深田昌之のホンダ「N-VAN」で幸せになろう
第15回:N-VAN開発責任者に聞きたいことを(ほぼ)全部聞いてみた
2019年12月27日 00:00
2018年7月に発売された本田技研工業の「N-VAN」。そのメディア向け発表会のステージに登壇していたのが、N-VANの開発責任者を務めた本田技術研究所の古舘茂氏だ。
発表会では解説の後に、展示されたN-VANの実車見学の時間となった。筆者は発表会の前にN-VANの購入を決めていたこともあって、会場にいた古舘氏にいろいろ聞いてみたかったのだけれど、当日は車両の撮影を優先していて話しかける時間が取れなかった。
その後も機会があればインタビューしてみたいと思っていたが、ようやく実現することができたので、今回はその内容を紹介していこう。
「N-VANの親」とも言える人に会うので、取材にはN-VANで行くことにした。取材の前日には原稿執筆の合間に洗車も済ませて準備万端でいたのだが、なんと夜から雨が降りはじめた。マジか~と思いつつ天気予報を見ると、翌日の午後まで雨マークになっていた。取材は昼過ぎからの約束だったので、行きは雨である。
これは濡れたままのN-VANでも仕方ないと思っていたが、再び「なんと」である。予報より早く雨が止んだのだ。一緒に写真も取らせてもらうことだし、きれいな状態で乗っていくのが礼儀ということで、直前であわてて洗車するなどバタバタしてしまったが、なんとか遅刻せず東京 青山にある本田技研工業本社に到着した。
あいさつを済ませてインタビュー開始。N-VANの生みの親を前にして聞きたいことがワッと出てきたが、まずは発売から1年以上経った今の心境から質問してみた。すると古舘氏は「われわれとしてはN-VANに自信を持っていましたが、このクルマはこれまで乗っていただいていた『アクティ』とは違った提案をしているので、その“変えた”ことを本当に受け入れてもらえるのか不安に思う気持ちもありました。しかし、発売後、われわれに届く声はN-VANの考えをご理解いただけているものが多く、また、お褒めの言葉をいただいたりしました。だから今の気持ちを聞かれたら“安堵”です。われわれが希望していたハッピーストーリーになっていると思っています。本当にそう思います」と答えてくれた。
仕事で使えるいい道具は趣味の使い方でも光るものになる
古舘氏が言うように、N-VANはアクティやその他の軽商用車とは異なる提案を盛りこんだクルマだ。そこで新しい提案をどのように形にしていったのかを聞いてみた。すると古舘氏は「最初に考えたのは、他社と同じようなクルマを同じような値段で発売してお客さまに『どうですか』というのではなく、これまでとは違う働き方の提案ができるクルマにすることでした。また、新しい提案を盛りこみつつ仕事でしっかり使えることも重視しました。ただ、この方向で考えていく過程では、趣味でN-VANを使うお客さまのことも見えてくるのです。その発想自体は問題ないのですが、仕事と趣味では趣味のほうが楽しいですから、開発当初はスタッフの考えがついそちらに流される傾向がありましたね(笑)。そんな時に私から『ちょっと待て、今回は仕事で使ってもらうクルマを作るんだ』と軌道修正を掛けながら進めたところがありました」と笑顔で語ってくれた。
そんな脱線(?)について、N-VANに乗っている人やN-VANに興味を持っている人なら「分かる」と感じるのではないだろうか。カタログやディーラーであの荷室を見た時に、それぞれに「あれがしたい、これもできる」と想像したことだろうが、その原型を作る作業となればアイデアが爆発してもおかしくない。ここだけを聞いても、N-VANの開発現場が楽しい雰囲気だったことが伝わってくる気がした。
また、この話の中で古舘氏が「仮にここで趣味性を高める方向を選んでしまったとしましょう。そうした造りは、あるジャンルの趣味にはよくても違う趣味では使いにくくなることもあります。だから“仕事で使える道具”にするのです。とにかく広い室内があるとか、荷物を積んでも壊れないとか、そういった条件を満たすことを優先しました。広くて低くフラットな床、そして高い天井があればいろいろな可能性があり、お客さま自身が使いやすい仕様にしていくこともできるわけです。つまり、いい道具を作ればそれは幅広い趣味に使えるものにもなるということです」と語ったが、いくつかの使い方でN-VANを楽しんでいる筆者としてはまさにそのとおりという印象で、方針を貫いて現在のN-VANを造ってくれたことに改めて感謝した。
N-VANの特徴である画期的な荷室はこうして作られた
N-VANの特徴と言えば、運転席以外のシートをすべて格納できる部分で、これを「便利だ」という声の一方で、助手席の座面の薄さを含めた座り心地に不満を持つ人がいるのも事実。そこで次はこの点について聞いてみたところ、古舘氏は「この部分のポイントはどこまでシートを薄くするかでしたが、そのきっかけになったのが、開発初期の検証用に作ったモックアップ(模型)を見た時のことです。この段階での模型はラフなものでいいので、ここで模型の製作者は真っ平らで四角い、床に立派な運転席をポンと置いた室内模型を作ってきたのですが、それが私にとってすごく衝撃的なものに見えて『これを実現するしかない』と感じました。そこで実現するためのアイデアを練っていく過程でたどり着いた答えが薄いシートをダイブダウンさせることでした」と答えてくれた。
続けて「助手席やリアシートに関しては、もちろん座り心地のことも考えました。でも、そこを求めてしまうとダイブダウンさせた時にシートの厚さによる段差が出てしまいます。これを解決するには床自体の高さを取ればいいのですが、そうなると荷室フロアが高くなるので結果的に荷室が小さくなります。でも、それは“仕事で使える道具”を目指すうえでやりたいことではありませんでした。われわれのするべきことは、床を低くフラットにして荷物を載せやすくすることだったので、何がしたいかを並べて重要度が高いものから取ったということです」と語ってくれた。
実際に使う側から見ても、低くて平らなフロアは荷物を載せる時も乗り込む時も便利だ。でも、荷室で1点不満だったのが、助手席やリアシートの背面、そして荷室のトリム類。ここが薄いビニール素材なので、荷物を積むのにはちょっと心許ない。そこでこの点も聞いてみた。
すると古舘氏は「おっしゃるとおり、シート裏や荷室フロアには保護用のビニール材が張ってあるだけですが、あえてそうしました。言うなれば“余計なことをしなかった”という部分なのです。これがどういうことかと言いますと、N-VANは仕事のクルマなので、お客さまがそれぞれの用途に合う敷物を使うことが想定できました。板の方が滑りがいいという人もいれば、滑るのは困るからゴムの方がいいというように、積む荷物に対してベストな素材があるのです。それならば、どちら付かずの中途半端とも言える素材を付けて提案するより、お客さまに任せてしまう方がいいと考えたのです」と話した。
荷室といえばもう1つ、助手席側がドアにピラー構造を持たせた「センターピラーレス」になっていることも大きな特徴である。古舘氏によると、このアイデアは実は初代N-BOXの開発時からあったという。その時は採用されなかったのだが、それはピラーをなくして広い開口部を作っても、そこに助手席があるので大きく開けるメリットがそれほどないという判断からだった。ところが、N-VANは助手席がフラットに畳める構造なので、開口部を広くする意味が出てくる。そこで再度ピラーレスが検討され、助手席をダイブダウンさせた状態で荷物を出し入れする時や、仕事道具を満載した状態から隙間スペースに追加で何か載せるような時に「ピラーがない方がやりやすい」という検証結果が出たことから、ピラーレス化にゴーサインが出たということだった。
クルマのカタログより厚い純正アクセサリーカタログの秘密
使いやすい道具として作られたN-VANにはアイデア次第でいろんな発展性がある。ただ、販売店の展示車やカタログなどで何もない荷室も見てもスペースの生かし方は想像しにくいものだ。
その点については開発陣も承知していたし、荷室の使い方に関してあらゆるパターンを想定。また、使い方ごとの具体的な道具の配置などのアイデアも用意していたという。だから筆者がやっているように、荷室に机と椅子を置いて仕事をする“ミニオフィス”的な使い方も「想定内です」と古舘氏は言った。
そしてそういった使用例やアイデアを見てもらうために活用したのが純正アクセサリーだった。N-VANの純正アクセサリーを掲載しているアクセサリーカタログを開くと、まず最初に掲載されているのが荷室の使い方だ。N-VANを使うであろう業種ごとに、あると便利なアイテムをまとめて紹介しているだけでなく、イメージ写真も掲載しているという構成。古舘氏は「このカタログは用品を購入していただくためのものではありますが、掲載されている純正アクセサリーの使い方からヒントを得て、用途により合うようなアイテムを自作する際の参考してもらうことも考えているのです。ただ、用具を固定する場合は、取り付け位置の強度や安全性が大事なので、純正アクセサリーの固定方法を参考にしたり、純正アクセサリーを使っていただければと思います」と、アクセサリーカタログの見方を教えてくれた。そして「純正アクセサリーカタログですが、このように見せたいものを載せていったらN-VANのカタログよりもページ数が多くなってしまいました」という面白い裏話も教えてくれた。
仕事グルマゆえのトランスミッションの話も面白い
N-VANには自然吸気エンジンとターボエンジンがあり、トランスミッションは6速MTとCVTが用意されている。駆動方式も2WD(FF)と4WDのラインアップだ。
搭載しているエンジンはN-BOXと同型だが、自然吸気エンジンに関してはVTECレスの仕様になっている。これはVTECレスのエンジン特性がN-VANの用途に合っていたことに加え、商用車のギヤ比にVTECがもたらす高回転の伸びは必要ないと考えられたからだ。
筆者もN-VANの自然吸気エンジン車に乗ったことがあり、市街地で普通に乗るだけなら確かに力不足などを感じることはなかった。高速道路でターボエンジンと比べれば明らかな差はあるが、それでも合流での加速は1t近い車両重量のわりにまあまあだし、制限速度内での巡航走行に不満はない、また、CVTとのマッチングもよかったので、試乗中にトルク不足を感じることもなかったと記憶している。
さて、そんなCVTだが、これはたくさんの荷物を積むこともあるN-VANに採用するにあたり、N-BOXの強化品が使われている。改良点はギヤやベルトの強化などいくつかあるが、ポイントになるのはベルトの使い方だった。
CVTは2つの円錐状のプーリーの間に金属ベルトが掛かっていて、走行状況に応じてベルトが掛かる部分の直径を変化させているのだが、この時、ベルトにとって一番厳しいのが曲がり方がきつい状態で大きなトルクが掛かること。そこでN-VANのCVTでは曲げが一番厳しい部分を使わないよう制御しているのだ。
ただ、この動作ではプーリーの一部を使用していないことになる。すなわちギヤ比の高い方の(高速側)の変化が少なくなるということなので、高速道路では同型のCVTを搭載するN-BOXより巡航走行時のエンジン回転数が上がり、高速域の伸びも鈍るという面も出てきてしまうのだ。
このように、メリットもあればデメリットもあるという設定を選んだ理由を古舘氏に聞くと「確かに高速道路の走行では犠牲になるところがありますが、N-VANではそれをよしとしました。このクルマは荷物を多く積むことを第一に考えているので、高速道路でN-BOXと同じようなフィーリングを持たせるより、乗員2名に350kgという積載重量でどれだけ走っても壊れないことを優先したのです。とはいえ、従来のアクティと比べればワイドギヤレシオですから、高速道路が苦手というわけではありません。商用車としてはすごくいいギヤレシオです。ギヤ比が高い低いというのはあくまでN-BOXと比べればということですね」という回答で、仕事で使える道具という主題に沿った答えが返ってきた。ちなみに筆者が自然吸気エンジンのN-VANで高速道路走行をした時は、80km/hで約3500rpm、100km/h時は約4000rpm(どちらも6速MT車の6速時)だった。
片や6速MTだが、ここはまず皆さんも気なるであろう、「なぜターボに6速MTの設定がないのか」という疑問からぶつけてみた。
質問した時に古舘氏は「来たな」という感じで笑顔を見せてから「実は最初の計画ではターボの6速MTもありました。だけど、NAよりエンジン出力が大きくなり、車体が重くて荷物もたくさん積むという条件で6速MTにしてしまうと、シフトチェンジの時に起きるエンジンの揺動(アクセルON時のエンジンの動き)を適正値内に抑えきれないのです。そもそもN-VANのエンジンルームはCVT用に設計したものなので、そういった部分もネックになっていました」と答えた。
これを聞いて思ったのが、ターボ用の硬いエンジンマウント用意すれば解決するのではということだ。そこでこの点も聞いてみたが、エンジンマウントを強化すると振動の問題も出てくるため、次はその対応をして、さらに他も合わせていくことになってくる。すると本来のN-VANの考えからどんどんずれてしまうし、そこまでして作ったとしても、実際のところN-VANというクルマで「ターボ+MT」の需要がどれだけあるのか不透明といった理由からターボ+6速MTの組み合わせが登場しなかったそうだ。ちなみに自然吸気エンジン+6速MTも、コストや販売面を考えると発売が危ういところだったらしいが、そこは古舘氏が残せるよう尽力したという。なお、古舘氏が所有するN-VANは6速MTとのことだ。
そんなことから自然吸気エンジンにだけに設定された6速MTだが、6速MTと聞くとどうしてもスポーティなイメージが強いが、そこは軽商用車らしく商用向けの設定が施されている。
その特性を紹介すると、MTの軽商用車の乗り方ではスタートギヤでの伸びが要求されることから、信号スタート時に2速発進が使われることも多い。そこでN-VANも2速発進という運転を意識したギヤ比になっている。もちろん1速でも普通に発進できるが、乗用車用よりもローギヤ設定となっていて、急な上り坂での発進などで便利なスーパーロー的にも使えるものだ。
そして6速は「平地での巡航用」といった雰囲気の存在。筆者も以前に6速MT車を借りて乗ってみたが、東名高速道路の上り坂区間を6速ギヤで走っていたところ、坂がきつくなるにつれてアクセルペダルをベタ踏みにしても速度が徐々に落ちる状態になった。
このことを古舘氏に伝えると「そうなんです。6速は平坦な道路でエンジン回転数を抑えて走れるようなギヤ比設定にしているので、登坂ではギヤに対してエンジンが力不足でそうなります」と答えだった。ナルホドと思いつつ、上り坂できつくなるギヤ比でいいのか?という疑問も湧いたが、それに対しては「この時代にMTに乗られる方ならシフトチェンジを面倒だとは言わないし、走行条件にあったギヤを選ぶのもごく自然にこなせると思っています。そもそもN-VANの自然吸気エンジンなら本来は5速で十分なのですが、仕事で長距離を移動する方もいるので、平地用という多少不器用なものであっても、そのシーンでは少しでも快適に走れるように設定したのが6速というシフトポジションなのです」と教えてくれた。つまり、N-VANの6速MTはスーパーローとオーバードライブ付きの仕様と考えるのがいいということだろう。
しっかりした足まわりが生むN-VANの乗り味
軽商用車であるN-VANに乗り心地のよさを期待する人はあまりいないと思うが、実際に乗ってみると大きめのギャップでも意外なほどスムーズに越えてくれるし、高速道路での直進安定性もいい。また、荷物を多く積んでも乗り味があまり変わらないので、積載の状態がどうであろうと運転が楽だ。N-VANを買うと決めた時から走りはある程度のものを覚悟していたので、この印象はいい意味で想像とは違うものだった。そこで最後はこの乗り心地について聞くことにした。
この部分を古舘氏は「直進性がいい要素としてはホイールベースが長いことが挙げられますね。N-VANのホイールベースは2520mmで、コンパクトカーのフィット(G#型)と比べて10mm短いだけなのでここが直進安定性に効いています。また、N-VANにはLKAS(車線維持支援システム)があるのでその効果も高いです。それにホイールベースが長いほうが短い場合より乗り心地がよくなる傾向にあります。でも、一番はN-VANのサスペンションの設定によるものだと思います」と回答した。
N-VANのサスペンションはフロントがマクファーソンストラット式でリアはトーションビーム式(4WDはド・ディオン式)だが、古舘氏によると、サスペンション設計の際に一番気にしたのが「荷物をたくさん積んでいる状態で、大きなギャップを越えるシーンでもこれをスムーズにいなす」ということで、そのために行なったのがダンパーの容量や設定の最適化。そして荷物を多く積んだ状態でも乗り心地に変化が出ないよう、リアのスプリングを太くしつつ、形状もストロークしていくほど硬くなるプログレッシブタイプを採用した。こうした設計と剛性の高いシャシーを組み合わせることにより、街乗りで不満がなく、積載状態によって乗り心地に大きな変化がないN-VAN特有の特性を造ったのだ。
さて、N-VANオーナーとしてはまだまだ質問したい気持ちもあるのだが、この時点で3時間以上の時間が経過していた。開発責任者インタビューでも異例と言える長い時間だ。でも、古舘氏は「久しぶりにN-VANの話ができるのが嬉しくて」と言ってくれたのが非常に嬉しかった。
とはいえそろそろ締めないとなので、最後にこのひと言を紹介しておこう。それが「N-BOXでも仕事や趣味の用途でたいていのことはできますが、その荷物をガーッと積んだり、量が多かったり、積み方に工夫をしたりと積載性を突き詰めていくとN-VANになるのです。われわれにはN-BOXがあったので、N-VANは商用であり、積載の性能をしっかり作ることができたんですね」という古舘氏の言葉である。