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フォルクスワーゲングループのツヴィッカウ工場を見学 EV生産をリードする工場に選ばれた理由とは
2022年10月14日 09:05
フォルクスワーゲングループが欧州最大のEV(電気自動車)の生産拠点として力を注いでいるドイツ南東部・ザクセン地方のツヴィッカウ工場。ここではEV専用プラットフォーム「MEB(モジュラー エレクトリック ドライブ マトリックス)」を用いて製造されるEVの「ID.3」「ID.4」「ID.5」のほか、アウディの「Q4 e-tron/Q4 e-tron Sportback」、CUPRA「Born」などの生産が行なわれている。
ツヴィッカウ工場はアウグスト・ホルヒが1910年にアウディの最初のモデルを誕生させたことからその歴史が始まったが、1990年にはVolkswagen Sachsen GmbHが設立されたのを機に1992年に3代目ゴルフを、1996年にはパサートの生産を開始した。その後、電動化の転機を迎えたのは2019年のことで、MEBプラットフォームのID.3の生産を開始し、2020年にはID.4の生産をスタートさせた。
以後、横置きエンジン(MQB)を搭載するモデルの生産をフェードアウトし、工場施設の実に85%をMEBのモデルを生産するために刷新。2021年にはついにこの工場で生産される全てのモデルがEVに置き換わった。ツヴィッカウ工場はMEB化にともなって、1つひとつのホールを拡大したことで、年間30万台のEVを生産するキャパシティを手にした。
カーボンニュートラルを目指すとなれば、EVの生産にまつわるCO2の排出量に注目せざるを得ない。工場全体でみると、2010年には15万8000tのCO2を排出していたが、2022年秋現在は工場で使われている電力は水力発電や太陽光発電といった自然由来の再生可能エネルギーを使用することで10万5000tのCO2を削減。残された5万3000t分は熱電併給システムによる自家発電でまかなうことで、カーボンニュートラルを達成している。
工場内はプレスショップ、ボディショップ、ペイントショップ、コクピットなどを組み込むアッセンブリー工程が含まれるもので、その全てでオートメーション化が取り入れられている。工場内で人の手が求められるのは組み立て工程の一部やクオリティチェック、部品を運搬する車両を運転している人たちの姿が目立つ。しかし、そんな部品を運ぶ役割も今後の自動化に向けた取り組みが進められており、2022年9月現在は2基の自動運転車を試験運用しているということだった。そうした動きをみると、働いている従業員は将来に不安を持ちそうなところだが、2029年までは人員削減などの解雇をしないという契約を交わしているのだという。
ドイツ国内には幾つものフォルクスワーゲングループの生産拠点がある中で、なぜツヴィッカウがEVの生産をリードする工場に選ばれたのかと伺ってみると、かつて、この地の人々は東ドイツと西ドイツが併合された変化を受け入れてきた経験があるからだという。それだけ、内燃機関車からEVにシフトすることは自動車の歴史においての変革期であり、人々のマインドが影響するということなのだろう。
そもそも、BEVの生産が本格化されていくことを考えると、欧州におけるニーズがどうなっているのか気になるところだ。フォルクスワーゲンのデータによると、2021年のドイツ国内の新車販売において、市場全体に対するBEVの割合は13.6%でPHEVは12.4%。そのうち、フォルクスワーゲンのBEVのシェアは20.3%。フォルクスワーゲングループ傘下の他ブランドのBEVを含めると31.8%を獲得している。また、ドイツにおけるBEVの販売台数の推移はこの5年で急激に増加しており、2016年の段階で1万1400台だったものが、2019年は6万3200台に。2021年には35万6000台に急成長した。
現時点でドイツの道を走る際に充電器の設置状況に目を向けると、街中の縦列駐車枠やパーキングエリアでたまに見かける程度で、日本の状況と比べて大きくリードしているとも思えない状況だ。その点について担当者に伺ってみると、現在はアウトバーンの急速充電器の配備に力を入れているなど、充電器の設置についてはいろいろな企業と協議している最中とのこと。ちなみに、フォルクスワーゲンユーザーは田舎住まいが多く、急速充電器がないため、住宅に普通充電器を付ける必要がある。充電器の設置についてはフォルクスワーゲンと国から充電器の設置費用や工賃に対して補助金が出るため、現時点でユーザーの実質的な負担は400ユーロ程度だという。
ちなみに、2022年中に日本市場に最初に導入される第1弾は、ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー 2021を獲得した「ID.4」とされている。北欧諸国のスウェーデンやデンマーク、アイルランドといったBEVを積極的に受け入れている国々の販売において首位を獲得する人気モデルだ。
そんなモデルの生産を支えているMEBの生産ラインを見ると、1タクト約90秒で作業が行なわれており、MEBを用いたさまざまな車種がミックスして流されている。組み立て工程など、従業員の体の負荷が大きい作業はロボットが行ない、人の力加減を再現するのに苦労したという。電動化に際して、作業の面で内燃機関車と比べると組み立て方に大きな違いはないが、高電圧の取り扱いについてはしっかりとレクチャーを行ない、1500名がライセンスを得ているとのこと。
内燃機関車の生産からEVへ。時代の大きな変化を肌で感じているのはプロダクトの生産に触れる従業員たちだろう。ツヴィッカウ工場を紹介する上で、彼らが最も力を入れて説明していたのが従業員の意識改革を行なってきた取り組みについてだった。
MEBの生産に移行するにあたり、2018年の時点で8000人の従業員にどう働いてもらうのかを考え始めたという。彼らのモチベーションを保ち、上げていくためには「これからはEVの時代がやってくる」ことを理解してもらわなければならない。
まずは選ばれた300名の従業員にEVを取り巻く環境やその特徴などについてレクチャーを開始。eゴルフの試乗や充電を体験してもらうなど、ゲーム感覚で楽しみながら理解してもらい、トレーナーの資格が得られる人材を育てあげた。そうした取り組みを地道にやり続けてきた結果、「EVを作るべき」という変化を受け入れる回答が増え、働く上でのモチベーションも高まっているそうだ。
新しい時代の到来に合わせて、デジタル化を進めることもテーマの1つで、VRを活用するトレーニングルームを作り上げた。実際の作業工程で高電圧を扱うトレーニングもその1つだが、直接触れる前にバーチャル上で訓練を行ない、どのタイミングで何をするのか手順を確認し、受講者の質問に答えながら教えられるメリットがあるという。
電動化や自動化、ネットワーク化が進み、クルマの世界は100年に一度の大改革だと言われている。クルマの電動化がカーボンニュートラルを実現するための手段の1つだとすれば、クルマそのものの性能だけでなく、それらを取り巻く環境や関わる人たちも変化に対応する必要があるのだと、ツヴィッカウ工場見学を通じて改めて実感した。