インプレッション
ホンダ「フィット」(2017年マイナーチェンジ)
2017年7月31日 12:44
「綾野剛」と「二階堂ふみ」をダブルで起用するという大々的なプロモーションからも、本田技研工業のそうとうな力の入り具合を感じる「フィット」のマイナーチェンジ。
2001年の初代モデルから累計250万台の販売台数を誇るフィットは、2013年に登場した現行の3代目も、軽自動車を除けばまだまだホンダでいちばんの売れっ子モデルだ。でも、「ヴィッツ」にハイブリッドが追加されたり、「ノート」が“e-POWER効果”で月間販売台数1位に輝いたりと、ライバルたちの動きも活発化しているだけに、フィットはここが踏ん張りどころだろう。
マイナーチェンジの目玉としては、まず先進の安全運転支援システム「Honda SENSING(ホンダ センシング)」が多くのグレードに標準装備されたこと。ステアリング制御が入る車線維持支援システム「LKAS」や、前車との車間距離を保つ追従機能付きのクルーズコントロール「ACC」を含む全8機能が揃うのは、国産コンパクトカーとしてはトップクラスの充実度。とくに、他メーカーではMT車への搭載を見送るモデルが多いなか、6速MTの「RS」にも標準装備されたのは高く評価すべきところだ。
そしてもう1つの目玉がデザインの一新。2代目までのフレンドリーで愛嬌のあるイメージから、先進的でスポーティなイメージへと大変身したのが現行モデルだったが、男性からのウケがいい半面、女性からはやや不評だったという。そこで今回のマイナーチェンジでは、低重心でワイドな外観をより強調しつつ、インラインタイプのLEDヘッドライトを採用するなど、華やかさと上質感をプラス。また、「RS」などには全長が55mm延びるスポーティバンパーを用意したり、ホイールデザインをグレードごとに豊富に用意するなど、キャラクターに合わせた仕上がりとしている。
また、フィットはシングル世帯から子育て層、子離れ層など幅広いユーザーを抱えているが、データではそのうち約4割がダウンサイザーだという。そこで、目の肥えた人でも満足できる上質感や先進性をインテリアにも取り入れ、車内はとても落ち着いた印象の空間に。ドライバーが乗り込んで最初に押すボタンであるパワースイッチまで、とても高級感のあるものに変わっていて感心した。
さらに、各パワートレーンごとのチューニング、ボディ骨格から手を入れた静粛性や乗り心地の向上まで、通常のマイナーチェンジでは手を付けないような細かな部分まで熟成させているというから、試乗にも期待が高まった。
ホンダのハイブリッドカーの魅力をさらに引き上げた
最初にチェックしたのは、ハイブリッドモデルのトップグレードとなる「ハイブリッド・S Honda SENSING」。1.5リッターi-VTECエンジンとスポーツハイブリッド i-DCDの7速DCTを搭載し、外観ではスポーティバンパーや16インチアルミホイール、内装はちょっとサイドサポートが強めのスポーティシートを装着する。ドアを閉めたときに思いのほか重厚な音が響いて「おっ?」と感じ、駐車場から道路に出るまでの低速走行でまた「おおっ!」。すでに予想以上の静かさと落ち着きのある乗り味に驚いてしまった。
というのも、ホンダのハイブリッドシステムはあくまでエンジンが主体だから、「EVモード」で始動しても走り出すとすぐにエンジンがかかり、その音色が元気に響いてくるのが定番。でも、それがこのハイブリッド・Sでは小さく抑えられ、低速で段差を越えるときの挙動もなめらかだ。
聞けばハイブリッド・Sは、マイナーチェンジで全車に施した車体の板厚アップに加えて、エンジンマウントの制振性アップやフロアアンダーカバーの材質変更、さらにフロントウィンドウを遮音ガラスに変え、フロントコーナーガラスの板厚を増やしているなど、とくに念入りな静粛性向上策が施されているという。
速度を上げていってもその静かさは変わらず、加速フィールもていねいで気持ちがいい。高速道路では強い横風を受けてもガッシリとした安定感があり、カーブでは車体の傾きが一定でスムーズに加速していける。静かさと、なめらかさと、乗り心地のよさが一体となって、プレミアム感が高くダウンサイザーに響きそうなグレードだ。
また、動力性能を高める「Sモードスイッチ」を押してパドルシフトを操れば、ヒュンヒュンとスポーティな感覚も楽しめる。足下は乗り心地重視の傾向なので、完全なるスポーツモデルのようにはいかないが、普段は家族を乗せて走り、たまには1人でワインディングへ……。という人にはちょうどいいバランスかもしれない。
そして、もう1つ感心したのがブレーキフィール。既存のハイブリッドカーにありがちな、急にカックンと効いたり空走感が気になることがなく、こちらの意図に的確な効き具合で安心感がある。このブレーキの改良はハイブリッド全車に施しているとのことで、誰にでもなじみやすく、運転しやすいというホンダのハイブリッドカーの魅力をさらに引き上げている。
さて次は、ハイブリッド・Sより約12万6000円安くなる「ハイブリッド・L Honda SENSING」。外観は標準バンパーや15インチスチールホイールでおとなしい印象になるが、15XLとハイブリッド・Lだけの専用インテリアになり、さらにオプションで「プレミアムブラウン・インテリア」という、とてもモダンで上質なカラーコーディネートが選べる。Sが走り重視なら、Lはどちらかといえば車内の雰囲気を重視したグレードだ。
走り出すと、剛性感はSよりもタイヤのインチダウン分くらい薄らぐかな、という感じだが、加速フィールの気持ちよさや落ち着きのある乗り心地はほとんど同じ。高速域でもやや風切り音が入るくらいで、新しいフィットらしさは十分に味わえる。後席にも乗ってみたが、不快なゴツゴツ感がよく抑えられ、ハイブリッド・Sにはなかったセンターアームレストもあって快適。ファミリーにも満足度が高いグレードだ。
初代フィットを思い出させる13G・F
お次は、走り好きな人なら気になっているであろう、1.5リッターi-VTECエンジン+6速MTの「RS Honda SENSING」。外観はオレンジライン入りのスポーティバンパーに、おなじみRSエンブレム、足下は16インチアルミホイールで、スポーツグレードらしい精悍さがしっかりアップしている。インテリアにもスポーティシートをはじめ、ドアライナーなど全体にオレンジを挿し色としてあしらい、そこに身を置くだけで気持ちが昂ぶってくる空間だ。
アクセルをひと踏みすればウォォンと元気なサウンドが響いてきて、2000rpm程度の低回転からトルクが引き出されるグイグイとした走りは期待どおりのもの。間延びせずにシフトがカッチリときまる6速MTと、それに呼応してスカッと回るエンジンの共演がなんとも楽しく、一般道はもちろん高速道路といえども、それが使いきれないのがもどかしいほど。
1つだけ残念だったのは運転ポジションの取りにくさ。シートを前寄り&高めにする私の運転ポジションでは、クラッチを踏むたびに左膝がステアリングコラムカバーにゴンゴンと当たってしまい、調整すると今度は前方が見にくく、クラッチが奥まで踏み込めない。ここはなにか対策をお願いしたいところだ。
ただ、そんななかでも、高速コーナーでは路面にビタッと張り付くような一面を感じたり、路面からの突き上げを吸収しながら、暴れずジワリと弧を描くコーナーリングに、RSの懐の深さを実感できた。実は、全車でダンパーベースの板厚向上などボディ剛性強化を図り、Aピラーやスポイラーの形状変更で空力アップを行なっているのだが、RSはそれに加えて専用のダンパーチューニングも与えられている。こうした地道な熟成が、結果的にエンジンやトランスミッションのフィーリングを含めたRS全体のスポーティ感アップにつながっているのではないだろうか。いつかRSをサーキットに持ち込んで、思い切り走らせてみたい!
さて最後に、短時間ではあるが1.3リッターi-VTECエンジン+CVTの「13G・F」にも試乗できた。Honda SENSINGはついておらず、14インチタイヤでエンジン出力は100PS。さすがにハイブリッドモデルから乗り換えると、大きく響くエンジン音やロードノイズが見劣りしてしまうものの、少し走っていると軽やかに回るエンジン、キビキビとした身のこなし、それでいて速度アップとズレのないCVTのフィーリング、それら全てがバランスよく、鼻歌でも歌いたい気分にさせてくれる。
初代フィットを思い出させるようなフレンドリーさをいちばん感じるのが13G・Fだ。ハイブリッド・Lとの価格差は約65万円にもなる。そう考えると、これはこれでリーズナブルにフィットらしさが手に入る、賢い選択かもしれない。
こうして4グレードのフィットに試乗して、このマイナーチェンジはやっぱりフルモデルチェンジ並みだと実感。とくに、デザイン変更での見た目や装備の充実度以上に、乗って触れてみてからの驚き、そして満足度が高いというところに、ホンダの本気を見た気がする。これでまた、コンパクト市場はさらに活性化しそうな予感だ。