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日産、栃木工場にバイオエタノールのSOFC発電システム試験導入 カーボンニュートラルに向け代替燃料とSOFC発電で栃木工場の電力使用量30%をまかなう計画

2024年3月6日 開催

日産自動車 栃木工場でトライアル運用がスタートした定置型SOFC実証ユニット

 日産自動車は3月6日、栃木県河内郡にある日産自動車 栃木工場でカーボンニュートラルに向けた取り組みの一環として、バイネックスと共同開発したバイオエタノールを用いる定置型のSOFC(固体酸化物形燃料電池)発電システムをトライアル運用すると発表。同日に現地で報道関係者向けの説明会を開催し、定置型SOFC実証ユニットを公開した。

 日産 栃木工場は1968年にアルミ・鉄の鋳造部品の生産で稼働をスタートさせ、半世紀以上にわたってさまざまな日産車を生み出してきた。現在は「アリア」「スカイライン」「GT-R」「フェアレディZ」を生産しているほか、海外向けの「インフィニティ Q50」も生産している。

 2021年からは革新的な生産技術を取り入れ、カーボンニュートラルを目指す「ニッサン インテリジェント ファクトリー」のコンセプトを導入しており、今回のSOFC発電システムはニッサン インテリジェント ファクトリーでの取り組みの1つとなる。

実証ユニットの右側にある、ガラスで素通しになった内側に設置されているのが中核となるSOFCシステム。左側には制御ユニットや燃料タンクなどが置かれている
SOFCシステムで発電された電力は、地中に埋設された配電線を使って工場施設などに送られる
BEV(バッテリ電気自動車)の充電にも利用できるよう、車両向けの普通充電器も用意しているが、実証では基本的に発電した電気は工場での車両生産に利用されるとのこと
日産 栃木工場の正門。右側にあるのは一般来場者向けのゲストホール

将来的にSOFC発電で日産 栃木工場の全使用量30%をまかなう

日産自動車株式会社 車両生産技術開発本部 環境&ファシリティエンジニアリング部 部長 黒田太郎氏

 説明会では、日産が進めているカーボンニュートラルの取り組みについて日産自動車 車両生産技術開発本部 環境&ファシリティエンジニアリング部 部長 黒田太郎氏が説明。

 現在、日産では工場で車両を生産するためのエネルギーとして電力会社から供給される電力に加え、全体の約3割ほどでガスや燃料を使っている。これを2030年をめどに、省エネの推進に加え、ガスや燃料を使う施設を電力に置き換え、さらに2050年には工場設備の全面電化を完了させ、CO2を排出しないクリーン電力を活用してカーボンニュートラルを達成する計画としている。

 クリーン電力となる「ゼロCO2電力」の発電ソースとしては、再生可能エネルギーでの発電、フリートからの購入などに加え、第3の選択肢として代替燃料を使ったSOFC発電が想定され、SOFC発電では全使用量の30%をまかなうことを予定している。この代替燃料となるのがバイネックスと共同開発するバイオエタノールで、ソルガム(別名:タカキビ)と呼ばれるイネ科の一年生植物を原料として使用している。

カーボンニュートラルに向けた工場の電化戦略

 本格導入となる2050年時点では、バイオエタノールは30万kL/年が必要となり、これを生み出すための作付面積として5万ヘクタールの農地を用意することになるため、日産ではバイオエタノール生成に向けたソルガムの栽培、エタノール製造までオーストラリアで一貫して実施することを計画。エタノール製造で発生するソルガムのバガス(絞りかす)はバイオマス発電機で使って発電し、この電力をエタノール製造に利用するほか、余った分はペレット化して日産の工場まで船便で運び、各地でバイオマス発電を行なって工場や日産のサプライヤーに供給するという。

 このほか、将来的にはバイオエタノールからメタネーションという技術で樹脂を合成し、自動車の部品として使うことでCO2を固定するような技術にも発展させていきたいと黒田氏は語っている。

バイオエタノールをSOFC発電に加え、将来的にはメタネーションで樹種化してクルマのパーツに利用することも検討しているという

「メタルサポートセル」での耐久性確保を研究中

日産自動車株式会社 常務執行役員 パワートレイン生産技術開発本部担当 村田和彦氏

 SOFCの技術解説は、日産自動車 常務執行役員 パワートレイン生産技術開発本部担当 村田和彦氏から行なわれた。

 FC技術を採用するFCV(燃料電池車)としては、これまで水素イオンが電解質を移動して発電するPEFC(固体高分子形燃料電池)が車載技術として登場しているが、酸素イオンが電解質を移動して発電するSOFCでは、水素そのものに加えてエタノールや天然ガスなどを改質することで燃料として利用可能。また、PEFCの作動温度が70~90℃であることに対し、SOFCは作動温度が600~800℃と高温なため触媒効果も高まって、発電効率もPEFCの60%からSOFCでは70%まで高めることが可能になることから、トライアル運用ではSOFCを採用することになった。

「SOFC」と「PEFC」の違い

 なお、日産ではバイオエタノールを燃料とするSOFC採用のFCVをリオデジャネイロ オリンピックの開催に合わせて2016年8月に世界初公開。小型商用BEV「e-NV200」ベースの車両「e-bio Fuel cell」に搭載して公道走行も行なっており、現在でも将来的な商品化に向けて研究開発を進めている。

 今回の定置型SOFC実証ユニットも基本的なシステム構成はe-bio Fuel cellと同様で、燃焼や改質技術に新たな技術を用いたことで定常運転時のNOx、HC、COの排出をほぼゼロと言えるレベルまで進化させているが、現状の技術的課題としては、触媒の作動域が高温になることで部材に対する負荷が高く、セルの耐久性確保が難しいことに加え、触媒温度を800℃近くまで高めることにも時間がかかってしまう。

 さらに発電する出力に対してユニットのサイズが大きく、広いスペースを確保する必要があるとのこと。将来的に日産 栃木工場の電力をまかなうためにはMW級の出力が求められるため、モジュールの小型化・高効率化を進めて省スペース化を進めていくことになるという。これらの課題はSOFCを採用するFCV開発にもそのままつながり、課題解決に向けて研究開発を続けている。

SOFC採用のFCV「e-bio Fuel cell」を2016年8月に世界初公開
今回の定置型SOFC実証ユニットでは定常運転時のNOx、HC、CO排出をほぼゼロまで低減した
SOFCの技術的課題

 技術的課題に向けた取り組みの一部も説明され、セルの耐久性を確保するため、電極を支えるサポート材を現状のセラミックからステンレスに変更する「メタルサポート化」の研究を、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)との共同研究で進めている。メタルサポート化でステンレスの金属支持層を設けることにより、これまでより急速な温度の上げ下げに柔軟に追従するようになり、温度変化によるクラックの発生も抑えられるようになる。現在は試作品となる「メタルサポートセル」のサイズを段階的に大きくしているとのこと。

 今後に向けたロードマップでは、初の試みとなった今回の定置型SOFC実証ユニットで3kWの出力で実証実験をスタート。2027年までにメタルサポートセルを利用可能にして、第2段階として5kWの発電を実施。2029年からは大規模化に取り組んで出力を20kWまで高め、そこから段階的に発電量を高めていく計画を立てている。

 カーボンニュートラルに向けたCO2の削減量は、現在の定置型SOFC実証ユニットは発電出力が3kWと低いことから削減効果は微々たるものだが、将来的には日産 栃木工場で目指す2050年のカーボンニュートラルでCO2排出削減の3分の1を担う技術になるという。

 最後に村田氏は「地球が沸騰しているような温暖化を防いでいくために、少しでも何ができるのかと考え、SOFC開発に携わっているメンバー1人ひとりが強く感じて取り組んでいます。そこに少しでもわれわれの技術が力になって貢献できれば素晴らしいことじゃないかと考え、この開発を進めている次第です」と語って解説を締めくくった。

課題解消のキーになる技術の1つが電極を支えるサポート材の「メタルサポート化」
今後に向けた開発のロードマップ

東京大学と作出した「スイートソルガム」(UTS02)が原料

バイネックス株式会社 代表取締役 青木宏道氏

 バイオエタノールの原料となるソルガムの詳細についてはバイネックス 代表取締役 青木宏道氏が解説。

 ソルガムの実はアフリカでは主食として食べられている穀物で、日本では実を含めて全体を家畜向けの配合飼料に利用している。バイオエタノールの醸造には食料となる実を収穫して残った茎を使い、将来的に問題視されている食糧問題に影響を与えることがないことを大きなメリットとしている。

 バイオ燃料のバリューチェーン構築を目指して2021年5月に設立されたバイネックスは、東京大学との共同研究で4万種以上あるソルガムの中からバイオエタノールの原料として適している「スイートソルガム」(UTS02)を作出。スイートソルガムは成長すると5~6mの高さになり、この茎を支えるため地中に深く根を張ることで、CO2の固定能力が高いことも特長となっている。

バイオエタノールの原料となるソルガムについて

多くの電力を使うアルミ鋳造の現場を見学

日産 栃木工場内にあるアルミ鋳造工場

 このほか説明会の後半には、自動車を製造する工場内で電力を多く消費するアルミ鋳造の工程を工場見学する時間が用意された。

 日産 栃木工場ではアルミで構成されるシリンダーヘッドを低圧鋳造で作っており、古くから用いられている「大型ガス溶解炉」、比較的新しい「小型ガス溶解炉」、最新の「小型電気溶解保持炉」の3種類が並行して使われており、将来的にはSOFCによって発電されたクリーンな電力で鋳造することでCO2排出を大幅に削減する計画となっている。

 熱を使ってパーツを作る鋳造工場は、日産 栃木工場全体で使用されるエネルギーの約50%を消費している部署。工場内の1階でV型6気筒エンジン、2階でE-POWERなどにも使われる直列3気筒エンジン用のシリンダーヘッドを鋳造している。

「大型ガス溶解炉」「小型ガス溶解炉」「小型電気溶解保持炉」の比較

 最初に見学した「大型ガス溶解炉」はV型6気筒エンジン用シリンダーヘッドを鋳造している1階で使用されており、多くのアルミインゴットを融点を超えた750℃以上で過熱。必要になるたびフォークリフトで鋳造機の鋳型まで運搬して給湯するという手順でシリンダーヘッドを鋳造している。効率がわるくCO2排出量が多いことに加え、アルミを煮続けることで煙や匂いが発生し、排煙対策で要所にダクトを設置する必要もあり、改良されることになっていった。

V型6気筒エンジン用シリンダーヘッドの鋳造に使われている大型ガス溶解炉
次の見学スポットに移動していると、ロボットアームがアルミインゴットを溶解炉に運ぶシーンも見ることができた
鋳造が終わった直列3気筒エンジン用のシリンダーヘッド

 2階に移動してまず見学したのは「小型ガス溶解炉」。こちらでは小容量のガス溶解炉が鋳造機と隣接。溶けたアルミをロボットアームに取り付けた保持炉に入れて運び、鋳型に給湯するシーンを見学できた。鋳造機では鋳型にアルミが流し込まれたあと、下から上に押し上げる形で型を合わせていく。

小型ガス溶解炉では保持炉を使ってロボットアームが溶けたアルミを運搬。保持炉はどのタイプでも電気で温度を保っている
ロボットアームが溶けたアルミを鋳型に流し込んでいく

「小型電気溶解保持炉」では、事前にアルミインゴットを電熱式のヒーターで180~200℃まで予熱。温められたアルミインゴットをロボットアームが掴んで電気溶解保持炉に投入していく。将来的にはSOFCで発電された電気を利用することでカーボンニュートラルになる予定。

ロボットアームの奥にあるのが電熱式のヒーター。ここで200℃まで予熱されたアルミインゴットが左側にある電気溶解保持炉に投入される

 このほか、アルミパーツの鋳造ではアルミを流し込む前に金型側も400~500℃に予熱する工程が必要となるが、従来はガスバーナーを使って上下の金型に予熱していたが、現在では電気ヒーターを備えた金型予熱ヒーターを利用するようになり、ここでも鋳造機1台あたりで41%のCO2削減を実現し、SOFCの電気を利用することでカーボンニュートラル化される。

電気ヒーターを使う金型予熱ヒーター
金型予熱ヒーターの紹介資料