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ホンダ三部敏宏社長「技術でもう1回世界をリードするような意識がなければ盛り返していけない」人とくるまのテクノロジー展2025横浜で語る

2025年5月22日 実施
人とくるまのテクノロジー展2025YOKOHAMAで講演した本田技研工業株式会社 取締役 代表執行役社長 三部敏宏氏

 神奈川県横浜市のパシフィコ横浜で、自動車技術展「人とくるまのテクノロジー展 2025 YOKOHAMA」が5月21日~23日に開催された。会期中はパシフィコ横浜の展示ホールなどで参加企業がさまざまな製品展示を行ない、それ以外にも自動車技術に関連する各種講演、ワークショップなどが実施された。

 本稿では開催2日目の5月22日に、本田技研工業 取締役 代表執行役社長 三部敏宏氏によって行なわれた基調講演「電動化・知能化時代に於けるモビリティ産業の広がりについて」の内容について紹介する。

総力戦で日本の自動車、モビリティを再び世界に冠たるものにしたい

 もともとホンダの本田技術研究所で技術開発を中心に仕事をしてきた三部社長は、これまでにも人とくるまのテクノロジー展で講演を行なった経験があり、この場に立つことを「懐かしい思いがこみ上げます」と冒頭で表現。これまで自身が手がけてきた技術の例として、2000年に発表した北米市場向けの「アコード」が、世界で最も厳しいと言われる米国・カリフォルニア州が定めるSULEV(極超低公害車)の基準を日産自動車の「セントラ」と並んで世界初取得したことを挙げ、当時のエピソードを紹介した。

 アコードの開発中に排出ガスの成分分析を行なった結果、吸気した大気よりも排出ガスの方が規制物質であるCO(一酸化炭素)、HC(炭化水素)、NOx(窒素酸化物)などが含まれる量が少ないことが疑問視され、分析計に問題があるのだろうと規制当局に疑われて分析計を提出したものの、詳しく調べてみても問題は発見されず、規制当局から疑われるほどクリーンな排出ガスが実際の数値だと明白になった。吸い込んだ大気がきれいになって排出されることから、「宇宙戦艦ヤマトのコスモクリーナーだ。走れば走るほど空気がきれいになっていくぞ」と当時説明していたことをふり返った。

 また、ホンダの歴史についても紹介し、自転車に取り付ける補助エンジンが大ヒットして会社が大きくなっていったが、当時から「儲ける前に1つ条件がある。それは正しいか正しくないかということ」という言葉が社是とされ、単純に利益を追求するだけでなく、それが社会的に正しいことなのか、社会から必要とされていることなのか考えることが求められたという。そこから、自分たちの技術で世の中のためにできることはどんなことか、まだ世の中にない技術はどんなものかを追い求める姿勢から、社内で「世界一」「世界初」という単語が重視されるようになり、報告する資料に「世界一」「世界初」といった言葉がないと却下されることが何十年も続いていたと明かした。

三部社長はスライド資料を使いながら基調講演を実施

 このような社風から、米国のマスキー法を世界で初めてクリアした「CVCCエンジン」をはじめ、カーナビの走りである「エレクトロ・ジャイロケータ」やSRSエアバッグ、ナイトビジョンシステムといった車載技術のほか、2足歩行ロボットの「ASIMO」などの画期的な技術が生み出されていく。これについては「新価値を創造していくんだという考えが会社の根底に生きている」と解説した。

 現代でもこの社風は受け継がれており、とくにモビリティを扱う会社として「環境」「安全」を最優先事項と位置付け、環境については「2050年のカーボンニュートラル」を企業として必ず実現すると力説。さらに2輪、4輪での交通死亡事故者数ゼロも目指して取り組んでいると語った。

世界は地球温暖化対策は解決とは逆の方向に進んでいる

 一方、足下の状況では、COP会議でも定められた気温上昇を抑制していく「1.5℃シナリオ」はクリアが難しく、地球温暖化の対策はトーンダウン基調。身近なニュースでも山火事やゲリラ豪雨、台風、ハリケーンなどの被害が伝えられるなど厳しい状況となっている。地政学的な面から見ても、世界ではウクライナやイスラエルなどで戦争が続き、米国の政権交代に端を発する新たな関税政策でグローバルの通商政策に影響を与え、中国によるレアアースの輸出規制にも波及するなど不透明な状況が続き、温暖化対策は解決とは逆の方向に進んでいると言及。

「2050年のカーボンニュートラル実現」に向けては、ホンダではBEV(バッテリ電気自動車)開発に注力してきたが、近年になってBEV市場はかつての予測に販売が届かない状況となっており、減少分をHEV(ハイブリッドカー)が占める現状となっている。これについては、HEVは充電インフラの拡充を待つ必要がなく、AIの普及に伴う電力事情の変化なども考慮するとCO2排出削減の技術として有力であるとの見解を示し、2030年まではこの方向が変わらないと分析。人とくるまのテクノロジー展開幕前日の5月20日には、ホンダとしてのビジネス戦略変更を伝える「2025 ビジネスアップデート」説明会を開催している。

 BEVの普及が足踏み状態になった原因としては、車両価格がHEVやICE(内燃機関)車と比較して高い、充電に時間がかかりユーザーの利便性が低いといった要因を挙げ、多くの補助金やインセンティブを利用しなければ売れない現状を抜本的に解決しない限り普及していかないと説明。これから4~5年かけて技術開発を進めて既存車両以上の価値を示していかなければ普及につながらないと見解を述べた。

 その回答として開発を進めている新型BEVが「Honda 0(ゼロ)」シリーズ。すべてのしがらみを振り切って新しく生み出すという意味を込めて0という名称を使い、開発コンセプトには「Thin、Light、and Wise(薄い、軽い、賢い)」を設定。フロア下に走行用バッテリを搭載してぶ厚く、重くなりがちなBEVのイメージを変え、そこに知能化のWiseを掛け合わせて新しい価値を提案していく。1月に米国で開催された「CES 2025」で「Honda 0 SALON」「Honda 0 SUV」の2モデルを発表して、2026年の市場投入に向けて開発を続けており、「ほぼこの形で量産できる見通しがついてきました」と現状の見通しについて語った。

Honda 0 SALON
Honda 0 SUV

 知能化については、土台となるビークルOSから自分たちで新規に構築して「ASIMO OS」の名称を与えた。OS開発については議論になったが、OS上で動くアプリケーションに制約が出る可能性も考慮して内部開発で進めている。

 ASIMO OSで進化させる知能化が生み出す最大の価値としては、やはり自動運転とADAS(先進運転支援システム)になると説明。車両を車庫から出して目的地までの運転をアシストするNOA(Navigate on Autopilot)にも取り組んでいる。また、自動運転などは消費電力が大きく、大容量バッテリを搭載するBEVと相性がいいと考えられており、HEVに高度な自動運転技術を導入するケースは存在しないことから、ホンダとしてHEVに「L2++」と呼ばれるようなADAS技術を投入する計画も進めている。

Honda 0シリーズのビークルOSとして「ASIMO OS」を開発中

 自動運転技術はここ数年から急激に進化のスピードを速めており、これについては、従来は「ルールベース」で自動運転を開発しており、想定する交通状況ごとに動き方を学習させる膨大な作業が必要になっていたが、今ではAIがシーンを想定してAIが学習する自動化が進み、人間が確認する工数が大幅に減って開発環境が変化しているという。

 これにより、従来は2030年ごろの実現をめどにしていた自動運転技術が2027年ごろに実現できるのではないかと考えており、コストの制約が少なくLiDARなどを搭載できる車両であればレベル3自動運転も2030年を待たずに自動車メーカー各社から登場することも予測。クルマの知能化やSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)という技術も一般ユーザーにとって身近な存在になっていくだろうと述べた。

全固体電池は「上手く造れれば」ゲームチェンジャーになる

 BEVで使う電力については再生可能エネルギーとして発電されたものを使い、余剰分については水の電気分解によって水素に変換し、これをFCV(燃料電池車)や直接燃焼の車両で走行に使ったり、さまざまな産業で利用するサイクルを構築。さらに水素とCO2を使って合成燃料を生み出すことでもカーボンサイクルにつなげ、HEVやICE車、航空燃料として航空機のCO2削減を行なっていく。

 電気を貯めるバッテリの次世代技術として期待されている全固体電池については、「上手く造れれば」という注釈付きながら、エネルギー密度が非常に高く安全性に優れ、生産コストを大きく下げることも可能。量産にあたっては電解質と電極界面をロールプレスで圧縮して密着させつつ、活物質が割れたりしないようにする生産技術などの確立が必要で、量産化に向けたパイロットラインがようやく動き始めたという。これが上手く軌道に乗ればゲームチェンジャーになり得る技術で、2030年より手前のタイミングを目標に取り組んでいるが、まだまだ多数の課題があり、解消に向けて努力していると説明した。

 FCVにも搭載している燃料電池技術については、車載などで発電するだけでなく、すでに紹介しているように水の電気分解で水素にすることで電気を蓄える点も重要だと考えており、ホンダで取り組みがスタートしてから40年ほど続けており、乗用車以外にもトラックや建設機械、定置型電源など、ディーゼルエンジンが利用されている製品での置き換えを想定して開発を継続している。

空のモビリティとして開発されている「eVTOL」

 将来的な商品戦略としては、すでに商品化されている2輪/4輪製品や船外機、「ホンダジェット」に続き、電動垂直離着陸機の「eVTOL」、再使用型の小型ロケット、アバターロボットを活用して遠隔地で活動する「4次元モビリティ」といった技術で未来のモビリティ技術に取り組んでいる。

 eVTOLについては着々と開発が進み、3分の1スケールのモデルが米国・カリフォルニア州で飛行テストを行なっており、モーターに加えて発電用のガスタービン・ハイブリッド・パワーユニットを搭載する原寸大モデルも2026年ごろの試験飛行を目指しているという。事業化のめどはまだ立っていないが、2030年以降には新しいモビリティとして運用を始める計画となっている。

創業者である本田宗一郎氏のスピーチ映像も紹介

 最後のパートでは、ホンダが2輪車販売で世界一になり、続いて4輪販売に討って出るにあたって当時の社員向けに本田宗一郎氏が語りかけたスピーチ映像を紹介。

 この中で本田氏は、自動車業界が直面している公害対策にはメーカーの大小を問わず対応が求められ、これによって戦国時代の様相を呈していると説明。資金力によって解決できるような問題ではなく、社員全員が一致協力して生み出すアイデアによってのみ解決できると述べ、これが大きなチャンスになると指摘。このようなチャンスを手をこまねいて見ているだけということは「こんなにアホったらしいことはない」と表現した。

 それは、自身が会社を設立したときには、日本国内でも「陸王」や「メグロ」が生産され、ホンダの何千倍もの資本を持つトーハツ(東京発動機)がライバルとして存在。輸入車としても「NSU」「トライアンフ」「ハーレーダビッドソン」「インディアン」といった強豪がひしめいていたが、田舎の弱小メーカーだったホンダが追い落として世界一になった。企業の規模ではなく、頭脳であり、腕であり、勤勉さを持って、一致団結して挑んだことで2輪車の世界一になっていて、要は“やるかやらないか”だと述べている。

 映像が終わって三部社長は、「技術屋の人は心に染みる部分もあるかと思います」と語りかけ、現代も日本の自動車産業は非常に難しい時代を迎えているが、同じようにこれを好機と考え、ホンダ個社だけの話ではなく、技術でもう1回世界をリードするような意識がなければ盛り返していけないとコメント。また、難しさはいつの時代も変わらないと指摘して、個社単独で戦い続けることは難しくても、自動車技術会などで情報交換などをしながら、総力戦で日本の自動車、モビリティを再び世界に冠たるものにしたいと締めくくった。

基調講演は1000人以上を収容するパシフィコ横浜 会議センター メインホールで行なわれた