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STI、軽量化と空力性能改善を図った2016年のニュル24時間レース参戦車両を公開

リストリクターの小径化によりパワーダウンするも、4度目の優勝と2連覇を目指す

2016年3月22日 開催

 STI(スバルテクニカインターナショナル)は3月22日、2016年のニュルブルクリンク24時間レース(5月26日~29日)に参戦する車両と、そのシェイクダウン走行を富士スピードウェイで公開した。

 ニュルブルクリンク24時間レースとは、ドイツのプファルツ州アイフェル地方のニュルブルクリンクサーキットで行なわれる24時間耐久レースのこと。STIは2008年に参戦開始して以来、今年で9年連続の参戦となる。これまでの成績は2011年、2012年、2015年にクラス優勝を成し遂げていて、今回のレースでは4度目の優勝を目標にしている。

 使用するマシンは2015年に続きスバル(富士重工業)「WRX STI」。水平対向エンジンの持つ低重心やバランスのよさを最大限に生かし、コーナリングスピードを上げていくという。そのために車体の軽量化、慣性モーメントの低減、空力性能、フロントダウンフォースの向上なども施している。新タイヤも投入される。そしてレギュレーションによりリストリクターが小径化されたので、それに合わせたエンジンセッティングの変更も実施された。

 チーム総監督はSTIの辰己英治氏、ドライバーは2015年の優勝メンバーである山内英輝選手(日本)、マルセロ・ラッセ選手(ドイツ)、カルロ・ヴァンダム選手(オランダ)、ティム・シュリック選手(ドイツ)となっている。

WRX STIをベースにするNBR参戦車。SP3Tクラスに出場する。ボディサイズは5120×1860×1395mm(全長×全幅×全高)、車重は1230kg。エンジンは水平対向4気筒DOHC 2.0ターボ「EJ20」(リストリクター37φ)。駆動方式はシンメトリカルAWDで、ホイールはBBS製をチョイス
シェイクダウン走行の模様も公開された。これからさらに走り込んで熟成度を高めていくという

2月にトラブルが発生するも、無事お披露目

 さて、シェイクダウン走行の前にSTIから参戦発表の場が設けられたので、その模様を紹介したい。初めにSTIの平川良夫代表取締役社長が壇上に立ち、まずSTIの挑戦をサポートしている多くの企業やファン、メディアに対する感謝の言葉を述べたあと、「今からひと月前に大きなトラブルが起こりまして、クルマを修理する場面がありました。と言いますのも、レースの舞台であるニュルブルクリンクはアウディさんの本拠地なんです。そこで我々はアウディさんより速かったため、今回スバルだけリストリクターの径が絞られてしまいました。そのため、エンジン出力がガックリ目減りした状態で調整する状況になっています。そのなかで技術者がさまざまな対策を施したことなどから、シェイクダウンの予定が当初よりひと月遅れてしまいました」と、本来はもう少し早くお披露目するはずだった車両がトラブルを起こしたことなどが語られた。

 また、「去年のクルマもここ富士スピードウェイでテスト走行を行なっていて、最終的なタイムは1分48秒台でした。その仕上がりで1周25kmあるニュルブルクリンクに持っていくと9分8秒(ハーフウェット)くらいのタイムでした。そして今年ですが、エンジン出力は絞られてはいますが、9分を切ろうという目標があります。それを実現するために協賛いただいた企業様からの最新技術や知恵を車体のそこかしこに盛り込ませてもらいました。それによって慣性モーメントをはじめ、クルマの運動性能がひと格上がった状態に仕上げることができました」と、車両の完成度に自信を覗かせた。

会場の富士スピードウェイ。ピット前に「WRX STI」をベースにした限定車「S207」が展示された
STI社長の平川社長。今年のクルマの仕上がりについての報告が行なわれたほか、車両製作に協力した協賛企業が紹介された

 続いてスライドでニュルブルクリンク24時間レースの説明が行なわれた。STIではこのレースのことを「NBR」と呼称しているので、以後はNBRと表記する。

 ニュルブルクリンクのコースは、ドイツのフランクフルト空港からアウトバーンを204km走ったところにある。このニュルブルクリンクは、“ノルドシュライフェ”と呼ばれる北コースとグランプリコースを合わせたもので、全長は25.378km。高低差は300mもある世界的にも難関と呼ばれるコースだ。以前はF1も開催されていたが、ニキ・ラウダ選手の炎上事故以来、危険性がクローズアップされその後は開催されていない。ただ、その過酷なコースゆえに、世界の自動車メーカーのプレミアムブランドなどではおなじみの評価路となっている。スバルやSTIもこの地をクルマの性能やパーツ試験、そしてプロモーションの場として活用していて、「インプレッサ」で初めて24時間レースに参戦したのは2005年。2009年からはSTIが参戦車両を製作している。

 NBRは5月26日に練習走行と予選1回目が行なわれる。27日に2回目の予選があり、28日~29日かけて決勝というスケジュールだ。このレースでは、全国のスバル特約店から選抜された6名のディーラーメカニックがレースメカニックとして参加しているのも特徴だ。今回も同様に全国のスバル特約店から6名のメカニックが選抜されており、会場でも紹介された。そのメンバーの所属と名前を列挙すると、新潟スバルから佐藤高志さん、北陸スバルから廣澤伸晃さん、神奈川スバルから花屋仁司さん、東京スバルから佐久間智憲さん、名古屋スバルから酒井一輝さん、滋賀スバルから若林智さんだ。大勢のメカニックのなかから選抜された皆さんの現地での活躍に期待したい。

 チーム総監督は辰己英治氏、監督は菅谷重雄氏、チーフエンジニアは坂田元憲氏、ドライバーは山内英輝選手(日本)、マルセル・ラッセー選手(ドイツ)、カルロ・ヴァンダム選手(オランダ)、ティム・シュリック選手(ドイツ)である。

スライドでのニュルブルクリンクの紹介。コースはフランクフルト空港からアウトバーンを204km走ったところにある。全長20.8kmの北コースと5.1kmのグランプリコースを合わせたトータル25.378kmのコースだ
スバルとSTIの挑戦の歴史。最初は1992年、インプレッサによるタイムアタックからはじめた。レースへは2005年から参戦。2015年はSP3Tクラスで3度目の優勝している
年度ごとの成績。回数を重ねるごとに着実に成果を伸ばしている
NBRの注目度を示したデータ。こちらも2014年より2015年のほうが数字がよくなっている
1月に行なわれた東京オートサロンで参戦体制を発表。そして3月22日に富士スピードウェイでシェイクダウンし、5月14日に現地で最終調整。5月26日から本番だ
参戦車両の3面図。今年は車体の軽量化と空力を中心に各部が見直されている
チーム体制はご覧のとおり。ドライバーは2015年の優勝メンバーを引き続き起用する
こうした挑戦はSTIパーツの開発にも生かされており、今回の車両にも市販のSTI製ストラットタワーバーなどが組み込まれている。NBR参戦によりメカニックのレベルアップにも生かされているという

軽量化とともに空力性能を向上

 そして総監督の辰己氏、監督の菅谷氏、ドライバーの山内選手からそれぞれの意気込みが語られたので順番にコメントを紹介したい。

総監督は引き続き辰己英治氏が務める

 辰己総監督は、「去年はいろいろと状況にも恵まれたので勝つことができましたが、だからといって今年も順当にいけるほど甘くないだろうということで、今年のクルマはより一層作り込んでいます。そのポイントはまず軽量化です。ここは去年、満足いくほどやれなかった部分なので、今年はその分も行なっています。それに空力の改善です。これは空気抵抗を増やさずにダウンフォースを増やというものです。これらによってスピードは維持、もしくはもっと伸ばすようにしつつ、コーナリング性能を高めるだけでなく、応答性や安定性の向上によりドライバーが安心して乗れるクルマに仕上げています。これは市販車でいえば“ドライブが楽しい”ということになるのですが、スバルのクルマ作りもまさにここがポイントなので、NBRのクルマもその考えを重視して作っているのです。ちなみに去年のことですが、ラップタイムが9分台という長いコースながら4人のドライバーのタイムに3秒ほどしか差がなかったのは、ドライバーの実力はもちろんのこと、乗りやすいクルマになっていたことにあると思っています。そこをさらに磨きをかけて戦闘力を向上させています」とコメント。

 また、今年のレースの見どころについては「去年はコース上に安全のため速度制限が設けられている区間がありました。これによってちょっと面白みに欠ける部分もありましたが、今年は危険となっていた部分に改修が入ったようです。レースの醍醐味はやはりアクセル全開ですので、今年は面白みが増しているのではないかと思っています」とのことだった。

今年から就任した監督の菅谷重雄氏

 続いて新任の菅谷監督は、「今年からチーム監督を務めることになりましたが、いかんせんあまり経験がありません。それだけにゼロからのスタートなりますが、自分だけではなくチーム全体も初心に返って新たな気持ちでチャレンジをして行ければと思っています。さて、実は今年のクルマは問題によって4回のドック入りをしているのですが、その度に強くなって蘇ってきていますので、非常に頼もしく思えています。それに全国から選抜された6名のメカニックと昨日初めて顔を合わせたのですが、数時間いろいろと話ができたのでけっこう打ち解けることができ、本当の意味でのチームの一員になってくれたと思います。そしてレースをこなしたあと、彼らがレベルアップして地元に戻ることを期待しています」と、クルマの作りだけでなくチーム力の向上に主眼を置いたコメントが語られた。

ドライバーの代表として山内英輝選手が参加

 最後に挨拶を行なったドライバーの山内選手は、「去年のレースでは雨のなかスリックタイヤで走る場面があり、正直なところとても恐怖を感じていましたが、それを乗り越えて優勝できたときは人生で一番感動した瞬間でした。今年も優勝が目標ですので、遠いですが現地に大勢の方にきてもらい、皆で一緒にその感動を味わえたらと思っています」ということだった。

全国のスバル特約店から6名のメカニックが選抜され、レースメカを務める
パートナー企業もシェイクダウン走行に招待。多くの人に支えられているプロジェクトである

空力性能の作り込みについて

 参戦発表会のあとはピットに戻り、整備中のクルマをじっくり見られる時間となった。ここで実車を前に発表会でも語られた空力改善について、平川社長と担当エンジニアの方に話をうかがった。

 今年は空気抵抗を減らすこととダウンフォースを増やすことをテーマにしていて、そのポイントがクルマの床下を流れる空気を効率よく活用することだという。そのためにアンダーカバーで覆うエリアや、前後の突き出し量などを最適化している。そしてクルマの上を流れる空気だが、このクルマの場合はフロントで空気をきれいに流せる作りになっていないとリアの空力にも大きな影響があるとのこと。そのため、今年はフロントグリルを穴がないタイプにして走行風はバンパー下部のダクトから取り入れている。ここから入った空気はラジエター類やエンジンルーム内を冷却しつつ、ボンネットの左右に設けられるダクトから外に抜ける。この流れによって空気をせき止めることなくダウンフォースが得られるという。

 バンパー両サイドにはガーニーと呼ばれる“ついたて”的なパーツが付いているが、これはバンパー横を流れた空気のカルマン渦がタイヤハウス内に巻き込まれることを防止するためのもの。このタイヤハウス内の空気は大きな抵抗になるので、フェンダー後端に設けたダクトから抜けるようにしている。オーバーフェンダーの下部後端が絞り込まれているのも、タイヤハウス内の空気抜きを意識しているから。

エンジンはEJ20ターボ。リストリクターが小径化されているため、本来300PSほどあったパワーは約270PSまでダウンしたという
グリル部が塞がれ、バンパー下部のみからエンジンルーム内に風が入る。入った風はエンジン各部のクーリングに使われたあと、ボンネット両サイドのダクトから排出。センター部のダクトはインタークーラーの冷却用なので、ここはインテークダクトとなる
二股に分かれるダクトはタービンを冷却するためのもの。ボンネットから空気を導入
両方のフェンダーにあるダクトは室内につながっている
フロントで空気のきれいな流れを作ることが重要だそうで、フロントで整流された空気の流れはリアの空力パーツの設計にも大きく影響する
フロントバンパー両サイドにはブレーキ冷却用のダクトが設けてある。そのダクトはローターに風が当たるようにセット。バックプレートはカーボン製だった
今回のポイントは車体下面の空力。空気抵抗を増やさずにダウンフォースを増やすため、アンダーカバーのサイズや形状を変更

 次はリアまわりだが、ドライバーから「リアのダウンフォースをもっと増やしてほしい」との要望があったので、前出の下面の空力向上に加えてウイングはレギュレーションに合致する範囲で後方に伸ばした。こうすることで、ウイングで生む荷重(力点)がタイヤを押す力(作用点)に効率よく伝わるのだ。さらにその荷重をよりダイレクトに伝えるため、ウイングの支柱はリアショック取り付け部の上になっている。

 そのウイングの形状はSUPER GTなどで使われている3D形状ではなく、ストレートタイプを採用。3Dタイプではウイングのセンターと両端で整流効果が違うのだが、ニュルブルクリンクのようなコースでは、その特性が使いにくいこともある。そのため、角度を変えたりしたときの調整がしやすいストレートタイプを採用したとのこと。このタイプが使えるのは、フロントで空気をきれいに流せているからだということでもあった。

 そのウイングの効きを補助するアイテムも用意された。それがトランクに付いている小振りな整流パーツ。これはよく見ると3D形状になっていて、このパーツとウイングで空気の流れを最適化している。

ドライバーからコーナー進入や立ち上がりの挙動を安定させる面から、リアのダウンフォースを増やしてほしいという要望があった。そこでダウンフォースを増やす作り込みが行なわれた

 ニュルブルクリンクでは、路面状況などからレースカーとしてはストローク量の多いサスペンションが必要となるそうだが、サスの動き幅が大きければ空力の効きの変化にも影響が出やすい。そこで、このクルマの空力性能には空気の流れが変わってもピーキーに反応しないような設計が盛り込まれていた。それが空気の境界層での特性変化の調整だ。

 走行中に切り裂いていく空気はボディ形状に沿って流れるイメージだが、高速域ではボディ表面に空気の流れはほぼなく、少し離れたところに本流ができる。この空間を「空気の境界層」と呼ぶが、この層の厚みを空力パーツの形状で調整したり、意図的に細かい風の渦を起こすことで空気の流れの速さが急激に変化しないようにしているという。このような細かい積み重ねによって運動性能を上げ、リストリクターの小径化による約30PSものパワーダウンを補っているとのことだった。

サスペンションはビルシュタイン製。路面のうねりや荒れが大きいため、ストローク量をたっぷり取っているのがニュルブルクリンク仕様の特徴。リアはメンバーごと作り替えてあり、ロアアームはショック取り付け位置を下げることでストローク量を増やしていた。なお、今年からファルケン製タイヤを採用する
コクピット内。カーペットや内装はないが、インパネにWRX STIの面影が残る。ただし、メーターはレース用の情報を表示できる専用品に変えてある。トランスミッションはシーケンシャルタイプ。ドア自体はドライカーボン製
ドアに貼ってあったコース図。距離が長いだけに覚えるのも大変である
リアのウィンドウにはドライバーの名前を表記。その右側にあるのは燃料の給油口
夜間走行用に補助灯が埋め込まれたグリルも置いてあった
走行前のメンテナンスも公開。ディーラーメカも実際に作業を行なっていた
メカニックの工具はブルーの工具箱に入ったマックツールに統一されている

 トラブルによりシェイクダウンが遅れてしまった今回のクルマだが、本番までまだ時間があるだけに熟成度は確実に高まるだろう。そして、パワー的なハンディキャップを乗り越えて5度目の優勝&2連覇達成! という報告を楽しみに待ちたいと思う。

STIではニュルブルクリンク24時間レースをNBRと呼ぶ。5月26日の本戦が近づいているので急ピッチで仕上げ、本戦に万全の体制で臨むことになる

(深田昌之)