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モリゾウ選手こと豊田章男社長は、なぜ水素エンジン車で24時間レースに挑むのか? すべてのエンジン技術者へのメッセージ
2021年4月23日 12:42
4月22日11時15分、日本自動車工業会は豊田章男会長が出席するオンライン記者会見を実施し、2021年に開催を予定していた「東京モーターショー2021」の開催中止を発表したほか、自動車業界を束ねる自工会としてカーボンニュートラルへの考え方が示された。
そこで、豊田会長が繰り返し伝えていたことは「私たちのゴールはカーボンニュートラルであり、その道は1つではない」ということ。カーボンニュートラル=電動化となりがちなところではあるが、CO2と水素との合成燃料である「eフューエル(e-fuel)」を活用するなどの例を紹介しつつ、「私たちのゴールはカーボンニュートラルであり、その道は1つではない」と強く強く訴えかけていた。
その中では、日本が従来得意としてきた内燃機関などの燃焼技術を活かしつつ、eフューエルを使うことでCO2排出量抑制ができることを語っていた。多くの人が、カーボンニュートラル=電動化であり、ガソリン車などの内燃機関をなくすことが脱炭素であることにあらがうように、豊田会長は強く強く語っていた。
しかしながら、質疑応答ではやはりその点に質問がおよび、「日本の自動車産業がEVだけではないと言い続けて本当に大丈夫なのか? 世界の中で日本が取り残されてしまうのではないか?」という質問も飛んでいた。多くの人はカーボンニュートラル=電動化という常識に縛られていたことになる(ちなみに記者は、レベル3自動運転などについて質問しようと手を挙げていたが、指されず時間切れとなった)。
14時の発表、「私たちのゴールはカーボンニュートラル、その道は1つではない」という言葉の真意は水素エンジン
そして同日、4月22日14時、トヨタ自動車から驚くべき発表が行なわれた。その発表のタイトルは「トヨタ、モータースポーツを通じた『水素エンジン』技術開発に挑戦」。タイトルからしてモリゾウ選手が絡んでいることを容易に推測できる発表だが、CO2と水素を合成したeフューエルどころか、水素をそのまま燃やす内燃機関を搭載した「カローラ」で富士スピードウェイで行なわれるスーパー耐久の「SUPER TEC 24時間レース」に挑戦するというのだ。
トヨタは、よく知られているように水素から発電するFCV(燃料電池車)を世界で初めて「MIRAI(ミライ)」として一般向けに量産実用化したメーカーだ。すでにミライは2代目に進化し、水素タンクや水素から発電する燃料電池スタックなど改良を受けている。
今回発表された水素エンジン車は、そのミライの水素タンクを使って発電するのではなく、水素を噴射し、シリンダー内で燃やして走る内燃機関を搭載することだ。燃料にはミライと同じく70MPaの圧縮気体水素を用い、GRヤリスに搭載されていた直列3気筒 1618cc インタークーラーターボエンジンを用いる。このエンジンの燃料供給系と噴射系を変更し、水素を燃やして走れるようにした。
トヨタは14時から、豊田章男社長、佐藤恒治GAZOO Racing Company Presidentの出席するオンライン記者会見を実施。3時間前には自工会の豊田会長だった豊田章男社長は、この水素エンジン車を走らすルーキーレーシングのチーム代表であり、ドライバーのモリゾウ選手でもある。本人も今回は自工会会見から時間が経っておらず、カーボンニュートラルイメージが入ったミックスであると語っていたため、混乱を避けることもあり、以下豊田社長として話を進める。
佐藤GRプレジデントは、この水素エンジン車という未知なるクルマでのレース参戦を認めたスーパー耐久機構にお礼を述べたほか、「水素エンジンの基幹部品であるインジェクターとプラグの開発にご協力いただいたデンソーさま、燃料供給にご協力いただいた岩谷産業さま、大陽日酸さまや福島県浪江町のFH2Rを運営しているNEDOさまをはじめ、多くの関係者のご協力に感謝を申し上げたいと思います」と、協力社に謝辞を述べた。この謝辞から分かるように、この水素エンジンにはミライの技術が大幅に投入されている。
そして、この水素エンジン車をモータースポーツの過酷な現場に投入するのは、開発スピードを上げるためだという。24時間レースという過酷な環境を走ることで、弱いところを壊しまくり、カイゼンしていくことで鍛え上げていく。豊田社長は、「24時間のレースにというのは、3時間持つんじゃダメなんです、5時間持つでもダメなんです。24時間持たせるような、ある程度の準備ができてなきゃいけない」と語り、レースへ向けて信頼性を上げているという。
水素と言えば「爆発」というイメージが思い浮かぶ人もいるかもしれないが、モリゾウ選手である豊田社長自身が水素を背負って走ることで、水素の安全性を証明していくとのこと。ただ、よく考えればガソリンの重量エネルギー密度は約1万2500Wh/kg、熱効率の問題で実際に使われているのは4000Wh/kg程度といわれている。一方、水素の重量エネルギー密度は約3万3000Wh/kg程度とガソリンより大きいものの、体積エネルギー密度は70MPaタンクで約1/6.5。爆発物として考えた場合、場所を取る割に総エネルギー量は小さく、航続距離がガソリン車より短くなるなど、実はガソリン車よりも理屈上は安全な部分も見えてくる。
ちなみに電動化車両を支えるバッテリの重量エネルギー密度は、リチウムイオン電池で200~250Wh/kg程度。多く見積もって300Wh/kgとしてもガソリンの実効値と比べて4000/300=約13と、13倍も重たいことになる。これが電動化車両の最大のウィークポイントで、ものを運びたいのに重たい電池を運ぶという重量効率の悪化につながっている。ガソリンがいかに爆発物として優れており、優れているからこそ1Lで10km以上も走ることができるのか分かるだろう。自動車業界は長年の技術蓄積で、このガソリンをコントロール下においている。
話がずれてしまったが、豊田社長はガソリン車よりも優れた可能性を持つものの、ガソリン車ほどコントロール下におけているとはいえない水素エンジン車でレースに出るという。しかも、それを決めたのも豊田社長とのことだ。
2020年、コロナ禍のため豊田社長は蒲郡の研修センターにいたときに、豊田社長が「白い巨塔」と呼ぶトヨタ自動車との距離が縮まり、テスト車に乗る機会が増加。その際に乗った1台が水素エンジン車で、ちょうど一緒にいた小林可夢偉選手と乗ってみたことがきっかけだと語ってくれた。
佐藤GRプレジデントは、「水素エンジン車は燃焼速度が速いことから応答性のよいエンジンができる」と語り、環境自動車でありながら音や振動などクルマ好きが愛してやまないクルマ感が出せるとのこと。「マスタードライバーのモリゾウさんに乗ってみてもらったところ、モリゾウさんのセンサーがピピッときて24時間耐久レースに出ることになった」(佐藤GRプレジデント)。どれだけ議論しても水素の可能性を証明するのは難しく、実際にやってみるのが一番という結論には驚くばかりだ。
なぜモリゾウ選手は、水素エンジン車で24時間レースを戦うのか?
この水素エンジンという選択肢がカーボンニュートラルの未来に本格的に加わることができれば、カーボンニュートラル=電動化という単純な図式以外の未来が開けてくる。水素エンジンは、従来のエンジン技術の延長線上に位置することができ、燃料噴射技術、点火技術、熱コントロールなどを磨き上げていくことで、オイル類の燃焼などわずかなCO2排出はあるもののカーボンニュートラル内燃機関を作り上げることができる可能性がある。
ただ、その可能性が高ければどのメーカーも積極的に着手しているわけで、水素エンジンをあきらめたメーカーも多いことから、大きなチャレンジであるのは間違いない。
モリゾウ選手が、豊田章男社長が、そして自工会会長が水素タンクを背負って24時間レースに挑むのは、社会に対して「カーボンニュートラル=電動化」という単純な思い込みを変更してもらい、自工会会長として訴えていた「私たちのゴールはカーボンニュートラルであり、その道は1つではない」という、もう1つの道を示すためだろう。
と同時に、日本に多くいるエンジン技術者、内燃機関エンジニアに「本当にやり残していることはないか?」と問いかけるとともに、内燃機関の人材を電動化へと単純にシフトしようとしている経営層に対し「本当に技術を失っていいのか?」と問いかけている。
富士スピードウェイの24時間レースに水素エンジン車が参戦するということは、そこに岩谷産業が水素ステーションを作るということになる。周辺が富士箱根国立公園であることを考えると、政府や環境省が進めるゼロカーボンパーク構想ともリンクしやすくなり、水素インフラを作り上げるベースとしては最適な場所だ。
また、水素エンジン車を作る上で最も難しい部品である70MPaの水素タンクは、新型ミライで直径を統一。長さ方向に切断することで、希望の容量を得やすいようになっている。水素エンジン車の開発を行ないたいメーカーは、トヨタから水素タンクの供給を受けることで水素エンジンの開発に専念でき、近くに水素ステーションができるであろう富士スピードウェイで繰り返しテストも行なえる。すると原理的に水素エンジンに向いていると言われているロータリーエンジンの技術を持つメーカーは……。
レースを愛するモリゾウ選手は、自ら水素タンクを背負うことで「その道は1つではない」ことを証明するチャレンジを開始した。