【インプレッション・リポート】
フィアット「プント エヴォ」

Text by 武田公実


グランデ プントのビッグマイナー版
 今世紀初頭には壊滅的な経営の危機にあったフィアットだが、昨年には米クライスラー・グループを吸収してしまうなど、以前の窮状など信じられないほどの活況を呈している。

 その第1の功労者となったのは、2005年夏に発表されたグランデ プント。長らくフィアットが得意としてきたBセグメントに属するこのモデルは、ジョルジェット・ジウジアーロ率いるイタルデザインによるスタイリッシュ極まりないボディーを最大の武器として、主市場たるヨーロッパでは発売直後から大ヒット。さらに2007年デビューの500(チンクエチェント)の歴史的ヒットで、フィアットの苦境は完全に回避されるに至った。

 そして2009年秋、早くもグランデ プントの後継車としてフランクフルト・ショーにてデビューしたのが、今回ご紹介するプント エヴォである。車名のエヴォ(EVO)は、テクノロジー、ドライバビリティ、環境性能に「エヴォリューション」(EVOLUTION:進化)を図ったことを示しており、いわゆるフェイスリフトの域を超えた、大規模なモデルチェンジが行われたと説明されている。

 パワートレーンは、最高出力57kW(77PS)/6000rpm、最大トルク115Nm(11.7kgm)/3000rpmを発生する直列4気筒SOHC 1368ccエンジンに、ATモード付5速デュアロジックを組み合わせる。また、日本に正規輸入されるフィアットとしては初となるアイドリングストップ機能「スタート&ストップシステム」を搭載。10・15モード燃費はグランデ プントと比較して約10%向上したという。

 ホイールベースは2510mmとグランデ プントから不変。ボディーのスリーサイズは4080×1685×1495mm(全長×全幅×全高)と、全長のみ30mm延ばされた。これは前後バンパーを一新したことによるもので、もとより長めに取られていたノーズはさらにスマートな形状となるとともに、前方のクラッシャブルゾーンも拡大。世界で最も厳しい衝突安全の1つ「ユーロNCAP」の乗員保護の衝突テストにおいて最高値の5つ星を得ていた安全性に加えて、対歩行者安全性でも充実が図られたことになる。

 グランデ プントをベースとしつつも、フィアットでは完全なニューモデルに近いレベルでブラッシュアップが図られていると胸を張るプント エヴォ。その真価を、都内のテストドライブで試してみることにした。

スペックよりも実を取った楽しさ
 まずは、エクステリアの第一印象からお話しさせていただこう。

 世界的大ヒット作、フィアット500と共通のイメージを暗示させるデザインとなったノーズは、グランデ プント時代よりも格段にアグレッシブな印象を得ている。グランデ プントはイタルデザイン-ジウジアーロの作品だったが、このエヴォはグランデ プントをベースとしつつも、フィアット社内のチェントロスティーレ(デザインセンター)で再デザイン。

 同じジウジアーロが手掛けたマセラティ3200GTを思わせるシャープなノーズのデザインは、グランデ プントの大きな魅力だったのだが、翻ってこちらのデザインも、写真を見た段階での第一印象に反してなかなかに魅力的。グッと迫力を増したバンパーの意匠と合わせて、クラスを超えたアピアランスと個性を得たように感じる。

 

 そしてこの好印象は、走らせてみても損なわれることはなかった。

 まずは1.4リッターSOHC 8バルブのエンジンについて。最高出力は57kW(77PS)という何でもないエンジンのはずなのだが、低・中速域からトルクをキッチリ出してくれる。低パワー車ゆえのもどかしさを感じるのは、例えばAUTOモードで急な坂道を走ることになった際など、ごく少数の場面に限られるのだ。また、6000rpmで最高出力を出す中速重視のセッティングながら、高回転域までスムーズに吹け上がるのも魅力的である。

 しかも、スロットルを深めに踏み込んだ時のサウンドは、イタリア製小型車らしく元気のよい快音。スポーツ性を求めたいならば、同じグループに属するアバルト グランデ プントに任せてしまえばよいものを、純然たる実用車であるはずのこちらにも、イタリアンハッチにかける期待を裏切らないドライビングプレジャーが与えられているのだ。

 もちろん、Bセグメント最強のライバルたるフォルクスワーゲン「ポロ TSI」と比べてしまうと、スペック上のパワー/トルクともにまったく太刀打ちできないのだが、そこはやはりイタリア車。自動車という乗り物が本質的に持つ“楽しさ”を依然として大切にしていることがよく分かる。

 こちらもグランデ プント譲りとなる、持ち前の高剛性ボディーと柔らかめにセットされたサスペンションを生かした懐の深いタイプのハンドリングとともに、イタリア車を持つ楽しみを垣間見せてくれる。

 その傍らで、プント エヴォ最大のキモである「ストップ&ゴー・システム」は、かつてのイタリア車を知る者には信じがたいほどのクレバーなマナーを見せ、筆者を驚かせることになった。交差点で停車するたびにキッチリとエンジンを停め、ちょっとでもスロットルやシフトレバーに触れれば、即座に再始動。また、エアコンの作動状況やバッテリーの残量などにも臨機応変に対応してくれる優れモノなのだ。

 もちろんスイッチ1つでキャンセルできるので、渋滞時にエンジンが頻繁に停止・始動を繰り返し、決して高級感のあるとは言えない作動音でセルモーターが回る鬱陶しさも解消することも可能なのだが、やはり現代人の常として燃費やCO2排出量を考えるなら、デフォルトは「ON」としておくのが好ましいだろう。

インストゥルメントパネル中央、ハザードスイッチの左が、ストップ&ゴー・システムのキャンセルスイッチ。一番左のハンドルマークは「CITY」モードのスイッチで、ONにするとステアリングが軽くなる

 日本仕様車のトランスミッションは、5速2ペダルMT「デュアロジック」のみが設定。グランデ プント時代には、「アルファロメオの“セレスピード”からパドルシフト機能を省いたようなもの」と形容されていたが、エヴォでは上級モデルの「ダイナミック」に限ってではあるがシフトパドルが装着されたことで、実質的にはセレスピードに匹敵するスペックを得ることになった。

 また、通常のフロアシフトレバーも今回のエヴォでは大きく様変わり、「+」と「-」のポジションが逆転。シフトアップ(+)を手前に引き、ダウン(-)を前方に押すというスタイルとなった。これは好みの領域なのだが、加速中のGに耐えつつ前方にシフトアップするのは少々不自然と考える筆者のようなドライバーには福音だろう。今回の試乗車はベーシック版なので、シフトパドルの備えは無いものの、ECUチューンの最適化によってグランデ プント時代よりも明らかに迅速かつスムーズになった変速マナーも相まって、小気味良いドライブを演出してくれるのだ。

 とはいえ、これもフォルクスワーゲンの7速DSGと比べてしまうと、やはり絶対的な洗練度では敵わないのも正直なところ。姉妹車のアルファロメオMiToに新規採用された「TCT」が待たれるのは確かなのだが、現段階の改良型5速デュアロジックでも、充分にスパイシーなスポーツドライブが楽しめることは強調しておきたい。

平凡な日常に刺激と潤い
 かくのごとく、いささか悲観的だった予想を遥かに上回る好印象を与えてくれたプント エヴォだが、やはり純粋な生活ツールとしての性能は、設計年次が新しい上に、当代最高のテクノロジーがこれでもかとばかりに織り込まれたポロには、残念ながら1歩も2歩も譲ると言わざるを得ない。

 ところが、そこに“趣味”の要素が入ってくると状況はガラリと変わり、プント エヴォの魅力が格段に膨らんでくる。特にこの圧倒的なスタイリッシュさと、実用車としては望外なほどに“ボーイズレーサー風味”を残した走りは、イタリア車にあえて興味を抱くタイプの購買層には、必ずや“刺さる”と思うのだ。

 つまり、たとえちょっとばかりの弱点があっても可愛げに思えてくるのがイタリア車のよいところであり、悪いところでもあるのだが、この車とともに過ごすならば、平凡な日常にも刺激や潤いがあるような“カン違い”を楽しませてもくれよう。

 この個性的なキャラクターと、いわゆる“ラテン車”であることを考えると、欧州製Bセグメントとしての最大のライバルは、VWポロというより、むしろ新型シトロエンC3あたりが相応しいかもしれない。いかにもイタリア車らしい、スタイリッシュで刺激的なプント エヴォに対して、フランス車らしく独創的にして癒し系のキャラクターを持つC3。自動車からそれぞれの国民性や文化も垣間見られるというのも、きっと楽しいことに違いないだろう。

2010年 9月 2日