インプレッション
ホンダ「N-WGN」「N-WGNカスタム」
Text by Photo:中野英幸(2013/12/18 00:00)
軽自動車の販売に力を入れるホンダ
トールボディーをまとった容積型の「N BOX(エヌ ボックス)」から始まった本田技研工業の新しい軽自動車シリーズだが、今回登場した「N-WGN(エヌ ワゴン)」で一通りの売れ筋ラインアップが出揃ったと言えるだろう。「N BOX+(エヌボックス プラス)」ではラゲッジルームの後端に傾斜をつけたことで、自転車だけでなく車イスを車内に持ち込みやすくするなど柔軟性に富んだバリアフリー性を披露し、続く「N-ONE(エヌ ワン)」ではN360を彷彿させる懐かしいエクステリアと最新のインテリアデザインを融合させたことで、ユーザーの心をしっかりと捉えた。
押し出しの強いデザインが特徴のN-WGNだが、それだけにN BOXと競合するのではと思えるが、実車の全高では125mmもN-WGNが低く1655mmに収まる。それでも十分ハイト系ボディーだが、比べてみるとむしろスリーサイズはN-ONE(全高1605mm)に近い。そうした意味でN-WGNは、N-ONEの実質的な兄弟車であると言える。
ところで、ホンダは国内市場において軽自動車の販売に力を入れていくと再三に渡り表明しているが、確かにNシリーズの完成度を見ると、その本気度合が伝わってくる。生産拠点をホンダの御膝元である鈴鹿製作所(三重県鈴鹿市)に集約したこともその表れだ。しかし、ちょっと気になることがある。自動車の中でも一際厳しいコスト管理下にある軽自動車の販売が主力になっていくことは、販売台数ベースで見れば数字を押し上げる要因となるのだろうが、登録車と比べれば車両価格は当然安く、結果的に薄利となってしまうため、企業の収益は思ったほどに伸長しないのではないか、という点だ。
現在、ホンダの4輪販売台数のうち約45%を北米市場が占めていて、日本はアジア圏の約29%に次ぐ約18%にとどまる。ちなみに2輪販売台数ではもっと偏りが大きく、約84%がアジア圏で、日本はわずか約1.4%(数字はいずれもホンダ・アニュアルレポート2013より)だ。こうした状況を受け、日本市場での販売台数増を目指したいホンダとしては、売れ筋となる軽自動車を全面に打ち出し挽回を図りたいのだろうが、先ほど述べたとおり薄利が続いてしまえばホンダの本体ばかりか、販売会社の体力も下降する。ここは非常に危惧される問題だ。
「楽しい走り、納得のいく実用燃費数値、高い安全性。N-WGNはどれをとっても満足いただけるクルマに仕上がりました。ただ、まだ我々が手に入れてないものがあります。それは安価な販売価格です」とN-WGN開発責任者である人見康平氏は語る。人見氏は、「100万円を大幅に下回る価格帯で、カタログ燃費数値ながらも30.0km/L以上走る軽自動車の存在意義は非常に大きいと考えています」と続ける。
Nシリーズのボトム価格はN-WGNの113万1000円だが、これはライバルであるワゴンRの110万9850円とほぼ同価格だ。100万円は超えているが、走り、燃費数値、装備の面から見ても決して高価な部類ではない。しかし人見氏は、N-WGNが持っている性能をどれ1つ欠かすことなく100万円以下を目指すこと、これも軽自動車を販売するメーカーとしては大切であると訴えている。「たくさん販売したいという目標→販売価格を抑える戦略→開発コストを抑え切れず収益低下……」という図式にならないための秘策はどこにあるのだろうか。今回はそんな想いを胸に抱きながら試乗した。
N-WGN用としてホンダ軽自動車初の技術を多数投入
N BOXやN BOX+のように、スタンダード/カスタムの2モデルで構成されるN-WGN。まずはスタンダードモデルで自然吸気エンジンを搭載する「G・Aパッケージ」(発売直後の販売データでは2番人気)からステアリングを握る。試乗ステージは渋滞が頻発する師走の都内中心部と都市高速道路で、ノビノビ走ることは叶わなかったが、こうした状況は軽自動車の一般的な走行シーンの1つであり、むしろ絶好の試乗ロケーションとして捉えた。
走り出しでまず気が付くのが、エンジンとCVTの協調制御が非常に滑らかになったことだ。エンジンをスタートさせると「ECONモード」がONの状態での走行となるのだが、このモードでも十分な発進加速性能を示してくれるからもどかしさを感じない。「ECONモード」とは、エアコンとCVTのレシオ調整により、普通に運転するだけで自ずと燃費数値優先パターンとなる便利な走行モードで、ここではアイドリング・ストップ機構も同時に働く。
発進時はトルクコンバーターによるトルク増幅効果により、低回転域(2000rpm前後)を上手に使って速度を乗せていくため気持ちがよい。このトルコン型CVTはN BOXから使われている新しいトランスミッションだが、N-WGNではさらに6.5%(3.9kg)の軽量化に加えて、冷間時のフリクションを低減させるフルードウォーマーを装備しながら、専用のマップ制御も与えられた。
エンジンは型式(S07A)こそN BOX、N BOX+、N-ONEと同じながら、N-WGN用としてホンダ軽自動車初の技術が多数投入された。1気筒あたり2本のインジェクターを装備し、スパークプラグには両針タイプを、エンジンバルブにはナトリウム注入タイプを採用することで、カタログ燃費29.2km/L(ターボは26.0km/L)と、軽快な走りを手に入れた。また、今回からこれまで設定がなかったターボエンジンにもアイドリング・ストップ機構が加わっている。このアイドリング・ストップ機構は優秀で、約10km/h以下に自車速度が落ちた際に働くのだが、完全停止後にブレーキペダルの踏力が緩んでしまいエンジンが再始動してしまった場合でも、条件さえ整えばもう一度エンジン停止機能が働く。
「地味かもしれませんが、やはりアイドリング・ストップ機構を装着する以上、許される環境では可能な限りエンジン停止をさせたかった」(人見氏)という、真摯な姿勢にも好感がもてた。
20~60km/hの間では、アクセルの踏み込み量に対するクルマの動きが1:1に近く、混雑する街中でもストレスを感じない。不思議なのは、N-ONEよりも最終減速比が約11%(自然吸気エンジン車の場合)もハイギヤード化されているにも関わらず、こうして思い通りに走ることだ。そもそもN-ONEは軽自動車らしからぬ活発な走りをセールスポイントの1つにしていたものの、時にヤンチャが過ぎたところもあり加速感にギクシャク感が伴っていたため、同時に謳っていたプレミアム性に欠けるきらいがあった。発売当時に執筆した筆者の原稿に同様のことが記されていたことからも、よくもわるくもそのギャップがN-ONEを印象付けていたようだ。そう考えてみれば、N-WGNの走りが洗練されたことにも納得がいく。
ただ、乗り心地だけに限定すれば粗さが目立つ場面もあった。フロントサスペンションにはリバウンドスプリングを採用し、ショックアブソーバーは摺動性を向上させるため専用のコーティングまで行っている。よって素性はよいはずなのだが、走り出した瞬間から30km/hあたりまでの低速域では大味でザラついた印象がどこか拭えない。乗り心地を左右するフロントシートには特別なこだわりを持ち開発したというだけあって、身体をしっかりと包み込むなどホールド感は高い。しかし、筆者には座面やバックレストのクッション性がソフト過ぎるように感じられ、乗り心地に有利であるはずの14インチタイヤを装着する自然吸気モデルであっても、路面の凹凸を忠実に伝えてくる動きが気になった。
エコランなしでも優れる実用燃費
一方で、この印象はターボモデル(カスタム/スタンダードの両車に試乗)では一転する。15インチタイヤ(カスタムのターボ専用オプション)でも十分ないなしが感じられ、30km/h以下の低速域でもしっとりとした足さばきが印象的。聞けばN-WGNの開発主体は14インチタイヤで行われたという。それだけに、ターボエンジン用に高められたサスペンションの減衰力特性との相性も絶妙だ。突っ張るのではなく、グッと受け止める方向でロールやピッチングが抑え込まれているため、コーナリング中の接地感がより強く感じられる。
電動パワーステアリングには、ステアリング操作に対してクルマの反応を穏やかにする「フィードバック制御」が加えられた。これにより軽自動車のターボモデルに見受けられる、ステアリングの切り始めや、戻し始めに発生しがちなグラッとくるようなボディーの動きが抑えられていて安心感が非常に高い。欲を言えば70km/h付近に、こうしたしなやかなサスペンション特性が一時的に変化をみせるスポットがあり、ボディーとの一体感が弱まるというか、フワッと軽くなる領域が存在する。そこから速度を上げていけば徐々に落ち着いてくることからも、ターボ+15インチタイヤによる特有の症状なのかもしれない。
こうして自然吸気とターボを乗り比べてみたが、N-WGNにはアイドリング・ストップ機構付きのターボエンジンが最適であることが分かった。ターボモデルも「ECONモード」を装備するのだが、自然吸気エンジン同様に、N-ONEから最終減速比が約5.6%ほどハイギヤード化されたことも手伝って、低回転域を上手に使いながら速度を増幅させていくさまはちょっとした感動ものだ。最大トルク(104Nm)は2600rpmで発生するが、その後もトルクの落ち込みは少なく4100rpm付近まで100Nmを発揮する台形トルクカーブを描く。そのため、80km/h以下での力感は軽自動車というよりも、フィット1.3リッターモデルのそれに近い。
試乗時の燃費数値は、自然吸気エンジン車で19.7km/L、ターボ車で18.2km/L(平均車速10~12km/hで都内渋滞路を7km程度+平均車速48~56km/hで都市高速道路を5km程度走行した車載燃費計の値で、これはカタログ燃費数値の67~70%に相当)を記録した。ただしこれはエコランを一切せずに、何度もアクセルをグッと踏み込み気持ちよく加速させた走行モードで記録したものなので、掛け値なしでN-WGNに乗れば誰もが出せる実用燃費数値と言える。
N-WGNのベストバイは?
安全装備も充実。ホンダにはミリ波レーダー方式の「衝突被害軽減ブレーキ」である「CMBS」と、フィットにも採用されている赤外線レーザー方式の「衝突被害軽減ブレーキ」である「CTBA」があるが、N-WGNには後者の「CTBA」が採用された。前席用のサイドエアバッグとサイドカーテンエアバッグがセットになる「あんしんパッケージ」として「G・Aパッケージ」以上には標準装備(「G」には6万3000円のオプション)だ。
クラスを超えた走りが堪能できるターボエンジンに、「衝突被害軽減ブレーキ」など安全装備の充実とくれば、やはり車両価格は高くなる。筆者のオススメは、N-WGNカスタムの「Gターボパッケージ」。スタンダードモデルとの価格差は16万円あるが、いたずらにラギット感を演出していないためカスタムモデルながらスッキリしていて上質感すら感じられる。いわゆる「エアロ仕様」でないところもイイ。ちなみにカスタムは全モデルでフロントスタイビライザーが標準装備だ。よって、足まわりは乗り味優先のため14インチのままでOK。その代わりに、メーカーオプションでは「ナビ装着用パッケージ」と「ディスプレイオーディオ」を選択したい。ただ、「ディスプレイオーディオ」はホンダのナビアプリである「インターナビポケット」(3年間使用料が無料)をiPhone経由で起動させる必要があり、加えて現在地へのダイレクトボタンがないため使い勝手に難がある。これが惜しい。
さて、こうした装備で積算していくと、支払総額は優に170万円を超えてしまう。冒頭の収益低下のジレンマだが、本当は存在しないのかもしれない。安価な軽自動車にニーズがあるように、必要な装備と性能を携えた軽自動車にも需要がある。消費税の増税に加え軽自動車税が増税されれば一時的な販売台数の低下を招くだろうが、N-WGNのような魅力的な軽自動車が各社から増えているため、登録車からのダウンサイザーも加わり、いずれ巻き返すのではないかと予想している。
2014年末から2015年には、東京モーターショー会場で話題となった軽自動車のオープンカー「S660」の発売も予定されている。多くの方がご覧になったと思うが、ほぼあのままのスタイルで登場するというから楽しみだ。ホンダの軽自動車旋風はまだまだ続く。