インプレッション

アストンマーティン「V12ヴァンテージS」

アストンマーティン史上、最強のスポーティモデル

 それまでなかなか触れる機会のなかったアストンマーティンを初めてドライブしたのが、奇しくも同社の創業100周年にあたる2013年のこと。アストンマーティンの中では派生モデルに当たる「ラピード」(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/20140204_633410.html)を先に試乗したのだが、これまで味わったことのない独特の雰囲気が印象的だった。そして今回はスポーティモデルであるヴァンテージ。その最新版にして最強版である「V12ヴァンテージS」だ。

 アストンマーティンといえば、映画やレースなど、色々なことをイメージせずにいられない。世界でもっとも神秘的なブランドだと個人的にも思っているのだが、本質的な姿というのは高性能なスポーツカーメーカーであり、その血統をもっとも正統に受け継ぐのが、V12ヴァンテージSだといえるのではないかと思う。。

 ベースであるヴァンテージのデビューは2009年。なんとなくアストンマーティンの中ではとっつきやすいモデルのような気もしているのだが、「DB9」や「ヴァンキッシュ」と大きく異なるのは、2シーター専用ボディーとなっていることだ。4400mmを切る全長は主力のDB9よりも300mm以上短く、ホイールベースは145mm短い2600mmとなり、車両重量は約70kgも軽い。そのエンジンルームに、フラグシップである「ヴァンキッシュ」から譲り受けた高出力なV12エンジンが詰め込まれているのだから、「V12ヴァンテージS」のパフォーマンスたるや、相当なものであろうことは想像に難くない。

2シーターであるV12ヴァンテージSのボディーサイズは4385×1865×1250mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2600mm。車両重量は1665kg
エクステリアではカーボンファイバー製のグリルやドアミラー(オプション)、エンジン冷却を目的とした4つのベント(こちらもカーボンファイバー)が備わるボンネットフードなどが特徴的。10スポークデザインの19インチ鍛造ホイールには、ピレリのハイパフォーマンスタイヤ「P Zero CORSA」(フロント:255/35 ZR19、リア:295/30 ZR19)を組み合わせる

 V12エンジンを搭載する前身の「V12ヴァンテージ」に対し、エンジンスペックは最高出力が63PS、最大トルクが50Nm(5.1kgm)も向上している上、さらに各部に手が加えられており、その進化は小さくない。トランスミッションは、レース用車両である「ヴァンテージGT3」等に搭載されるものを一般ユース向けに手を加えた、2ペダルの「7速スポーツシフトIII AMT」がトランスアクスルレイアウトされる。

 車両価格は2014年4月の消費増税により2303万7943円となった。それでも、従来のV12ヴァンテージからの価格の上がり幅は小さく、中身の充実ぶりを考えると実質的には価格引き下げといえそうだ。

V型12気筒DOHC 6.0リッター「AM28」エンジンは、最高出力421kW(573PS)/6750rpm、最大トルク620Nm/5750rpmを発生。最高速は328km/h、0-100km/h加速は3.9秒と公表されている

風格とスパルタンさを巧みに調和

 それにしても美しいスタイリングだ。ボディーパネルはカーボンファイバーで、鮮烈なイエローのボディーはソリッドカラーではなくパールが散りばめられている。独特の気品ある風合いを感じさせるのは、そのせいだろう。アストンマーティンらしい風格を感じさせながらも、ボンネットやサイドに配されたエアベントがスパルタンな雰囲気を際立たせている。けっこう派手なのにまったく下品に見えないあたりも、アストンマーティンなればこそ成せる業に違いない。

 おなじみの格子状ではなくメッシュタイプに変更されたフロントグリルは、冷却性能にも優れそうだ。タイヤサイズはフロント255/35 R19、リア295/30 R19とかなりファットで、見るからに軽そうな鍛造ホイールが組み合わされる。

 アストンマーティンの文法に則り、斜めに跳ね上がるドアを開けてコクピットにアクセスすると、ラグジュアリーさとスパルタンさが同居した空間が待ち受けている。素材やカラーなどを好みに合わせてオーダーできるというのもアストンマーティンならではである。

 タイトなシートは着座位置が極端に低い。センターコンソールなどにカーボンファイバーが多用されており、艶を消したシルバーとピアノブラックの組み合わせが渋い表情を見せる。ラピードもそうだったが、たくさんのスイッチを並べるのもアストンマーティン流のようで、これまた独特の雰囲気を醸し出している。サイドブレーキは右ハンドルのシートのさらに右のサイドシル側にあるので、センターコンソールや左足まわりはスッキリとしている。

レザーとアルカンターラを随所に使った贅沢なインテリア。センターコンソールなどにはピアノブラックの加飾も与えられ、上質さとスポーティさを感じられる仕上がりになっている。サイドブレーキは運転席(撮影車は右側)とサイドシルの間に用意され、センターコンソールなどがすっきりとして見える。ステアリングに配置されるパドルシフトで7速セミAT「7速スポーツシフトIII AMT」の操作も可能

芸術的なエンジンフィールに酔いしれる

 エンジンをスタートさせると、V12エンジンの豪快かつ軽やかなブリッピングとともに、秘めたる獰猛さが目を覚ます。0-100km/h加速3.9秒、最高速328km/hというパフォーマンスは、アストンマーティンの100年におよぶ歴史の中で特殊なモデルを除いて最強となるものだ。

 ドライブすると、低回転から全域にわたる図太いトルクと、トップエンドまで続く痛快な吹け上がり、そして芸術的なまでに調律されたエンジンサウンドが三位一体となった、感動的なまでのエンジンフィールに酔いしれずにいられない。リニアなレスポンスを追求し、自然吸気エンジンにこだわっているというアストンマーティンだが、まさしくその狙いどおりのフィーリング。この気持ちよさを過給機付きエンジンで手に入れることはできないはずだ。

 動力性能について不満などあろうはずもないところだが、印象的なのは、なにせ音色が素晴らしいことだ。とくに側壁のある道を走ると、アストンマーティン特有の乾いた感じの咆哮が反響するのがあまりによい音なもので、思わず吹かし気味になってしまう。自分がドライブしているクルマがこんなサウンドを放ちながら走っていると思うとたまらない。

 センターコンソールのボタンで、車両の走行特性を「ノーマル」「スポーツ」「トラック」という3つのモードから選ぶことができ、切り替えると足まわりやステアリングのアシスト量、エンジンレスポンスやシフトチェンジの仕方、エキゾーストサウンドまで変化する。足まわりには、ヴァンテージで初となる「3ステージ・アダプティブ・ダンピング・システム」が採用された。好みに合わせて、さまざまなフィーリングを楽しむことができるのも、このクルマの特徴だ。

 アストンマーティンというと、ジェントルマンのための高級スポーツカーというイメージも強いが、一方で根底にはレーシングスピリッツが強く残っていることを痛感させられた次第。見た目のインパクトはいうまでもないが、こうして走ることを純粋に楽しませてくれる姿がもっとも似合うクルマであった。エクステリアデザイン、インテリアの造り、エンジンフィール、ドライビングダイナミクスと、すべてにカリスマ性を感じさせる、スペシャルモデルであった。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:中野英幸