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駐機場の安全を支えるJALのマーシャラーに密着してみた
(2014/10/14 13:41)
飛行機に関わる仕事でまず思いつくのはパイロット、そしてCA(キャビンアテンダント)という人も多いのではないだろうか。また空港内ではチケットカウンターや保安所でも多くの人が運航を支えているのはご存知のとおり。その他大勢のスタッフが安全でスムーズな運航のため日夜奮闘しており、空港に着陸した飛行機から安全に乗客が降りられるよう奮闘しているグランドハンドリングスタッフの仕事もその1つ。その仕事内容はというと、パッセンジャーボーディングブリッジの装着から貨物室の荷物を下ろすなど多岐に渡るが、今回はJAL(日本航空)のマーシャラーの仕事を見学する機会を得たのでその模様を紹介したい。
そもそもマーシャラーとは?
旅客機であれ貨物機であれ、滑走路に着陸したらまず到着空港の駐機場に誘導される。そこで乗客は降り、荷物も下ろされるわけだが、飛行機をこの駐機場の決められた停止位置まで誘導するのがマーシャラーの役割。飛行場における駐機場の位置関係や機種ごとに異なる機体サイズを考慮しながら、決められた位置にピタッと停める“妙技”こそがマーシャラーの力となる。
まずはマーシャラーが実際に飛行機を誘導する技(マーシャリング)を見てみよう。撮影したのはボーイング777-200、63.7×60.9×18.5m(全長×全幅×全高)という大型機だ。
機体のサイズごとに前輪位置の指定があり、それは地面に記してある。今回撮影したボーイング777-200の前輪位置の指定場所には「772」と書かれ、そのほかボーイング767-300では「763」と表記されていた。また、同じボーイング747でもウイングレットの有無によって機体幅が違うため表記も異なるとのこと。
紹介が遅れたが、今回の取材に協力していただいたのはJALグランドサービスの山本侑矢氏。マーシャリング資格以外にも航空機のドア操作、AC POWER操作、翼端監視のほか、さまざまな資格を持ち、マーシャリングの教官資格も取得しているベテランマーシャラーだ。
山本氏によると、航空機に携わるグランドハンドリングスタッフは飛行場内を走る車両(TT車、HL車、BL車等)の運転からエアコン供給、チョーク(輪止め)着脱まで、それぞれの資格を取得して任務にあたるという。マーシャラーを含め1機あたり6~8名のスタッフで担当し、1人当たり7~9機/日を担当するそうだ。
マーシャリングの資格を得るためには、航空機の動向と周囲の状況を監視する能力が必要なため、「翼端監視業務」の資格を持っていることが条件となる。また座学や、正しい地上誘導信号を身につけるための素振り訓練とともに、実務訓練を経て試験に臨み合格した人が晴れてマーシャラーとして航空機を誘導できるようになる。空港や機内、そしてTVドラマ等でその働きを見たことのある方もいると思うが、たった1人であの大きな機体を誘導する様はなかなかカッコイイもので、実際その姿に憧れてこの職に就く人も少なくないという。
今回お話をうかがうことができた新人マーシャラーの稲村裕貴氏も、昔飛行機に乗っている時に窓から見たマーシャラーの姿を見てこの世界に飛び込んだ1人。「マーシャラーになりたくてグランドハンドリングスタッフになりましたので、数ある資格の中でも一番欲しかった資格です」「(羽田勤務だと)VDGS(Visual Docking Guidance System:駐機位置指示灯)が発達しているのでその機会は多くありませんが、やっぱり(自分の手で)振りたいです。そしていつか政府専用機を受け持ってみたいです」と今後の抱負を語ってくれた。
なお、現在東京国際空港(羽田空港)に勤務するグランドスタッフ1400名のうち、マーシャリングの資格保有者は国内線210名、国際線80名。ちなみに仕事内容は国際規格に則っているが、資格自体は社内資格となる。
VDGSについて
近年、羽田空港や成田国際空港など、日本の主要空港ではVDGSにより駐機場への誘導が機械化されはじめている。
このシステムは航空機の位置や速度を赤外線レーザーにより計測し、パイロットを電光掲示板を使って誘導するシステム。しかしながら、VDGSにより多忙なマーシャリング業務が大幅に軽減されることはなく、VDGS誘導中でもマーシャラーは常に航空機の動向を監視し、故障や誤作動、システムダウンに備えている。また、降雪に弱く大雨による影響も大きいので、設備の整った羽田空港においてもマーシャラーは必要不可欠な存在のようだ。なによりターミナルビルから離れた場所に駐機し、乗客がバスで航空機に向かう便に対してVDGSは利用できない。VDGSを導入した現在も、そして今後も航空機の安全と定時運航にはマーシャラーの育成が不可欠なものとなっている。テクノロジーの最先端をいく航空業界だが、最後の要は訓練されたプロフェッショナルの力なのだ。
信頼関係が支える安全と定時運航
今度は操縦席側から見たマーシャラーの仕事を、かつてボーイング747の航空機関士であった日本航空 総務本部の中山義和氏に伺ってみた。中山氏は「機長クラスのパイロットはマーシャラーの指示がいかに正確かを長年の経験で知っています。だから絶対の信頼を置いていますが、経験の浅い副操縦士は時としてマーシャラーの指示に対し若干の不安を覚え指示と多少ずれることもあります。結局、機体を正確に所定の位置に停めるのに必要なのは信頼関係なのです」と語る。マーシャラーの山本氏も「やはり信頼関係ですね」と同意見だ。
また、グランドハンドリングスタッフの仕事の1つである手荷物の取り下ろしに関しても、取り扱い注意のタグを確認するとほかのスタッフと声を掛け合いながら情報を共有し、細心の注意を払うという。特に「ビン」などと書いてあるタグがあるとベテランの山本氏でも緊張すると語ってくれた。
今回の取材で、我々の空の旅を支えるもっとも大きな柱は、さまざまな最新のテクノロジーをも支える人と人との信頼関係だったことが分かったのは大きな収穫だった。出発する機内の窓から外を覗いたとき、滑走路から手を振って見送ってくれるスタッフ、到着時に手を振って迎えてくれるスタッフを見かけたことのある人も多いと思う。あの人達こそがグランドハンドリングスタッフなのだ。
これからも続くであろう過密ダイヤの羽田空港で定時運航を支えるスタッフは、信頼を支柱に日夜奮闘している。そんなことを頭の片隅に置いて飛行機に乗ると、今までと少し違った気分で旅を楽しめるかもしれない。また、そうした姿を機内や空港の展望ロビーで目にした子供達の中から、次世代のマーシャラーが生まれてくるのかもしれない。