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モービルアイ&インテル、将来のEyeQ6までのロードマップ公開

株式会社モービルアイジャパン 代表取締役 川原昌太郎氏

 自動車業界でとても注目されているイスラエル発の企業がある。それが世界最大の半導体メーカーIntel(インテル)のグループ会社となるMobileye(モービルアイ)だ。1999年に創業されたモービルアイは2017年にインテル傘下となり、「EyeQ(アイキュー)」のブランドでコンピュータビジョン(コンピュータ技術を利用した画像認識)を実現する半導体とそれを利用するソフトウェアを、自動車メーカーやティアワン部品メーカーに納入している。

 ADAS(Advanced Driver Assistance Systems、先進運転支援システム)を実現するためのモービルアイのEyeQシステムは、近年多くの自動車で採用が進んでおり、日産自動車のプロパイロット 2.0を搭載した新型「スカイライン」のような高級車向けの3眼システムにも採用されているほか、創業以来の特徴である単眼でも複眼とあまり変わらないような性能を出せるという特徴を活かして、省スペース性やコストが重視される普及価格帯の車両でも採用が進んでいる。

 日本では軽自動車にもADASの搭載が進んでおり、省スペース性やコストに優れる同社のADAS/自動運転システムには大きな注目が集まっている。

 そうしたモービルアイの現在について、日本法人となるモービルアイジャパン 代表取締役の川原昌太郎氏に話をうかがってきた。

1999年にイスラエルで創業したモービルアイ、2017年にインテルのグループ会社となりさらなる発展を

2020年1月にラスベガスで開催されたCESで展示されたモービルアイの単眼カメラシステム(筆者撮影)

 モービルアイは1999年にイスラエルで創業されたコンピュータビジョンに特化した半導体メーカー。共同創業者で現在もモービルアイ本社のCEOを務めるアムノン・シャシュア氏が、イスラエルのエルサレムで創業した。

 創業当初のコンセプトは「他車を認識するためのカメラは必要だが、なぜ2つのカメラがいる? 1つで十分実現できるじゃないか」(同社のWebサイトより、筆者翻訳)というもので、シャシュア氏が大学で研究していたコンピュータビジョンの技術を応用すれば、単眼カメラ(1つのカメラ)であっても十分に他車を認識し、白線を認識することが可能だというものだった。

 このビジョンは現在でも有効であり、同社の半導体とソフトウェアを組み合わせたソリューションは、複眼カメラ(2つ以上のカメラ)にも対応することも可能だが、単眼カメラでもADAS(先進自動運転システム)の機能を実現できることが特徴になっている。

 2004年にモービルアイの最初の製品となる「EyeQ1(アイキューワン)」がリリースされ、前方衝突検知(FCW)、車線逸脱警報(LDW)、自動ハイビーム(IHC)などの機能を実現していた。GM、BMW、ボルボといった自動車メーカーの車両に搭載され、2014年にはニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場し、イスラエル企業の上場としては過去最高額の上場となり話題を呼んだ。

 2017年には、自動運転やADAS事業に力を入れ始めていた世界最大の半導体メーカーであるインテルにより総額153億ドル(当時の為替レートで約1兆7442億円)という巨額で買収され、現在はインテルのグループ会社として独立した法人として運営されており、世界中の自動車メーカーで採用が進んでいる。

Intel、イスラエルの自動運転向け画像処理のトップ企業Mobileyeを153億ドルで買収

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1049271.html

 こうしたモービルアイの日本事業を牽引しているのが日本法人となるモービルアイジャパン 代表取締役 川原昌太郎氏だ。モービルアイがまだイスラエルのスタートアップ企業だったころに加入し、日本の自動車メーカーとのやりとりを担当してきた。

ADAS、自動運転、データ事業という3つの領域でのビジネスが中心となる

モービルアイの事業分野について語る川原社長

 川原氏によれば現在のモービルアイには「ADAS、自動運転、そしてデータ事業」という大きく言って3つのビジネス領域があるという。ADASは自動運転のレベルでいうとレベル1とレベル2に相当し、衝突被害軽減ブレーキ、ステアリングサポート(衝突回避支援機能)、アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)などの機能を実現している。

 現在はそうしたADASに相当するレベル2に、限定した領域で車線変更を可能にする機能やステアリングホイールから一時的に手を離すハンズオフ機能を可能とする運転支援機能(レベル2+、レベル2++などと呼ばれているが明確な規定はない)を装備したクルマが大きな話題となっている。BMWの「ハンズ・オフ機能付き渋滞運転支援機能」や日産スカイラインの「プロパイロット 2.0」が代表的なシステムで、いずれもモービルアイの半導体「EyeQ4」によって実現したことが明らかにされている。

 今後はそれらに加えて、レベル3、レベル4、レベル5といったより高度な自動運転領域が実現される見通しだ。日本でも国土交通省が本田技研工業の新型「レジェンド」に搭載された自動運行装置「トラフィックジャムパイロット」が世界初のレベル3型式認定を行なったことが公表されており、ホンダはこの新型レジェンドを2020年度(2020年4月~2021年3月期)内に発売することを発表している。

 今後2025年ごろと予想されている本格的な普及に向けて各社が自動運転のシステム開発にしのぎを削っている状況だ。

モービルアイのビジネス領域

 川原氏によれば世界中で多くのメーカーに採用されているモービルアイだが、国内メーカーというくくりではいすゞ、日産、ホンダ、マツダ、三菱自動車のクルマに採用されており、すでに出荷されているということだった。

 2020年1月のCES時点では、2014年に270万個だった同社製品の出荷数は年々増加しており、2019年末の段階で1740万個と発表されており、川原氏によれば「2020年には2000万個に達する見通し」とのことで、右肩上がりに出荷数が増えている。

アウトオブボックスですぐに利用できる「EyeQ」シリーズ。用途によってバリエーション展開

 ADAS、そしてレベル3以上の自動運転領域にモービルアイが提供しているのが「EyeQ」のブランド名のSoC(System On a Chip)だ。

「弊社が提供しているのは半導体のEyeQとそのソフトウェアです。ソフトウェアはアウトオブボックスですぐに利用できるようなレベルのものを提供しており、弊社がソリューションを提供するティアワンの部品メーカーや自動車メーカーはそのソフトウェアを利用してすぐにADASのシステムを設計することができます」(川原氏)と語るとおり、モービルアイでは時間とリソースを必要とするソフトウェアの開発をできるだけ容易にできるように、ソフトウェアをセットにしてティアワンの部品メーカーに対して提供している。

 この提供方法により、箱から出してすぐに使える(アウトオブボックス)感覚で、システムを構築できることが「EyeQ」のアドバンテージなのだ。

EyeQシリーズのロードマップ

 その「EyeQ」の最新製品が「EyeQ4」だ。ST Microの28nm FD-SOIというプロセスルールで製造されるEyeQ4には2つのグレードがある。1つがMと呼ばれるグレードで4.5Wで1.1TOPs(Tera Operations Per Second、マシンラーニング/ディープラーニングベースのAIを利用した推論=物体認識などの性能指標)の性能を実現しており、上位グレードのHでは6.5Wで2.2TOPsという性能を実現している。

 川原氏によれば前者は単眼(カメラが1つで構成されるシステムのこと)用で、後者は複眼(カメラが2つ以上で構成されるシステムのこと)用として利用されることが多いという。

 特に単眼用としてはフロントウィンドウのルームミラー付近に収納される必要があり、消費電力を低くしなければならないという要求がある。そのため4.5Wという比較的低い消費電力の製品活用されているのだ。

 川原氏は「弊社の単眼システムは他社のシステムと比較して認識性能で劣っているということはなく、レイアウトがしやすく、消費電力を抑えることが可能になり、コストの面でも有利です。それにより高級車だけでなく、普及価格帯の自動車にも本格的なADASのシステムを搭載することが可能になります」と語り、普及価格帯の自動車へも本格的なADASシステムが進んでいる。

 川原氏によれば「人間は2つ目を使って生活しているため、複眼の方がいいと考えられていますが、その人間の目も正しく距離を取れるのは3m程度までです。その先は単眼でも複眼でも変わりません。自動車の運転時にはそれ以上の距離を見て運転しているので、実質単眼で運転しているのと同じになります」というのが同社のコンセプトで、同社は創業以来単眼のソリューションを提供してきたのだという。

 もちろん複眼をサポートしないということではなく、同社もEyeQ4のHグレードを利用することで複数のカメラサポートに対応している。前述のBMWの「ハンズ・オフ機能付き渋滞運転支援機能」や日産のプロパイロット 2.0は、画角52度のカメラ、画角28度の望遠カメラ、そして水平画角150度のワイドカメラから構成される3つのカメラと「EyeQ4」で実現。川原氏によれば「現在市場で販売されているレベル2+の運転支援をサポートした車両11モデルのうち、8モデルがEyeQベースになっています」と、単眼と複数のカメラの両方をカバーできることもEyeQ4の強みだ。

すでに出荷済みのL2+をサポートした車両11モデルのうち8モデルがEyeQベース

7nm FinFETで製造される「EyeQ5」、そしてその先にはレベル4/5の自動運転を実現する「EyeQ6」が

 そして現在モービルアイが2021年の後半に市場投入することを計画している次世代製品が「EyeQ5(アイキューファイブ)」だ。EyeQ5は7nm FinFETという製造技術に微細化(半導体の製造技術が微細化されると消費電力が下がり、性能が向上する)され、性能が大きく向上し、レベル3、レベル4などのより高度な自動運転までをカバーすることが可能になる。

 川原氏によればEyeQ5の特徴は性能が大きく引き上げられることで、消費電力が7.5WのMLというグレードで7TOPs、17WのMというグレードで12TOPs、34WのHというグレードでは24TOPsの性能を実現するという。これにより360度全周囲の検知を低コストで実現して、自動運転が可能になる。

 さらに2024年~2025年ごろにはその後継となる「EyeQ6(アイキューシックス)」も計画されており、EyeQ6では消費電力が4.5WのLというグレードで7.7TOPs、17WのHLというグレードで42TOPs、さらには35WのHというグレードでは67TOPsを実現し、レベル4やレベル5の自動運転にも対応することが可能になる。

 川原氏によれば、こうしたEyeQシリーズのローコストで高性能という特徴を活かし、同社では「Super Vision」と呼んでいる自動運転用のECUの設計を、ティアワンの部品メーカーや自動車メーカーなどにボックス(完成したECUのハードウェアとして)提供することも計画している。

 現在開発されているSuper Visionでは、2つのEyeQ5 Hグレードを搭載しており、11のカメラ(7つのロングレンジと4つのショートレンジ)のデータを取り扱う性能を持っており、それにより360度全方位の検知を可能にすることで、ADASの機能(ACCや自動ブレーキ)などに加えて自動ステアリング制御などの機能を追加することが可能になる。

Super Vision

 モービルアイではこのSuper Visionを中国の自動車メーカーなど自社で自動運転システムの開発はしない会社に提供する計画で、日米欧のティアワン部品メーカーなど自社で開発リソースがあり独自の製品開発を希望するメーカーには引き続き半導体とソフトウェアの提供を続けることになる。

データをコアとして新しいビジネスを展開するモービルアイ

REMの仕組み

 川原氏がモービルアイの3つ目の柱として紹介したのがデータオリエンテッドな事業になる。そのモービルアイのデータビジネスの代表格がREM(Road Experience Management、レム)だ。

 REMは簡単に言えば、モービルアイのEyeQシリーズとソフトウェアを採用しているシステムが撮影したデータから、地図生成などに必要な情報などを取り出し、データとしてクラウドサーバーにアップロードする仕組みになる(撮影した画像を送るのではなく、車両側で解析して必要な情報だけをアップロードするのでデータ量は非常に少なくて済む)。

 レベル2+以上の領域では高精度3Dマップが必要になるが、REMではそのデータを実車からアップロードされたデータを元に生成する仕組みになっている。これにより自動車メーカーもより高精度でかつ日々アップデートされる地図情報を入手することが可能になるというメリットがある。

 例えば日本の自動車メーカーであれば日本の地図はすでに高精度なデータを持っているだろうが、欧州でも主要国以外のデータはあまり収集できていなかったりする。そうした時にREMを利用することで、低コストに日々更新される高精度3Dマップを手にすることができる。

 川原氏によれば「弊社のシステムは2020年に2000万台を超えています。2024年にはREMに対応したEyeQベースの車両が2200万台に達すると予想されています。2024年には北米、中国、欧州、日本などを完全にカバーすることができると予想しています」と今後も対応する台数が増え、それにつれて収集できるデータも増えていくとした。

 このREMによる情報は、地図だけでなく例えば道路標識のデータなども収集している。そうすると、例えばスマートシティと呼ばれるデジタル技術を適用した都市管理などにもそのデータを活用することができる。

 例えば、道路管理などでは道路上にある標識の管理などが重要になるが、現在は多くの場合人手により行なわれている。確認作業は道路管理者にとっては非常に手間がかかる状況だ。そこで、モービルアイではREMで収集したデータを契約した道路管理者に提供するというビジネスなどを計画しており、実際に英国政府と契約してデジタルデータを活用した標識管理の取り組みなどを行なっている。

MaaSへの取り組み

 また、MaaS(Mobility as a Service、マース)への取り組みに関しても抜かりはない。日本ではウィラーと戦略的提携を発表している。モービルアイとウィラーの両社が共同して開発するMaaSの仕組みを利用して2021年から実証実験を行ない、その先には2023年にロボタクシー事業を行なうという発表を7月に行なっている。

 グローバルではインテルが2019年に買収した同じくイスラエルの企業であるMaaSサービスを提供するmoovit(ムービット)と提携しており、モービルアイがハードウェアとそれを支えるソフトウェアを、ムービットがMaaSのサービスを提供する形でサービスを提供していく計画だ。

インテルとともにRSSなどの自動運転に必要な技術を開発、業界標準として策定へ

RSS(Responsibility Sensitive Safety、アールエスエス、責任感知型安全論)のIEEEへの提案と標準化プロセス

 このように、モービルアイのADASや自動運転を実現するEyeQシリーズとそのソフトウェアはすでに多くの車種で採用が進んでいる。交通事故を減らす切り札としてADASの自動ブレーキや自動運転などが社会から期待されているという状況を考えると、その需要は増えこそすれ、減ることはないだろう。

 インテルとモービルアイはさらに未来を見据えており、米国の標準規格策定団体IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers、アイトリプルイー、米国電気電子技術者協会)に、自動運転車がより安全に走行できるようなRSS(Responsibility Sensitive Safety、アールエスエス、責任感知型安全論)数式モデルの提案を行なっている。

 現在IEEE 2846 WGというワーキンググループで規格の策定を進めており、その座長を務めているのが、インテル上席主任エンジニアでモービルアイ自動運転規格担当副社長を務めるジャック・ウィースト氏。インテル、モービルアイが業界のほかのプレイヤーと一緒に規格策定を進めている。

Intel、AV(自動運転車)の安全走行確保のため、IEEEによる標準規格策定に協力

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1227030.html

「RSSは従来の自動運転の仕組みでは考慮されていなかった明示的な交通ルールを策定する仕組みです。例えば高速道路の合流で、人間であれば暗示的に交互に合流するというルールがありますが、自動運転車にはそういうルールは分かりません。RSSでそうした暗示的なルールを明示して規定し、より安全に自動運転車が走行できるようにします」(川原氏)と、安全な自動運転を実現するためにRSSを策定し、業界標準化するという取り組みを行なっているのだと説明した。

 このように、インテルのグループ会社となって数年、モービルアイは当初の取り決めどおりグループ会社として独立した企業でありつつも、インテルとの協調も進みつつあり、具体的な成果も出始めている。

 ADASや自動運転の技術は、交通事故や交通事故死者を減らすための切り札と考えられており、実際日本ではADASの普及が進むにつれて交通事故死者は減少傾向にある。今後も交通事故死者を減らしていくためには、より幅広い車種にADASや自動運転の技術が採用されることが重要になってくる。モービルアイのEyeQシリーズが持つ能力やREMやRSSなどのプラットフォーム提案はその切り札となる可能性が高く、今後も動向には注目していくべきだ。