試乗記
ヒョンデ、高性能バッテリEV「アイオニック5N」試乗 電動化による新たなドライビングエンターテイメントの世界を見た
2024年4月25日 12:00
バッテリEVは速いが楽しいのか? そんな問いに応えたのがヒョンデだ。「アイオニック(IONIQ)5」でバッテリEV専用プラットフォームを開発し、パッケージングの自由度に新しい時代を感じさせたが、今度はクルマを操る面白さを再現して見せてくれたのがヒョンデの高性能ブランド“N”の文字を付けられた「アイオニック 5 N」だ。
ヒョンデのR&Dがある韓国のナムヤン(南陽)と開発テストに使われるドイツのニュルブルクリンクの頭文字からネーミングされた“N”は、今やヒョンデ・パフォーマンスブルーと共に欧州で高性能スポーツ車として認知されている。
目指すのは「Corner Rascal」「Racetrack Capability」「Everyday Sportscar」。バッテリEVでは初の挑戦となるアイオニック 5 Nは、まず作ってみようという実験的な工房、ナムヤンにある「ローリング・ラボ」から生み出された。
アイオニック 5 Nはラージサイズのハッチバックで、ボディサイズは4715×1940×1625mm(全長×全幅×全高)と大きく、ホイールベースは3000mmとミニバン並みだ。84kWhのバッテリを搭載し、重量は約2t。低重心、ロングホイールベースで安定性は高いのは想像に難くない。
約1時間のアイオニック 5 Nのレクチャーでは、「クルマ好き」「運転好き」のNへの思いを知り、これまで培ったICE(内燃機関)エンジンでのノウハウを生かしてバッテリEVのスーパーハッチバックを作るという情熱を感じた。
モーターはフロントが最高出力175kW(238PS)、最大トルク370Nm、リアが最高出力303kW(412PS)、最大トルク400Nm(N Grin Boost時)の出力を発揮する4WDで、もちろん4輪のトルク配分は自在に行なえ、微妙なコントロールは電動モーターならではだ。設定によっては前輪の駆動力を0にすることもでき、完全な後輪駆動にもなる。
そしてあたかもICEエンジン+有段ギヤのように、パドルシフトでエンジン(のような)サウンドを聞きながらシフトできるモードもある。さらに、まだまだできることはたくさんあるようだが、消費電力、サーキットのラップ数も限られているので試せることは限られていた。
さて、いよいよ先導走行でウェットの袖ヶ浦フォレストレースウェイを走り出す。タイヤは電動車用のピレリ「P-ZERO」で、サイズは275/35ZR21、軽量鍛造ホイールに装着される。スポークからのぞくブレーキローターはフロントφ400、リアφ360で、ボディの各部に使われている差し色と同じ赤色のブレーキキャリパーを採用。
ウェットに高トルクモーターは気が重いが、軽やかに走り出す。アイオニック 5 Nはそんなことを吹き飛ばすように軽快だ。バッテリEVならではの滑らかな加速とグリップするタイヤに水しぶきをかき分けるワイパーも気にならなくなる。ステアリング系ではギヤレシオが高く、合わせて電動パワーステアリングの出力を上げられて操舵力は常に一定。どのコーナーでも軽く滑らかだ。
ステアリングスポーク左上にある水色のドライブモード切り替えボタンで出力とアクセルゲイン、可変ショックアブソーバーの減衰力を変更でき、さらに左下の丸い「N」ボタンを押すと一気にレーストラックに合わせてESCをSPORT+に変更し、またパフォーマンスを最大限に生かす前後トルクコントロールに入れることが可能だ。
さらにステアリング右下の「Ne-Shift」ボタンを押すと、まるで内燃機のリミッターにあたるような感覚でパドルシフトを操作しないと速度が上がらなくなる。巧みに模擬内燃機関に変身するのだ。このモードはサウンドシステムとも連携して、2.0リッターターボエンジンやEVらしいサウンド、そしてジェットエンジンのようなサウンドも選択できる。
また走行前にディスプレイ上からあらかじめショックアブソーバーの減衰力、操舵力、出力のゲインなどをドライバーの好みに応じて設定できるCUSTOMERモードが2種類あり、慣れてくると車両設定を変更でき楽しさが広がる。
短い周回数でそれほど多くのことは体験できなかったが、Ne-ShiftはバッテリEVなのにパドル操作をする不思議と内燃機関に慣れた体の動きが雨の中での相性が面白く、しばらくこのモードを使って楽しんだ。
もう1つスポーツバッテリEVにふさわしいワンペダルドライブも選択できる。アクセルオフで0.6Gの減速度を発生する回生ブレーキは、荷重移動が容易に行なえて便利。少し減速して姿勢を調えたい場面ではアクセルオフだけでできる。
ステアリング右上にある「NGB(=N Grin Boost)」と書かれたオレンジ色のボタンを押すと総合出力が448kW・740Nmから478kW・770Nmに上がるブースト機能が作動する。ディスプレイ上には10秒からカウントダウンタイマーが表示され、グンと一押しされるような加速力が面白い。ストレートで使うと効果的だがサーキットの10秒は短いようで意外と長い。この場合パドルシフトは解除される。
あらかじめ設定されていたモードでは、少しアンダーステア気味の安定傾向となったが、減衰力を少し弱くすることや、前後トルク配分、LSD効果も選べるので、ドライビングの楽しみ方はさまざまだ。
バネも固められたサスペンションは、標準のアイオニック 5からフロント15mm、リア20mmほど下げられた車高になっている。
ちなみに搭載するリチウムイオンバッテリは、バッテリメーカーSKonとヒョンデが共同開発したセルを使った第4世代と呼ばれるもので、エネルギー密度は第3世代の618Wh/Lから670Wh/Lへと上がっている。350kWの急速充電器であれば0から80%までの充電を約16分で行なえるそうだが、日本にある150kWの急速充電器だと0から80%までの充電は40分ぐらいかかるそうだ。
熱マネージメントはバッテリにとって性能を保つ重要なポイントで、車両の冷媒を使って冷却水の温度コントロールをする。サーキットでの周回を想定したTrackモードではあらかじめ20~30℃、短時間で最大出力を出せるDragモードでは30~40℃に設定される。また、通常の温度管理は30℃以下でコントロールされるという。さらに言えばヒョンデでは1年ごとの点検に際してバッテリの状態をユーザーに報告し、長年の使用で酷使されたセルに関しては部分交換も可能とのこと。大きな出力を出し入れするアイオニック 5 Nでも保証は変わらないのは自信の表れだろう。
フットブレーキは踏力でのコントロールになるがしっかり制動力がかかり信頼に応える。今回のウェット路面ではそれほど強い減速は必要なかったが、2023年にスパ西浦モーターパークのドライ路面で味わった、身をよじるようなフルブレーキの制動力は忘れられない。ただし1970kgに抑えられたとはいえ、重量車であることは変わらず、横方向の限界点付近では少し気を使いたくなる。実際に今回は4WDの駆動力配分の妙もあって、高いグリップ力の中で遊んでいたに過ぎなかったが、ウェットでは少し気を使うかもしれない。
ボディはアイオニック 5からスポット溶接打点、構造接着剤ともに大幅に増加し、ブレスの追加もあってねじれや曲げ剛性が大幅に向上している。それはサーキットだけでなく公道での普段使いでも効果が大きい。乗り心地は全体に硬くはあるが標準のアイオニック 5よりもリアの突き上げ感がないのもその効果と感じた。そしてピレリの大径スポーツタイヤとしては、しなやかで節度あるところも好ましい。
楽しみはまだまだある。路面によってスリップ率を変えられるNローンチコントロールが備わり、今回試したのはスリップ率の少ないドライ用。左足でブレーキを踏み、同時に右足でアクセルを踏み込んでからポンとブレーキペダルから足を離すと、アイオニック 5 Nは音もなくまさに背中を蹴っ飛ばされるように飛び出していく。電気の瞬発力はすさまじく、スリップ率が最小のドライモードと思われた。ウェットではホイールスピンをわずかに許容するモードも選択できる。
もう1つ「Drift Optimaizer」をディスプレイ上で選ぶと、左右後輪の駆動力を変えて容易にドリフトが行なえる。これも4WDの強みでオーバーシュートしにくい。ただし、いつもの感覚でアクセルを踏み込むと、最初からリアがオーバーシュートしてしまう。適当にハーフスロットルを維持するとドリフトしてくれる。この“適当”の加減が最初は逆に難しいがコツをつかめば簡単だ。使う場面はほとんどないが、いろいろな遊び方を真面目に工夫しているのがうれしい。
アイオニック 5 Nは、ホントにクルマで遊ぶのが好きな人が作ったんだなと感心するこだわったスーパーハッチだ。ディスプレイから求める設定まで入るのに階層が分かりにくいが、オーナーにはじっくり付き合う楽しみが待っている。
また、正式な発売日は6月5日だが、限定50台で先行予約受付中の「ファーストエディエディション」は、Nのセンターホイールキャップやチェッカー付きのフットレスト、さらに室内エンブレムやモータースポーツイベントへの招待などの専用特典が付き、価格は900万円前後の予定で、走りに特化した内容は充実している。