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フォルクスワーゲン、自動車の差別化の鍵はソフトウエアにあり アジャイル開発で日々機能をアップグレード

2021年6月8日(現地時間) 開催

オンライン会見「Volkswagen Innovation Talk」

独自のソフトウエアを持ち、他社と差別化する

 独フォルクスワーゲンAGは6月8日(現地時間)、オンライン会見「Volkswagen Innovation Talk」を行ない、同社の自動車開発の方針に関する説明を行なった。

 この中でフォルクスワーゲン 研究開発担当ブランド取締役 トーマス・ウルブリッチ氏は「ソフトウエアこそが自動車の将来を規定する鍵だ。独自のソフトウエアを持ち、他社と差別化することこそがフォルクスワーゲンの開発における優先順位のトップだ」と述べ、フォルクスワーゲンがソフトウエアの開発こそがフォルクスワーゲンの次世代自動車開発の中で最も重要な要素であると強調した。

 また、フォルクスワーゲン セールス・マーケティング・アフターサービス担当取締役 クラウス・ゼルマー氏は「フォルクスワーゲンは安全安心のハードウェアとインテリジェントなソフトウエアを統合して提供する。そして継続的なソフトウエアのアップデートを提供することでこの統合による潜在能力を日々高めていく」と述べ、同社の自動車向けソフトウエア開発はアジャイルソフトウエア開発(アジャイルとは素早いという意味の英語で、予定されている機能全部が実装される前でも一般提供を行なう方式で、製品をリリースした後もソフトウエアの開発を続け、新しい機能や機能のアップグレードなどを日々提供していくこと)で行なっていき、機能のアップデート/アップグレードなどを、OTA(On The Air)を通じて提供していくと説明した。

自動車メーカーが他社と差別化するポイントがハードウェアからソフトウエアへと変わりつつある

VWグループのBEV向けのプラットフォームとなるMEB platform

 傘下にフォルクスワーゲン、アウディ、ポルシェ、ランボルギーニ、ベントレーといった多数のブランドを抱えているフォルクワーゲングループは、日本のトヨタ自動車を中心としたトヨタグループと生産台数で常にトップを争う自動車メーカー。フォルクスワーゲングループでは、近年自動車の開発を、将来を見据えて大きく変革されており、カーボンニュートラルを見据えたBEV(完全電気自動車)の前倒し導入や、グループ内のメーカーがBEVを実現する共通プラットフォームとなる「MEB platform」といった施策を迅速に打ってきている。

 そうしたフォルクスワーゲンがもう1つ開発の軸として据えているのがソフトウエア開発の加速だ。というのも、自動車の開発というのは、かつては固定機能を持ったハードウェアの開発が中心で、ソフトウエアの開発というのはECUなど一部のコンピュータのみという状況だったが、今はそれが大きく様変わりしているからだ。これからの自動車は、スマートフォンやPCに利用されているSoC(System On a Chip)と呼ばれる汎用のプロセッサ(演算処理機)が搭載されており、そこにソフトウエアを組み合わせることでさまざまな機能が実現される。

ID.4のコックピット、メータークラスタ、IVI(In-Vehicle Infotainment system)などがディスプレイになっており、それらの機能をソフトウエアで実現している

 例えばメータークラスタはその代表例と言える。以前のメータークラスタは速度計やエンジン回転計が時計の針のようなアナログ回路で表現されていた。しかし、現在は液晶ディスプレイなどのデジタルのディスプレイと、それに画面を表示するためのSoC、さらにソフトウエアによりまるでコンピュータのようなデジタルなメータークラスタが普及価格帯の車でも採用され始めている。

 そうしたデジタルのメータークラスタの特徴は、ソフトウエアをアップデートすることで機能を追加することができることだ。例えば最初は速度計とエンジン回転計の機能しかなかったかもしれないが、自動車メーカーがソフトウエアをアップデートすることで、燃費計の機能を追加する……そうしたことが可能になるのがデジタルの最大の特徴になっている。

 さらに言えば、必要に応じてユーザーが料金を払うことで追加機能を利用できるようにするなど、そうした柔軟な運用が可能になるのもデジタルの特徴と言える。例えば、前出のメータークラスタの例で言えば、初期状態では速度計とエンジン回転計や、ウインカーといった自動車としての基本機能だけ用意しておき、必要なユーザーが料金を払ったときだけ、燃費計の機能を有効にする、そうしたこれまでの自動車では実現できなかったような新しい販売方法なども可能になる。

 今後自動車メーカーが他社と差別化する最大のポイントがこのソフトウエアだと考えられており、どの自動車メーカーもIT企業での経験があるソフトウエア開発者を雇用して、そうした競争に備えている段階だ。

研究開発部門のエンジニアの多くはソフトウエアエンジニアになっているフォルクスワーゲン

フォルクスワーゲン 研究開発担当ブランド取締役 トーマス・ウルブリッチ氏

 フォルクスワーゲン 研究開発担当ブランド取締役 トーマス・ウルブリッチ氏は「ソフトウエアこそが自動車の将来を規定する鍵だ。独自のソフトウエアを持ち、他社と差別化することこそがフォルクスワーゲンの開発における優先順位のトップだ」と述べ、今後長期間にわたりソフトウエアが自動車メーカーにとって他社との差別化を行なう要素になると指摘した。

 先ほどメータークラスタの例でも説明したように、今後自動車は汎用プロセッサ+ソフトウエアでさまざまな機能が実現されていく。ディスプレイも現在はIVIとメーター程度だが、将来的には自動車の全周囲にディスプレイが搭載されたり、前面ガラスにもAR(仮想現実)のコンテンツが表示されたりと、さまざまなディスプレイが搭載されていく見通しで、それに併せてソフトウエアでどのようにユーザーに使いやすさ(ITの世界では「ユーザー体験」などと呼ばれる)を提供していくか、それが自動車メーカーにとって大事になっていくということだ。

 その上でウルブリッチ氏は「自動車にもインターネット常時接続が搭載され、今後ソフトウエアの複雑性やセキュリティへの懸念は増していく。その中で、新しい機能を常に提供していくことは1つのチャレンジだ」と述べ、ソフトウエアの開発には複雑になっていくことへの対処やセキュリティなどへの懸念があり、それらに対処しながら開発していくことが重要だと述べた。一般的にソフトウエアの開発は、コードと呼ばれるコンピュータへの命令書をプログラマが書き、それをコンパイラと呼ばれるソフトウエアでコンピュータが分かる言葉に変換して実行する。つまりその設計図と言えるコードを書くことがプログラマにとっては重要なのだが、そのコードの行数も以前は数千行だったものが、今では一億行といった膨大なレベルに達しており、何か問題が発生したときにもその問題がどこの行にあるのかを探すのも一苦労なほどだ。

ID.4 GTXのIVI

 ただし、ソフトウエアのいいところとしてウルブリッチ氏は「伸縮可能(スケーラブル)なことで、1つのソフトウエアを開発すれば、それをすべての製品ラインで利用することができる」と述べ、1つのソフトウエアを開発することで、幅広い車種にそれを採用していくことが可能になり、コスト的なメリットがあると説明した。

 そのように複雑になっていく一方のソフトウエア開発に対してフォルクスワーゲンはソフトウエア開発者を増やして対応しているという。ウルブリッチ氏は「われわれの開発部門の多くはソフトウエアエンジニアだ」と述べ、今後自動車開発の中心がソフトウエアになっていくという見通しを明らかにし、フォルクスワーゲンとしてはソフトウエア開発を加速することでよりより自動車を提供していく、そうした意向を表明した。

顧客のニーズを満たしていく切り札はソフトウエア、アジャイル開発で日々機能をアップグレードしていく

フォルクスワーゲン セールス・マーケティング・アフターサービス担当取締役 クラウス・ゼルマー氏

 フォルクスワーゲン セールス・マーケティング・アフターサービス担当取締役 クラウス・ゼルマー氏は「重要なことは顧客のニーズを満たすためにソフトウエアを充実させていくことだ。すでにわれわれが提供しているID.3、ID.4ではOTAの仕組みが導入されており、機能拡張なども提供している」と述べ、すでにフォルクスワーゲンが販売しているBEVのID.3、ID.4などにはOTAの仕組みが導入されており、それを通じてソフトウエアのアップデートや機能拡張などを提供していると説明した。

ID.4 GTX

 OTAとは、インターネットを通じて提供されるソフトウエアアップデートのこと。車載の地図データのアップデートなどはもちろんこと、IVIの機能を向上させたり、HMI(Human Machine Interface)の機能を向上させたりと、さまざまな機能向上なども併せて提供することができる。

 OTAとはそもそも何かと言えば、スマートフォンのOS(オペレーティングシステム、基本ソフトウエア)のアップグレードと同じようなものだと考えれば分かりやすいだろう。例えば日本で最も利用されている、iPhoneにはiOSというApple自社製のOSが搭載されている。現在の最新バージョンはiOS 14.xだが、先日行なわれたAppleの開発者向け会議WWDC(Worldwide Developers Conference)では、今秋に次のバージョンとなるiOS 15が提供されることが明らかにされている。

 AppleはそうしたiOSのバージョンアップで新しい機能を提供する。例えば今では当たり前に使われている音声認識機能の「Siri」も当初は提供されていなかったが、iOSのバージョンアップにより追加された機能だ。自動車のソフトウエアも今後は同じようになっていき、ソフトウエアがアップデートされる度に使い勝手が改善されたり、新機能が追加されたりする、OTAが提供されるというのはそういう意味になる。

すでに販売されているIDシリーズ(ID.3/ID.4)だけでなく今後リリースされるID.Busなどもソフトウエアにより機能が定義されていく

 ゼルマー氏はそのOTAに加えて、自動車としての基本機能である「安全安心」を提供していくことが重要だと強調し、「フォルクスワーゲンは安全安心のハードウェアとインテリジェントなソフトウエアを統合して提供する。そして継続的なソフトウエアのアップデートを提供することでこの統合による潜在能力を日々高めていく」と述べ、安全を実現するハードウェアと便利さを実現するソフトウエアを高度に融合していくことで、ユーザーにより魅力的なソフトウエアを、アジャイルソフトウエア開発(アジャイルとは素早いという意味の英語で、予定されている機能全部が実装される前でも一般提供を行なう方式で、製品をリリースした後もソフトウエアの開発を続け、新しい機能や機能のアップグレードなどを日々提供していくこと)のかたちで提供していくとした。

 また、「OTAに関しては年次アップデートのようなかたちで新機能を提供していくかたちになる」とも述べ、今後フォルクスワーゲンの自動車は買ったときの機能だけでなく、OTAにより機能が年々増えていくデバイスになると説明した。