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トヨタ、“交通事故ゼロ”を目指して開発する安全技術について御沓悟司氏が説明 過去・現在・未来のトヨタの取り組みを紹介
2025年3月20日 05:00
- 2025年3月19日 開催
トヨタ自動車は3月19日、クルマ開発センター フェロー 御沓悟司氏による安全技術に関する説明会を開催。これまでトヨタが車両安全に対してどのような思いで開発をしてきたのかを紹介した。
御沓氏は1990年にトヨタ自動車に入社して以来、衝突性能と安全機能の開発に携わっており、2024年9月にはクルマ開発センターのフェローに就任し、車両安全技術全般の責任者を務めるなど、長らく衝突安全に携わっている。
御沓氏いわく、「2025年は重要な年」とのことで、1995年にトヨタが衝突安全ボデー「GOA」を採用するとともに、車両姿勢安定制御システム「VSC」(横滑り抑制機能)を製品化してから30年目になる。さらに、10年前の2015年にはさまざまな予防安全機能をパッケージ化した「Toyota Safety Sense」を製品化するなど、さまざまな安全技術が誕生してから節目の年となっている。
“安全”を「ぶつかったとき」「ぶつからないようにする」の視点で研究
説明会ではまず日本の交通事故死者数の推移を踏まえつつ、1960年代~1980年代の交通環境の変遷について触れ、1990年代から現在に関しては、自動車保有台数が増加したにも関わらず交通事故死者数が減少していったと紹介。
また、創業時から受け継ぐトヨタのDNAとして、「現地現物で不具合に向き合い、改善に次ぐ改善で信頼性を向上してきた」とし、この現地現物という考えが現在の商品開発、安全性の追求に生かされていると説明した。
具体的には、トヨタの安全技術の考え方は、駐車場から通常走行、事故直前、事故時、事故直後といった全ての運転ステージを想定して安全を追求する「統合安全コンセプト」に基づいて、「ぶつかったときの安全」「ぶつからないようにする安全」を研究し、「安全は普及してこそ」との思いで開発を行なっているという。
ぶつかったときの安全は「乗員を守る」「歩行者を守る」の観点から、衝撃吸収ボデーや高強度キャビンで客室空間を確保しつつ、シートベルトや各種エアバッグなどにより乗員を保護。さらに、治療開始20分を越えると急激に死亡率が高まることから、事故発生時に車両から事故関連情報をセンターに送信し、消防やドクターヘリ基地病院と連携して医師を現場に派遣する救急自動通報システム「D-Call Net」を導入。治療開始時間を短縮する仕組みを構築し、救命率を向上させた。これらの安全技術などによって、1995年から2020年にかけてクルマの乗員の死者数は減少したという。
一方で、歩行中の死亡者数割合が増加していることに着目し、歩行者を保護できるクルマへとGOAを進化させたほか、事故による歩行者の傷害度合いをきちんと把握するためにバーチャル人体モデル「THUMS(サムス)」を開発。当初は骨のみのモデルだったものの、年代を重ねるごとに内臓や体格、子供といった精密なモデルを追加することで障害度合いをより精緻に評価できるようにし、2020年からは大学などの研究機関や車両メーカーに無償提供を行なっている。
御沓氏はぶつかったときの安全について「事故の際の乗員や歩行者を守る安全技術を開発し、実際の事故実態に向き合った技術開発をしてまいりました。今後も事故実態に学び、ぶつかったときの安全技術を進化させていきたいと考えております」とまとめた。
続けて、ぶつからないようにする安全については、ドライバーの運転行動に着目。認知・判断・操作のうち、1つでも誤ると事故に直結することから、ドライバーの運転行動を補う支援を重要と考え、技術開発を行なっているという。
1990年ごろには操作を支援する技術開発を推進し、凍った路面などの低μ路でのブレーキを支援する「ABS」、滑りやすい路面での「VSC」を開発。これらの技術は現在ではほぼ全ての車両に標準装備されているが、開発では世界中の滑りやすい路面を調査して、それらの路面をトヨタ社内のテストコースに再現。何度も評価と検証を繰り返してきたと紹介した。
2005年ごろからは操作・判断を支援する技術開発に取り組み、ミリ波レーダーで前方車両に衝突する時間を計算して、衝突可能性が高まるとドライバーに警告をしてブレーキ操作を促す「プリクラッシュセーフティ」を開発。この技術を開発するにあたって、ドライバーが警報を聞いてからどれくらいの時間で反応できるかを特定するため、ドライビングシミュレータで100名を超えるドライバーの警報に対する反応速度や制動時間を計測し、多様なドライバーの運転特性に基づいて警報のタイミングを決定したと説明した。
2015年に商品化した「Toyota Safety Sense」は、プリクラッシュセーフティに加え、夜間視界を確保する「オートマチックハイビーム」、車線逸脱事故の防止を支援する「レーンデパーチャーアラート」など、事故低減効果が見込める複数の予防安全システムをパッケージ化。開発時には200万kmにもおよぶ走行評価を世界中で行ない、誤認識や誤操作を徹底的に抑え込んだとのこと。
御沓氏はぶつからないようにする安全について「運転に重要な認知・判断・操作を支援する技術開発を推進してまいりました。開発においてはドライバーの運転行動、実際の事故状況をつぶさに観察し、製品化前にはテストコースはもちろん、世界中の道で走り込んで技術を開発してまいりました。今後も、現地現物で事故に向き合い、ぶつからないようにする安全技術を追求してまいりたいと思います」とまとめた。
最後に未来に向けた話として、「ぶつかったときの安全技術の進化と普及で、交通事故死者数は減少してきました。また、ぶつからないようにする安全技術により、交通事故件数そのものも減少してきました。ただ、ここ数年はこれらの減少速度がやや鈍化傾向にございます。さらなる交通事故低減には、新たなアプローチが必要と考えます」と述べ、さらなる交通事故死者低減に向けた安全の取り組みの方向性を説明。
交通事故の内訳を見ると、高速域だけでなく約3割の事故が低速域でも発生しており、さらに年齢別では65歳以上が6割、70歳以上も含めると半数になるとのことで、高齢者が多くなっているという。
これらを踏まえ、今後はこれまで安全技術の開発で中心としていた領域からさらに範囲を拡大し、低速域や高齢者を含む多様なドライバーに適した衝突安全性の開発が必要と考えているとした。
また、Toyota Safety Senseを搭載するクルマでは、搭載しないクルマに比べて死傷事故が約54%低減しており、追突事故や単独事故といった認識できているもののドライバーの不注意で発生するような事故は約8割減少しているという。
ただし、ほかの車両や自転車などの急な動きといった予期せぬ事故は、実際に現在の車両に搭載されているセンサーでは認識できていても、まだ防ぎきれていないとのこと。そのため、既存技術のレベルアップに加えてAIを活用してほかの交通利用者の行動を予測して対処する開発が必要と考えていると御沓氏は説明した。
さらに、出合い頭や飛び出し事故もまだ減らせる余地があるとして、直前まで車両のセンサーでは相手を認識しづらい事故形態に対しては、通信の活用などによるインフラ協調技術が必須になってくるのではないかという考えを示した。
なお、インフラ協調というと、道路にセンサーを付けるというイメージとなるが、今はほぼ全ての車両がコネクティッド化されており、携帯電話を通じてデータをやりとりできるようになっていることから、まずはセルラー網を使って情報を集め、それを意味のある安全情報に変換して再配信するようなことをやり尽くすべきではないかというアプローチを行なっているとのこと。
そのアプローチが広まっていった先の未来に、道路にインフラを整備するということがあるといい、道路のどのような場所にインフラを設置すると最も効果的なのかが明確になってきてから、集中して設備を整えていくような未来になるのではないかという予想を語った。
最後に御沓氏は「トヨタが目指す究極の世界は、事故のない交通事故ゼロ社会です。今後の取り組みは『現在あるクルマの安全技術の継承』『AI技術を駆使して自分のまわりにいる人やクルマの行動をデータドリブン開発で予測して事故リスクを下げる』『通信技術を活用して人、クルマ、道路をつないで三位一体で事故を減らす』という、大きく3つのステップがあると考えています。トヨタは今ある安全技術の継承と新たな技術開発による安全性能の進化の両輪で交通事故ゼロを目指してまいります」と今後についてまとめた。
安全はメーカーだけ、クルマだけでは作り出せない
説明会後、安全技術の開発に携わる立場から、ドライバーに対して運転時に気を付けることのアドバイスを求められた御沓氏。間髪入れずに「第一はシートベルトを着用してください。これは後席も含めてです」と強く返答し、「いまだに交通事故死者の中の何割かはシートベルトをしていらっしゃらなくて、お亡くなりになっている人って多いんですね。恐らく、シートベルトをしてくれていれば救えた命だというふうに思います。私が一番申し上げたいのはそこです」と語った。続けて「あとは交通ルールを守るということだと思います。飲酒なんかはもってのほかです!」と、クルマを運転する上では“当たり前のことを当たり前にやる”ということが重要だと話した。
また、安全技術の開発にあたっては「見ると聞くでは大違い」だと述べ「視覚で得られる情報は非常に多い。聞くというのは一部でしかないので、そういう意味で誰かの言ったことを鵜呑みにするのではなく、自分で確認しに行くことは大事かと思います」と説明した。
同席していたトヨタ自動車 デジタルソフト開発センター チーフプロジェクトリーダー 鯉渕健氏は「今の時代、クルマが走っていて急ハンドル、急ブレーキがあったということや、自動で走っているときにドライバーがオーバーライドした、といったようないろいろな条件でのデータを吸い上げてくるようになっています。それとともに、お客さまから『高速道路のここでハンドルがとられた』などのお話があったとき、僕らは実際にそこへ行って何度も走って、同じ現象が出るかどうか、再現できたとするとそれはなぜか、それを改良するというみたいなことをやっています。加えて、作動するべきポイントで作動していることが分かると、実際に足を運んでデータを調べることもやっています」と付け加えた。
さらに、安全に関する制御システムは働いてほしいときに正しく働くことはとても重要であるものの、働いてはいけないときに働かないというのも重要となるとのこと。御沓氏は「プリクラッシュブレーキの搭載が始まったときには、特定の場所でミリ波レーダーが反射して、衝突と勘違いしてウォーニングが出るというようなことがあった。そういうところも現場へ足を運んで、調べて、そうならないような対策をするということもしていました。あとは、エアバッグが事故の際に開かないとお客さまからお叱りの連絡が来ることもあって、それはわれわれが想定している動作なのかというところを見に行くこともあります。なんでもかんでも開かせればいいというものでもなくて、開くべきときに開かせたい。開かないけど故障じゃない、というようなことは現地現物で見て確認しています」と紹介した。