インタビュー

WEC富士6時間耐久レースに向けて来日したプジョーのニコ・ミューラー選手とロイック・デュバル選手インタビュー 富士は「1番いい結果が出せるのではないかと期待」

プジョー「9X8」をドライブするニコ・ミューラー選手(左)とロイック・デュバル選手(右)に話を聞いた

 9月13日から富士スピードウェイで開催されるFIA世界耐久選手権(WEC)第7戦「富士6時間耐久レース」。

 この闘いにプジョー・トタルエナジーズチームのメンバーとして参戦する2人のドライバーが、プジョー中央ショールーム(東京都中央区晴海2-5-24)に訪れユーザーを対象としたトークショーを開催。このイベント終了後に、限られたメディアとともにCar Watchもインタビューを行なうことができた。

プジョーオーナーを招いたドライバートークショーが開催された

 ドライバーは日本でもトップフォーミュラやSUPER GTで活躍したロイック・デュバル選手(94号車)と、2023年からチームに加わったニコ・ミューラー選手(93号車)だ。

 プジョー 9X8と言えばウイングレスのボディが話題を呼んだが、レギュレーションの変更から今季はついにこれを装着し、かつボディも約90%におよびエアロダイナミクスの改良を行なった。

 2024年シーズンのこれまでの闘いは93号車の8位(第5戦サンパウロ)が最高と苦戦を強いられているプジョー・トタルエナジーズだが、果たして富士でチャンスは訪れるのか? 変化したマシンのフィーリングや富士での見どころを聞いてみた。

WECは最初から最後まで目が離せない耐久レース

──富士6時間耐久レースへの意気込みをお聞かせください。

ニコ・ミューラー選手:まずはポイントをゲットすることが大きな目標になってきます。ということは上位フィニッシュですよね。特に(前戦の)COTA(サーキット・オブ・ジ・アメリカズ)ではそれほど望ましい結果が出ませんでした。ただそれも2週間前に起きたばかりで、急に大きな違いというのは期待できないと思いますが、それでもリアリスティックに考えて、少しでもポイントが取れればと思っています。

ニコ・ミューラー選手。スイス出身で、フォーミュラ・ルノー2.0、DTM(ドイツツーリングカー選手権)、フォーミュラEなどの参戦を経て、2022年にLMP2でル・マン24時間レース初参戦。2023年からチーム・プジョー・トタルエナジーズに加入し、9X8 93号車をドライブしている

ロイック・デュバル選手:個人的な見解ですけれども、富士は比較的よいレースになると思っています。去年はあまりよくなかったのですが、2年前もよいレースができたと思っていますし、富士ではいい結果が比較的望めるのではないかと思います。今年の初戦は古いマシンだったので、それを抜きにして考えると富士が1番いい結果が出せるのではないかと期待しています。

ロイック・デュバル選手。フランス出身で、2006年からフォーミュラ・ニッポンに参戦。複数回の優勝を重ねつつ、2009年にはドライバーズチャンピオンを獲得。その後SUPER GTにも参戦し、2010年に年間チャンピオンを獲得している。2014年のSUPER GT参戦を最後に活動拠点をヨーロッパに移行。フォーミュラE、WECへの参戦を続け、2023年からプジョー・トタルエナジーズに加入し、9X8 94号車のドライバーとして参戦している。2013年のル・マン24時間レース優勝ドライバー

──「富士が比較的的よいレースになる」というのはなぜでしょうか。

デュバル選手:路面がとてもスムーズですよね。例えばオースティンの場合はとても路面がでこぼこしているので、グリップ的にはあまりよくないです。対して、富士は舗装がよくてグリップをとても強く活かせるので、特にドライのコンディションであればいいかなと思っています。

──富士6時間耐久レースの見どころを教えてください。

ミューラー選手:もちろんスタートはとてもエキサイティングですよね。特にハイパーカーのカテゴリーは台数もとても多いので、ここで抜きんでるためにはという感じで、リスクを取るドライバーも多いと思います。そうすると予期せぬ展開になるということもままあって、それがまたエキサイティングだと思います。あとはやはり最後の方ですね。後半に向けて、フィニッシュに向けても、どうにか先に行きたい、どうにか早く勝ちたいというのがあるので、そこは非常にエキサイティングだと思います。

 富士の場合、6時間という耐久レースとなりますが、めちゃくちゃ長いわけでもないので、飽きるところというのはあまりありません。最近の傾向として、レース時間は長いのですが、やはり勝つためにはどんどん攻めていかなければいけないので、長いながらもスプリント感があります。最初から最後まで中だるみもなく、目が離せないと思いますね。あえて言うなら最初と最後です。

──ミューラー選手は今回富士を走るのは初めてとなりますが、例えばシミュレーターなどで富士を研究してきたのでしょうか。また、日本の印象はどうですか。

ミューラー選手:実は昨年、本当は富士で走る予定だったのですが、直前にクラッシュして肩を痛めてしまったので出られませんでした。でも、もともと出る予定である程度の準備をしていたので、それは活かせると思っています。

 あとは、通常であれば必ずレースごとにシミュレーターで準備をするものなのですが、今回はCOTAでのレースが終わってから10日ぐらいしか経っておらず、時間がなくてできていません。ですから、できるだけ自分でできる準備をします。去年のレファレンスをしたり、あとはロイックからできるだけ情報を“squeeze”(絞り取って)して活かしたりしたいと思います。プラクティスもありますし。

 日本についてですが、ご飯がとてもおいしいですし、楽しいです。もともと私は行った先のローカルカルチャーやご飯を楽しみたい、いろいろと試してみたいタイプなので、今日のディナーもとても楽しみです。東京はまだちょっとしか見られていないですが、面白い街です。明日初めて東京の外に出ていくので、郊外を自分の目で確認するということも楽しみです。

──デュバル選手はSUPER GTでも活躍されていましたが、WECはどんなところが違いますか? マシンの違いもあれば教えてください。

デュバル選手:SUPER GTとWECはある意味同じ、ほぼ同等と言えるところは多いと思います。どちらのレースも2カテゴリーありますし、台数がとても多いというところも共通しています。でも、マシンを見てみると、ハイパーカーは少し重たいです。SUPER GTのGT500車両は、もう本当に速くて、すごく機敏、アジャイルでした。そういった意味では、そこはLMP1により近いかなと思います。ハイパーカーの場合は、車重の分だけコーナーでの動きが少し鈍くなります。そういった違いはあるとはいうものの、レーシングドライバーとしてはそこまで準備に違いはないと感じています。

──今期の9X8の仕上がりについてどのように評価していますか。

ミューラー選手:今年に関しては、第2戦から9X8の2024年モデルで参戦してきていますので、ダウンフォースと空気抵抗、こちらのトレードオフが今まで問題となっていたところが大幅に改善されています。そして、特にでこぼこした路面に対してうまく吸収できていると思うので、そういったいろいろなところで改善はできていると思います。

 特に低速コーナーのような、ダウンフォースやエアロに頼っていないところで、メカニカルグリップがよくなっています。WECは長距離を走るので、タイヤに優しいというか、タイヤをもっと活かせる走り方ができるようになりました。低速のコーナーがよくなると、スピードコーナーでもっと能力が発揮できると思います。ただ、まだまだそこで進化は終わっていなくて、いろいろと改善の余地はあると考えています。まだ進化を続けています。

──現在のマシンはエアロダイナミクスを改善してきたと理解しているのですが、メカニカルグリップも改善したのでしょうか。

ミューラー選手:メカニカルグリップも結果的に若干改善されています。エアロダイナミクスのコンセプトが変わって、リアウイングをつけました。そうすることによって、マシンのプラットフォーム剛性が上がり、セットアップに依存しなくても済むようになりました。そうすると、クルマをもっとソフトに走らせることができる。そうすると、路面からの突き上げもっと吸収できるようになります。

──ここまで6戦走って、ほかのチームよりもアドバンテージとなる部分はありますか。

デュバル選手:自分たちの強みは2点あると思っています。1点目はストレートのスピードです。1戦目まで使っていた以前の9X8に対しても、リアウイングがついたことによってドラッグが増しているのですが、それでもやはりそのストレートでのスピードがよくなったと感じています。2点目がブレーキングですね。これは他のマシンやチームと比べても、ブレーキ効率がよくなっていると思います。

──それは回生ブレーキを含むということですか。

デュバル選手:全体ですね。空力もそうですし、ブレーキ効率もですが、あとは減速でしょうか。すべてを加味してよくなっています。

──これまでさまざまなレーシングカーに乗った中で、ハイパーカーというレーシングカーはどういうレーシングカーでしょうか。

デュバル選手:あえて古いマシンのLMP1から説明すると、超速いというのがまず言えます。そしてまさにテクノロジーを極めていたと思います。今のハイパーカーは、LMP1の息子とも言えるような立ち位置でしょう。

 ハイパーカーは重いですね。だから動きも少し鈍いです。でも本当にテクノロジーが満載のクルマとなっています。また、今のハイパーカーのシーンというのは、たくさんのコンストラクターが参加しているので、とても素晴らしいと思っています。

──WECやル・マンに参戦するうえで勝つこと以外にも、新しいことに挑戦するというのが重要だと思っていますが、ドライバーとしてどう考えていますでしょうか。

デュバル選手:こういったレースに参戦していく中で、コンストラクターとしてはそれぞれが用いている能力、技術を見せたいわけですよね。それぞれのメーカー、フェラーリなり、プジョーなり、トヨタが抱えているヘリテージもあります。そういったものを見せるという機会ではあります。当然、勝っていくのも大事です。

 WECに関して言えば、たくさんのイベントがある中で、ここで勝たなければというイベントが、ル・マン24時間です。それほど重要なイベントです。とはいえ、他のレース、他のラウンドを軽んじるわけではなくて、そういったイベントごとの重要性というのはあります。これはあくまでも世界選手権の一環なので、この1年、ワンシーズンを通して世界チャンピオンになるということは非常に大きな意味を持っています。その1つ1つのレースを見ると、重要性というのはばらつきはあるけれども、チャンピオンを取っていくというのは全員共通していて、それが結局全員が大切にしているものだと思います。

──プジョーのチャレンジングスピリッツを応援しています。ありがとうございました。

WECでのプジョーの挑戦に期待

 レース直前の慌ただしいスケジュールにもかかわらず、終始笑顔でインタビューに応じてくれたデュバル選手とミューラー選手。そのリラックスしたムードや、ときおり見せるプロフェッショナルで鋭い回答からは、現状に対して諦めず前向きに挑んでいる気持ちが感じ取れた。

 WECは現在ル・マン・ハイパーカー(LMH)とル・マン・デイトナh(LMDh)の2種類でトップカテゴリーであるハイパーカークラスが争われている。そしてプジョーはより設計の自由度が高い、裏を返せばよりハードルの高いLMHを選んだ。そして市販車にも通じるハイブリッド技術の研鑚を重ねるだけでなく、前述のようにリアウイングのないマシンで2022年から闘いを挑んだ。

 もし彼らがただ「勝つため」だけにWECに参戦したのであれば、これまで戦ってきたLMP1車両に準じるエアロダイナミクスを優先しただろう。彼らが9X8にウイングのない、プジョーらしいデザインを与えた理由は、WECを「新しい技術の開発の場」として捉えているからだ。

 残念ながらその挑戦はレギュレーションの変更で軌道修正されてしまったが、こうした挑戦こそが“プジョーらしさ”であると筆者は思う。レーシングカーに、市販車のプジョーをイメージさせるようなデザインを盛り込む。そして、そのマシンで勝つために技術を磨く。

 何度も言うが1992年、1993年、そして2009年とル・マンを3回制しているプジョーにとって、「ただ勝つ」ことはもっとたやすいはずだ。テーマを持ってトップカテゴリーのハイパーカークラスにチャレンジするからこそ、プジョーはかっこいいのである。