を目指したのもコンベンショナルな技術がなかったからですが、言い替えればコンベンショナルな領域が強い国は、むしろカーボンニュートラル燃料をしっかりと進めていくべきという人もいます。政策的な観点も含め、(カーボンニュートラル燃料は)エネルギー業界側で非常に不確実性が高い領域でもありますので、当面は『ここに張るのが勝ちにつながる』といったスタンスはむしろ取らず、日本としてはこれまで比較的広く技術基盤を蓄積してきているところが強みそのものだと思います。『全方位』という言い方をするとネガティブに捉えられてしまうこともありますが、持っているものをうまく活用しながら適切にプライオリティを付け、地域ごとにソリューションとして組み上げて提供していくことを当面は続けていくことになるかと思います」と述べた。
続いて「日本独自の規格である軽自動車が広く普及しているが、この市場環境における電動化はどのような課題があると考えているか?」との質問に濱田氏は「ここはよく議論になる部分です。軽自動車は地方都市を含めて廉価な移動の足として重要なモビリティに位置付けられています。少なくとも現状のバッテリーコストでは(軽自動車の)EV化は、社会的意義の観点からもふさわしくないとの見方をせざるを得ないと思っています。そこだけを取り上げて軽自動車について議論するのではなく、日本全体としてのカーボンニュートラルに向けてどんなパワートレーンミックス、どんな車両ミックスにしていくのかという視点で、移動の足を確保するという点も含めて議論が行なわれる必要があると認識しています」と回答。
最後に「EVの普及が必ずしもベストではない理由として日本では火力発電の割合が大きいことを挙げたが、今後電力構成を変えていく必要があるのか?」という問いかけに対して濱田氏は「ここは自動車業界が単独で取り組むような点ではなく、政府、行政、エネルギー業界と連携して議論を深めていく必要があると思います。日本ではなかなか再生可能エネルギー化が進みにくい環境にありつつも、少しずつ電動化、再生可能エネルギー化を進めていくことが大きなコンセンサスとして存在すると思っていますので、このボトルネックを解消しながらどれだけ割合を高めていけるのかがクルマの電動化と連動して非常に大事な観点になってきます。また、原子力についてはこれからもさまざまな議論が続いていく部分で、そこがどうなっていくかもミックス全体として不確実性の高いところだと考えています」と答え、今回の説明会は締めくられた。