試乗記
ボッシュの最新制御技術を雪上で体験 ビークルモーションマネジメント技術を中心にレポート
2025年3月24日 08:05
自動車産業におけるメガ・サプライヤーのBOSCH(ボッシュ)は、女満別にある自社テストコースで最新制御技術の体験会を開催した。
これを主導したのは、ボッシュに新設された「ビーグルモーションマネジメント事業部」だ。同事業部はこれまでブレーキやステアリングなど、各部署ごとに分かれて開発を行なっていた部署を統合した組織で、これによって横並びの開発が可能になった。
その目的は実際の車両に搭載されるアクチュエーター制御の統合制御化で、これによって新たな機能を実現したり、これまで複雑になっていた制御をシンプル化する。これが最適解なのかは断言できないが、少なくともこうした統合制御が今後のトレンドになるとボッシュは考えている。
今回の試乗で体験できたのは全部で4つ。ビークルモーションマネジメント技術としては「路面状況知見サービス」「車両性能カスタマイズ」「セントラルECU制御」、そのほかに「ブレーキ・バイ・ワイヤ」の技術を体験した。
セントラルECU制御
一番最初に試したビークルモーションマネージメントは「セントラルECU制御」だ。これまでVDC(ビークル・ダイナミクス・コントロール:横滑り防止装置)はブレーキECUで管理していたが、これをセントラルECUでも制御することが可能となった、という内容である。
ただこの試乗は、かなり地味で分かりにくかった。なぜなら集中制御でも単体制御でも、どちらも同じようにきちんと作動できてしまうのだ。
とはいえ、VDC制御そのものはみごとだった。雪上路面ゆえ速度は60km/h以下に規制されていたが、試乗車はFWDにもかかわらず旋回ブレーキングを行なってもオーバーステアにはならなかった。あえて操舵でフロントの抵抗を高めればリアは滑り出すものの、それすらも上手に制御が抑え込んで、ニュートラルステアに転じていく。
厳密に言えばセントラルECU制御にすると、最大で80mm秒ほどその伝達は遅れるようだ。しかし統合型制御にすれば各アクチュエーターからの情報を把握した上で、ブレーキ以外の方法も使って挙動を安定させられるようになる。それは次のカスタマイズ編で確認できた。
車両性能カスタマイズ
今回の試乗で最も現実的かつ、制御の進化に感動したのは「車両性能カスタマイズ」だった。これはいわゆるハイパフォーマンスカーによく搭載される車両のモード変更の最新版。それまで個別に管理していたアクチュエーターを最新のソフトウェアで統合制御して、どれだけ車両特性が変化するのかを体験した。車両はレクサスのピュアEV(電気自動車)「RZ」だ。
後付けの中央モニターに表示されるのは、「ビークルモーションマネージメント」の各項目。アクチュエーターの選択項目としては「ブレーキ」「eアクスル」「AVS(アダプティブ・バリアブル・サスペンション・システム:可変ダンパー)」「ステア・バイ・ワイヤ(電動パワステ)」「RWS(後輪操舵)」の5つが表示されていた。
また制御としては、各仕様に応じて「アクティブ・ヨー・コントロール」「アクティブ・ロール・コントロール」「アクティブ・ピッチ・コントロール」の内容が変化する。
おもしろいのはモードセレクション画面だ。ここでは車両のキャラクターが「ラグジュアリー」「ソフト」「スポーツ」「ライトウェイト」と便宜上4つに分けられており、なおかつ縦軸(上側にいくほど乗り心地が「フラット」、下側にいくほど「ダイナミック」)と横軸(左に行くほどハンドリングが「ジェントル」、右に行くほど「クイック」)と書かれたチェッカー柄の盤面上で車両のアイコンを動かすと、好みの車両特性が反映されるようになっていた。
たとえば「ライトウェイト」をタッチすると、アイコンが盤面の右下に移動して、ミドルSUVのRZがおどろくほどヒラッ! とコーナリングする。「スポーツ」を選べば足まわりの剛性感がグッと高まり、「ラグジュアリー」では一転緩やかな乗り心地に。「ソフト」だとハンドリングは穏やかだが、足まわりはしっかりしたまま……といった具合だ。そして盤面の好きな場所にアイコンを置けば、それに応じた仕様が選択可能になる。
これまでも車両のモード制御は色々試してきたが、これほど明確なキャラ変は味わったことがない。もちろん実験車両だからこれだけの振り幅が許されているわけだが、同時にダンパーや電動パワステだけでなく、リア・ステアやステア・バイ・ワイヤ、体感できなかったがブレーキ制御までフル活用すると、ここまでクルマが化けるのかとおどろいた。
また試乗ではブレーキアクチュエーターのみの従来型VSC/ESPと、モーションコントロール型制御を乗り比べた。先ほどはブレーキ制御をセントラルECUでもコントロールできるようになったという話だが、今回はそこにビークルモーションマネージメントの各項目が加わる。
雪上路面を60km/hでダブルレーンチェンジするテストでは、従来のVSC/ESPでもかなり高い精度で車両を安定させて横滑りを抑えたが、ダンピングでロールを補正し、リアステアで滑りに対して位相で相殺するなど、全てのアクチュエーターをフル活用した制御はそのはるか上をいった。一見するとこうした制御がドライバーの速度に対する意識を下げていきそうな気もするが、急激な路面変化への対応など緊急時においては、やはり有効だ。
つまりアクチュエーターの統合制御は、走りの楽しさと安全性という背反した目的を同時に管理している。またこれだけの電力を使う上では、やはりEVの大型バッテリが必要不可欠だと思えた。
ちなみにレクサスは先日RZの大幅改良モデルを発表したばかり。そこには次世代の運転感覚をもたらす「ステア・バイ・ワイヤシステム」が導入されているとある。
路面状況知見サービス
ビーグルモーションマネージメントの最後は「路面状況知見サービス」だ。
これは路面の状況検知機能を車側に搭載し、路上で収集したデータをクラウド上に集約して、次にそこを通るクルマの予防安全に役立てるサービスの提案。当日はテストコースの路面に減速帯を置き、その上を通過。またあえて急ハンドルを切って車体を滑らせたり、オーバーアクセルで駆動輪を滑らせて、車載器の“ピーン!”という音とともにポイントを記録させた。
そして2周目は、同じコースをADASを使った自動運転でトレース。あえて自動運転にしたのは、これを連動させれば車体側が減速や操舵といった回避制御までも技術的には可能なことを、われわれに見せるためだろう。
そして実際段差に近づくと車両は警告音を出してからブレーキで減速し、滑りやすい路面では速度を約35km/hから24km/hへと抑えた。危険回避の方法はさまざまとのことで、状況によってはクルマを停止させたり、迂回の提案をしたりすることも可能。
クラウド収集型の交通情報サービスは、すでに車載ナビゲーションシステムやナビアプリでも渋滞緩和などで実用化されているが、ボッシュの場合は対象が「路面」であり、細かく具体的な情報が得られる。そして先進安全機能をリンクさせれば、このように運転支援で危険回避をサポートできる。
その計測は現時点だと車輪速の変化と振動、そしてヨーレートおよび加速度センサーから得ているという。
ブレーキ・バイ・ワイヤ
最後は2台のHonda eを使って、「ブレーキ・バイ・ワイヤ」を体験した。ボッシュはすでに「iBooster」を実用化して,
ブレーキのブースターを電子制御化している。また、その発展版となる「デカップルドパワーブレーキ」でブレーキペダルとブレーキキャリパーの分離を実現しているが、今回のシステムはそれをさらに発展させたものとなる。
具体的には、これまでバックアップとして用意していた人力型のマスターシリンダーを廃して、ブレーキを踏んだときの信号のみでブレーキシステムを作動させる。つまり完全なブレーキ・バイ・ワイヤだ。
となると、筆者をはじめとしたアナログ派は安全性に危機感を持つはずだが、バックアップとしてはESC(横滑り防止装置)のシステム系統が対応する仕組みになっているという。そして、こうしたシステムは複雑で電力消費も激しくなるため、やはり大容量バッテリが必要になる。つまりブレーキ・バイ・ワイヤも、PHEVやEVの方が搭載しやすい。
そのメリットは試乗によって体感できた。特におどろかされたのは「ブレーキコントロールパッド」の存在だ。現在われわれが使うブレーキは、ブレーキペダルにつながっているレバーを介し、押しこまれたブレーキフルードの油力でブレーキキャリパー内のピストンをストロークさせる構造だが、これが文字どおりレバーのない“パッド”になっている。
当日は従来型とも乗り比べたが、パッド型の踏み心地はタッチが明瞭だ。パッドとはいえ実際は従来型の約半分以下、6mmほどの踏みしろがあり、慣れるとこれがかなり踏みやすかった。
制動力は踏力を計測して割り出しており、機能としてはその効き具合も調整可能。おどろいたのは減圧コントロールの緻密さで、かなり急な制動をしたあとでも、車体がつんのめることなく“フワッ”と制動Gを抜いて止まった。
となると、あとは踏み込み圧のキャリブレーションさえできれば、踏力が弱いドライバーでもブレーキコントロールがしやすくなって、さらにスムーズな運転ができるようになるのではないかと思えた。また緊急時もABSが作動する領域まで、きっちり制動力が発揮できるようになりそうだ。
このほかにもパッド型となるメリットとしては、レバー分オフセットさせていた空間が有効活用できるようになる。また取り付け位置も自由になるからドライバーの体格差が調整しやすくなるし、障害を持った方々の運転においても可能性が広がる。
ただボッシュの目的はこうした技術の可能性と、「現在自分たちはここまでできる」というキャパシティを見せることであって、それをどこまで、どのような目的で、そしてどういう味付けで使うかという主導権は、あくまで自動車メーカーが握っている。もちろんボッシュも開発側として意見交換するはずだが、そうでなければ自動車の個性というものがなくなってしまうだろう。
そしてこうした電動化は先にも述べたとおり、ガソリン車でもPHEV以上、そしてEVとの親和性が高い。EVのメリットは静かさやゼロエミッションで、個性はどんどんなくなっていくばかりと思われがちだが、むしろ将来的にはクルマの在り方を大きく変えてゆきそうだ。
それと同時に、電力消費問題が未来の大きなテーマになりそうだと筆者は感じた。