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豊田章男社長、2022年モータースポーツ新体制発表会で「ドライバーファースト」「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を語る

2021年12月6日 発表

TGRの2022年モータースポーツ体制発表会でスピーチするトヨタ自動車 代表取締役社長 豊田章男氏

 TOYOTA GAZOO Racing(トヨタ自動車)12月6日、2022年のモータースポーツ参戦体制を発表した。今シーズン限りでTGR WECチームからの勇退を発表していた中嶋一貴選手は、ドライバーとしての完全引退を発表し、2022年以降はTOYOTA GAZOO Racing Europe(TGR-E、ケルンにあるかつてはTMGと呼ばれていた組織)の副会長に就任し、今後はトヨタの欧州におけるモータースポーツ活動のマネジメントの一員として活躍する。

 後任には2021年までSUPER GT/スーパーフォーミュラなどの国内カテゴリーに参戦していた平川亮選手が8号車のドライバーの一員として参戦する。また、引き続き7号車のドライバーとして参戦する小林可夢偉選手は、TGR WECチームのチーム代表も兼ねることになる。

 小林選手がTGR WECチームのチーム代表を兼ねることなどを、トヨタ自動車 代表取締役社長 豊田章男氏は「ドライバーファースト(ドライバー第一主義)だ」と述べ、ドライバーの意見を尊重したチーム作りを行なっていくことが、トヨタが目指す「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」につながっていくと説明した。

「ドライバーファースト」「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を語った豊田章男社長

豊田喜一郎氏のモータースポーツに関する言葉

 例年、3メーカー(トヨタ、日産、ホンダ)のモータースポーツ参戦体制は、年明け早々に行なわれるオートサロンやその前後に発表されることが多い。それを早めたことについて豊田章男社長は「この時期に新体制を発表したのはドライバーファーストだからだ。従来はオートサロンなどで発表してきたため、この時期はいろいろなうわさ話で一杯になっていた。メディアのみなさまもなんとなく分かっているけど正式発表がないから書けないなどの制限があったと思う。今後は決まった以上はすぐにアナウンスして前向きに記事にできるようにしていきたいし、ドライバーも新しい準備を進めることができる」と述べ、ドライバーを最優先に考えたため、今回のような発表会が行なわれるようになったと説明した。

トヨタ自動車 代表取締役社長 豊田章男氏

 今回豊田社長は何度も「ドライバーファースト」という言葉と、「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」という2つのキーワードを語った。その豊田社長は自身にとっては祖父にあたる豊田喜一郎(故人、トヨタ自動車の創業者)の「日本の自動車製造事業にとって耐久性や性能試験のためオートレースにおいてその自動車の性能のありったけを発揮してみてその優劣を争うところに改良進歩が行われモーターファンの興味を沸かすのである単なる興味本位のレースではなく日本の乗用車製造事業の発展に必要欠くべからざるものである」というコメントを紹介し、トヨタのモータースポーツ活動の原点であるとした。

テストドライバーの成瀬氏と一緒に始めたニュルブルクリンク24時間レース挑戦

 その上で「成瀬さん(筆者注:トヨタのテストドライバーで、かつて豊田章男氏=モリゾウ選手のドライビングコーチだった)と一緒に中古のアルテッツァでニュルブルクリンク24時間レースに出てから14年、そうしたトヨタ自動車を取り戻したいという一心でモータースポーツ活動をやってきた。2009年に社長になってからも社員にはもっといいクルマを作ろうよと常に言ってきた。ではいいクルマとは何だということだが、それはそれぞれのクルマに乗る人の心の中にあり、いいクルマは道の上でしか作れないと考えてやってきた。活動を始めた当初は御曹司の道楽だろうなどの陰口ばかり聞こえてきたし、社内でも異端扱いされてトヨタの名前をつけることもできなかった。でもだからこそ、道を楽しく走れるクルマをトヨタでも作れる、その想いでやってきた」と述べ、モータースポーツを通じてのいいクルマづくりという信念でニュルブルクリンク24時間レース参戦などに取り組んできたと説明した。

 トヨタは、WECなどのトヨタモータースポーツ、SUPER GTではレクサス、さらには豊田氏自身が始めたTGRとモータースポーツ活動がバラバラだったのをTGRに統一し、開発体制も含めて1つのチームとして活動できるように体制を作ってきたと説明した。

 例えば、2017年には豊田氏は初めてル・マン24時間レースに観戦に訪れたが、その年にトヨタは3台のうち2台がリタイア、中嶋一貴選手がドライブする残った1台も総合8位でクラス2位と「惨敗」に終わった(翌2018年に初優勝し、今年2021年までトヨタは4連勝している)。そのレースでドライバーに「よければ一緒に表彰台に上ってくれないか?」と言われて快諾した豊田氏はドライバーたちに1番の景色を見せてあげたい、そう強く思ったという。

WRCチームとの約束
TGR WRCチーム代表 ヤリ-マティ・ラトバラ氏

 そして翌年からはWRCに参戦し、現TGR WRCチーム代表のヤリ-マティ・ラトバラ氏がドライバーとして参戦を開始した。その時に豊田氏はラトバラ選手らと「シーズン最後のヤリスを一番強いヤリスにしよう」という約束をし、それは実際に果たされたという。

モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり

 そうした経験から豊田氏は「もっといいクルマづくり」にはモータースポーツという要素が必要という結論に至り、現在は「モータースポーツを起点としたいいクルマづくり」こそがトヨタの哲学になっていると説明した。すでに、エンジニアも一緒になって「いいクルマづくり」をする体制がトヨタには整ってきており、そこにクルマの走らせ方に対して深い知見があるドライバーも加わり、ドライバーにとって運転しやすいクルマを作ること「ドライバーファースト」を目指すことで、それが市販車へと波及していく、そうした体制を構築していきたいと説明した。

小林可夢偉選手はドライバー 兼 チーム代表に就任、平川亮選手がWEC 7号車の正ドライバーに

TGR WEC チーム代表 兼 7号車ドライバーの小林可夢偉選手

「ドライバーファースト」を実現する体制として、TGR WECチームでも新体制が組まれた。具体的にはWEC(世界耐久選手権)に参戦する2台のうち、7号車(マイク・コンウェイ/小林可夢偉/ホセ・マリア・ロペス組)のドライバーである小林可夢偉選手が、新しくチーム代表に就任し、プレイングマネジャーとしてチームを統括しながら7号車のドライバーとしても引き続きGR010 HYBRIDをドライブする。

 そしてすでにTGR WECチームから勇退することを明らかにしていて中嶋一貴選手はTOYOTA GAZOO Racing Europe(TGR-E、ケルンにあるかつてはTMGと呼ばれていた組織)の副会長に就任し、今後はマネジメントの一員としてトヨタのモータースポーツ活動全体を見ていく立場につくことが明らかにされた。

 また、中嶋選手に替わる8号車でセバスチャン・ブエミ選手、ブレンダン・ハートレー選手に乗るドライバーは、今シーズンはSUPER GTおよびスーパーフォーミュラに参戦していた平川亮選手であることが明らかにされた。平川選手は2012年に全日本F3選手権でチャンピオンになり、翌年にスーパーフォーミュラにステップアップ。SUPER GTにも2014年からトムスチームに所属して活躍しており、2017年にはニック・キャシディ選手とチャンピオンを獲得しているほか、毎年チャンピオン争いに絡む活躍をしている。

 チームの新代表に就任した小林可夢偉選手は「代表になってドライバーもやり続けるという話を最初聞いたときには、想像もしていなかったようなオファーだった。僕とモリゾウさんがいろいろなタイミングで話すときに、いいクルマづくりの共感を共通の認識で話せることがあった。その中でこのWECチームをどうしていくのかと話した時に、よい強いチームになっていかないといけない。23年には新しいマニファクチャラーが帰って来て、歴史的なル・マン24時間レースになる。それに向けてしっかり準備する。そういうチーム体制を作るために代表になった。そうした23年に向けて世代交代をしていかないといけない、そして23年に向けて若い日本人ドライバーを乗せるとなると、22年から乗ってもらうのがいいだろうと、モリゾウさん、佐藤プレジデントと一緒に考えてこの人選になった。平川選手は才能あるドライバーでしっかり準備してもらって23年に向けて成長する姿を見守ってほしい」と述べ、チーム代表としてのコメントがほとんどという新しい「小林チーム代表」像をすでに確立している印象だった。

平川亮選手

 その平川亮選手は「世界へのチャレンジは夢だった、少しでも速くチームになれ結果で恩返しできるようにしたい」とその抱負を述べ、いつもの平川選手らしいひょうひょうとして調子で意気込みを語った。

中嶋一貴選手は引退を表明、今後はTGR-Eの副会長としてトヨタヨーロッパのモータースポーツS活動をマネジメントしていく

中嶋一貴TGR-E副会長

 そしてWECからドライバーとして勇退することを発表していた中嶋一貴選手がステージに登場し、サプライズ的に自身のレーシングドライバーからの引退を発表した。中嶋一貴選手は、1985年生まれで現在36歳。F1ドライバーで言えば、ルイス・ハミルトン選手と同じ歳で、フェルナンド・アロンソ選手の40歳、今年引退するキミ・ライコネン選手の42歳よりも年下で、まだまだ活躍できる年齢だ。WECチームからは勇退しても、日本に戻ってきて国内カテゴリーに参戦すると見られていたため、突然の引退発表には会場からも驚きの声が漏れていた。

日本人で初めてル・マン24時間レースのポールを獲得
2018年、2019年、2020年とル・マン24時間レース3連覇

 中嶋一貴選手、改め中嶋一貴TGR-E副会長は「レーシングドライバーから退くことを自分で決めた。11歳からレースをはじめて25年、まずはレースを始めるというきっかけをくれた両親に感謝したい。18歳でデビューして36歳の今まで人生の半分をトヨタのドライバーとして育てていいただいた。トヨタさんに自分の力以上のものを引き出してもらったし、ファンの皆さまに力強く応援いただいた。今後はドライバーからは退いて、その知見や経験を若い世代に引き継いで、世界で活躍できるドライバーを育てて行きたい。そうした環境があったからこそ自分はドライバーとして活躍できたので、平川選手だけでなく、子供たちも含めて世界を目指す環境をよりよくしていきたいと思っている。(新しい立場は)ドライバーとして乗り続ける以上に大きな挑戦。少しでもレーシングドライバーとしての経験が役立てるように、力になっていければ」と述べ、自分の意思でドライバー引退を決め、トヨタへの恩返しのために、日本のドライバーが世界で活躍できる環境を今後は作っていきたいと説明した。

TGR プレジデント 佐藤恒治氏

 そしてTGR プレジデント 佐藤恒治氏は「トヨタと歩んできてくれたドライバーだからこそ、TGR-Eの副会長に就任してもらう。WECを中心としたトヨタのモータースポーツのあり方やグローバルな環境構築、そしてモータースポーツを起点としていいクルマづくりのために、TGR-EとTCRの連携などに、先頭に立って私と一緒に頑張ってほしい」と新しい挑戦に踏み出す中嶋一貴副会長にエールを送った。その後、豊田社長から中嶋副会長に長年の労をねぎらって花束の贈呈が行なわれた。

豊田社長から中嶋副会長に花束の贈呈

チャンピオンになった関口雄飛選手はサプライズ的に39号車への移籍を発表

TGRのSUPER GT/スーパーフォーミュラドライバー

 その後、国内のモータースポーツ活動のチーム体制などが発表された。

 具体的には以下のようになっている。

SUPER GT/GT500

チーム名カーナンバー車両名ドライバータイヤ
TGR チーム エネオス ルーキー14ENEOS X PRIME GR Supra大嶋和也/山下健太BS
TGRチーム ウェッズスポーツ バンドウ19WedsSport ADVAN GR Supra国本雄資/阪口晴南YH
TGR チーム エーユー トムス36au TOM’S GR Supra坪井翔/ジュリアーノ・アレジBS
TGR チーム キーパー トムス37KeePer TOM'S GR Supraサッシャ・フェネストラズ/宮田莉朋BS
TGR チーム ゼント セルモ38ZENT CERUMO GR Supra立川祐路/石浦宏明BS
TGR チーム サード39DENSO KOBELCO SARD GR Supra関口雄飛/中山雄一BS

スーパーフォーミュラ

チーム名カーナンバードライバー
コンドー レーシング3山下健太
4サッシャ・フェネストラズ
ケーシーエムジー7小林可夢偉
18国本雄資
ドコモ ビジネス ルーキー14大嶋和也
カーエネクス チーム インパル19関口雄飛
20平川亮
クオ バンテリン チーム トムス36ジュリアーノ・アレジ
37宮田莉朋
ピーエムユー セルモインギング38坪井翔
39阪口晴南

スーパー耐久シリーズ

チーム名クラス車両名カーナンバードライバー
オーアールシー ルーキーレーシング(ORC ROOKIE Racing)ST-QORC ROOKIE Corolla H2 Concept28蒲生尚弥/豊田大輔/大嶋和也/鵜飼龍太
ORC ROOKIE GR86 CNF Concept32佐々木雅弘/石浦宏明/モリゾウ/小倉康宏
トムススピリット(TOM'S SPIRIT)ST-4TOM'S SPIRIT GR8686松井孝允/山下健太/河野駿佑

全日本ラリー選手権

チーム名車両/クラスドライバー/コ・ドライバー
TOYOTA GAZOO RacingGR YARIS GR4 Rally/JN1クラス勝田範彦/木村裕介
眞貝知志/安藤裕一

 SUPER GT/GT500で注目の移動は、今年36号車 au TOM’S GR Supraでチャンピオンを獲得したドライバーの一人である関口雄飛選手が、39号車 DENSO KOBELCO SARD GR Supraへ移籍しているのが注目に値する。通常チャンピオンを獲得したドライバーは翌年も同じチームにとどまるが通例だが、関口選手によれば「39号車を立て直してほしいと言われて移籍を決断した」と述べており、優勝請負人として39号車へ移籍して、かつてのチームメイトでもある脇阪寿一監督との組み合わせも要注目と言える。

関口雄飛選手(左)と中山雄一選手(右)

 またWECにいく平川選手、そしてSUPER GTから引退を発表したヘイキ・コバライネン選手の替わりにGT500へステップアップする形になるのが、36号車に関口選手の替わりに加入するジュリアーノ・アレジ選手、そして19号車 WedsSport ADVAN GR Supraに阪口晴南選手が加入し、昨年まで19号車に乗っていた宮田莉朋選手は平川選手が乗っていた37号車 KeePer TOM'S GR Supraに乗ることになる。

国本雄資選手(左)と阪口晴南選手(右)
坪井翔選手(左)とジュリアーノ・アレジ選手(右)
サッシャ・フェネストラズ選手(左)と宮田莉朋選手(右)

 ジュリアーノ・アレジ選手は、言わずと知れた元F1ドライバーのジャン・アレジ選手と女優の後藤久美子さんの子どもで、昨年スーパーフォーミュラで中嶋一貴選手の代役参戦した折に初優勝をすでに飾っている。その意味でも知名度も高く、人気があるジュニアドライバーがSUPER GTのトップクラスへの参戦ということで、さまざまな方面から注目を集めそうだ。

 なお、スーパーフォーミュラは中嶋一貴選手が引退して空いたシートをアレジ選手が埋めた以外は基本的には昨年までと同じ顔ぶれでの参戦になる。平川亮選手は、WEC参戦と並行してスーパーフォーミュラに関しては引き続き参戦を続ける形になっている。

スーパー耐久の水素カローラは、これまでのトヨタでは考えられなかったようなオープンでアジャイルな開発方式

質問に答える豊田社長

 そうした2022年モータースポーツ参戦体制の発表の後に、トヨタ自動車の豊田章男社長、TGR プレジデント 佐藤恒治氏が参加して、質疑応答が行なわれた。

──ドライバーファーストとは、具体的にはどういう意味なのか?

豊田氏:この時期に新体制を発表したことがドライバーファーストだ。例年はオートサロンとかそういう場で発表をしてきた。この時期いろいろなうわさ話などで、次のチームにいくとかわかっているけど、記事化できないとかあると思うが、決まった以上はアナウンスして前向きな記事化をお願いしたいと考えた。ドライバーも新しいチームでの準備が進められる。ファンの人もチーム替わるのにウエア買っちゃったとかあると思う。会見の場でもそうだけど決まったらすぐ発表していく。

 また、WRCもWECもドライバー出身の人に代表をつとめてもらうことを発表した。すでにWRCはそうだったが、WECもそういうことをやり出した。ドライバーファーストはドライバーを起点にして、エンジニアスタッフなどがいろいろな人が関わっていく。また、ドライバーがスポンサーやお客様を大切する姿をWRCから学んだ。実際ラトバラ代表がドライバーだった頃に、クルマがピットに戻ってくると、まずファン対応をする。メカニックがいろいろ作業するのをオープンにしていた。ファンもスポンサーも当事者意識をもっていただき、ワンチームで応援できる、それが素晴らしいと感じた。いろいろなカテゴリーでそういう姿をみせていき、トヨタは面白い、ドライバーにそういうクルマにのっていきたいと思ってほしい。そんな想いで、そんなことができるタイミングにきたのでそうしていただいている。

──モータースポーツがもっといいクルマづくりの起点、MS用のクルマを市販化するという流れを説明していただいた。ブランディングなど、市販車のラインアップへの波及について教えてほしい。また、モータースポーツとカーボンニュートラルの展望も教えてほしい

豊田氏:モータースポーツを起点にしたいいクルマづくりに関してだが、トヨタはフルラインアップでグローバルにクルマを提供しているメーカーだ。これまでは市販車をモータースポーツ用に改造してやってきた。しかし今は初めからモータースポーツで勝てるクルマにしていく。すると開発のスピードが変わってきている。レースでは予選決勝と納期が決まっていて、なんとか走らせないとレースにならない、そういうオープンな環境で開発していくと言うことだ。これまで量産車の開発は5年に一度のモデルチェンジとしてやってきたが、世の中の変化はそれよりも早い。

 これまでトヨタは景気の浮き沈みでモータースポーツの現場に出たり入ったりしている。それでは不安になってしまうところがあった。そこで景気云々にかかわらず、モータースポーツをやっていくのだということを12年間こだわってやってきた。どんな状態であろうとモータースポーツをやっていくという宣言でもある。これまではメーカーとプロのドライバーと別々だったと思うが、これからは1つの目標で走り出していく。それを応援してほしい。

TGR プレジデント 佐藤恒治氏

佐藤氏:モータースポーツを起点としたいいクルマづくりを目指す開発は効果がある。ドライバーファーストで景色を見ると、メーカーオリエンテッドとは違う景色が見える。ドライバーが勝つには乗りやすい車が大事。それがメーカー視点では車に合わせてほしいという形になり、逆になってしまう。ドライバーは多くの視点で関わっており、モータースポーツをサステナブル(持続可能)にするために、アジャイル開発を行なっていきたい。

 カーボンニュートラルに関しては、勝てる車を作ることは車の自力をあげることだ。クルマの基本の素性を磨いていくことだ。パワートレインがどれになっても、あるいはどんな電動が来ても対応することができる。それがカーボンニュートラルに対して臨む理由の1つだ。実装実験が社会的に難しくても、モータースポーツであればそれができる。それが実験場としてのモータースポーツの価値だ。

──GRヤリスの開発はレースの現場で取り入れて作るという説明があった、今後も同じような展開を他の車種で考えているか?

豊田氏:すべてのクルマがそうなっていくとは思わないが、GRヤリスがやった手法が社内でもいいなとなっている。いろいろな選択肢の幅を広げてほしいと思っている。カーボンニュートラル時代に、最終的にパワートレインを選ぶのはお客様である。それにタイムリーに追随していくことが大事。トヨタのフルラインアップであれば、正解がないようなクルマはこういう開発手法でやっていく必要性がある。もしかしたらとんでもない車がでてくる、そしてそれはモータージャーナリストに喜んでいただけるようなクルマかもしれない。

──SUPER GTでチャンピオンをとった関口雄飛選手がチームを移籍したがそれはなぜか? また、水素カローラでカーボンニュートラルの選択肢を広げることを今シーズンは国内で示した。先日水素GRヤリスがベルギーで発表されたがこれは欧州のレースで使う計画があるということか?

豊田氏:関口選手はスーパーフォーミュラでもチームタイトルの獲得に貢献したし、SUPER GTでは劇的な大逆転でチャンピオン獲得に貢献してくれた。彼は優勝請負人といってもいいのではないか。その意味でどこのチームにいっても勝てるだけの実力をもっている。彼のInstagramのタグに書かれているのは「人と違う道を行け」というモットー。おっしゃるとおり優勝を決めたチームでやるのが普通だが、(そうじゃない道を選ぶのが)彼のフィロソフィにも合っているのではないかと考えて私も了解しました。

佐藤氏:欧州で公開した水素GRヤリスは、水素カローラでレースを始める前にお試しで作って走らせたクルマ。マスタードライバーのモリゾウ選手と小林可夢偉選手から始まった水素レーシングカーだが、小林可夢偉チーム代表からももっと世界に対して発信すべきだということで、欧州に送ってあの発表となった。今の時点では何かのレースに出る予定はないが、今後TGR-Eとも連携しながら機会を探っていきたい。

──阪口晴南選手が、バンドウチームに加入した。バンドウチームは若手を育てるチームのようになっているが……

豊田氏:バンドウチームの特徴は横浜ゴムさんと連携して開発をしており、若手ドライバーに対して心構えやファンを大事にする心を教育してくれている。そうしたこともあり、なんとなくそうなっているが、坂東さんも若手を育成して、育成したドライバーが他チームにいってチャンピオンを獲ることを楽しんでいるようだ。今年のレースでもポールトゥウインができそうなレースがあり惜しかった。

──コロナの影響をMSも受けている。豊田社長としての想いを教えてほしい。

豊田氏:コロナで観客の皆さまがサーキットの現場に行けないという状況が続いていた。レースがあると多くの人がサーキットに集まるため、コロナ感染が広がるのではという懸念があったからだ。しかし、PCR検査の体制や、動ける場所の限定などで安全第一の体制を作り上げながらやってきた2年間だった。そういう経験を踏まえて、SUPER GTの最終戦では多くの方が来場できるようになった。多くのファンの皆さまに現場に来ていただいて、そういう姿を見てほしいと思う

──2025年からル・マン24時間レースでも水素クラスができるがどう思うか?

豊田氏:モータースポーツでもカーボンニュートラルの取り組みは大事で、いろいろなチャレンジをしていき、その火を絶やさないようにしないといけない。いろいろな選択肢があると思っており、選択肢の幅が大事だ。現実的で持続可能に発展していけるようにしていかないといけないし、若い人がそこで働きたいと思うような業界にしていかないといけない。

 今も水素エンジンでスーパー耐久をやっているが、そういう場で開発していることは、これまでのトヨタでは考えられないオープンさでやっている。どれを選ぶかはお客さまであり市場だと考えている。

激しいドーナッツターンで観客を魅了した日本一大きな企業の代表取締役、ラトバラ代表とランデブーも

GR YARIS Rally1

 質疑応答後には、2022年からWRCで利用する新型車両となるGR YARIS Rally1のデモ走行が行われた。GR YARIS Rally1はハイブリッドのシステムを搭載した新規定の車両で、TGR WRCチームが2022年より利用する計画だ。デモに利用されたのはカモフラージュ塗装がされたままのGR YARIS Rally1で、ヤリ-マティ・ラトバラがドライバーを務め、モリゾウ選手こと豊田章男社長がコ・ドライバーを務めた。そして、そのデモランが終わった後で、GRヤリスにモリゾウ選手は乗り換え、ラトバラ代表がドライブするGR YARIS Rally1とランデブーしながらドーナッツターンをみせて会場を沸かせた。

豊田社長がコ・ドライバー席に
ラトバラチーム代表のドーナッツターン
豊田社長のドーナッツターン
終了後に豊田社長とラトバラ代表で記念撮影
勝田選手も加わり3人で撮影
WRC新型マシン「GR YARIS Rally1」ラトバラ代表がドライブ、豊田社長助手席編
ラトバラ代表の「GR YARIS Rally1」と豊田社長「GRヤリス」のランデブー