日下部保雄の悠悠閑閑

自転車にまつわる話

義理の息子が所有するロードバイク。この1~2年ハマっていて、最近では通勤はもちろん、朝に夕に走っている。どうやら面白いようだ

 自転車について。盛んになっているロードバイクは自分でメンテナンスできる楽しさがあるし、手に負えない場合は専門ショップでチューニングしてくれる。まるで自分たちが若い頃じっていたクルマのような存在だが、自転車はタイヤが2本、エンジンがないのでいたってシンプルだ。車体は幅広い価格帯で、初心者から本格的なサイクリストまでニーズに応じた自転車が揃っている。

 ボクは中学生以来、自転車から離れてしまったが、その時代の自転車はウインカーやポップアップヘッドライトなどがあって、キラキラ輝くデコトラのようだった。みんなそうだと思うが、自分もご多分に漏れずブレーキでスピンさせたり、カウンタ―ステアを当てたりして遊んでいた。

 自転車は楽しかったし、行動半径が広がったのが嬉しかった。これもクルマと同じだ。もうだいぶ前だがウチの事務所に胡井(えびい)君というロードバイクの選手がいて、なんでもオリンピックの選考基準までコンマ秒で届かなかったという有名選手だったらしい。そんなことは全く知らずに雑務をやってもらっていた。彼は自転車業界では有名人で、何かの時、胡井君がサインを求められたことがあった。驚いてその人に「エビイ君、ってどんな人なの?」と聞いたら「知らないですか! そうだな~、星野一義さんみたいな人です!」と言われ、「そうか! 星野さんにこれやって、あれ持ってって、と偉そうに言ってたのか!」と、それ以来、胡井君への扱いが丁寧になった。

 その胡井君、どこに行くのにも自転車。集合場所を決めて会社を出ると、都内ならクルマよりも確実に先に到着して待っていた。その時以来だ、自転車を見直したのは。

 誰にでも好かれる胡井君はウチの会社を離れてから、一念発起して事業で成功し、今でも時々連絡をくれるのもうれしい。

 後年、Team UKYOを主宰する片山右京さんと会った時の話もしておこう。自転車を熱く語ってくれて引き込まれたし、鈴鹿ぐらいなら自転車で行くこともあったと聞いて、マジ驚いた。クルマはおろか新幹線をもっぱら使っている身としては何も言えない。

 こんな逸話もある。登山家としても有名な右京さんだが、早朝、神奈川の家を自転車で出て富士山登山をし、また自転車に乗って昼頃には家に帰ると聞いて、仰天した。富士山登山で高山病になった軟弱な自分にはクラクラする話だ。

 さて、自転車の話。最近、自転車が増えている。誰でも手軽に乗れ、しかも電動アシスト付きで坂道も苦にならない自転車も当たり前のように走っている。

 ただ、法規上、自転車のポジションが曖昧だった時間が長かったためか、乗る方も軽車両という概念がない。自分もボンヤリとしか理解していなかった。

 自転車は機動力がある上に、最近のものはスピードも速い。多くの人が歩行者の延長線上で自転車を漕いでいるように見える。一時停止や信号も歩行者信号に従って走り、歩行者と同じ横断歩道を結構なスピードで走り抜ける。かなり怖い。クルマは自転車に比べると身軽には動けないので、突然のことには対応しにくいのはご承知のとおり。

車側は赤でも歩行者は青の、6差路のトリッキーな信号。この脇を女の子の乗った自転車が凄いスピードで渡っていった。事故にならないでよかった

 中には手でいろんな合図を送ってくれる人もいて、そんな自転車乗りに会うと嬉しくなる。

 自転車は誰でも買える乗り物。そして日本は小学校のカリキュラムに自転車の走らせ方など取り入れているところは少ないと聞く。せめて自転車を購入する時には、最低限のマナーや自転車のルール、そして混合交通での走らせ方などを知らせるべきだと思う。販売店で納車の準備待ちの間、基本的な事を伝える優しいビデオなど流してもらえないものだろうか。

 一方で自転車すれすれに走り抜けるクルマも見かけるが、自分の家族だと思えば危ないことはできまい。自転車は今後ますます増える。お互い怖い思いをしないために。

狭い道路での自転車。この方はクルマの気配を感じて左側に寄って走ってくれたが、追い越すときは気を遣う。この後、フラフラしている別の自転車がいて、注意してユックリ追い越したら、スマホを見ながらの片手運転だった。クワバラクワバラ……

 自転車恐怖症のビビリな最近の私です。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。