日下部保雄の悠悠閑閑

北の国から

トラック用スタッドレスタイヤを装着して圧雪路をスラローム走行するトラクターヘッド。圧巻

 寒い時は寒い所に行くのが毎年の恒例。2019年も北海道で横浜ゴムの勉強会をはじめ、日産自動車、三菱自動車工業の試乗会といずれも中身の濃い内容を堪能してきた。最初は横浜ゴムの勉強会だ。

 横浜ゴムの冬季テストコース、Tire Test Center of Hokkaido(TTCH)は旭川空港のそばにありアクセスがよく、設備も年々充実しており、2019年も試乗会はTTCHで行なわれた。

 初日の勉強会では材料の研究、オールシーズンタイヤについて、産業用タイヤの話など盛りだくさんで、翌日はそれを試乗を通じて体感するというものだ。

 勉強会では、横浜ゴムのスタッドレス技術の大きなポイントである吸水ゴムについて解説が行なわれた。氷で滑る原因は氷とタイヤの間にできる水の膜であることはよく知られている。この水を吸い取り、グリップを得るのがスタッドレスタイヤの原理だ。例えば、氷の塊は素手で握ろうとすると体温で氷が溶けて滑りやすいが、軍手などをしていると表面の水を吸い取り容易に持てることを考えると、スタッドレスタイヤの原理をイメージしやすい。

 スタッドレスタイヤはほぼどのメーカーでも吸水の構造をとっているが、横浜ゴムではミクロの「吸水バルーン」を採用して、水を吸い上げ、そして吐き出している。

 面白い実験がある。ゴムのローラーに1mmの穴を開けたものを作り、水を張ったガラス板上で回した時に水を吸うことができるかというものだ。結果、ただの穴だと水を吸うことは難しく、穴の形状を工夫して吸水性のある素材で作ると見事に水を吸い上げることができるという。

 この実験を実証するために、兵庫県にある世界最高性能を誇る放射光施設「SPring-8」で検証された。ポイントは吸水効果を測定できる新技術を開発したことで、さらにスタッドレスタイヤの開発速度が上げられることにある。

 体験試乗では、市販のアイスガード 6と吸水性を3倍に増やしたゴムを搭載したアイスガード 6で氷盤制動実験をしたところ、体感できるほどの制動距離の短縮が図られたことが確認された。今回のテストでは吸水の重要性を認識できた。

 まだ市販するまでには多くの克服しなければならない課題があるということだが、スタッドレスの進化は止まることを知らない。

まるでスケートリンクのような温度管理された室内の試験場で、市販のアイスガード 6と吸水性を3倍に増やしたゴムを搭載したアイスガード 6を乗り比べ

 一方のオールシーズンタイヤについても活発な動きがある。グッドイヤーは以前より日本でも導入しているが、2019年はミシュランも“雪も走れる夏タイヤ”という、言いえて妙なキャッチフレーズで日本での展開を発表している。

 もともとこれらのオールシーズンタイヤは欧州市場で販売されていたもので、欧州の軽い雪なら走破できる性能を持っている。翻って、北米でオールシーズンと呼ばれるタイヤは限りなく夏タイヤに近いもので、同じオールシーズンというカテゴリーでもちょっとニュアンスが違うし、北米のオールシーズンタイヤはパターンもほぼ夏タイヤだ。一方、欧州向けのオールシーズンタイヤは方向性でブロックの大きなパターンを持つことが一般的だ。

 横浜ゴムの欧州向けオールシーズンタイヤは日本で発売するかは未定だが、日本の雪でスタッドレスに対してどのレベルにあるのかを確認することができるのは興味深い。

 横浜ゴムのオールシーズンタイヤ「BluEarth-4S」は他社と似たセンターグルーブから左右対称の方向性パターンを持ち、なかなか頼りになりそうな面構えだ。日本メーカーの製品だけにある程度の氷上性能を有している。

横浜ゴムのオールシーズンタイヤ「BluEarth-4S」。センターグルーブから伸びる左右対称のパターンが特徴的

 圧雪路ではスタッドレスタイヤほどではないが、トラクションも含めて想定以上によく走る。アイスバーンではスライド量が多くなるので、スタッドレスタイヤのようなわけにはいかないが予想以上だ。ブラックアイスのようなところでの制動距離はグンと伸びてしまうが、これも思ったより短かい制動距離だった。

 オールシーズンは使い方さえ間違わなければ有効な武器になりそうだが、どこでも走れるかと言えばそんなことはなく、あくまでも使い方次第になると思う。4WDとの組み合わせでは特に有効だが、アイスバーンでの制動には慎重になる必要がある。

 さて、産業用タイヤも興味深いものだった。この分野は守備範囲外だったので、いろいろと教えてもらうことが多かった。トラック用タイヤは地域によってサマータイヤかスタッドレスタイヤ、あるいはオールシーズンタイヤが最初から選択されることが多い。1本あたりの荷重が2.5tにもなるので雪の中でもオールシーズンである程度は走れるが、積載か空荷かで接地面積が30%ほど減ってしまうので、安定してグリップさせることは容易ではない。

 そして、ドライバーが求めている性能で「さすがプロ」と思ったのは、制動性能の次にトラクション性能への要望が高いことだった。考えてみれば発進はタイヤ性能で決まってしまうので当然だ。制動は車間距離を取ったりしてある程度ドライバーがコントロールできるという自負を感じられた。摩耗もトラック用タイヤでは特に重要な要素であるだけに、グリップだけを重視するわけにもいかない。ちなみに、トラック用スタッドレスタイヤにも吸水バルーンは使われている。

 自分は見ているだけだったが、運転席によじ登るのも大変なトラクターヘッドが圧雪でスラロームするさまはなかなか迫力があった。

 もう1つ、産業用タイヤで横浜ゴム傘下の愛知タイヤ工業が大きなシュアを持っているフォークリフトタイヤにも驚いた。フォークリフトで怖いのはタイヤが故障して、フォークリフトが傾いたり倒れたりすることだ。荷崩れを起こすと損失もそうだが、大きな事故につながる恐れがあることは想像に難くない。

 そして考えられたのがノーパンクタイヤ、すなわちすべてゴムのソリッドタイヤだ。シチュエーションによってはかなり広く普及しているという。展示してあったタイヤはスノーのソリッドタイヤで、サイズ的には185-13ぐらいにしか見えなかったのが1本40kgほどもあり、うかつに持ち上げようとすると腰を痛めそうだった。

 ただ、ソリッドタイヤは振動が伝わりやすいので、持ち上げる荷物によって荷物に優しい空気入りタイヤと使い分けているという。

見た目よりもかなり重さがある産業用ソリッドタイヤ

 最後に自己修復コート。こちらは一般的な車両コーティングと比べるとちょっとした擦り傷なら自己修復してしまうという魔法のようなコーティング剤で、アフターマーケットでの使用が考えられている。写真のような真鍮ブラシで傷つけても、あら不思議! 修復してしまう。ただし、10円傷のような塗装面に達してしまうものに対しての修復機能はない。使用状況で有効性の高いのは、例えばボディカバーを日常的に使う人とか、小枝による傷、ドアハンドルまわりの爪傷に悩まされている人にとっては朗報だ。こちらは市販に向けて現在活動中という。

この真鍮ブラシでボディをこすって傷をつけても、自己修復コートを施工しているとすぅ~っと傷が消えていく……

 まだまだほかにもプログラムが盛り込まれた内容の濃い勉強会だった。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。