試乗記

フォルクスワーゲンのEV「ID.4」、東京~仙台のロングドライブで新旧モデルを比較

フォルクスワーゲンの最新EV「ID.4」で東京~仙台のロングドライブを体験

最大航続可能距離が618kmに伸びた2023年生産モデル

 2022年11月から日本に導入されたフォルクスワーゲンのEV(電気自動車)「iD.4」が、早くもアップデートされた。77kWhのバッテリを搭載する従来の「Pro Launch Edition」では最大航続可能距離を561km(WLTC)としていたが、2023年8月より日本に入ってきた2023年生産モデルでは、それを618kmまで伸ばしたところが特徴だ。

 これはバッテリ容量を引き上げたわけではなく、プログラムの変更のみで行なえた結果とのこと。実は表記上77kWhとしているが、バッテリサイズ自体は82kWhの容量があり、そもそもギリギリまで使わず、バッテリの充電状態や温度を的確にマネージメントすることで寿命をのばしていこうという考えがあった。今まではそのマージンを取りすぎていたということなのだろう。とはいえ寿命が短くなったわけではなく、8年16万kmまでに70%の残量を確保することを保証していることは変わらずだ。

 果たしてその57kmの航続可能距離アップはどんなメリットをもたらすのか? そしてiD.4で暮らすとどんな感覚なのかを探るため、東京から仙台までロングドライブに出かけることになった。往路は従来モデルの「Pro Launch Edition」、復路は2023年生産モデルとなる「Pro」。

今回試乗したのはフォルクスワーゲンの最新EV「ID.4」。従来モデルの「Pro Launch Edition」と2023年生産モデルとなる「Pro」(写真。648万8000円)に乗ってその違いを体感した。ボディサイズは4585×1850×1640mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2770mm、車両重量は2140kg。ボディカラーは2023年生産モデルから新色としてレッドと写真のブラックを追加している
エクステリアではID.ファミリーに共通するクリーンで流れるような力強いスタイルをSUVにあてはめ、緩やかでやわらかな変化とシャープでクリーンなエッジが交互に現れる、風によって形作られたようなデザインを採用。大型ルーフスポイラー、立体的な造形のテールランプクラスター、ほぼフラットなアンダーボディのリアエンドに設置したディフューザーといったアイテムなどで、Cd値0.28というSUVとして優れた空気抵抗値を達成
Proは20インチアルミホイールにハンコック「Ventus S1 evo3」(フロント235/50R20、リア255/45R20)を組み合わせる。なお、最高出力は150kW(204PS)/4621-8000rpm、最大トルクは310Nm(31.6kgfm)/0-4621rpmを発生し、最大航続距離は618km(WLTCモード)を実現。もう1グレードの「Lite」(514万2000円)も航続距離が388kmから435kmに伸長している
インテリアでは従来のシフトノブに代わるドライブモードセレクターと統合された5.3インチのメーターディスプレイ、大型のセンターディスプレイを採用し、近未来的なインパネデザインを演出

スッキリとしたハンドリングとフラットな乗り味が爽快

「Pro Launch Edition」を借り出してメーターを見ると、100%の充電がされていること、そして航続可能距離が455kmとの表示がある。WLTCの数値が561kmのクルマであったとしても、それまでの走り方から航続可能距離をはじき出すと455kmとなるのだろう。仙台までの行程は寄り道せずに走っておよそ360km。エアコンも使うし、撮影のために寄り道もする。となれば、かなりギリギリの戦いとなりそうだ。だが、あえて無充電でたどり着くことを目標とし、ルートはアップダウンが少ない海側の常磐道ルートを選択。少しでも現実的に走ろうとエアコンは25℃設定とした。

 都内の地下駐車場から出発すると、そこでまず扱いやすいことに気づく。ボディを見るとやや大きめに感じるが、サイズ的にはコンパクトSUVの「ティグアン」に近いサイズなのだ。ちなみにティグアンは4520×1840×1675mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2675mm。iD.4は4585×1850×1640mm(同)、ホイールベース2770mm。とはいえiD.4がちょっと大きいのだが、オーバーハングが短く、さらにタイヤの切れ角も大きいために窮屈なはずの地下駐車場が苦にならなかった。EV専用のモジュラーエレクトリックドライブマトリクス(MEB)やコンパクトなモーターゆえの扱いやすさなのだろう。

 一般道や高速道路を走ればスッキリとしたハンドリングとフラットな乗り味が爽快だ。リア駆動としたことでクセのないハンドリングを実現。ロングホイールベースやバッテリを床面に敷き詰めたことによる低重心も効いているのだろう。安定性の高さとリニアな動きは、EVであったとしても走りを存分に楽しめてしまう。最高出力150kW(204PS)、最大トルク310Nmで2.1tオーバーの車体を動かすため、正直に言えば力強さはそれほどないが、必要十分な動力性能と言えるだろう。

 ちなみに0-100km/h加速は8.5秒。最高速は160km/hに制限されている。ただ、走りに傾いたせいか、はたまた巨体を収めるためか、リアシートはやや突き上げが大きめだったことは否めない。もう少しユルさがほしい気もしてくる。

 高速道路では制限速度の上限を守りつつ、基本的にはACCを使い走ってみた。80km/h制限のところで走れば電費は最大で7.0km/kWhを記録。ACCを使わずにエコ運転に心がければWLTCの表記に近づく計算になる。ただ、前が詰まれば減速するし、前がいなくなれば再加速したりしているとその数値はジワジワとダウンする。それを少し補ってみようと自らがアクセルを踏み込んで見ると、やはり回復傾向になる。その要因はコースティングの妙だ。

 フォルクスワーゲンのクルマはガソリン車の時代からアクセルをOFFにするとギヤがニュートラルに入り、とにかくコースティングさせる傾向があったが、その造りはEVになったとしても変わらない転がり感を見せてくれる。これが電費が伸びる要因の1つだろう。下り坂では転がりすぎてアクセルをOFFにしているにもかかわらず、前のクルマに接近しすぎてしまうほど。そんな時はBレンジに入れるのだが、それだと減速しすぎてしまう。今後を考えるとパドルによる回生ブレーキの強弱ができるとなおうれしい。

 結果として仙台到着時には369km走行で17%のバッテリ残量を保ち、まだ73kmも走れると表記されていた。電費は6.3km/kWh。普通に使ってこれなら十分に日常で使えそうだ。

仙台到着時の走行距離は369km走行。バッテリ残量は17%で残り73km走れると表示。電費は6.3km/kWh

心の余裕は旅を充実させてくれる良いスパイス

 従来モデルに乗った翌日。前日のあの余裕があるのなら、ルートの気を使わずに済むかもと思い、今度は東北道ルートを選択。さらに仙台周辺の山間部でもロケを行ない、前日の節約モードはどこへやら? 一応、エアコンの設定温度は25℃としたが、それ以外ははっきり言ってやりたい放題である。

 走り比べた感覚としては、ほとんど変わりなしと言った印象で、おとなしくなったというようなネガティブな部分は感じない。これで航続可能距離に余裕が生まれるとは恐れ入る。

 結果として東京到着時には総走行距離448km、バッテリ残量は7%、航続可能距離は残り34kmまで追い込んでしまった。だが、電費は6.6km/kWhまで伸びていた。アップダウンがあったとしてもうまくエネルギー回生を行なっていたということか? いずれにしても、少しギリギリまで使いすぎてしまったかもしれない。

 たった57kmアップ、されど57kmアップである。最後の最後に心の余裕が生まれることは、旅を充実させてくれたいいスパイスとなった。残りはあればあるほどありがたいが、バッテリをさらに増やしてやるんじゃ意味がない。マネージメントの変更により新たな世界を見せてくれた2023年生産モデルのiD.4は、これくらい走れれば十分かな、という世界をまざまざと見せつけてくれた。その気になれば数十分の充電で8割くらいは復帰させることもできるのだから、いよいよ現実的になってきたと思わずにはいられない。充電器が埋まっていればスルーして次、それか帰宅してからやれば良いかと思えるようになった振り幅の広さが魅力に映った。

帰京時の走行距離は448km。バッテリ残量は7%で残り34km走れると表示。電費は6.6km/kWhまで伸びた
橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。2019年に「86/BRZ Race クラブマンEX」でシリーズチャンピオンを獲得するなどドライビング特化型なため、走りの評価はとにかく細かい。最近は先進運転支援システムの仕上がりにも興味を持っている。また、クルマ単体だけでなくタイヤにもうるさい一面を持ち、夏タイヤだけでなく、冬タイヤの乗り比べ経験も豊富。現在の愛車はユーノスロードスター(NA)、ジムニー(JB64W)、MINIクロスオーバー、フェアレディZ(RZ34・納車待ち)。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:堤晋一