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ホンダ、従業員活性度をITツールで見える化 LinkedInの「Glint」導入事例について聞いた

本田技研工業株式会社 人事部 人材開発課 課長 主幹 笹野真紀氏(左)、本田技研工業株式会社 人事部 人材開発課 主任 山崎紘和氏(右)

ホンダがMicrosoft子会社LinkedInの従業員活性度調査ツール「Glint」を導入

 本田技研工業は、Car Watchの読者なら知らない人はいないであろうわが国を代表する自動車メーカーの1つだが、近年ではIT技術の取り込みにも熱心な企業の1つとしてもよく知られている。CASEというConnected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアエコノミー)、Electric(電動化)といった4つの頭文字を取ってつけられた4つのトレンドは、IT化が進む現在の自動車業界を象徴する言葉と言ってよい。

 そうしたホンダが取り組んでいるIT化は何も、自動車という製品そのものだけではない。HR(Human Resources、日本語で言えば人事のこと)テックと呼ばれる、人事・人材開発系のITの導入も進めており、最近ではMicrosoftの子会社LinkedIn(リンクトイン)の従業員活性調査ツールとなる「Glint」を導入して話題になっている。

 そうしたホンダの人事部でITツールの導入などを担当している本田技研工業 人事部 人材開発課 課長 主幹 笹野真紀氏、本田技研工業 人事部 人材開発課 主任 山崎紘和氏のおふたりにお話しを伺ってきた。

2030年ビジョンで掲げられた従業員活性度の向上目標をすでに達成したホンダ、HRテックでさらに上乗せを目指す

LinkedInが提供するGlintの画面(サンプル例で実際の画面ではない)。このように、現在の状況などがグラフなどのグラフィックなどを利用して示されおり、わかりやすい

 HRテックというのは、今ITの世界では静かに注目されているジャンルになる。HRとは日本語で言えば「人事」であり、企業の人事をITにより数値化し、グラフとして見える化することで、従業員にとっても、そして企業にとってもパフォーマンスを向上させるというためのツールとなる。特に昨年の春先に世界的なCOVID-19の感染拡大(パンデミック)が発生したことにより、多くの企業が従業員にリモートワークを強いることになったことを受けて、従業員のモチベーション維持や新しい会社との関係の構築などという観点から注目を集めている。

 山崎氏によれば「昨年のパンデミックでホンダも大きな影響を受けた。東京や栃木の研究所などでは在宅勤務が進み、ワークライフバランス、職場の衛生面といった意味で働きやすい環境は高まっている。しかし、その反面パンデミックの長期化によりコミュニケーションが取りづらいという弊害も出てきている。特に若い世代や社歴の浅い方などはそれが顕著で、その意味ではその反動も出てきている」と、やはりホンダ従業員の働く環境でもよい影響、わるい影響の両方があった明かす。

 そうしたホンダのHRテックの利用だが、すでにこれまでもいくつかのツールを使ってきたという。というのも、ホンダが2017年に発表した「2030年ビジョン」という経営方針の中で「従業員活性度」の向上という目標が掲げられていたからだ。

 従業員活性度とは、従業員が働きがいを持って働いているか、またその企業で働いていて幸せかなどのやや一種の従業員満足度のようなもので、企業にとっては要するに従業員が高いモチベーションで働けているかを示す数値だと考えればよいだろう。それが高ければ高いほど、従業員は高いモチベーションを持って働いていることになり、それが企業の業績にとっていい方向の影響を与えるのは容易に想像できる。

 山崎氏は「そうした従業員活性度というと漠然とした目標に感じられるかもしれないが、従業員の意識や考え方を数値化してデータ化することが目的。そうした基礎データを取り、どこのあたりに課題があるのか、あるいはこうした制度を導入していくべきということを経営層や従業員に対して定量的に見せていく目的でさまざまな取り組みを行なってきた。そうした中で2017年に発表した2030年ビジョンで目指していた従業員活性度の目標数値は3年でクリアすることができたが、今後も継続して何を取り組んで行くべきかを検討していくために、新しいツールはないかと探していた」とホンダのHRテックの活用について説明した。

従来は表計算ソフトを手動で行なっていた集計も、クラウドベースのGlintにすることで自動化、さらにサジェスチョン機能も利用可能に

Glintの日本語画面(サンプル例で実際の画面ではない)、アンケートの結果はこのようにWebブラウザでさまざまな角度から確認できる

 そうした次の一手を探していたホンダが採用を決めたのが、LinkedInから提案された「Glint」(グリント)だったという。LinkedInはビジネスSNSの草分けとして知られており、米国ではビジネスパーソンが他のビジネスパーソンとつながり、次の仕事を見つける為の転職ツールとしても利用されている。日本ではFacebookがその役割を果たしていることが多いが、米国ではLinkedInが圧倒的な存在感がある。2016年にWindowsやOfficeなどでお馴染みのソフトウエアベンダー「Microsoft」が買収することを発表し、現在は同社傘下の子会社として運営されている。

 ビジネス向けのSNSで、転職ツールとしても利用されているという背景もあり、LinkedInはHRテック向けの製品の充実を図っている。その1つがGlintであり、LinkedInが2018年に買収し自社の製品ラインアップに追加した製品となる。Glintは「従業員エンゲージメント調査ツール」というジャンルのツールになっており、従業員のモチベーションや幸福度などを、アンケートなどを実行しそのデータをさまざまな角度から集計、分析するツールとなる。

 そうしたツールは従来もあり、ホンダでも導入していたと山崎氏。さらに「これまでも3年に一度調査はしていた。国内だけで4万人の従業員に紙とWebを併用した調査を行なっていた。調査結果は表計算ソフトの数字が生のデータとして出てくる形になっており、それを集計して修正してということを人事部の担当者がマニュアルで行なっており、結果のフィードバックなどにも結構な時間がかかっていた」とのことで、やることはやっていたが、課題としては出てきたデータを直ぐに活かせるような環境になっていなかったそうだ。

 しかし、今回Glintを導入したことで山崎氏は「Glintでは結果がクラウド上で確認でき、調査の途中でもその経過を確認することができる。かつ従来であれば人事担当者が、その部門のリーダーに対してその部門だけのデータを、表計算ソフトウエアなどを利用して手動で切り出して成形して送るなどの手順を経ていたが、今後はそういうことは必要なくなり、担当者や部門のマネージャーが自分の部門のデータだけをWeb上で確認できるので、わざわざ結果をメールするなどの必要性もなくなり効率は大幅にアップすると考えている 」と説明し、クラウドベースのツールになったことで、人事部も、そして現場のリーダーもWebブラウザでGlintにアクセスして結果を直ぐに確認できるようになったことで人事の生産性は大きく向上したという。

さまざまな角度からアンケート結果を自動で分析して表示してくれる(サンプル例で実際の画面ではない)

 もう1つの効果は、そうした結果データの見え方だ。従来は人事が手動で表計算ソフトウエアを利用してグラフを作ったりする必要もなく、Webブラウザを利用して、現場のリーダー自身がグラフにしたり、データの並べ替えをしたりということを自由に行なうことができるようになったため、視認性が大きく向上したという。また、AIがコメントを分析する機能が用意されているので、従業員のポジティブな声、ネガティブな声を自動で認識して部門のリーダーに示唆するなどの機能があるという。それにより、現場の声を経営層なり、マネージャー層なりが拾いやすくなり、現場の声を大事にしていくというのがより容易になったという。

 ただ、こうしたツールは別にGlintに限らずさまざまな企業が出しているが、山崎氏によれば今回ホンダがGlintを選んだ理由は2つあり、1つは外部との比較ができること、もう1つが調査後のアクション支援だったという。「従業員の活性化というとどうしても社内での比較になってしまう。しかし、Glintでは外部との比較ができる機能が用意されており、ホンダの位置づけがどこにあるのかを外部の視点で客観的に評価できることが重要だと考えた。もう1つは現場のマネージャー層が、その数字だけを見て一喜一憂するのではなく、その結果を元に、次にどんなアクションをしたらいいかという示唆を与えてくれることが重要だった」と山崎氏は言い、外部との比較という客観性や結果からの次のアクションを示唆する機能などを評価したという。

自動車のようなグローバルなビジネスでは、グローバルレベルの人材獲得競争に勝ち抜く為にもHRテックの導入が必要に

 笹野氏は「こうしたツールを導入してみてよかったと感じたことの1つは、経営層の課題感と人事の課題感がリンクしてきたことだ。それぞれの事業部がそれぞれの目標を掲げているが、その中に従業員活性度という意識を持ってもらい、現場単位でその意識を持ってもらえるようになったということで大きな意味があった」と新しいツールの導入は、特に経営層やマネージャー層などの意識改革を促した側面があると説明した。

 笹野氏は「人事としては自由闊達な職場、やりがいのある職場、頑張れば報われる職場などを実現したいと思っている。また、産業内での競争という側面では、グローバルによい人材を採るという観点からもそうしたホンダの職場としての魅力を上げていかなければならないと考えている」とのことで、そうした目的の為に今回のGlint導入は効果があったということだった。

 なお、今回の調査はIT機器が配布されている従業員はWebで、工場などでIT機器が配布されていない従業員は紙で行なわれており、紙のデータをデジタルに変換してデータと活用しているという。その意味ではより即時性を実現していくためには、将来的に工場で働く従業員などにも何らかのITツール(例えば会社支給のPCやスマートフォンなど)を配布して、調査を行なうなどの検討をしていく必要があると考えているということだった。また、現状は国内の従業員を対象に行なっているが、将来的には国内だけでなくグローバルの従業員に対してもターゲットを広げていきたいとのことだった。