インプレッション

トヨタ「トヨタFCバス」

トヨタFCバス
筆者(左)とトヨタ自動車株式会社 先進技術開発カンパニー BR次世代車両企画室 主査の権藤憲治氏(右)

 FCV(燃料電池車)の主軸は燃料電池だ。トヨタ自動車では、水素と酸素を利用して発電する燃料電池を利用した世界初となる量産型の燃料電池自動車をトヨタ「MIRAI(ミライ)」として発売している。MIRAIは、大気中から取り込んだ酸素と、車両後方に搭載する2本の高圧水素タンク(タンク容量は、前方60.0L、 後方62.4Lの合計122.4L)に圧縮した水素を「FCスタック」と呼ばれる発電装置に送り込み、そこで酸素と水素を反応させて電気と水を取り出している。ここで生み出された電気はほぼダイレクトに駆動用モーターに送り込まれ、それを動力源としてMIRAIは走る。そのため走行フィールはEVと変わらない。また、生み出した電力の一部は回生ブレーキでの回生エネルギーとともにニッケル水素バッテリー(トヨタのハイブリッドカー「プリウス」が搭載するバッテリーを流用)に蓄えられ、急加速時にアシスト電力として使われる。

 FCVとEV(電気自動車)の両車で決定的に異なるのは次の2点。エネルギー源である水素の充填(EVは充電)時間と、満充填(満充電)1回あたりの航続距離だ。現在、国内で販売されている乗用車のEVで、急速充電器に対応しているモデルは約30分(SOCにして0%→80%)程度で充電を終える車両が多い。例えば日産のEVである「リーフ」の場合、満充電での航続距離は280km(JC08モード値/バッテリー容量30kWhの場合)だ。

 一方、FCVであるMIRAIの場合、水素の充填時間は約3分とEVの1/10程度と短い。また、1回の充填による航続距離は約650km(JC08モード値)と、こちらもEVを圧倒する。ちなみにこの航続距離は2016年度から運用されている新しい規格の水素ステーション(ガソリンスタンドに代わる水素充填スポット)で充填した場合、充填方法の違いから約700kmへと50kmほど向上する。新規格では、タンクの中により多くの水素(気体)を充填できるため航続距離が延びるのだ。

右サイド
後軸上の天井にFCスタックを2セット搭載
前軸上の天井に高圧水素タンクを10本搭載する
乗車口のある左サイド
水素の充填口は左サイドに用意
フロントは特徴的なデザインのヘッドライトを採用
リアは丸型の各種ランプを縦長に配置したリアコンビネーションランプを採用
リアにCHAdeMO(チャデモ/給電装置)を装備
リアのパネルを開けたところ
MIRAIに搭載されているモーターを2台搭載する

 そのMIRAIのパワートレーンを活用した路線バスが「トヨタFCバス」だ。今回はその試乗レポートお届けしたい。燃料電池バス「トヨタFCバス」は、ボディサイズが10555×2490×3340mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは5200mm(ホイールベースは推定値)。よってベース車両は、日野自動車「日野ブルーリボンシティハイブリッド」のHU8JMGP相当になる。なぜ、“相当”なのかというと、トヨタの開発陣曰く「各配置を変更しているので必ずしもベース車両と一致しないところがある」といった証言からきている。車両総重量についても正式発表はないが、トヨタの開発陣によれば「15~16tの間」であるという。乗車定員は座席26+立席50+乗務員1の77名だ。

乗車定員は座席26+立席50+乗務員1の77名
前軸上の天井に水素タンクを搭載

 パワートレーンである燃料電池はFCスタック(FCA110)と呼ばれ、最高出力114kW×2(155PS×2)。さらに後輪を駆動する永久磁石式同期型モーター(4JM)は最高出力113kW×2(154PS×2)、最大トルク335Nm×2(34.2kgm×2)を発生する。つまりトヨタFCバスはMIRAIが搭載するFCシステムを2セット搭載したことになる。またMIRAI同様、生み出した電力の一部は回生ブレーキでの回生エネルギーとともにニッケル水素バッテリー(「プリウス」が搭載するバッテリーを4個搭載)に蓄えられ、急加速時にアシスト電力として使われる。燃料である水素を充填する「高圧水素タンク」は合計10本搭載。公称使用圧力が70MPa(約700気圧)でタンク内容積600Lだ。電源供給能力としての最高出力は7.2kW、供給電力量は235kWhと発表されている。

 車両外観は写真のとおり、車体前方から後方にかけて日野ブルーリボンシティハイブリッドから大幅に変更され未来感が演出された。ヘッドライトまわりのデザインモチーフは一連のトヨタ流でMIRAIとも酷似している。また、天井には出っ張りが多い。ここが見慣れない部分だろう。前軸上の天井のでっぱりには高圧水素タンクが右側に5本、左側に5本が搭載されている。2本を搭載するに留まるMIRAIと比べFCバスは搭載本数が多いが「搭載スペースの制約により、タンク1本を小さくしなければなりませんでした。10本搭載していますが、合計のタンク容量はMIRAIの約4.9倍にあたる600Lです」(開発者)という。

 前軸上の天井にある高圧水素タンクの水素は、後軸上の天井に設置されたFCスタックへと供給され、そこで生み出された電力は大部分がダイレクトに後輪を駆動するモーターへと供給される。すでにお分かりのとおり、天井に設置されている前後の出っ張りは水素タンクにしろ、FCスタックにしろ重量物だ。本来であれば車両挙動の観点から重心点の低下やロールセンターの適正化のため重量物はできるだけ車体下部に設置したいところ。現にMIRAIは高圧水素タンクやFCスタックをなるべく車体下部に収めるよう専用シャーシを開発しているくらいだ。しかしそこは乗り合いバスという性格上、車内空間を最大限確保しなければならず、車体下部への設置が難しい。よって重量物が天井に配置される独特なレイアウトになった。

運転席まわり
シフトレバー
ブレーキペダル(左)とアクセルペダル(右)
運転席右側に配置されたスイッチ類
エアコンのコントロールパネル

 運転席は、未来感たっぷりの外観と違ってシンプルだ。というより、ここはベース車両をそのまま活用している。取材車両は路線バス仕様だが料金箱は設置されていない。よって、開放感は運行中の路線バスよりも高かった。シート位置を合わせ、アウターミラーとインナーミラーの位置を確認してからイグニッションをONにする。その2~3秒後、メーターには走行準備ができたことを示す「READY」の文字が光り輝いた。と同時に、各部のアクチュエーターが動き出したり、FCスタックが酸素を取り込む際に発するブロアー音がかすかに聞こえたりするが、それらの音はとても小さく、車内はほぼ無音の世界。

 シフトレバーをDレンジへとシフトしてゆっくりとブレーキペダルを離すと、素早く、そして力強いクリープ走行が始まった。ブレーキシステムはECB(電子制御ブレーキ)ではなく、ベース車両と同じく正圧を利用するタイプ。回生ブレーキを採用するものの、走行中にアクセルペダルをOFFにした際にサービスブレーキとは協調せずに単独で機能する。この回生ブレーキは左レバーの操作で2段階での調整が可能だ。

メーターまわり

 微速域、それこそ10km/hに満たない速度域での駆動力調整はとてもやりやすい。これは電動車両の特徴だが、とりわけトヨタのモーター制御技術が優秀であることもそれを助長する。これならバスの想定シーンである、車道から歩道を通過して車庫入れする際も、歩くような速度で前進できるので歩道通過時に車体を左右に大きく動かしてしまうことがないし、上り坂に設置された停留所からの発進もきわめてスムーズに行なえるから、高齢者に多いと言われる車内事故防止にも貢献するだろう。

 今回は公道での試乗だ。コースは1周約5kmに設定され、最高速50km/hに定められた広い道路から、30km/h制限の狭い場所までまんべんなく走行した。途中、3%程度の登坂路や降坂路にも差し掛かったがドライブフィールは良好で、加速度を微分した躍度の調整もアクセルペダル1つで自由自在だった。

中央分離帯のある片側2車線の道路から、片側1車線の狭い場所まで走行した

 唯一、気になったのは市街地でのブレーキフィール。足を乗せた瞬間に発する減速度こそ、一般的な路線バスと遜色ないのだが、そこから2~3mm程度踏み込んだ常用域での減速度の増え方が緩やか。つまり、ブレーキペダルを踏み込んでいるのにドライバーが想い描くよりも減速度が増えてこない。よって、イメージする減速度を発生させるためブレーキペダルを微妙に踏み足しながらの減速が求められる。この点を開発主査である権藤憲治氏に伺うと「ブレーキペダルはベース車両から変更していないが、回生ブレーキとのマッチングからそうした事象が発生した可能性がある」という。なお、現状のFCバスは最高速80km/h(速度よりトルクを重視するためMIRAIからリダクションギヤの比率を2分の1にして対応)、600Lの水素を使った航続距離は200km程度に留まる。将来的にはFCスタックの改良に加えてモーターの高出力化を合わせ、航続距離の延長なども想定できる。

 2017年2月24日、トヨタはこの「トヨタFCバス(東京都営バス仕様)」1台を東京都へ販売した。3月中旬にさらに1台のFCバスが同じく東京都に納車され、3月21日より2台のFCバスが東京都交通局の都営バス「都05系統/東京駅丸の内南口~東京ビッグサイト」での運行を行なっている。

トヨタ自動車株式会社 先進技術開発カンパニー BR次世代車両企画室 主査の権藤憲治氏

 今後の展開としては、すでにトヨタが発表しているように、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、東京を中心に100台以上のFCバス導入が予定されている。「その際のFCバスは現在のバスからさらに磨きをかけた車両にしたい」(権藤氏)というから注目だ。

 現在、水素ステーションは首都圏を中心に北は宮城県から南は大分県まで90カ所以上(計画中を含む)が整備されているが、設置には5億円/1カ所(他の場所で製造された水素を充填する「オフサイト型」と呼ばれる安価なタイプ。その場で水素を製造して充填する「オンサイト型」はその10倍以上の費用がかかる)と言われており、こうした高額な建設費用に加えて周辺住民の理解促進など、まさしくガソリンスタンド並に広まるまでには相応の時間を必要としそうだ。

 一方で、風力発電により生み出した電力で水素を製造し燃料電池フォークリフトを運用するという実証事業も2017年7月12日から本格化した。風力発電は横浜市風力発電所の「ハマウィング」で行なわれ、生み出された電力を使い水の電気分解による水素製造を水電解装置で行ない、その水素により燃料電池フォークリフトを運用する。これは神奈川県、横浜市、川崎市、岩谷産業、東芝、トヨタ自動車、豊田自動織機、トヨタタービンアンドシステム、日本環境技研による共同事業だ。ハマウィングの風車は全高118m、ハブとよばれる発電機を搭載した場所までの高さが78m、風車のローター直径が80mで、3枚のブレードを毎分9~19回転させることで定格出力1980kWを発生させる。

 燃料電池を搭載したモビリティの市販化はこれからますます本格化する。トヨタでは2016年11月より米国で大型のセミトレーラー・トラックへ燃料電池を搭載する事業を進めており、2017年夏からは実証実験がスタートした。また、2017年8月には日本でコンビニエンスストア(セブン-イレブン・ジャパン)の配送業務を行なう小型トラックに燃料電池を搭載し、「走行用」と「冷凍・冷蔵用」の両電源に活用する検討を開始している。

 一方、FCVを販売する本田技研工業も「クラリティ FUEL CELL」をタクシーとして一部の事業者に納入しており、乗用だけでなく商用利用に関するデータ蓄積もスタートした。また、前述したとおり水素ステーションが不足しているという声を耳にするが、現状の地域が限られた商用利用での輪が軌道に乗り全国展開が望めれば、そのだけ水素ステーションの普及も早まるのではないかとの期待がふくらむ。これから先、官民一体となった政策にも注目していきたい。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員。著書に「2020年、人工知能は車を運転するのか 〜自動運転の現在・過去・未来〜」(インプレス)などがある。

Photo:安田 剛