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豊田章男氏、社長や会長・モリゾウ選手など5つの顔で「富士モータースポーツフォレスト」開発に挑む 自動運転の街の近くにできるモータースポーツの聖地

トヨタ自動車社長でもあり、ルーキーレーシング代表でもある豊田章男氏。2022年、モリゾウ選手としてのラリー活動やレース活動なども評価され、FIA(国際自動車連盟)の評議委員にも推挙された

富士スピードウェイ一帯に開発される富士モータースポーツフォレスト

 4月6日、富士スピードウェイ近辺で行なわれている各種の開発事業に関する正式名称が「富士モータースポーツフォレスト」であることが発表された。この一連の開発は、トヨタグループの東和不動産(4月27日よりトヨタ不動産に社名変更)がデベロッパーとなって行なうもので、これまでは「モータースポーツビレッジ計画(仮称)」と呼ばれていたものになる。

 現在、公開されているものでは富士スピードウェイ内に温泉付きホテル「アンバウンド コレクション by Hyatt」ブランドで「富士スピードウェイホテル」を本年秋にオープンするほか、ホテル棟内に「富士モータースポーツミュージアム」が設けられる。展示面積はトヨタ博物館本館の2/3ほどを確保し、開業時にはル・マンをテーマにした展示を行なっていくとのこと。

 また、先ごろ竣工したルーキーレーシングの新ガレージも、この富士モータースポーツフォレストの主要施設であることが今回明らかにされた。竣工したルーキーレーシングの新ガレージは1期棟であり、今後、2期棟、3期棟を建設していくことが発表されている。

 そのほか、レクサスはオフロードコースを富士スピードウェイ内に設営、新型LX600の購入者に優先的にオフロード体験を提供していくほか、au(KDDI)はオリンピックで使われたカメラシステムをマルチパーパスコース(旧ドリフトコース)で実証実験。富士モータースポーツフォレストは、モノからコトへ、クルマ文化への貢献といった新しい軸での展開を図ろうとしていることが推測される。

 この富士モータースポーツフォレストで、最初の大規模施設を完成させたルーキーレーシングの代表であり、トヨタ自動車 代表取締役社長であり、実は東和不動産会長でもある豊田章男氏に、構想の一端をうかがった。もちろん、よく知られているように豊田章男氏は、ラリーやサーキットでモリゾウ(MORIZO)のレーシングネームでモータースポーツ活動を行なっており、水素タンク積んだ水素カローラで富士24時間レースに参戦予定でもある。

豊田章男氏が、富士モータースポーツフォレスト開発に込める思い

 豊田章男氏は、この富士モータースポーツフォレスト一帯で最初に完成するのがルーキーレーシングのガレージであってほしいという強い思いがあったという。もちろん技術的にレーシングガレージの方がホテルやミュージアムより施工が容易という部分はあったかもしれないが、そこには豊田章男氏のモータースポーツに対する原体験があるという。

 豊田章男氏は、ルーキーレーシングのガレージ竣工式で「私は10歳の誕生日を、ここ富士スピードウェイで迎えました。父が第3回日本グランプリに連れてきてくれたからです。プレゼントの中身は走り抜けるかっこいいクルマとうるさいエンジン、そしてクルマをいじるかっこいい大人たちの姿でした。このガレージには、見学に来た子供たちにメカニックの作業をよく見てもらえるような工夫がちりばめられております。10歳の私が感じたように、子供たちの記憶に残るクルマの原体験をしてもらいたい」と語り、富士モータースポーツフォレストやルーキーレーシングが同様な体験をできる場所であってほしいという。

「なんとか私の思いでもある、モータースポーツにかかわるすべての方々、ドライバーだけでなくメカニックエンジニアも、見る人もやる人も、みんながブレイクスルーするようなきっかけにしたい」という。

 10歳の豊田章男氏が第3回日本グランプリで感じたような、レーサーやメカニック、そして観客など、かっこいい人が集う場所であってほしいという思いがあるという。

 そのために、東和不動産会長としてホテルを作り、ルーキーレーシング代表として屋上からレース観戦やメカニックの仕事を観戦できるガレージを作り、トヨタ自動車社長としてToyota Gazoo Racingでレース参戦を行ない、さらにはモリゾウ選手として週末ラリーや週末レースを楽しんでいる。週末ラリーや週末レースに関しては、最近カーボンニュートラルの実験場というミッションが入ってきているため、内燃機関の将来を背負っているため重くなっているようにも見えるが、いずれにしろ世界的に見ても突出したクルマ好き、モータースポーツ好きであるのは間違いないだろう。

 豊田章男氏本人もそういった自分の多面性を十分に認識して、富士モータースポーツフォレスト一帯の開発に取り組んでいる。「5つの顔(トヨタ自動車社長、東和不動産会長、ルーキーレーシング代表、日本自動車工業会会長、運転好きのモリゾウ選手)を持っているがゆえにやるべきことがあると思っている。それぞれは大企業ですから、なかなか調整が難しい。ところが、自分は一人の決定者、一人の責任者であるがゆえに、このスピード感で、一つの物語性を持ってスタートできる。その思いをいろいろな人と共有できたらと考えている」(豊田章男氏)。

 豊田章男氏は、5つの立場を縦横無尽に駆使して、富士スピードウェイを中心とする富士モータースポーツフォレストを作り上げようというのだ。

 ここでポイントとなるのは、豊田章男氏が物語性を意識していることだろう。記者は豊田章男氏が副社長だった2008年後半からトヨタ自動車の会見や発表を取材しているが、豊田章男氏からあまり「物語」という言葉を聞いたことがなかった。豊田章男氏がクルマ好きに向けていつも伝えていた言葉に「工業製品のなかで、Loveの愛が使われるもの、“愛車”と表現されるようなジャンルは自動車ぐらいだと思っています」というのがある。クルマを本当に愛する豊田氏らしい言葉だが、これは個人とクルマという関係を示すものだった。

 ただ最近豊田氏は、内燃機関技術者へのエールを込めて水素タンクを背負って走るなど、誰かのために走っているように見える。また、鈴鹿のファン感謝デーでは第1回日本グランプリも父(トヨタ自動車名誉会長 豊田章一郎氏)と一緒に見に行っていたことを明かすなど、長い時間軸でクルマを愛し続けてほしいという思いが見えるなど、「発言が変わってきたな」と感じていただけに、「物語」という言葉が印象に残った。

 親と子が、クルマを通して楽しめる場所。ホテルではペットと一緒に泊まれるような用意もしているとのことで、物語の広がりは大きく見ているようだ。モータースポーツを見て、そこで働くかっこいい大人を見て、快適に過ごしてもらって、クルマをもっと好きになってもらう場所。それが豊田章男氏の描く富士モータースポーツフォレストなのかもしれない。

 この富士モータースポーツフォレストには、ヨーロッパの街ではよく見かけるラウンドアバウト(環状交差点)がいくつか存在もするようだ。すでに一つは富士スピードウェイの西ゲートから東ゲートへ向かう途中にできており、いずれは開通する新東名高速の「小山町スマートインターチェンジ(仮称)」へとつながる。現時点での予定は令和5年度(2024年3月末まで)とまだ先だが、新東名経由で富士モータースポーツフォレストに行くには重要な場所となる。

 モリゾウ選手が挑戦を続けていた24時間レースが行なわれるニュルブルクリンクにも、モータースポーツゲートの前にはラウンドアバウトがあり、富士モータースポーツフォレストとの相似性も感じる。この点については、「そうだよね、ニュルっぽいよね」と笑って答えてくれ、富士24時間レースの開催などを通じて、アジアなど世界市場を見た開発であることを示唆してくれた。

富士スピードウェイの西ゲート近くに整備されたラウンドアバウト。「ゆずれ」の文字がなんだか新鮮

自動運転の街であるウーブンシティの近くにできる、マニュアル運転の森「富士モータースポーツフォレスト」。その本質はプラットフォーム

2020年1月6日、米国ラスベガスで開催されたCESにサプライズ登場。自動運転の街「Woven City(ウーブンシティ)」を世界へ向けて発表した豊田章男社長。記者も現地で取材していたが、世界中の記者がとても驚いていたのを覚えている

 記者には一点、この富士モータースポーツフォレストについて聞いてみたいことがあった。それはモータースポーツというマニュアル運転を代表する「富士モータースポーツフォレスト」という聖地を、現在トヨタ自動車が開発中である自動運転の街「ウーブンシティ」のすぐそばに作ろうとしているのは、どこからどこまでが計画されていたことなのだろうということだ。

 このマニュアル運転の森「富士モータースポーツフォレスト」と自動運転の街「ウーブンシティ」は、今後開通する新東名高速でほぼダイレクトにつながり、世界的にも例のない地域になる可能性がある。いずれも日本の象徴である富士山の裾野にあり、ウーブンシティに訪れた人を富士モータースポーツフォレストに招いたり、富士モータースポーツフォレストで世界的レースを観戦したのちにウーブンシティに訪れたりといった展開が容易に予想できる。

 この点について豊田章男氏に聞いたところ、「ありがたいことに全部モビリティに絡んでいる。モビリティの現在・過去・未来ではないが、さらにそこに(富士モータースポーツフォレストとウーブンシティの間に)、うちの東富士の研究所もある。ここではモビリティの未来を考えている。たとえば未来の安全性を考えている人たちもいる」「何か、いろいろな力が長い年月をかけて集まってきたのではないか。そういう力を発揮させるように、なんとなく集まってきたのではないか」と語ってくれた。

 豊田章男氏自身は、富士モータースポーツフォレストをプラットフォームとして位置づけているという。「プラットフォームとしていろいろな人に入ってきていただきたい」といい、サーキットを用意して、ホテルを用意して、レーシングガレージを用意して、と初期投資が大きい部分を準備した。そこに、いろいろな人が入ってくることで、モータースポーツの未来を作り上げていく、物語を作り上げていくという、強い意志を感じた。これは自動運転の街「ウーブンシティ」も同じ仕組みになっており、ウーブンシティの住人を募集することで、未来のモビリティ社会を具現化しようとしている。

 今はまだ片鱗しか見えないが、多くの人が参加することで、数年後、十数年後には、富士の一帯にどのような風景の都市ができあがっているのだろうか。