試乗インプレッション

アウディの新型フラグシップセダン「A8」が持つ実力を体感

レーザースキャナーを世界初搭載した恩恵はACCにあり!

 メルセデス・ベンツ「Sクラス」、BMW「7シリーズ」と並ぶ、ドイツが誇るフラグシップセダンがアウディ「A8」。1994年にデビューした初代からだと4代目。前出ライバルに対抗をするべく、アウディ初となるV型8気筒エンジンを搭載した前任のモデル「V8」からカウントをすれば5代目となるのが、日本では10月15日に発売された最新世代のA8だ。

 標準仕様で5170mm、“ロング”では5300mmという全長と、1945mmという全幅はもちろん、Sクラスや7シリーズの存在も意識をしたに違いない国際的なフラグシップセダンのスタンダードとも言えるサイズ。

 一方で標準仕様の場合、オプションで用意される4WSシステム「ダイナミックオールホイールステアリング」を選択することで、5.3mというライバルを大きくしのぐコンパクトカー並みの最小回転半径を手にすることが可能なのは、特に日本の環境を考慮した場合に「このモデルならでは」と言える大きなアドバンテージだ。

新型「A8」のボディサイズは5170×1945×1470mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは3000mm。最小回転半径は5.8mで、オプションの4WSシステム「ダイナミックオールホイールステリアング」を選択すると0.5m減の5.3mとなる。なお、ロングホイールベースモデルの「A8 L」は全長とホイールベースが130mm増となり、最小回転半径は6.0m。こちらには、今のところ4WSシステムは設定されていない

 アルミニウムを筆頭にマグネシウムやCFRPなどの軽量素材をふんだんに用いたボディ構造“ASF”や、アウディが“クワトロ”とうたう4WDシステムの標準採用などと並んで、ハードウェア面の大きな特徴の1つと数えられるのは、今回も日本での発売がアナウンスされていないディーゼル・モデルも含めて、全モデルにマイルドハイブリッドシステムが採用されたこと。

 48Vのリチウムイオン電池と、ベルト駆動式のスタータージェネレーターを軸としたこのシステムによって、「欧州式計測法で、100km走行あたり0.7リッターの省燃費効果」がうたわれている。罰則付きの燃費規制がいよいよ厳しさを増す欧州市場では、特に絶対的に燃費のわるい大型で大重量のモデルから“なりふり構わぬ燃費向上策の導入”が始まっているのである。

 中間部分が大胆に広げられた“シングルフレームグリル”や、左右のリアコンビネーションランプを結ぶ赤い発光ラインなどによって、従来型以上にワイド感が強調されるのが1つの特徴である新型。「60 TFSI quattro」と「55 TFSI quattro」という今回チェックを行なった2台は、いずれも「HDマトリクスLEDヘッドライト アウディレーザーライトパッケージ」という長い名称の、46万円で用意されるオプションを選択していた。

 このアイテムは、チップの点滅を個別に制御することで常時ハイビームの照射を可能とした横2列配置のLEDを採用したヘッドライトや、高速時にLEDハイビームを補完するレーザーライト、有機ELテクノロジーの使用で奥行きある発光パターンを実現させるリアのコンビネーションランプから構成されるもの。夜間の発光時のみならず非点灯時でも独特の表情を作り出すので、標準仕様とは一線を画したドレスアップ効果が期待できるのもポイントだ。

 55 TFSI quattroの場合、標準のシューズは19インチ。ただし、試乗車は265/40 R20タイヤを装着する60 TFSI quattroと同様サイズの20インチ・アイテムをオプション装着。結果として今回の2モデルは、外観上はほとんど同様のゴージャスさと強い押し出し感をアピールすることとなっていた。

 全長におよぶ水平基調のベルトラインが印象的な威風堂々としたボディに、前述の凝ったライティング・システムを筆頭とした先進性をアピールするエレメントが加えられ、いかにも「アウディならではのフラグシップセダン」らしさが演じられているのが、新しいA8のアピアランスだ。

力強さを表現する新しいシングルフレームデザインを採用。内側には新搭載となるレーザースキャナーや各種レーダー、サラウンドビュー用のフロントカメラなどが収められる
撮影車の「60 TFSI quattro」は20インチホイールに265/40 R20サイズのタイヤを組み合わせる
オプションの「HDマトリクスLEDヘッドライト アウディレーザーライトパッケージ」(46万円高)では、約70km/hからLEDハイビームで前方を照らす「アウディレーザーライト」と、車幅いっぱいに広がる「OLEDリアライト」が装着される
シルバーの加飾などが入るスポーツエクステリアとなるオプションの「スポーツパッケージ」(68万円)を装着

 一方、インテリアではそうしたエクステリア・デザイン以上の新奇性が演じられているのも、新型A8ならではの特徴点。そうした印象が感じられる背景には、メータークラスター内からメカニカルな指針が姿を消した「バーチャルコクピット」や、ハードスイッチ数が大幅に削減されたマルチメディア・システムなどの新採用が大きく影響していることは間違いない。

 もっとも、見栄え上では確かに“新しさ”を強調するこうしたアイテムが、操作性という点では果たして従来のハードスイッチ式をしのぐのか? となると、「必ずしもそうは思えない」というのもまた事実だった。

 フラグシップモデルらしく、タッチ式の操作パネルには音と振動でコマンド入力を指先に伝えるという、最新のハプティック技術を採用。それでもやはり、操作のためにはフラットパネル上のアイコンを注視することが不可欠となり、それゆえブラインド操作が行ない難いという点では、従来のハードスイッチ式に勝るとは言えないのだ。

 ライバル車も含めた同種のアイテム内では抜群の操作性を誇っていた、センターコンソール上のジョイスティック風のダイヤルとその周囲4つのボタンから構成される従来型の“MMI”が消滅してしまったのは、何とも残念な限り。昨今流行のタッチパネル方式だが、実はその背景には「技術プラットフォームを多くのモデルで共有することで、車種ごとにハードスイッチ方式を開発するよりもコストダウンが図れる」という事情も隠されているはず。

“直感的な操作が可能”“スマホライクに扱える”などと美辞麗句が並べられても、この種のタッチ操作式システムが少なくとも自動車用としては必ずしも扱いやすいとは思えない……というのは、昨今たびたび実感をさせられる問題点でもある。

A8のインテリア
運転席まわり
シフトノブまわり
ACCのスイッチはレバータイプ
メーターパネル内に12.3インチカラー液晶フルデジタルディスプレイを採用し、スピードメーター、タコメーター、アシスタンスの稼働状況などをフレキシブルに表示する「アウディ バーチャルコックピット」を装着
「MMIタッチレスポンス付きMMIナビゲーション」は、インフォテインメント用の高解像度10.1インチアッパースクリーンと、空調操作や手書き文字入力用の8.6インチ高解像度ローワースクリーンの2つのタッチディスプレイで構成
スポーツパッケージを装着すると、シートはコンフォートスポーツシートとなる
トランク容量はVDA方式で505L
車内に23個のスピーカーを備えるオプションの「Bang&Olufsen 3Dアドバンストサウンドシステム」(81万円)を装着
後席には電動サンブラインドを標準装備するほか、後席中央の背もたれはエアコンの操作パネルを内蔵するアームレストになる

 日本の新型A8が搭載するエンジンはガソリン仕様のみで、60 TFSI quattro用が2基のツインスクロール・ターボを加えた4.0リッターのV8ユニットで、55 TFSI quattro用がターボ付きの3.0リッターV6ユニット。組み合わされるトランスミッションはいずれも8速ATで、エアサスペンション付きの4WDシャシーは共に標準装備。さらに、今回の両モデルとも前述のように、アウディでは“ダイナミックオールホイールステアリング”をうたう4WSシステムもオプション装着していた。

60 TFSI quattroは最高出力338kW(460PS)/5500rpm、最大トルク660Nm(67.3kgfm)/1800-4500rpmを発生するV型8気筒DOHC 4.0リッター直噴ツインターボ「CXY」型エンジンを搭載
55 TFSI quattroは最高出力250kW(340PS)/5000-6400rpm、最大トルク500Nm(51.0kgfm)/1370-4500rpmを発生するV型6気筒DOHC 3.0リッターターボ「CZS」型エンジンを搭載

パワフルなエンジンとしっかりした乗り味でアウディの“フラグシップ”を魅せる

 かくも高機能を満載のモデルでまずは駐車場内をスタートして早々に実感させられたのは、大柄なサイズから予想されるよりも遥かに優れた小回り性能だった。何しろ、最小回転半径が5.3mというのは、アウディ車でいえばA4の5.4mをもしのぐ値。実際に駐車時はもちろん、狭い路地での右左折やタイトなワインディング・ロードなどでも、小回り性の高さに加えて“内輪差”の小ささでもたびたびその恩恵を受けることとなった。

 いずれのモデルでも絶対的な動力性能が十二分であるのは言わずもがな。スペック上はV8エンジンを積む60 TFSI quattroの方が緻密なフィーリングを享受できる理屈だが、低回転域での緩加速がメインとなる日本の環境では、55 TFSI quattroとの間に大差が実感できる場面はほとんどなかった、というのも現実だ。

 いずれも、発進時の加速フレーズが終わったり、クルージング中にわずかでもアクセルを緩めた場面では、タコメーター指針がたびたび“ゼロ”を示すことにマイルドハイブリッドシステムの働きを認めることができた。その動作時にノイズやショックが皆無であるため、違和感も「まったくのゼロ」であることも間違いナシだ。

 ただし、スタータージェネレーターの出力が最大でも12kW(16.3PS)にしか過ぎないので、“モーター駆動”を体感するのは困難。バッテリーを48V化しながら、エアコンを代表とする補器類がそれに対応せず従来仕様に留まっているのも、まだシステムの発展が過渡期にあることを物語る一面だ。

 新型A8の本国発表時には「レベル3の自動運転に世界初対応」と大々的にうたわれたものの、実際には日本はもとより世界のどの市場でもまだそれを使用できる法整備が整わず、「ハードウェア面でも現在の仕様ではレベル3は実現できず」と表現が変わっているのは、さまざまなメディアで報じられている通り。

 一方、垂直方向の視野角を従来の3.2度から10度へと3倍以上に広げるなど、従来品に対して機能を大幅にアップしたフランス ヴァレオ製のレーザースキャナーを世界で初搭載するこのモデルの、少なくともACC(アダプティブ・クルーズコントロール)機能が極めて優れていることは、60 TFSI quattroでの高速道路と郊外一般道を交えてのおよそ200kmにおよぶテストドライブで、しっかりと確認することができた。

 かくも好印象を抱くことができた最大のポイントは、通常のACCでは“ロスト”という場面になっても、簡単には前走車を見失わずに認識し続ける左右方向への検知角の広さ。まずは優れたACCを成立させる大前提であるそんな検知性能の優秀さをベースに、ドライバーへの違和感を極力抑えたスムーズな加減速を実現させることで、新型A8のACCはかつてない“ストレスフリー”な使い勝手を味わわせてくれたのだ。

 エアサスペンションを採用しながらも、フワフワとした甘いダンピング感覚とは無縁のしっかりと脚が地についたフットワークを提供してくれたのも、新型A8の走りの美点。そうした中で、むしろ勝るとも劣らない静粛性の高さや、80kgほど軽い前軸荷重の好影響か軽快感や正確性により富んだハンドリング感覚で、さらなる走りの好印象が得られたのは、55 TFSI quattroの方だったことも加えておきたい。

走りは55 TFSI quattroの方が好印象
55 TFSI quattroは通常だと19インチホイールとなるが、試乗車はオプションの20インチホイールを装着。タイヤサイズは265/40 R20

 ドイツ発のフラグシップセダンは、Sクラスか7シリーズの2択で決まり! と、そんなこれまでの常識はこの先変わっていくことが不可避の状況――まさにそうした思いを実感させられる、新型A8でのテストドライブだった。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

http://blog.livedoor.jp/karmin2/

Photo:中野英幸