試乗レポート

フォルクスワーゲンの高性能SUV「ティグアン R」、いまこのパワーユニットを手に入れる価値は大いにある

フォルクスワーゲンからハイパワーなSUVが登場

「最後にそう、来ましたか」。いまや日本ではフォルクスワーゲンの一番大きなSUVとなった「ティグアン」、そのもっともハイエンドなモデルである「R」を走らせて、思わず唸った。声高に環境性能を叫ぶ一方で、やっぱり彼ら(フォルクスワーゲンであり、ヨーロッパの人々)は、こういうホットなクルマが好きなんだな! と嬉しくなったのである。

 ティグアンと言えば初代こそ「ゴルフ」のSUV版として登場しながらも、この2代目となってボディサイズを4.5mまで拡大。そのたっぷりとしたボディサイズや実用性の高さ、過不足ない走りといったトータルバランスのよさを備えながら、一番ベーシックな「TSI ACTIV」で500万円を切るスターティングプライスを実現した、実にフォルクスワーゲンらしい優等生なSUVである。

 しかしそんなティグアンに筆者は、ちょっとつまらなさを感じていた。クルマがつまらないというのではない。あまりにそつなく、面白みに欠けると常々感じていたのである。

 そんなティグアンが「今まで猫かぶってました」とばかりに、「R」をラインアップしてきた。ゴルフは8代目となりマイルドハイブリッド化に着手。2025年からは「ID.」シリーズが電動化攻勢をかけようという狭間の時期に、シリーズとしても初となるハイパワーなガソリンモデルが登場したのだから、これは痛快である。

今回試乗したのは5月のマイナーチェンジに合わせてラインアップに追加された高性能スポーツモデル「ティグアン R」(695万1000円)。ボディサイズは4520×1860×1675mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2675mm
ティグアン Rは専用のフロント&リアデザイン、車高を10mmローダウンさせたDCCスポーツ サスペンション(アダプティブシャシーコントロール)、“Rパフォーマンストルクベクタリング”を備えた新しい4輪駆動システム、ブルーにペイントされたブレーキキャリパーなどを標準装備。試乗車のタイヤはハンコック「Ventus S1 evo3 SUV」(255/35R21)をセット
ブラックを基調にシックでスポーティなインテリア

 実際、ティグアン Rは気合いの塊だ。ドライブモードは「コンフォート」モードを備えるものの、そのデフォルトは「スポーツ」モードとなっている。そしてこの可変ダンパーのダンピングは足下に履いた21インチ(!)のプレミアムスポーツタイヤを、ドンピシャで履きこなす。むしろコンフォートを選んで減衰力を緩めてしまう方がタイヤの上下動が大きくなり、収まりがわるいくらい。このやや引き締まった乗り味こそが基準であり、乗り手に媚びない姿勢には古きよき時代のスポーティさを感じた。

走行モードは「COMFORT」「SPORT」「RACE」「INDIVIDUAL」「OFFROAD」「SNOW」「OFFROAD EXPERT」が用意されるほか、ティグアン R用に新開発されたマルチファンクション ステアリングホイールの「R」ボタンを押すことによって、もっともダイナミックなモードである「RACE」モードにすばやくアクセスすることが可能。「RACE」モードではコースティング機能が無効になるとともにエンジンサウンドが高まり、DSG、DCC、プログレッシブ ステアリング、“Rパフォーマンストルクベクタリング”はよりスポーティな設定になる

 そんなティグアン Rを走らせるパワーユニットは、2.0リッターの直列4気筒TSI。次期型ゴルフRにも搭載される「EA888 Evo4」ユニットはユーロ6d排出ガス基準に適合しながら、320PS/420Nmのパワー&トルクを発揮する。これはゴルフRと全く同じパワーであり、車重を考慮してかその最大トルクは、さらに20Nm上乗せされている。

搭載する直列4気筒DOHC 2.0リッターターボのTSIエンジンは最高出力235kW(320PS)/5350-6500rpm、最大トルク420Nm(42.8kgfm)/2100-5350rpmを発生。0-100km加速は4.9秒(欧州参考値)、WLTCモード燃費は10.8km/L

 しかしこのユニットが素晴らしいのは、そうした数字以上に走らせて気持ちがよいことである。ステアリングの青い「R」ボタンを押すと、「レースモード」が立ち上がる。SUVでレースなんてどうかと思うが、まあそこは目をつむろう。

 サウンドジェネレーターによる音の作り込みはあるが、1500rpm以下のブーストが立ち上がらない低回転領域では“ドロドロ”としたV型エンジンのようなサウンドを響かせ、アクセルを踏み込むと過給圧の上昇と共に回転を整えながら、エキゾーストフラップを開いていく。

 まるで肉食獣が“ガーッ!”と吠えるようなその排気音はお世辞にも美しいとは言えないのだが、それゆえ迫力がある。そして高回転まで引っ張ってパドルをシフトすると、スパッ! とギヤがつながって再び加速する。

専用のツインテールパイプとクロームトリムカバー(左右に配置)を備えた4ブランチ スポーツ エキゾーストシステム

 ストップ&ゴーが多い日本の環境ではトルコンよりもマッチングしにくいとも言われるが、やっぱりこのDSGはいい。シフトアップでクラッチミートのショックを許しているのも、Rならではの様式美なのだろう。かつてのように点火カットの“ヴォッ”と低くうなるサウンドや、アンチラグ的にマフラーをバチバチさせる演出はなくなったが、エモーショナルなエンジンがどんどん消えていく中で、いまこのパワーユニットを手に入れる価値は大いにある。

本当のアンダーステアにまで逸脱させないグリップコントロールは見事

 こうしたフットワークとパワーソースをまとめる上げるのは、フォルクスワーゲン伝統の4WDシステム「4MOTION」だ。さらにこのティグアンR(をはじめとするRシリーズ)では、その駆動力が前後だけでなく、後輪の左右間でもトルクスプリットできるようになった。内輪が空転するような状況でも最大で100%まで、そのトラクションを外輪に伝えられるようになったのだという。

 これが何を意味するかといえば、乱暴な言い方だが後輪をパワーオーバーステアさせ、ドリフト走行を可能にしたということなのだろう。もちろん試乗当日はそんな走りを確認できるシチュエーションになかったが、その走りの質感は、ワインディングロードでも十二分に味わうことができた。

 コーナーでは引き締められた足まわりがロールを抑え、そこからパワーをかけても4つのタイヤが、スムーズにその分厚いトルクを路面に伝えていく。挙動は基本弱アンダーステアで落ち着いており、それを可変レシオのステアリングで曲げていくことで、安全に高レスポンスなハンドリングが得られていた。

 その弱アンダーステアを、本当のアンダーステアにまで逸脱させないグリップコントロールは見事であり、そこには直列4気筒ターボの軽さも効いていると感じた。またその姿勢作りには、18インチの大きさを誇るドリルドローターの制動力と、タッチのよいキャリパーが貢献している。ドリフト以前にSUVでこれだけしっかり走ってくれれば、十分惚れられる。

 ひととおりの試乗を終えて、ふとこのティグアン Rの下に、「ティグアンGTI」なんてあっても素敵だなと思った。もう少しパワーが低くても、しなやかな足まわりを備えた「GTI」に相当するグレードがあれば、実はそこが一番の売れ線になるのではないだろうか? と。しかしティグアンのような大きなボディでパワーを上げていった場合、4WDのスタビリティは必須だろう。そして4MOTIONを搭載するモデルはやはり「R」なのだと思い直した。

 高速巡航では高い直進安定性を発揮し、ワインディングもなんのその。街中ではちょっとだけその足まわりの硬さが気になるけれど、だからこそオーナーはその頼もしい乗り味にフラグシップを感じることができる。そしてこの「R」があるからこそ、スタンダードなラインアップのよさが同時に際立つ。

 ティグアン RはそんなマッチョなSUVである。このパフォーマンスに対して695万1000円というプライスは、安くはないが決していき過ぎな価格設定ではないと思う。むしろオプションでエアサスを用意して、この性能に日常のコンフォート性能を与えてもいいくらいだ。

 ティグアン Rの登場によって、ティグアンシリーズは見事にそのピラミッドを完成させたと筆者は感じた。そして内燃機関の末期にあって、フォルクスワーゲンの本音をようやく見ることができた気がする。

山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身
A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。
編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してSUPER GTなどのレースレポートや、ドライビングスクールでの講師活動も行なう。

Photo:高橋 学