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トヨタ 佐藤恒治新社長インタビュー、2026年発売の新世代バッテリEVなどに搭載される新車載OS「アリーン」は3つのドメインを持つものに

トヨタ自動車株式会社 佐藤恒治社長

2026年にはクルマ屋が作る魅力的な新世代のバッテリEVを投入

 4月7日、佐藤恒治社長、中嶋裕樹副社長、宮崎洋一副社長の新経営陣によってトヨタ自動車の新体制方針説明会が開催された。この新体制方針説明会ではさまざまなことが語られたが、大きな注目を集めたのがバッテリEVについて。バッテリEVについては、2026年までに10モデルを投入し年間150万台の販売を目指すとしたほか、2026年にはクルマ屋が作る魅力的な新世代のバッテリEVを投入すると発表された。

 この2026年から投入されるバッテリEVについて佐藤社長は、レクサスブランドから投入する新世代のクルマになること、新しい車載OSである「Arene(アリーン)」になり、クルマの魅力を高めていくことなどが語られていた。アリーンの実用化は2025年と発表されており、クルマと街をつなぐものとも語られ、その全貌はまだ見えていない。

 今回、佐藤新社長に2026年に投入するバッテリEVの魅力的な点や、車載OSアリーンに詳細について、話をうかがった。

新世代バッテリEVの考え方

4月1日の社長就任前から精力的にメッセージを発信。写真はTOYOTA GAZOO Racing Rally Challenge in 八ヶ岳 茅野での一コマ

 2026年に投入するバッテリEVについて、新体制方針説明会では新しいということは分かったものの、どのように新しいとか、どの点がこれまでと異なるかというところについては、発売前の製品のため当然ながら多くは語られなかった。しかしながら、改めて佐藤社長に聞いてみると、新世代バッテリEVの考え方については、わずかながら語ってくれた。

 新世代EVの概要については、「どこかでコンセプトにあるものを形で示さないと空中戦が続く。『こういうことやりたいよね』と分かるものを示さないといけない。デザインなど、BEVはCd値が支配的だからこんな形になるよねなど」と、新世代バッテリEVの持つコンセプトをデザインで示したいという。

 バッテリEVでは、航続距離が注目を集めることが多い。走行抵抗を下げるために空気抵抗(空気抵抗係数[Cd]×前面投影面積[A])は大切な値。空気抵抗は速度の2乗で増加し、速度を得るために必要な馬力(エネルギー)は、力に速度を乗じたものなので、空気抵抗は速度の3乗で影響する。まずは、その空気抵抗を重視しているという。

 その上で、「新プラットフォームをやるとすごいBEVができるとすぐ言われるが、プラットフォームが指し示す範囲はどこかが大事。いわゆる昔のアンダーボディとシャシーの合体系のことだけを言っている人が多い。バッテリコンシャスの構造になったりはあるが、BEVの競争力を上げるのに、そこの影響力は格段に下がる。車台の影響は3分の1、残りの3分の1は電子プラットフォーム。電子プラットフォームのアーキテクチャが、どれだけ将来の拡張性に富んだ構造にできるかが2段目のレイヤー。3段目のレイヤーがソフトウェア。この3つが同時に揃わないとBEVは作れない」と語る。

 BEVに関しては、「今はすぐ航続距離や加速性能が言われるが、ガソリンエンジンで加速性能は?燃費は?何マイル何秒?だけではクルマの価値は測れない時代になってくる。BEVはどういうものかというと、今の3つが複合的にクルマのあり方を変えていなかったらダメだと思う。その3つを同時にやろうとしているのが、僕らが26年からやると言っているBEV。そこで生まれる価値はBEVとしての基本性能はあるが、いろいろなものがBEVを経由して動かせるようになる。僕らが目指すモビリティカンパニーで、移動にまつわるすべてに関わる企業になろうとしている。自動車に関わって人やものが動いている。これからエネルギーもモバイルされる時代。電気になったら出し入れできる。今の化石燃料は入れたら最後、エネルギー変換しないとどこにも行けない。入れて出すことを考えたときのBEVは、今のBEVではない」といい、社会の中に存在しやすいモビリティを語る。

 そのためにBEVについては、電子プラットフォームを抜本的に変更するという。「今はバッテリのキャパシティのみで語っているが、やらなきゃいけないのは、電流をどれだけ速く大量に入れ、どれだけ速く抜けるかという技術開発。エネルギーグリッドになって、BEVの付加価値が上がっていく。電子プラットフォームが構造を変えることで、いわゆるオープンプラットフォームにいろいろなものをつなげるようになる。アリーンとは何かと言われたら、OS。今の車両構造はエンジンがあるのは当たり前で、エンジンを原点にしているから電子プラットフォームはエンジンECUが結構な影響力を持っている。何もかもがエンジンECUにつながってしまう。ADASもみなつながってしまうが、エンジンECUは通信速度がめちゃくちゃ速く、ボディ系の窓を開けるなどのゆっくりした信号でいいものも、速い通信速度に引っ張られてしまう。オープンアーキテクチャで何かを持ってきたくても、ビルトインすると全部がつながって、根っこのADASに影響が出てしまったり、パワトレ制御に影響が出るなど、カプセル状態でいろいろなものを持ってこられない。だからサードパーティのソフトウェアバリューがあっても、クルマに取り込めない。ADASは人の命がかかっているから、絶対に優先しなければならない。リスクのある信号は絶対に遮断しないといけない。そういうロジックを組まないといけない。無限の開発が必要になる。今の電子プラットフォームではオープンプラットフォームになれない。アリーンというOSを作ってボティ系のゆっくり信号を流すのは別系統にしておき、ADAS、車両の走行系制御、マルチエンタテイメントの領域の3つのドメインが、自由にカプセル方式で書き換えられる環境を今作っている。それがアリーン。そうするとクルマの価値の拡張ができる。そうなると、今から握手しなければいけないのは自動車産業ではなくて、デリバリー産業かも知れない」(佐藤社長)と語り、2026年に登場する新世代のBEVは3つの異なるドメインコントローラに制御されていることを示唆する。

 これは近年のゾーンコントロールという概念とも一致する。これまでのクルマは、CAN、LINなどのバスに各種のデバイスを接続。通信的にそれほど速くなく、さらに膨大な配線が必要になっていた。ゾーンコントロールでは高速なGbE接続で各ドメインを結び、安全上致命的でないものや、それほどリアルタイム性を要求しないものについては、Wi-Fiで接続するというアイデアも出されている。たとえば遠く離れたところにあるワイパーなどは、TCP/IPでのパケットを飛ばすWi-Fi接続にすることで、長大な配線を省くことができるわけだ。

 トヨタはTNGAによってハードウェアプラットフォームのモジュール化を推し進めてきたが、来たるべきSDV(Software Defined Vehicle)時代におけるモジュール化(少なくともドメインで3分割)を進めていく構想のようだ。

 “もっといいクルマづくり”を掲げたTNGAは、トヨタに原価構造の低減と収益力をもたらした。そして何より大切なのは、高効率なエンジン、低重心設計、高密度な高剛性ボディなどで、トヨタ車の走りが明らかによくなり、燃費も抜群に改善された。TNGAがなんだか分からなくても、ヤリスハイブリッドで走れば燃費は30km/Lを超えるのは結構ふつうで、プリウスも20km/Lを簡単に超えられるようになった。RAV4などSUVへの対応も果たし、モジュールならではの練り込まれた設計による強靱なボディやバランスのよさを手に入れている。

 とくにTNGAの申し子であるヤリスと、それ以前のヴィッツを比べると、高速での直進安定性やコーナリング、ボディの安心感などは雲泥の差で、誰もがTNGAのよさを体感できる。WRCを連覇するほどのベース設計がなされているヤリスと比べるのは酷なのだが、“モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり”の原点となったクルマであることを実感できるのが無印ヤリスであるし、TNGAのエッセンスがギュッと詰まっているクルマでもある。

 TNGAでは、明らかなクルマのよさを体感できるようになっていたが、SDV時代の、次世代車のプラットフォームであるアリーンは、どのような点が自動車購入者に実感できるのだろう。

 その点を佐藤社長に確認してみたが、「ドメインコントロールして、OTAを一部分だけかけても相互影響が出ない構造にする」ことで、各ブロックをアップデートのしやすい状態にするという。そして「いろいろつながる」とし、何がつながるかまでは明らかにされなかったが、それは今後発表されていくのだろう。

 いずれにしろアリーンでは、3つのドメインコントロールという新しい考え方が導入され、トヨタの電子プラットフォームは大きく変更される。その変更がユーザーに分かりやすくクルマの魅力として伝わるものになるかどうか、「クルマ屋が作る魅力的な新世代のバッテリEV」とはどのようなものか、全貌が明らかになるのを楽しみに待ちたい。