試乗レポート

アストンマーティン初のSUV「DBX」 ラグジュアリー&スポーティで“らしさ”満載

 ピュアなスポーツカーメーカー、アストンマーティンが世に送るSUVとは、何だろう。最初に噂を聞いた時はおよそ想像もつかなかった。

 アストンマーティンは今さら言うまでもないが英国の伝統あるスポーツカーメーカー。もうだいぶ前の話だが、「V8ヴァンテージ」と過ごしたことがある。英国の伝統とピュアなスポーツカー精神と伝統に触れることができ、貴重な時間だった。V8ヴァンテージは手作りの時代から現在のアストンマーティンにつながる端境期にあった。

 ちょっとだけ話をさせてもらうと、エンジンは重いV8を積んでいたが、ドライサンプとしてエンジンの重心高を低くとり、しかも後退させることで前後重量配分は48:52でフロントの方が軽かった。手作り感満載で、1つひとつのパーツに職人気質が込められたスポーツカーだった。現在のアストンマーティンはグンと近代的になって技術も品質も向上して隔世の感がある。

 SUVとなるとマニアックなスポーツカーファンよりも広い層が購入対象となる。品質やリライアビリティにはスポーツカーとは別のアプローチが必要になると思う。

 そもそもDBXはアストンマーティン106年の歴史の中で、前CEOアンディ・パーマー氏の時代に提唱されたセカンド・センチュリー構想において、7年間で7つのモデルを投入するというプランの核ともいえるものだ。ラグジュアリーブランドがこぞってSUVを発表するほどSUVは需要が高まっており、各社ユニークで個性的なSUVを発表している。ラインアップに持っていないのはフェラーリぐらいだろうか。

 さて最初の疑問、どんなSUVに仕上がっているんだろう?

 DBXそのものは2019年に発表されており、日本でも2020年の東京オートサロンでお目見えした。ただ、ショー会場にあるのと実際に街で見るモデルでは、光の加減もサイズ感も異なり現実感が随分と違う。

 試乗した日はあいにくの雨だったが、濃いメタリックグレイのカラーは陰影がハッキリ出てDBXの美しさを際立たせる。遠目では山のような塊感があったが、近づくにつれて、そのサイズを巧妙に活かしてデザインされていることに圧倒されてしまう。

 全長は5mをゆうに超えて5039mm、全高は1680mm、そして全幅は1998mmと、数字を見ると改めてその大きさに驚くが、増長な感じはどこにも見せず、スポーツカーの凛とした緊張感とSUVのゆとりを調和させている。そしてどこから見てもアストンマーティンだ。フロントの象徴ともなっている凸型グリルのアストンマーティンで「DB11」に近く、リアエンドの造詣は「ヴァンテージ」風だ。

 SUVと言っても荷物を積むのは優先されないので、ルーフは風の流れに逆らわない穏やかな形状をしており、スーっとリアエンドに収束する。

アストンマーティン初のSUVかつ5人乗りモデルとなる「DBX」。価格は2299万5000円。ボディサイズは5039×1998×1680mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは3060mm。撮影車のボディカラーはゼノングレイ
特徴的なアストンマーティン・グリルを持つフロントまわり。ターンインジケーターにもなるデイタイム・ランニングライトが、空力ダクトを取り囲むように配置されている
ピレリ製オールシーズンタイヤの「SCORPION ZERO ALL SEASON」を装着。サイズはフロント285/40R22、リア325/35R22の前後異径

 ドアに隠れたオープナーを起こして室内に乗り込む。背の高いクルマにしては乗りやすい。アクセスモードで車高が低くなっていたこともあるが、フロアが意外と低いのだ。すんなり大きなシートに落ち着く。幅約2mのクルマなのに、それほど大きく感じないのは意外だった。シートを一番下に下げてもヒップポイントが高く、滑らかな曲面で構成されるDBXのボンネットにもかかわらず直前視界が思いのほかよい。それでいて、クルマとの一体感を感じさせるのはスポーツカーメーカーの身に沁みついたデザイン力だろうか。

 物理的に狭い路は別にして、サイズにオドオドすることはなさそうだ。しかもインテリアデザインはさすがにアストンマーティン。贅沢に丁寧に作り込まれた心意気を随所に感じる。本革の使い方、ステッチの入れ方、絶妙な色調などなど、見とれていればキリがない。

DBXのインパネ
アストンマーティンらしくボタン式のシフトを採用し、中央にはエンジンのプッシュスタートスイッチを配置。また、インパネ上部にはボディリアエンドにも見られる“つまんだようなデザイン”が用いられていて、細かいところまで作り込まれている贅沢を感じられる
12.3インチのTFTスクリーンの下にはエアコンの操作スイッチを配置。走行モードなどのスイッチはセンターコンソールに集約
内装はウッド素材をふんだんに使用。センターコンソールは2段になっていて、スマートフォンがすっぽり収まる
メーター内の表示

 低いルーフでリアシートの居住性が気になったが、たっぷりしたシートにユッタリ構えてもヘッドクリアランスは斜め後方も含めてかなりの余裕があり、レッグルームも十分なゆとりがある。ロングホイールベースと低いフロアによって余裕のキャビンだ。ついでにラゲージルームも結構広く、632Lと外観から想像するよりもずっと実用的だ。

フロント/リアともにDBXのロゴが入るシート。大型のガラスルーフも装備する
リアシートは40:20:40分割可倒式。ラゲッジルーム容量は632Lを確保
ラゲッジルーム左側には車高を変えられるスイッチを配置
ラゲッジルーム右側にはリアシートバックのロックを外すスイッチを設定
ラゲッジボード下に収まるスペアタイヤはオプション

 ダッシュボードセンター上にあるスターターボタンを押してエンジンをかける。9速トルコンATのセレクターはプッシュボタンとなっており、スターターボタンを挟んで左からD、N、R、Pとなっている。

 エンジンはヴァンテージ譲りの4.0リッターV8ツインターボ。出力は550PS/700Nmを出す。ご存知の通りAMG製でアストンマーティン流に合わせてチューニングされており、エンジンカバーには最終検査責任者の名前が誇らしげに記されている。車両重量は2245kgとこのクラスの中では軽い。

最高出力405kW(550PS)/6500rpm、最大トルク700Nm(71.4kgfm)/2200-5000rpmを発生するV型8気筒DOHC 4.0リッターツインターボエンジンを搭載し、トランスミッションには9速ATを組み合わせ、4輪を駆動。0-100km/h加速は4.5秒、最高速は291km/hに達する

 アストンマーティンは初の5人乗りSUVのDBXに専用プラットフォームを開発したが、得意のアルミの押し出し部材をフレームに使っているのは他のアストンマーティンと同じだ。普通のクルマでは素材を見るチャンスはあまりないが、ボンネットを開けると太いアルミのタワーバーや、ブラケット類などに加えて、一部のフレームも見ることができ、それだけでも楽しい。

アストンマーティン流・スポーティなSUV

 Dボタンに入れて、そろそろと動き出す。アクセルはナチュラルな反応だ。それもそのはず、わずかに2200rpmで最大トルクの700Nmを出しており、その強力なトルクは5000rpmまで維持する。大きなトルクだがアクセルの微妙なコントロールにも自在に反応して使いやすく、またSUVにふさわしい。

 DBXは6つのドライブモードを持っている。エアサスペンションによって車高調整が自在にでき、アクセル開度、ステリングフィール、エアサスの硬さ、4WDのトルク配分などを変えられるが、基本的にはオフロード用の「Terrain」「Terrain+」の2種類、オンロード用「Sport」「Sport+」の2種類、オールマイティな「GT」、個人でモードを組み合わせる「Individual」がある。車高の上限は標準から+45mm、下限は標準から-50mmまで下がり、モードによって切り替わる。オフロードでの水深500mmの渡河からサーキットまでカバーするのは、SUV後発のアストンマーティンらしい。最低地上高は190mmで、最も上げた時は235mmを確保している。

走行モードを切り替えるとメーター内の表示も変わる
ナビゲーション画面にも専用の表示を用意
最低地上高は190mmから最大で235mmまで上げられる

 通常は使い勝手の良いGTモードがお勧めで、乗り心地も想像以上に滑らか。事前ではスポーツカー、アストンマーティンを基準にしていたが、さすがラグジュアリーメーカー。5人乗りSUVにはそれにふさわしい設定を用意していた。適度にコシがあって、上下の細かい振動がよく吸収されている。タイヤはピレリのオールシーズン、SCOPION ZERO。フロントは6ピストンキャリパー/ブレーキを内包した285/40R22、リアは大型キャリパー内包の325/35R22という大きなタイヤだが、ゴツゴツしたところがなく、路面からのあたりは柔らかい。また3060mmというミニバン並みのホイールベースは、中速程度の路面凹凸でもピッチングを感じない上下動で快適な乗り心地だ。

 ハンドリングは、と言えるほど乗り込んでいないが、首都高速道路ぐらいではロールはほとんど感じずに安定した姿勢でクリアするし、ステアリングフィールも穏やかだ。ロック・ツウ・ロック2回転半はクイックなはずだが、直進時はセンターフィールが鈍く、スポーツカーのそれとは違う。キックバックもほとんどなく大きなSUVに相応しいしっとりとした感触だ。これぐらいの操舵感だと余分な力が入らずにちょうどいい。

 SPORTモードにすると車高も下がり低いギヤをキープして、さらにエキゾーストノートもボロボロという音に変わる。街中ではちょっと気が引けるが、アクセルレスポンスはシャープで小気味よい反応が得られる。今回は残念ながら味わえなかったが、広いワインディングロードなどを走ると爽快な気分にさせてくれるだろう。

 それほど各モードではメリハリが効いている。さらにSPORT+もあるが、これはESCなどを解除してトルク配分もレーシングモードとするので、700Nmのトルクをフルに引き出すのはきっとサーキットしかないだろう。アストンマーティンの高いシャシー技術を堪能したい。一度サーキットなどで試してみたいものだ。

 シャシーは電子制御のアクティブセンターデフで、トルク配分は47:53をベースに最大0:100でリアにトルクを掛けることもある。リアには電子制御LSDを使いトラクションと安定性を稼ぎ、さらに左右輪で独立してブレーキをかけて旋回しやすくするトルクベクタリングも備えて、コーナリングアプロ―チから旋回中に至るまで制御が入りドライバーをサポートする。

 街中でこれらのシステムが入ることはないが、滑りやすい路面などで強い味方になってくれるに違いない。

 さて、雨ではリアウィンドウの視界を妨げる邪魔な水滴がきれいに流れるのを経験できた。ルーフを流れる空気がルーフスポイラーとリアウィンドウの間に作られるスリットを抜けて、リアウィンドウに付く水滴を流してくれるのだ。ベタ雪は難しそうだが雨では効果的だ。

 最新のクルマは空力と切っても切り離せないが、DBXも美しいだけでなく、フロントから入るエアをホイールアーチに流し、さらにホイールアーチ後端からフロントフェンダーに空けられたスリットへと排出することで、まとわりつく空気の流れを整流する。フラットなアンダーフロアなども、空力をきめ細かく制御している一例だ。

 GTモードで首都高の渋滞のストップ&ゴーを繰り返すと、ブレーキの反応や変速モードがギクシャクすることがあったが、導入初期にありがちな症状で修正されるものだと思う。

 DBXは全方位カメラなど、これまでアストンマーティンのスポーツカーには装備されなかった多くの安全デバイスを搭載した最初のモデルだ。ユーザー層の間口が広いSUVだけに、マニアックなスポーツカーでは要求度が低かったアイテムも周到に装備されている。

 しかも、ラグジュアリースポーツカーを作り続けてきたからこそできるオーナーの心をくすぐる術を心得ている。

 ベース価格2295万5000円。これに当然のごとく多くのオプションが用意されるのでかなりの高価格車になるが、すでに130台以上の予約が入っているという。アストンマーティンオーナーが増車として、あるいは他銘柄のSUVの代替として考えられているという。アストンマーティンの年間販売台数は5000台で規模を拡大しないとしてきたが、ウェールズのセント・アサンの専用ラインで生産されるDBXは従来のスポーツカー群に上乗せされることになる。

 DBX、一度実車を見たらきっと記憶に残るSUVになるに違いない。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:安田 剛