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ブリヂストンがSUPER GTに挑む理由を聞く、「fromサーキットtoストリート」という目標の最新レース用タイヤとは?

お話を伺った株式会社ブリヂストン グローバルモータースポーツオペレーション部門長 内田達也氏

2024年のSUPER GTはタイヤに関わる大きなルール変更が実施された

 日本最高峰のツーリングカーレースであるSUPER GTは、自動車メーカーやレーシングチームの戦いと同時に、タイヤメーカーが性能を競い合う場でもあり、レースごとにタイヤは進化し続けている。

 そんなSUPER GTでは、現在「SUPER GT Green Project 2030」という環境対策を掲げ、サステナブルな時代に向けてタイヤの使用本数を減らすことを目的とした「タイヤの持ち込みセット数削減」を推進しているのだ。

 これによりタイヤメーカーがサーキットに持ち込めるタイヤ本数は、競技車1台あたり「ドライタイヤが4セット(1セット=4本)」「ウェットタイヤが5セット」までに制限され、決勝レースの走行距離が300kmを超える場合は、大会ごとの走行距離に応じて持ち込みセット数が変更される。

ブリヂストンのタイヤを履くGT500クラスの36号車 au TOM'S GR Supra(坪井 翔/山下建太組)

 なお、2023年度から当該シーズンの前戦までで優勝できていないタイヤメーカーは、ドライタイヤの持ち込みセット数が1セット追加できるほか、2024年は予選の進め方も改定があり、ドライバーを変えて2回の予選(Q1、Q2)が行なわれるのは変わらないが、今シーズンはQ1とQ2、そして決勝スタートは同じタイヤを使用しなければいけないルールになり、各チームの戦略がさらに重要になった。

 Car Watchでは毎年、SUPER GTに参戦するタイヤメーカーにインタビューすることで、そのシーズンにおけるタイヤがどんな方向性能のものかを紹介しているが、予選フォーマットの変更や持ち込みセット数削減などタイヤについての見どころが多い今シーズンだけに、各メーカーの担当者からどんな話が聞けるのか楽しみである。

SUPER GT第3戦鈴鹿サーキットのGPスクエアに出展していたブリヂストンブース

ブリヂストンの2024年シーズン参戦状況

 GT500クラスに12チーム、GT300クラスで4チームにタイヤを供給しているブリヂストン。2023年はGT500クラスで5勝し、クラス8連覇を達成。激戦のGT300クラスでも2勝するなど好調な成績を残している。2024年シーズンは第1戦から第4戦までGT500クラスはすべて優勝。GT300クラスは第1戦で2号車が優勝している。

GT500クラス供給マシン

3号車 Niterra MOTUL Z(高星明誠/三宅淳詞組)
8号車 ARTA MUGEN CIVIC TYPE R-GT(野尻智紀/松下信治組)
12号車 MARELLI IMPUL Z(平峰一貴/ベルトラン・バゲット組)
14号車 ENEOS X PRIME GR Supra(大嶋和也/福住仁嶺組)
16号車 ARTA MUGEN CIVIC TYPE R-GT/(大津弘樹/佐藤蓮組)
17号車 Astemo CIVIC TYPE R-GT(塚越広大/太田格之進組)
23号車 MOTUL AUTECH Z(千代勝正/ロニー・クインタレッリ組)
36号車 au TOM'S GR Supra(坪井翔/山下健太組)
37号車 Deloitte TOM'S GR Supra(笹原右京/ジュリアーノ・アレジ組)
38号車 KeePer CERUMO GR Supra(石浦宏明/大湯都史樹組)
39号車 DENSO KOBELCO SARD GR Supra(関口雄飛/中山雄一組)
100号車 STANLEY CIVIC TYPE R-GT(山本尚貴/牧野任祐組)

GT300クラス供給マシン

2号車 muta Racing GR86 GT(堤優威/平良響/加藤寛規組)
31号車 apr LC500h GT(小高一斗/中村仁/根本悠生組)
52号車 Green Brave GR Supra GT(吉田広樹/野中誠太組)
65号車 LEON PYRAMID AMG(蒲生尚弥/篠原拓朗/黒澤治樹組)

ブリヂストンのタイヤを履くGT300クラスの2号車 muta Racing GR86 GT(堤優威/平良響/加藤寛規組)

グローバルモータースポーツオペレーション部門長 内田達也氏に聞く

株式会社ブリヂストン グローバルモータースポーツオペレーション部門長 内田達也氏。2024年のブリヂストン陣営はGT500クラスでタイヤの供給先が増えたため、各サーキットで非常に多忙となっている。そのなかで新ルールに対応するための性能開発が進んでいる

──2023年シーズンの総評は?

内田氏:GT500もGT300も細かく見ていけば課題はあります。やるべきことが全部できたかと言えばそうとも言えません。ただ、そのなかでもGT500の結果を得点で表すと65点です。2023年シーズンは前年の2022年と比べて1回のレースでタイヤメーカーがサーキットに持ち込めるタイヤ本数(持ち込みセット数)が、ドライ、ウェットともに1セット減るという厳しい状況のなかで、GT500での8連覇を達成したこと。また、近年の課題であった鈴鹿サーキットでの競争力向上についても、第5戦で勝利できたことはポジティブな点と捉えています。

 一方で課題となっているウェットレースでは初戦の岡山国際サーキット、第4戦富士スピードウェイで勝利できず、とくに水量が少ないコンディションでの劣勢が明らかになりました。

第3戦鈴鹿サーキットのGT500クラスでは、37号車 Deloitte TOM'S GR Supra(笹原右京/ジュリアーノ・アレジ組)が優勝している

 GT300については80点といったところです。GT300もタイヤ持ち込みセット数が1セット減る状況ではありましたが、ロングランが得意といったブリヂストンタイヤのメリットを発揮していただいたことでチャンピオンシップのトップ4のうち、1位、2位、4位を占める好成績を収められました。

 また、GT300でも課題となっていた鈴鹿サーキットでの競争力向上についても、他社のタイヤと戦えるレベルになったと感じています。とはいえこの好調さはタイヤの性能向上によるものではなくて、チームがタイヤを上手に使ってくれたことや戦略に助けられたところも大きいと思います。

 GT300も年々、性能の要求レベルが上がってきているので、少しの性能差が結果に大きな影響を与えるようになっています。それだけにGT500での知見を生かした無駄を省きつつ、最大限の結果を求める開発スタンスに加えて、GT300の特性にアジャストさせていくことも必要だと感じています。

──2024年の予選ルールの影響は?

内田氏:タイヤの持ち込みセット数が2023年よりさらに1セット減ることになりますが、使用するタイヤの本数を減らすと言うことは、より少ない材料でモータースポーツを回していくことになります。これについてはいろいろな見方はありますが、サステナブルなモータースポーツの実現に向け、正しい方向ではないかと考えています。

 1セットのタイヤで予選Q1とQ2、そして決勝スタートを戦う必要があるため、タイヤにはこれまで以上に一発の速さとロングランでのタレの少なさの両立が求められています。Q1とQ2でのピークグリップ低下を抑えることについては、ロングランでのタイヤのタレを抑えることと方向性は同じなので、今回のルールにや対応するための特別な開発が必要とは考えていません。これまでの開発の延長でピークグリップの高さとロングラン性能の両立を目指して開発を進めています。

第3戦鈴鹿サーキットのGT300クラスでは、2号車 muta Racing GR86 GT(堤優威/平良響/加藤寛規組)が2位表彰台を獲得

 今年の予選ルールのおもしろみとしては、やはりユーズドタイヤを使うQ2でのタイムアタックで、どれだけQ1とのタイム差を少なく抑えられるかが注目すべきところです。ドライバーの走行順やセットアップ面がチームとしての腕の見せどころになっていると思います。去年はQ1のタイムが通過ギリギリであっても、Q2でタイムを伸ばすことでポールポジションを取ることもありましたが、今年は2人のドライバーが好タイムを出さないとポールポジションを取ることが難しいので、より総合力が問われているという印象です。

──2024年シーズン用タイヤの特徴は?

内田氏:ゴムの開発において“長持ち”をさせなければならない状況です。そこでわれわれが取り組むのは性能低下が少なく、なおかつ減らないというゴムの開発です。今シーズンは車両規定や車両の変更、予選ルールの変更はあったものの、ブリヂストンが前提とする安全性を確保したうえで、グリップおよびその持続性との両立はできていると思っていますので、今年のタイヤは昨年のタイヤをベースに正常進化させたものを使っています。

 ただ、ウェットタイヤに関しては新たに開発をしたパターンを投入しています。狙いとしては水量が少ないコンディション(ダンプと呼ぶ)からフルウェットまで高いグリップを維持できるよう開発したものになっていますが、今シーズンはまだウェットでのレースがないためレースでのパフォーマンスは確認できていません。とはいえこれまでも得意としていたフルウェットはもちろん、ダンプ領域までカバーできるワイドレンジのパフォーマンスを発揮できると評価しています。

──今年2レースを戦っての自社タイヤの評価は?

内田氏:まずGT500ですが、ドライコンディションとなった第1戦、第2戦ともに予選での速さとレースでのベストタイムやロングランペースの両立というブリヂストンの優位性はしっかり示せたと思います。第3戦以降も引き続き優位性を示せるようサポートをしていきます。

 GT300についても好調な滑り出しと捉えています。でも、昨年から何かを大きく変えたというわけではありません。細かな開発の積み重ねでタイヤの精度向上に結果につながっていると考えています。第3戦以降も好調さを維持したいと思います。

タイヤは昨年のタイヤをベースに正常進化させたものという

──2024年シーズンの目標は?

内田氏:GT500では全レースで優勝をしてチャンピオンを獲得し、9連覇の達成を目指しています。GT300はチャンピオンシップでトップ3に入ることと、ブリヂストンユーザーのチームにはそれぞれ1度は勝っていただけることを目指しています。なお、今年は新パターンのウェットタイヤを用意しているのでウェットレースでの勝利を期待しています。

新たに投入する新パターンのウェットタイヤ。今シーズンはまだ出番がないが、自信のあるタイヤとのことで雨のレースを期待して待ちたい

──レースをより楽しむためのタイヤの話とは?

内田氏:レーシングタイヤには「ワーキングレンジ」と呼ばれる温度域があります。この温度域を維持していないとタイヤは本来のグリップが発揮できません。一般的にワーキングレンジの広さとピークグリップの高さは相反する性能となります。SUPER GTで使用するタイヤは、タイヤコンペティションという特性上、ワンメイクレース用タイヤと比べるとワーキングレンジが狭く、ピークグリップが高い傾向となっています。そのためコンディションに合う、合わないの差が大きくなる傾向です。

 また、2024年からのタイヤセット数が減ったことに伴い、ワーキングレンジとグリップの高さを両立させることが従来よりも重要になっていて、ここがタイヤメーカーの腕の見せどころになっています。

 もう1つタイヤを語るファクターとして「空気圧」があります。空気圧はワーキングレンジにも影響を与えます。さらに空気圧には最適なケース剛性や接地面積が発揮できる空気圧レンジもあります。なお、空気圧によるタイヤ剛性は車高にも影響を与えるので、クルマとしてのバランスや空力にも影響を与えます。このように最適なタイヤ温度、最適な空気圧がそろった時にタイヤは本来の機能を発揮するのです。

──SUPER GTに参戦する理由とは?

内田氏:SUPER GTは国内最高峰のモータースポーツであり、複数のタイヤメーカーが競い合うタイヤコンペティションの場でもあります。レースを楽しみ、勝つことにこだわりながら、極限の状態で使用されるタイヤの開発を行なうことは、タイヤを作る技術の向上および、サプライチェーン全体のオペレーションやメンテナンスなど総合力を磨き上げることにつながります。そしてそれは製品の品質を向上させ、強いブリヂストン、強いビジネス体質を構築するなど、さまざまな事業領域における人材育成の場となっています。

 ブリヂストンはモータースポーツという極限への挑戦のなかで、人を育て、技術を磨くことを目指しています。モータースポーツの場では「品質へのこだわり」「現物現場」「チームワーク」といったわれわれが受け継いできたDNAが磨かれ、それがプロフェッショナルのエンジニアを育てることにつながっています。そして磨かれた技術は市販タイヤの開発の場でも活躍し、ブリヂストンの技術開発全体の質を向上させることにつながっているのです。

 なお、ブリヂストンは昨年、モータースポーツ活動60周年を迎えました。その際に「from サーキット to ストリート」というコンセプトを掲げています。これはサーキットで鍛えられたものを市販タイヤに使っていくものであり、レース用のタイヤがサステナブルになれば市販のタイヤも同様に進化します。

これはわれわれが追求しているアプローチで、従来のタイヤ性能を向上させた上で、タイヤに求められる多様な性能をお客さまごと、モビリティごとにカスタマイズする商品設計基盤技術の「ENLITEN(エンライトン)」を展開していくうえでも大いに影響のあるもので、市販タイヤを作ることだけでなく、SUPER GTのような当社が取り組むさまざまなモータースポーツタイヤ開発でも、エンライトンで求める究極のカスタマイズを目指すための考え方は盛り込まれています。

レース用タイヤがサステナブルになれば市販タイヤも同様に進化するという