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藤島知子の「S耐最終戦」レポート 「カローラ H2」「GR86 CNF」で参戦するルーキーレーシング

ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept

 2022年は鈴鹿サーキットで最終戦を迎えたスーパー耐久シリーズ。私自身はドライバーとして富士24時間レースではST-2クラスのHonda R&D Challenge FK8でシビック Type Rのハンドルを握り、もてぎの5時間耐久ではST-5クラスのCLUB MAZDA SPIRIT RACING ROADSTARで参戦するチャンスをいただいた。FFハイパワーターボのシビック Type R、1.5リッターエンジンが持てるパワーを後輪駆動で走らせるロードスターとではラップタイムが大きく異なり、クルマの特性によって、走らせ方や戦い方も大きく違っていた。

 2022年のS耐は9クラス、60台近い台数のマシンがひしめき合うレースとして賑わいをみせてきたが、そんなコース上で、ガソリンエンジンを搭載するマシンたちに負けじと劣らない見事な走りで戦い続けていたのが、カーボンニュートラル燃料で走るマシンたちの躍進ぶりだった。そこで、今回の最終戦では取材に専念させていただき、ST-Qクラスで水素を燃やして走っているORC ROOKIE GR Corolla H2 conceptと、カーボンニュートラル燃料で走るORC ROOKIE GR86 CNF Conceptのマシンについて、今季を振り返る会見に滑り込ませていただいた。

鈴鹿サーキットを走行するORC ROOKIE GR Corolla H2 concept
モリゾウ選手

 2021年5月、S耐の富士24時間レースで水素を燃やして走るカローラがデビューしたことで、水素から始まったトヨタカーボンニュートラルへの挑戦。2年目を迎えた今季は水素カローラが走り続けたほか、カーボンニュートラル燃料(CNF)で走るGR 86のレース参戦につながった。それと同時に、スバルはTeam SDA Engineering BRZ CNF Conceptで参戦。マツダは2021年の最終戦からバイオディーゼル燃料で走るMazda 2 Bio concept、今回の鈴鹿の最終戦でMazda 3 Bio conceptをデビューさせたりと、着実に仲間は増えてきた。

メーカー担当者らが集まる“ワイガヤ”と呼ばれるラウンドテーブル

 レースの各会場では、メーカー担当者らが集まり、“ワイガヤ”と呼ばれるラウンドテーブルの場を設定。それぞれの取り組みについてオープンに話し合う機会が設けられている。レースで競い合うライバルであると同時に、未来に向けた魅力的なクルマづくり、それを作り上げていく人を育てることにフォーカスし、チームジャパンとしてひとつの輪で繋がっているのだ。今回はダイハツがこの場で約14年ぶりにモータースポーツ活動を再開したことを発表した。2023年にWRCのイベントやTOYOTA GAZOO Racingラリーチャレンジへフル参戦するという。

 耐久レースで戦い続け、時間に迫られた開発を行ないながら、人もクルマも着実に鍛えてきたトヨタ。水素カローラひとつをとってみても、2021年5月から今回の鈴鹿までの進化に着目すると、最高出力は+24%、航続距離は30%以上伸ばしてきた。航続距離(燃費性能)の向上はエンジンの異常燃焼を抑え、タンク内の水素を使い切ることで実現したそうだ。また、異常燃焼については、安心してエンジンを回せるレベルにきているものの、彼らとしてはまだ根本のメカニズムに何が起こっているのか掴み切れていないと認識しており、今なお研究課題のひとつとして挑み続けている。

 現段階では気体水素を車載のタンクに搭載し、他のレーシングカーよりも短いインターバルで水素を充填して走っているカローラ。今後は液体水素を使う案が出ているが、その進捗状況はどうなっているのだろうか。

液体水素と気体水素の2つのゴール

 トヨタは燃料として使う水素は液体水素と気体水素の2つのゴールがあると考えている。それぞれの課題としては、液体水素の場合、いかにタンクを小型化して航続距離を伸ばせるか。一方で、気体水素はクルマのパッケージ開発とセットでどれだけたくさん積めるのか。法律的にクルマに搭載できるのかも追求していく形になるという。

 そもそも、液体水素のメリットは同じ体積で考えたときに気体水素よりもエネルギー密度が高く、満タンでの航続距離が伸ばせるほか、常圧で充填が可能であること。また、気体水素のように70MPaの高圧まで時間を掛けて昇圧する必要がないため、複数台を連続して充填できる。充填機器もコンパクトにできるため、ピット内に収めることが可能になるそうだ。

 一方で、液体水素の難しい点としてはマイナス253℃以上に温まると気化してしまう特性があり、マシンに搭載されたタンクも充填する機器も超低温を保つ必要がある。しかし、まだその問題は解決しておらず、液体水素はピットに持ち込めていない状況だが、彼らは2023年の開幕戦に液体水素で走らせたいという意気込みで取り組んでいる。公式テストは2月下旬。そこに間に合うかどうかで可否を判断するそうだ。

 液体水素で航続距離を伸ばす開発も進めているが、気体水素の開発よりもさらに難しい部分があるという。まずは気体水素を使った水素車を世の中に出し、並行して液体水素の開発に取り組む。気体水素も液体水素もそれぞれにメリットがあり、例えば、大きなタンクが積める商用車には気体水素のメリットが得やすいとか、コンパクトに搭載できる液体水素は乗用車に使うなど、それぞれを使い分ける可能性は考えられる。

 さらに、クリーンな排気の開発にも着手。レース車の開発と並行して、量産化に向けた開発をすでに始動している。S耐を経験したメンバーがそれぞれの部署につき、専任の新チームを立ち上げて開発を加速。排気開発専用の試験車を作ったりして、詳細の評価に移行している段階だという。

 水素の取り組みについては、国内外の自動車メーカーから、「話を聞かせてくれ」「一緒にやらせてくれ」と想定以上の反響があるようだ。トヨタは水素をつかう人たちが安心して開発の道を登れるように、S耐の活動を通じて整備を続けていく姿勢で取り組み続けている。

 GAZOO Racing Company Presidentの佐藤恒治氏は「水素にまつわる技術はオープンにしており、他社とも積極的に手を組んでいこうと思っている」という。また、「他社で行なっている事例がラボ(研究室)ベースなのに対し、トヨタはS耐の現場で実証を行なっているので、リアルな世界で何が起こるかという点や水素の内燃機関の研究については、世界でいちばん前を走っている事例だと思っている」と、これまでのレースの実証で得た実績を用いて語っていた。

 レース参戦が技術開発と人づくりに及ぼす影響についても成果が出はじめている。普通は3、4年で一つのクルマを作り上げているところが、水素のレーシングカーの開発は半年間でモデルチェンジ級の内容で行われており、若手にとっても、もの凄く視野が拡がっているようだ。

 水素を使ったモータースポーツの取り組みを見ると、WECのドライバーが水素カーをドライブしたり、ラリーベルギーでMORIZO選手がデモランをしたり、12月にはタイで耐久レースに参戦するなど、日本でやってきた水素の取り組みをグローバル展開していくフェーズに入ってきている。

「水素カローラが歩んできた道はまだ整地されているワケではなく、そこに戻って整地していくような作業をやりながら前に進んでいる段階。後続の人たちが進みやすいように整備していく必要があると考えている」と語る。

 社会全体で水素社会を実現することに向けて牽引していく立場にあるトヨタ。モータースポーツシーンを通じて、彼らのチャレンジがカーボンニュートラルとモビリティが共存する未来と、私たちユーザーがクルマと向き合う楽しみを永続的に続けていくための足がかりを築きあげようとしているのだ。

カーボンニュートラル燃料(CNF)の取り組み

ORC ROOKIE GR 86 CNF Concept

 2022年に登場したORC ROOKIE GR 86 CNF ConceptはGR86でモータースポーツを楽しむ喜びがカーボンニュートラル燃料(CNF)を使ってレースの場で走れることを実証してみせたトヨタのもうひとつのチャレンジだ。FRスポーツカーを操る楽しみを、内燃機関を利用しつつ、環境に配慮する形で将来的に楽しめることに繋がれば、一人のスポーツカーファンの私としても彼らの活躍に期待せざるを得ない。

 カーボンニュートラル燃料にはさまざまな種類の燃料が存在しており、バイオマスなど再生可能エネルギーを使いやすい形で変換して使う。つまり、燃料の成り立ちから燃やしたあとまで、CO2を回収して使うことでカーボンニュートラルを実現しているものとなる。GR 86 CNF Conceptにはe-FUELやエタノールをガソリンのように変換したものなど、そうしたものを混ぜ合わせた燃料で走らせているという。

 彼らはレースにおけるカーボンニュートラルを実証するだけでなく、既販車にもそのまま使える燃料(いわゆるドロップイン)を想定してカーボンニュートラル燃料を使ったクルマの開発に着手しているそうだ。事前の検討段階では、欧州レース向けの燃料を使っていたそうだが、この一年間のレースでは今年始まる日本国内向けのJIS規格を狙って開発された燃料に変えて走らせてきた。

 燃料の特性に合わせて、クルマ側の燃料の使い方を改善して信頼性が得られたため、抑えていた出力も前回の岡山戦から最高出力は9%、最大トルクは9%上げることができた。車両の進化としてはサスペンション部品の見直しやセンサー類の統廃合で約30kgの軽量化を行ない、さらに、サスペンションメンバーとフロントブレースの構造変更によってボディ剛性もアップしている。S耐を走るマシンは次期86を視野に入れた開発を行なっているそうで、レースを速く走ることだけでなく、エンドユーザーがいつまでも乗っていたくなるクルマを目指しているようだ。今季のレースを戦いながら、プロが乗っても、発展途上のジェントルマンドライバーが乗ってもタイムを出しやすいクルマづくりを目指し、更なる進化を続けていくという。

 話をカーボンニュートラル燃料に戻すと、既販車に対して使うことを考えたときに対応しきれていない部分を見逃すわけにはいかない。そのあたりは、スバルと共にお互いのノウハウを開示しながら、エンジンユニット側で燃料の使い方を工夫してきた。また、スバルと一緒に活動してきたことで、互いに違う形式のエンジンでどう違うのかも検証できたという。

 これまでの燃料は通常のガソリンと比べて燃えにくい傾向があったりしたため、燃料メーカーに燃料性能の提案を進めている。今は燃料を実際に作ってプロダクションする段階にきており、2023年のシーズンには、新しい燃料を実車で試し、繰りかえし改良していくことを検討している。

 カーボンニュートラル燃料は一般的な燃料と比べて高価であるが、そうしたコスト面にもしっかり取り組んで低コスト化を目指す。実現するためには配合する成分、出力、燃費などの要件を含めて検討していく必要がある。

 カーボンニュートラル燃料については、S耐の活動を通じて、つくる、はこぶ、つかう仲間が着実に増えてきた。今では、二輪の4社(カワサキ、スズキ、ホンダ、ヤマハ)、そこにデンソーやトヨタが加わって、二輪の技術組合を立ち上げ、拡がりをみせているという。

GAZOO Racing Company Presidentの佐藤恒治氏

 GAZOO Racing Company Presidentの佐藤氏は今季をこう振り返る。

「S耐という現場で、それぞれのメーカーが凌ぎを削りながら、自分達の技術を持ち込んで、競争しながら技術力を高めていくスキームが本格的に機能し始めた一年でした。多くの仲間たちとこの場で競いながら技術を高めていくということが、人材育成上でも、クルマを進化させていく上でも、メーカー毎の味をクリアにしていくでも、もの凄い意味のあることだと思いました。

 スバルBRZとGR86の直接対決は純粋に楽しかったし、相手がいるから絶対に負けないぞと思って頑張るのは人間の原点にある思い。うちのエンジニアも成長したし、スバルの若手が本当に目をキラキラさせながら色んなアイディアを入れ込んでくる。一年を通してそういう戦いができたということは、自動車会社それぞれのエネルギーを将来に向かって蓄えていく重要な何かになったと思います。

 もちろん、マツダさんだけでなく、ホンダや日産さんにも早くST-Qに来て欲しいと思っています。みんなで未来に向けて大きなテーマに向けて動きましょうよと。日本の自動車メーカーみんなで盛り上げようということ。目標と協調。凄く楽しくやれているので、来年もやりたい。

 モータースポーツを起点にクルマを開発するということが、効率化の手段だと思ってはいません。クルマを限界の状態で使うことで課題を早くだし、その対策をアジャイルして進める。モータースポーツの現場はチームとして一人ひとりが動かないといけないので、働き方の自由度が圧倒的に変わる。そういう働き方の変革で課題を出して対策していくスピード感で能力が上がります。

 凝縮して取り組んでいるため、それなりに費用はかかりますが、大きな目標に向かって加速的に一気に流れを作り出したいタイミングなので、大きな成果を上げたい。単純に技術開発であれば誰でもやれるけど、水素社会に向けた大きな実証実験が進んでいると考えれば、つくる、はこぶという領域をこうした現場を通じて多くの連携が生まれています。リアルなテーマが投げ込まれないと、研究室の中でやっていても進んでいかない。これらはモータースポーツオリエンテッドで幅の広い取り組みにしていけることが大きいと思います」。

 レースの環境を通じて、目標をもち、課題を解決していくことをいいサイクルで繰り返していくことで、それぞれの立場の企業や関わる人たちが新たな領域を切り拓いていく。小さな流れはやがて大きな流れを生み出し、着実に動き始めていることが感じられる内容だった。