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NVIDIA AI DAYS 2022基調講演、「日本のAI研究開発の遅れを打破するには産業との融合が必須」と松尾豊教授
2022年7月5日 09:33
- 2022年6月23日~24日 開催
NVIDIAは6月23日~24日の2日間にわたって、「NVIDIA AI DAYS 2022」をオンラインで開催している。初日となった6月23日は「DAY1 基調講演」において、東京大学大学院 工学系研究科 人工物工学研究センター 教授 松尾豊氏による「もはや傍観者でいられない、加速するAI活用」と題した講演が行なわれた。
松尾氏は「現状日本のAI開発は立ち後れているのは否定できない。だが、しっかりと海外のトレンドをフォローしながら日本の強みと組み合わせることで逆転は可能。DXで最も効果があるのはAIと組み合わせた時で、DXを行なうことが企業価値、引いては日本の産業価値を向上させる」などと説明し、AIを活用することが日本企業にとって死活的に重要だと説明した。
出遅れた日本がAIで巻き返すには、日本の強みがある産業とAIを組み合わせることが重要
東京大学大学院 工学系研究科 人工物工学研究センターの松尾豊教授は、日本における人工知能研究の第一人者で、日本ディープラーニング協会の理事長を務めるなど、ディープラーニングベースのAIの普及活動だけでなく、AI関連の人材育成にも力を入れて取り組んでいる。
そうした松尾氏はマシンラーニング/ディープラーニングベースのAIがたどってきた歴史を振り返りながら「AIには限界と可能性の両方を感じている。限界という意味では自動運転は対話を伴うタスクが苦手と感じている。そのあたりが解決されると大きな範囲でイノベーションが起こる可能性を感じている。AIは今後の成長戦略の柱になり得ると考えている」と述べ、現状のAIが課題を抱えていることは間違いないが、将来にはもっと大きな可能性があると指摘した。
その上で松尾氏は「日本のAI研究に関しては必ずしもいい状況ではない、特に国家のリソースがちゃんと割かれていないことに課題がある。実はアメリカでもトップ研究者が怒りのコメントを出すほど国はリソースを割いていないが、GAFAMを始めとする産業界が巨額の研究費を投入しており、研究が進んでいる。それに比べると日本の産業界はそこまでではないので正直物量で負けている。そこで、ここから巻き返すために、フォロワー戦略をとるべきで、それを実践していくことで勝ちが見えてくる」と述べ、日本でのAIの研究や活用などに立ち後れがあるという現状認識を示した。
日本がこれからAIの研究や活用で巻き返すためには、3つのポイントが大事だという。1つはどんどん研究を実践していくこと、2つめは人材育成やスタートアップの支援、そして3つめとして日本の強みの産業、例えば自動車やロボットなどとAIを融合した研究を続けていくことで、AI単体の研究では勝てなくても、そうした産業レベルで勝ちを収めていくことが大事だと指摘した。
松尾氏は、「岸田内閣が3月に開催した『新しい資本主義実現会議』でAIに関するスピーチが行なわれ、日本政府にもそうした施策が必要だと言うことを認識していただいた」と述べ、そういう認識が広まるのはいいことだと見解を示した。
効果があるDXを実現するには組織をアジャイルに変えていく必要がある
今後への取り組みについて、松尾氏の研究室とDBJ(日本政策投資銀行)が共同で出した「ソフトインフラレポート」と呼ばれる「事業者がDXを推進する上での課題、AIをはじめとする要素技術、DXの本質並びにDX人材の育成および登用の可能性等を俯瞰しているレポート」(同Webより)を紹介して、そのレポートを元に日本におけるDXの現状と、今後の課題などに関して説明した。
ソフトインフラレポート ~DXの本質と産業変革に向けた提言~
https://www.dbj.jp/topics/investigate/2022/html/20220419_203799.html
松尾氏は日本のDXの現状について「想像どおりだが遅れている。各国と比較してもICTへの投資は20年以上伸び悩んでいる。IMDによるデジタル化のランキングでも28位に留まっている」と述べ、依然として日本の企業はDXに遅れているという現状があると指摘した。また、大企業に関しては取り組む企業が増えているが、製造業や中小企業といった日本の企業の多くでDXが未だとりくれておらず、ITの人材もITベンダーには抱負にいても、ユーザー企業側には少ないという現状を説明した。
松尾氏はDXが進展していくプロセスを、まずは個社から始まり、それが発展していき、最後に産業全体へと波及していくという三段階で進んでいくと述べ、DXは
「t年後の金額=元本(1+利率r)の運用期間(t)乗」
という式で示せると指摘し、従来の企業は利率rを伸ばすことに注力してきたが、今後は運用期間(t)を大きくする、つまり利用するサイクルを早めていくことが重要で、そうなれば複利の効果で効果があがっていくとした。「利率を数倍にするのは難しいが、時間を2倍、3倍とするのは容易である。デジタルによりそうした時間短縮を加速させていくことで、DXによる大きな効果を得ることができる」(松尾氏)とのとおりで、そうした意識により成長を加速することができると説明した。
その上で「GAFAはまだ指数関数的に成長している。いずれの会社も動きが早くどんどんビジネスをアップデートしている。そうした代表例がEVメーカーのテスラ(Tesla)だ。販売店を持たず口コミ中心、製品もソフトウェア定義にするなどアジャイルな経営を行なっている。r(利率)を大きくするのではなく、t(運用期間)を大きくするためには早くやって失敗し、挑戦の失敗に寛容になったりする必要があるが、それにより結果的に組織がアジャイルになる」と述べ、アジャイルな組織に組織を変えていくことがt(運用期間)を増やしていくためには重要だと指摘した。
そのためにAIを使ったDXの取り組みは有効であり、日本企業もAIを導入してDXを実現することで、より大きな効果を得ることができると松尾氏は強調する。
その後、松尾氏の研究室発のスタートアップ企業、日本ディープラーニング協会の取り組み、高専DCONと呼ばれる高専のAIアプリケーションコンテストなどの取り組みが説明された。
AIを利用したDXは、利用しない場合には比べてより高い効果がある、企業価値向上の武器に
松尾氏は「最近現代社会で活躍できる人材の仮説というのを考えてきて、今の社会で活躍できる人のパターンが見えてきた。それが(1)想像力と行動力をもってPDCAを回せる人、(2)データやAIを使う力を持っているデジタル人材、そして(3)未来を想像することができ、そこから逆算して目的を設定し決断力を持つ人の3つだ。デジタルの知見を持っている人は2つめに該当するが、(1)と(3)を併せ持つと最強になれる。逆に企業の経営者の方などは(1)と(3)を持っているという人は少なくないだろう。そういう人が(2)を併せ持つとやはり最強になれる」と述べ、デジタルの知見を持っていくことが今後の経営者には求められるし、デジタルに強い人もPDCAを回したり未来を想像するための能力を備えることで、より魅力的な人材になれるとし、そうした3つを併せ持った人材を今後は育成していく必要があると述べた。
最後に松尾氏は「DXを実現することで、実現する前の企業における1人当たりの生産性は565万円程度だが、それがDXを実現した企業では980万円に跳ね上がる。現状東証1部上場企業の価値累計は約400兆円だが、それがさらに膨らんでも不思議ではない」と述べ、企業の経営者を念頭に自社の価値をあげるためにもDXは必須だと示唆した。
その上で「個社を変えることも大事だが、それが起点になって業界全体を変えていく取り組みが重要だ。個人の取り組みを起点に、そうした取り組みにつなげていければ」と述べ、今回のカンファレンスに参加したAIに興味がある開発者が起点となって日本のAI革命やDXをリードしていって欲しいと講演を結んだ。
なお、NVIDIA AI DAYS 2022では参加者向けに7月4日から15日までの2週間限定でオンデマンド視聴も実施。新規登録も可能となっている。