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デンソーが食の「安心」に挑む 食流通のDX化でフードロス削減や産地証明を支援

2022年7月6日 実施

デンソーが「食」の分野への取り組みに関する説明会を実施した。登壇者は株式会社デンソー フードバリューチェーン事業推進部 清水修氏

自動車分野で培ってきた技術を「食」分野へ応用

 デンソーは7月6日、自動車やモビリティではなく「食」分野への取り組みに関する説明会を実施した。登壇したのは、デンソー フードバリューチェーン事業推進部の清水修氏。

 清水氏は1991年にデンソーに入社し、カーエアコンを中心とした冷暖房の事業部に所属。農業経験は皆無だったというが、ある日突然、会社から新分野の担当に抜擢されたという。清水氏はフードバリューチューン事業推進部のスタッフについて、「自分を含めてほとんどが自動車事業から転属された農業経験ゼロの素人集団です。ただし、冷凍車といったモビリティ分野に関しては専門家はいるし、最近は農学部出身の新入社員も採用しています」と説明。また「デンソーはやると決めたらやる会社なので、今はスタッフ全員が汗水を垂らしながら農業現場をまわるだけでなく、自ら農業にも参加しています」と農業や食の安全に本気で取り組んでいる姿勢を紹介した。

 しかし、なぜ半導体やモビリティ分野を手掛けているデンソーが、「食」や「農業」といった、これまでとは異なる分野に注力しているのだろうか?

 デンソーは、2015年に自動車領域における空調システム技術やエンジン制御技術を活用し、農業用ハウス内環境を自動制御する「プロファームコントローラー」を商品化しているが、それ以前にもトラクターなどを手掛ける農機メーカーに部品を納めるなど、実は農業との関わりは古いという。そして現在のフードバリューチェーン事業推進部が立ち上がり、より本格的に農業分野の開発を加速させたのは2017年のこと。

 そして2020年に新型コロナウイルスにより、新しい存在価値が問われる時代へと移り、これまでの主戦場であった「モビリティ領域」と得意分野の「モノづくり」から、新たに「非車載向け製品の開発」や「非デンソービジネスの開拓」をさらに加速させ、クルマで培った技術を「環境」や「安心」分野に広く貢献させていくことを目標に掲げている。

デンソーが目指す「安心」の3本柱

 安心分野で社会貢献するための3本の柱としては、安全で自由な移動を実現する「交通事故死亡者ゼロ」、心安らぐ「快適空間」の創出、人がいきいきと働ける職場作りを支援する「働く人の支援」を設け、この3つの柱を広めることで、社会全体そのものがさらに活性化していくようにさせたいという。

 今回の説明会は3つ目の「働く人の支援」に関わる内容で、特に労働環境が厳しいと言われる農業分野の労働者の激減と高齢化、後継者不足は大問題なうえ、さらに作った野菜などを運ぶ物流業界も人手不足と、清水氏は「人は食べなければ生きていけないので、もはや業種・業界ではなく、社会全体にとっての深刻な課題です」という。

社会背景と課題感

 そこでデンソーは、この「食」の課題を解決するために、これまで自動車領域で培った「カイゼン」「環境制御」「自動化」「ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)」「JIT(Just In Time)」「コールドチェーン(低温流通体系)」といった技術をうまく応用して、就農人口の減少や天候不良による不安定な収穫量を解消させ、ドライバー不足でもラストワンマイルという柔軟な物流にも対応できるようにし、最終的には消費者が安心して食べられ、フードロスを低減させるといったフードバリューチェーン全体の課題解決による社会貢献を目指すとしている。

デンソーが目指す方向性
デンソーが提供するソリューション

具体的な取り組み内容とは

 デンソーはフードバリューチェーンを「生産」「物流」「消費」と大きく3つに分け、それぞれの課題と、貢献できるソリューションを提案している。

農業分野での「生産」への貢献

 農業とひと言でいっても、「田んぼ」「畑」「果樹園」「施設園芸(ビニールハウス)」と、野菜や果物など扱う農作物によって生産方法も収穫時期も異なる。そこでデンソーは、クローズドされた施設で栽培する施設園芸が、自社の工場の生産ラインと共通点があることに着目。同じモノづくりであると仮定して、「より効率を高めて、高品質な野菜・果物を量産できないか?と考えた」と清水氏。

デンソーが生産(農業分野)で貢献できる領域

 とはいえ、無機質な部品をできる限りコンパクトなスペースで自動化して大量生産する工業と、できる限り大きな栽培面積で大量収穫を目指しつつ、熟練の作業者が行なう摘果(果実の間引き)による品質コントロール、そして必要に応じて機械を配置する農業では、異なる部分も多々あるという。

デンソーの農業への挑戦

 そこでデンソーは、すでにオランダの施設園芸の先駆者であるセルトンと合弁会社を設立したり、国内でも浅井農園と手を組み、デンソーの収穫ロボットや生産管理システムなど工業の考えをふんだんに盛り込んだ大規模施設を実際に作っている。また、施設には自動車領域で培った技術をただ農業領域に足すのではなく、相乗効果によるさらなるレベルアップを目指して、パートナー企業と一緒に農業と工業を融合させた新たな技術開発にも挑戦している。

デンソーの農業の取り組み

 最終的には、デンソーの技術を使った施設園芸だけを提供するのではなく、今後の農業の担い手を育てる教育や仕組み、DX化によりこれまでとは異なる新規人材の獲得、CN(カーボンニュートラル)の実現を目指した取り組みなど、清水氏は「地域全体で利益が得られ、就労者が働きやすい農業の実現までを見据えている」と語る。

デンソーが考えている農業を通じた社会貢献

変化する価値観と食の「流通」への貢献

 デンソーはコロナ禍で、テレワークが普及して通勤に便利な都心部から、自分の好きな場所に移り住む人が増えていることや、ネットで簡単に注文でき、テイクアウトや配達することで自宅での食事が増えている事象から、これまでの「集(集団)」から「個(個人)」へと価値観が変化してきていることに注目。

食を取り巻く社会の変化

 これまでの「集」という価値観では、全国で生産していた作物を都心部へと輸送して消費されることが当たり前だったが、今の「個」という価値観では、物流の根幹が大きく変化し、大型トラックによる大量輸送ではなく、軽トラックや小型モビリティを活用したラストワンマイルを優先した物流が主流になってきている。それにより、大型トラックは資格が必要でドライバーが制限されるが、軽トラックや小型モビリティなら普通免許で運転できるので、昨今のドライバー不足の解消も期待できる。

従来の取り組みと新しい取り組み

 それに合わせてデンソーも、これまでは大型トラックの荷室に冷凍室を設けるなどの技術供与をしてきたが、新たに人が背負えるサイズの箱に小型の冷却システムを搭載した小型モバイル冷凍機「D-mobico」を開発するなど、時代の流れに合わせた開発も積極的に行なっている。

より安心できる食の配送への取り組み

正しい「消費」への取り組み

 日本は世界と比べても、とてもフードロス率が高く、また今年2月に熊本県で発覚したアサリの産地偽装など、食に関する問題が表面化してきている。特に産地偽装に関しては、農林水産省や消費者庁もアサリだけでなく、他の食品でも起きている現状を危惧しているという。

 清水氏はフードロスが発生する原因について「流通形態の複雑さが1つある」と解説する。具体的には、生産者が作った農作物はJA(農協)が一旦集約して、卸市場へと出され、そしてそれを仲卸が競り落とし、注文のあった小売店へ届けるが、小売店は消費者が何をどのくらい購入するか分からないため、在庫を切らさないように多めに仕入れる。その結果、単価は安くなり、売れ残りが発生し、廃棄される。また、市場価格をコントロールするために卸市場で需給調整が行なわれるので、作りすぎた農作物は消費者に届くことなく破棄されるなど、フードロスが多発しやすい構造となっている。

食を取り巻く現状
食流通の課題

 さらに、農作物の産地や生産者、添加物などの情報は、流通業者や小売業者が仲介することで、消費者にきちんと正しく届けられることが少なく、消費者の大半はスーパーに並ぶ農作物を「見た目」で選ぶことがほとんど。そのため、パッケージに貼ってあるシールの地名が産地だと信じるしかなく、産地偽装といったことが発生してしまっている。

 そこでデンソーは、農林水産省が進めている食流通のDX化の実証実験に参画していて、生産地から物流倉庫、販売店へわたるまでの過程を、QRコードやRFIDなど工場で使う技術を活用しながら一括管理。もちろん、今まで利用していない大規模なシステムを導入すれば、そのコストが農作物に上乗せされそうだが、全体の効率を高めることで吸収できる仕組みを目指しているという。

 また、農作物だけでなく、アサリの産地証明支援の実証実験もスタート。新たにソフトやアプリを開発するのではなく、物流倉庫などで在庫管理に使われている既存のアプリを活用することで、低コストでの運用を試みている。これらの活用で、消費者はより安心して食べられるようになる。

食の情報の一元化
消費者への見える化

 最終的にデンソーが目指すフードバリューチェーンの姿について清水氏は、「生産者によってきちんと作られた食物を、しっかりとした物流で届け、消費者にその食物の価値を理解してもらい、消費者が行動変容を起こし、きちんと対価を支払うとともに、生産者へフィードバックやリクエストを挙げ、生産者はその声を聞き、さらなる品質改良などを行なうといった、食流通全体の活性化に貢献することです」と締めくくった。

デンソーがフードバリューチェーンで目指したいこと